第080話 十五年前
書籍化一巻のために書き下ろした序章部分の抜粋になります。
「書籍化のために書き下ろした部分なんだから、なろうに掲載したらまずいんじゃないの!?」
という疑問があるかと思うのですが、編集部からは特別に許可を頂きました。大丈夫です。
ゲオルグが31歳、イーリは24歳の頃のお話になります。
「やつら、やるつもりのようだな」
ゲオルグは言った。
いつもは観光客で賑わう母なる大樹の展望階層からは、遠く魔王軍の陣営がよく見えた。戦時の今は観測点として利用されている。
先刻行われた雷霆の発射と着弾によって、魔王軍の半数以上が消し飛んだ。軍勢の背には、ここからでも見える地を穿つ大穴が作られている。現実とは思えないような光景だった。
「……魔王は、死んでいなかったか」
傍らにいるイーリが、失意に満ちた声でつぶやく。
緑がかった黒髪の向こうにある、どんな時でも冷静でいる整った横顔が、今は苦渋に歪んでいた。長い付き合いだが、こんな表情を見るのは初めてだ。
雷霆によって魔王が死んでいた場合、魔王軍はそのまま空中分解して撤退していくはずだった。人間の軍と違って、側近のような奴が生き残っていても、そいつが魔王の代わりを務めることはできない。
つまり、魔王軍が混乱から立ち直って再び動き出したという事実自体が、魔王の健在を意味している。
魔王は、生きている。
その朗報に、ゲオルグの心は喜びに沸きたっていた。
「死んでいないなら、殺すまでのことだ」
聖剣を差した剣帯のベルトを引き、締め直した。血肉が爆ぜ鉄と混ざる嵐のような戦場。そこには、おそらく世界で二番目に強い、稀なる強敵がいる。
このような戦争に身を投じられるとは。なんという僥倖だ。
「……死なないでくれ」イーリは柄頭を握り締める拳に、細い指を添えた。「お前を戦場に向かわせる、私に言えたことではないけれど」
自責の念など感じる必要はない。最高の舞台を整えてくれたことに対して、感謝すらしているのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ドアン、調子はどうだ」
「小僧か」
手近な巨岩に腰を下ろしているドアンは、あいも変わらず人間離れした巨漢だった。
ゲオルグも背は高い方なのだが、座っているドアンと目の高さが変わらなかった。これで同じヒトというのだから呆れる。
「ティラメル公国からの援軍として来たのか?」
「おうさ」
「大陸中に名の轟く豪傑、ドアン・バーバリアスを気前よく送り出すとは――ティラメル公アルベールらしからぬ大盤振る舞いだな」
ティラメル公国は、ここミールーンの遥か西方にある国だ。若かりしドアンが戦った時代とは違い、現在は周辺国と婚姻関係で密接に結びついており、この世界で最も平和な国の一つといえる。遥か東方、北の果てに援軍を送る理由は少ない。そして、現国主であるアルベールは吝嗇家で知られている。
「内々にイーリ嬢に連絡をとり、援軍要請を出させたのさ。あとは、フン――義を見てせざるは勇なきなりと、一席ぶって話をつけたわ」
「なるほどな」
「文句など言わせぬ。なんせ、魔王禍だからのォ」
ドアンは意気揚々と軍陣を眺め、言った。ここはミールーンの正規軍の陣営ではなく、援軍で来た各国の軍がごっちゃになっている宿営地だ。天幕はミールーンから提供されたものだったが、軍装には統一感がまるでない。
その中に、ちらほらと武者修行風の剣士の姿があった。傭兵団などに所属せず、義勇兵として戦争に参加しに来た者たちだ。
「魔王禍となれば真っ先に馳せ参じ、戦陣に斬り込み魔王を討つ。剣士としてこれ以上の誉れがあろうかよ。儂は今日、歴史に名を刻むぞ」
「そうか。だが、いくらなんでも一人で魔王軍を突破するのは難しいだろ。相方はいないのか?」
「おらぬ。従僕として孫娘は連れてきたがな」
知らぬ間に、孫ができていたようだ。
「イーリは、最精鋭を数人集めて魔王を討ち取ろうとしている」
「……ふむ」
ドアンは興味を惹かれた様子で、顎髭を撫でた。
