第四話
扉の向こうには異常と言うべき光景が広がっていた。室内であることと受付の言っていた出口らしきものが10箇所ほどドームの外周を囲うようにあることを除けば、校庭は休み時間に遊んだ場所そのものだった。
校庭の両サイドにはサッカーゴールがあり、角の方には鉄棒と砂場が見える。それに、そこらじゅうにサッカーボールやら縄跳びやら竹馬やら懐かしい遊び道具が無造作に置かれている。
そして、その校庭で大の大人達がまるで子供のような無邪気な笑顔で好き勝手走り回ったりボールを投げ合ったりしている。
年齢は私と同じくらいの人が多い気がするが、人数は想定の数倍多かった。100人くらいいるのではないか。受付の時に人がいなかったのはたまたまだったのだろうか。それともみんなきっちり開店の19時から入っていたのか。それに、私のようにスーツを着ている人はほとんどいない。よくよく考えればスーツを着ること自体厳密にはルール違反だ。受付には言われなかったが、初回だから大目に見てくれていたのかもしれない。
私が目の前の光景に唖然として立ち尽くしていると
「どうしたの?暇なら一緒にドッジボールやらない?いま人が足りなくてさ」
と少し日焼けをした”少年”が私に向かって勢いよく話しかけてきた。多分暇そうな子を探してたのだろう。
「ここはじめてで……」
「はじめて?ドッジボールやったことないの?教えてあげるからやろーぜ!」
本当に勘違いなのかわざとなのかは分からないが、少年のその言葉は半分ルール違反をした私をすぐさま諌める形となった。
「わかった、やろう。ルールは大丈夫」
それなら話は早い、と少年は私の手を取りサッカーゴールの近くで集まる7 、8人の仲間のところへ連れて行った。
自己紹介なんてする間もなく、すぐチーム分けのじゃんけんをして試合は始まった。たしかに小学生の頃なんてそんなものだったかもしれない。ドッジボールをするのなんて何年振りだろう。球こそ小学生の投げる球より速いが、他は何も変わらなかった。
ただひたすらに楽しかった。おそらくこのドッジボールをしている少年、少女はみんないま相手にどうやってボール当てるかしか考えていない。外では明日の仕事のこととか恋愛のこととか色々あるのかもしれないがこの校庭では違う。ここでは会社員の私は小学生の僕になれる。普段から私が懐かしんでた空間が見つかった気がした。
ドッジボールを小1時間した後はそのグループの子たちと鬼ごっこ、缶蹴り、ドロケイとひたすら遊びまくった。スーツと革靴を履いてきたを何度も悔やんだが、それでも時間を忘れるくらいには楽しめた。
ドロケイで捕まってはあはあ息を切らしながらふと入ってきた扉の上にあった時計に目をやると、もう終わりの22時前だった。知らぬ間に周りの子供たちも少なくなっていた。
「そろそろ帰ろうか」
最初に話しかけてくれた少年がそう言うと
「うん!バイバイ!」
と友達はみんな手を振りながら元気よく四方八方の出口から次々に帰っていった。それに合わせて”僕”も砂場近くの空いている出口の扉を開けて外に出た。
外は街灯がぽつりぽつりとしかないうえ、ドームの中がかなり明るかったため、暗順応まで時間がかかってしばらく真っ暗に感じた。それは別の世界から現実世界に戻ってくるまでの狭間にいるような不思議な気持ちを起こさせた。私はその暗闇の中で自分が一夜でこの校庭開放の虜になったことを感じた。