第六話
小学生の頃の卒業アルバムと同窓会の集合写真なんかを比べても大抵誰が誰だかわからないものだ。ただ彼女は明らかに早希ちゃんだった。透明な白い肌にぱっちりとした目。瞳が少し青みがかっているのはたしかクォーターだからだ。それに首元にある2つの大きめのホクロ。今となれば取り立てるほどの特徴ではないのだが、小学生の頃は
「なんで首に2つもホクロがあるの?」
なんて意味不明な質問を彼女に投げかけてたからよく覚えてる。
それくらい私は小学3年生の時はじめて同じクラスになった早希ちゃんの気を引きたくて夢中だった。わかりやすく言えば「初恋」だ。忘れ物をして泣いてしまうくらい真面目だった彼女には本当は煩わしかったかもしれないが、授業中にふと冗談を言ったりして彼女が笑うと嬉しかった。運動会のリレーの選手になったことを彼女に聞こえるくらいの声で友達に自慢した。席替えのくじの時にはギャンブラーになったかの如く自分の引きに懸けた。
とはいえ、そこから2年でアメリカに転校した私と早希ちゃんとの関係はその程度のものであった。当然といえば当然である。小学4年生の私にはまたいつか、と女の子に連絡先を渡す度胸はなかったしそもそもそこまでの仲にすらなれていなかったと思う。アメリカから帰国した時も小学校のある地元には戻ってこなかったので、近所でふと見かけるなんてこともないし、小学校の同窓会なんてのも開催されなかった。もっとも、開催されていても卒業してない私が行く資格があったかはわからない。
とにかく早希ちゃんに会うのはその小学生の時以来だった。早希ちゃんはなぜここに来ているのだろう。なぜ私が”ひかる君”だと分かったのだろう。普段遊んでいるグループの子たちなら知ってるだろうが、それこそ早希ちゃんがいつものグループにいたら私が気づいている。私の友達にでも聞いたのか。まさか見かけて私だと分かったわけじゃないだろうが……。そんな疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡った。
しかし、ふと私は自分がここで小学生であることを思い出した。そうだ、理由はどうであれこの校庭内では彼女も僕も小学生なのだ。小学生になりたくて校庭に来ているのだ。意外にも私の受けた衝撃はこの校庭内で培った小学生の僕の人格を破壊するほどではなかった。私は落ち着きを取り戻した。
「いや、やっぱり遊ぼうかな。君の名前は?」
「やまもとさき」
僕ががへぇ、と気の弱い返事をするとさきちゃんは弱い声でこう続けた。
「ひかる君はなにひかる君なの?」
「すぎかわひかる」
「そうなんだ」
さきちゃんがそう言うと黙ってしまったので僕は慌ててこう返した。
「かけっこなんてどう?僕足速いからさ」
「それってずるくない?私遅いもん。それなら私も得意な縄跳びがいい」
さきちゃんがやっと笑ってそう言った。
「縄跳びでもいいよ。そこにあるやつでやろう」
さきちゃんが笑ってくれたのが嬉しくて、そしてホッとして、僕は砂場近くに放り投げられてた2つの縄跳びを指指した。
校庭に入った時間が遅かったので、お互いに見て見てと夢中で縄跳びの技を見せあっていたら、21時半頃になっていた。
「もうこんな時間だね。あと30分もない」
僕は縄跳びを右手に持って息を荒げながら言った。
「そしたら残りの時間はおしゃべりしない?」
さきちゃんが優しい声でそう提案した。僕たちは周りに誰もいない砂場に座って、あそこにいるしょう君の足が速いだとかあっちのかおりちゃんが意外にドッジボール強いだとか他愛もない話をして盛り上がった。どうやらさきちゃんは普段僕とは違う場所で遊んでいたそうだ。全然気がつかなかった。
話の弾みでさきちゃんが
「ひかる君はさ、好きな子とかいるの?」
なんてふと聞いてきたので僕は動揺してすぐに
「まさか。いないよー」
なんておどけながら返した。
30分なんてあっという間だった。
「そろそろ時間だし帰ろうか」
ちょうど話が盛り上がっていたところだったので、名残惜しかったが、もう時計の長針は11と12の間にある。
「あ!もうこんな時間。そうだね、帰ろう。バイバイ」
さきちゃんはそう言うと砂場近くの出口に小走りで向かった。僕も反対側の角の出口から帰ろうと腰を上げた。
「明日も一緒に遊ばない?」
ドアの取っ手に手をかけながらさきちゃんが聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう言った。
僕はうん、とただ微笑んで校庭から出て行くさきちゃんに手を振った。