「もう一人、ヴァラデウムから大魔術師が来ている。エレミア・アシュケナージという男だ」
「知っている。少し前まで、貴様と組んで各地の戦場を荒らし回っていた男だな」
「さすがに耳が早いな。そうだ。そいつだよ」
最初に戦場でかち合った時は敵同士だったが、その後に意気投合すると、それから行動を共にすることになった。ただ、エレミアにとって戦場暮らしは好んで始めたものではなく、単に経験を積む必要があったからやっていただけだった。心は常にヴァラデウムにあったようで、もう十分、と判断するとヴァラデウムに戻った。
「知っての通り、大魔術師二人となると、下手に仲間がいるほうがやり辛い」
大魔術師は味方を巻き込みかねない大規模な魔術を使う。雑魚に気兼ねして魔術を抑えれば、本領を発揮できなくなる。
ドアンの場合は、まあ――巻き添えになっても傷一つ負わないという意味で、適任だ。
「どうする。魔王を殺るつもりなら、条件はいいと思うが」
「是非参加させてもらおう。標の剣ゲオルグと、万能の天才と謳われた北の魔女イーリが並び立つなら、加わることに否やなどあろうはずもない」
「しかし、ドアン……体は大丈夫なのか?」
「儂の心配より、自分の心配をせい」
「冗談を言っているわけじゃない。もう五年はあんたの戦いを見てないからな。衰えてはいないのか」
久々に会ったドアンは大分老け込んだように見えた。これで、昔日と同じ戦いができるのか。
ドアンの戦闘スタイルは、その体格と膂力に物を言わせて暴れまわるものだ。技術で穴埋めできない並外れた体力が必要となる。連れていったら動けませんでしたでは、置物にもならない。
「フン。言ってくれるわ、若造が」
ドアンは唐突に立ち上がり、右手に金属製の篭手を嵌めると、
「ヌウウッ――――」
と準備運動のように力んだ。肩から胸の筋肉が起こり、皮膚が筋肉に張り付き、筋張った凹凸が形成される。
「ウウウゥ――――フンッ!!!!」
篭手を嵌めた右拳が、今しがた座っていた巨岩に振り下ろされる。人間がその膂力だけで発生させたとは思えない、耳をつんざくような炸裂音が轟き、瞬間的に地面が揺れた。
拳が突き刺さった岩は、その衝撃に屈したように三つに割れている。ドアンが拳を抜くと、粉々になった岩の破片がパラパラと落ちた。
歴戦のゲオルグでさえ軽い戦慄を覚える、凄まじい一撃だった。
「――さすがだな。あの頃と変わっていないどころか、むしろ……」
力を開放したドアンの肉体からは、高密度の力が詰まったような、高いポテンシャルを感じた。それは五年前と遜色ないが……老いを補うための工夫がそうさせたのか、昔とは少し力の性質が変わったような気がする。
どちらにせよ、これなら不足などあろうはずもない。
「どうだ、遜色あるまい」
「当然だ。すぐにイーリのところに来てくれ。ミールーンの本陣で名を名乗れば、丁重に案内してもらえるだろう」
「うむ。早速、孫娘と向かおう」
「孫が横で戦うんじゃないだろうな」
「なにを言っとる。大事な孫を戦わせるものか」
なんだ。ドアンの血を受け継いでいるなら立派な体格をしているだろうし、てっきり戦士なのかと思っていた。
「なら、なんで連れてきたんだ。なにも孫じゃなくても、従者程度、軍からいくらでも引っ張ってこられるだろ」
「小僧にはまだ分からんか」
「なにがだ」
「偉業には、語り継ぐ者が必要なのさ。遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、とはいうが――目に見た者がおらずば、音に聞く者も現れまい」
そういうことか。孫に子々孫々まで語り継がせたいわけだ。
「なら、語り継がれる戦いをしなくてはな」
「ああ。相手に不足はない」
ドアンは小枝のように巨剣を拾い、肩に担いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミールーンの本陣に戻り、イーリがいる天幕に入ってみると、そこには難しい顔をしたエレミアが立っていた。
久々に会った。決戦当日になって、ようやく到着したようだ。
イーリは、わけのわからない付呪道具がごちゃごちゃ並んだ机の横で、椅子に座りながら困ったような顔をしていた。
こちらに気づくと、
「ゲオルグ」
と声を漏らした。
その声に釣られて、エレミアがこちらを見る。一転、表情を和らげ顔に喜色を浮かべると、こちらに近づいてきた。
「よう、ゲオルグ」
肘を曲げて、開いた手を差し出してくる。ゲオルグは、腕相撲のような形でその手をがっしりと握った。
「エレミア、久しぶりだな。研究室に閉じ籠もってるせいで、少し太ったか?」
「言ってろ。お前こそ、相変わらず剣神探しか? 嫁でも取って身を固めろ
お互いに憎まれ口を叩き、手を離す。
「ドアンは来るそうだ」
イーリに目を向けて用件を手短に伝えた。
「そうか」
木椅子に座ったイーリは、ぽつりと言う。
「それで、なんの話をしていたんだ?」
「私の作戦が気に入らないらしい。参加したくないそうだ」
「ああ、そうなのか」
まあ、確かに危険極まりない作戦ではある。
なにせ、たった四人で魔王軍に斬り込むというのだから。
「俺は確かに力を貸しに来た。だが、死にに来たわけじゃない」
エレミアは組んでいた手を離すと、イーリに向き直って真剣な顔をして言った。
「エレミア。私は勝算があって言っている。危険ではあるが、無謀ではないつもりだ」
「普通の戦争をしても、十分勝算はあるだろ? ご自慢のミールーンの雷霆で、魔王軍は少なくとも半分は削れた。こんな特攻のような真似をせずとも、普通に戦って勝てばいいじゃないか」
「それでは、魔王を殺せない。敗北を察すれば、やつは逃げるだろう」
「なぜ、ここで魔王を殺すことに拘泥する?」
「……それは」
イーリは口ごもった。なにやら困った様子でいる。
「まあ、確かに……相当危険な作戦だしな。お前が嫌がるのも無理はない」
ゲオルグの中の勘は、かなり気楽に見積もっても半々で死ぬだろうな、と判断している。学究都市ヴァラデウムは、ミールーンと同盟関係にあるわけではない。エレミアはただただ、かつての戦友と学友のよしみで加勢に来ただけだ。半々で死ぬような作戦に参加したくない気持ちは理解できる。
「仕方ない。今回は三人でやろう。ま、久々に肩を並べて戦えると思ってたから、残念ではあるけどな」
エレミアの肩に手を乗せた。
「今回は後方から支援してくれ。それはやってくれるんだろ」
そう言うと、エレミアは眉根を寄せ、少しショックを受けたような顔をした。
「……そうだったな。思い出したよ、お前はそういう男だった」
はあ、と溜め息を一つ吐くと。
「仕方ない。今回は付き合ってやる」
「――いいのかっ!?」
イーリが、珍しく喜色に染まった声を上げながら、ガタッと椅子から立った。
それを見て、おそらくエレミアがいなかったら成り立たない作戦だったのだな、と察した。
「お前のためじゃない。こいつが魔王と戦うための手伝いをしてやりたくなったんだ。放っておいたら、一人でも遮二無二突っ込んでいきそうだからな」
そりゃそうだ。せっかくそこに魔王がいるというのに、遠距離の消耗戦で終始するような戦争をやっても仕方ない。興ざめもいいところだ。直接やり合わなければ、命を懸ける甲斐がない。
「……ありがとう」
イーリは、ぽつりと礼を言って頭を下げた。
「前線の衝突まで、あと二時間はある。二時間後に集合しよう。私は、やらなければならない作業がある」
椅子に座ると、一分一秒を惜しむ様子で、付呪道具の揃った机に向かった。
というわけで、「竜亡き星のルシェ・ネル」が本になりました!(ぱちぱちぱち
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続きについてですが、続刊がある限り一話ずつ掲載していく形になります。全四話になる予定で、つまり第四巻が出る頃には書籍化1巻分の書き下ろしがすべて公開される形になります。
どちらにせよ、全部読めるのはかなり先の話になるかと思いますので、すぐに読みたい方はご購入の方よろしくお願いします<(_ _)>







