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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第一章 ゲオルグ・オーウェイン
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第008話 竜人


 その音は、戦場で投射型の大魔法が降ってくる時の音に似ていた。

 ゲオルグは反射的に音の方向を確認しようとしたが、樹冠が遮っていて空が見えない。


「イーリッ――いや、ネイ! 防護魔法を張れっ!!」

「えっ」


 ネイが声をあげた瞬間、それは樹冠を突き破って庭に落下した。

 ドガッ! と大きな音がした。地面は揺れたが、吹き飛ばされるような衝撃波はない。それほど大きな攻撃ではなかったようだ。


 ゲオルグがそちらを見ると、土埃の中に人影が見えた。


 下半身に申し訳程度の布を身に着けている。若々しい男だった。

 ほぼ素っ裸なので、間抜けな格好に見える。

 だが、ゲオルグはこの存在にとって年齢などなんの意味もないことを知っている。


「……竜人か。ヒトを捨てた者がなにをしに来た」

「―――?」


 ゲオルグは剣を抜いて構えを取った。

 竜人はゲオルグの問いには答えず、まっすぐにルシェを見ていた。こちらのことを完全に無視している。

 竜人とはそうした存在だ。こちらから襲わない限り無害であり、そもそも素っ裸で何も持っていないので襲う意味もない。動物が裸でいるのと同じで、裸であることを恥じることもない。


「動くな」


 ゲオルグは竜人にゆっくりと近づきながら竜人に声をかけた。この警告は無駄であろう。ここまで達した竜人と会話したなどという話は、おとぎ話でも聞いたことがない。

 だが、人間の社会に不干渉であるはずの竜人は、今明らかにルシェを見ている。


「イーリ様! やめてください!」

 ネイの叫ぶ声が聞こえた。

「イーリ、やめろ! どうしても必要なら指示を出す! おれを信じろ!!」


 ゲオルグは竜人から目を離さず叫んだ。ネイが叫んだ内容からして、魔術を使おうとしたのだと思ったからだ。


「言葉も忘れたか? その少年を害することは許さん。何のために来たのか言え」

「あ、あ」


 竜人が喋った。


「推察するに、()の子がこの場にあるのは貴様等の仕業か」

「そうだ」

(ことごと)く死ね」


 竜人は、木を抱いているルシェに向けて下げていた右腕を上げた。

 ゲオルグは瞬間、踏み込んだ。上段の構えからの最短の斬撃が雷のように疾走(はし)り、上がりきる前の竜人の腕をすぱりと切り落とした。

 ゲオルグは振り下ろした剣を一瞬の躊躇もなく返し、第二の踏み込みと同時に竜人の腹に強烈な斬撃を打ち込んだ。だが、強い手応えだけを残し、竜人は飛び退いてしまった。


「………」


 竜人はゲオルグを見ている。脅威と初めて認識したのだろう。

 やはり人間とは別種の存在なのか、腕の断面は肉も骨も黄色く、血が流れてこない。

 ゲオルグは聖剣を握り直した。手がびりびりと痺れていた。


 そもそも、ゲオルグの聖剣は石を斬る時でも手応えがない。

 例外は世界に何本かある聖剣と、世界で最高峰の工房が仕上げた武器くらいのものだ。イーリのところを始めとする幾つかの工房の最高級の武器は、特殊な鋼を極限まで鍛え上げた上、絶対に折れたり切断されたりしないよう魔力を流すと強度が著しく向上するよう工夫が凝らされている。

 竜人を斬った時の感覚は、そのような武器を切断した時に一瞬腕にかかる感触と似ていた。つまり全身が、肉の内部まで、世界でも指折りの硬度と粘りを持った物質と同じような強靭さを持っているということだ。

 細身だった腕は幸い切断することができたが、胴体は真っ二つに切断することができなかった。木に斧を打ち込んだ時のような強い抵抗があり、刃が止まってしまったのだ。

 そして、その腹には今や傷も見えない。常人なら内臓がこぼれでるはずの重傷が跡形もない。


 油断もしようというものだ。

 ゲオルグは特殊な剣を持っているから対抗できているが、全身がくまなくその硬度ということは、本来なら国一番の剣士が一晩中めった切りにしようが傷一つつかないことになる。ヒトは羽虫に対して脅威を感じる必要はない。それと同じで、竜人がヒトを脅威と見做さないのは当然のことなのだろう。


「――行くぞ」


 ゲオルグは再び動いた。避けるための余力を十分に残しながら、わざと隙を見せて踏み込む。

 ゲオルグが見せた隙に、竜人が反応した。残った左手を素早く繰り出す。剣と素手のリーチ差から、それは絶対に届かない空を切るはずの攻撃だった。

 だが、ゲオルグは一転、靴の付呪装を使い空中に体一つ分飛び跳ね、その攻撃を大げさに避けた。


 ジャギッ! という不吉な音がする、降りながら音の発生源をちらと見て確認する。地面が五本の巨大な刃を叩きつけたかのように爪状に抉れていた。

 ゲオルグはそのまま、竜人の顔面を全力で蹴飛ばし、反発を最大に増幅させた全力の蹴りを食らわせた。


 そのまま空中で一回転しながら飛び退き、地面に下りる。常人なら頭が千切れ飛んでしまうほどの一撃を食らっても、竜人はよろけただけだ。

 なるほど、そういう攻撃をしてくるのか。と一瞬思考する。

 ゲオルグは、まず何をしてくるか探るために攻撃を誘った。戦いにおいて、敵は様々な攻撃をしかけてくる。唐突に剣が透明になって見えなくなる事もあれば、地面が一瞬で沸騰した泥土になる魔術もある。どのような攻撃をしてくるのかまったく分からないままでは、勝機を掴むことはできない。


 ゲオルグはベルトにかけてある杖入れから左手で杖を取り出し、柄と合わせて握った。

 太い針のような形をした、鋼で出来た杖だ。


「イーリ、竜人を殺すにはどうすればいい。首を刎ねればいいのか」


 竜人は、役に立たなくなった右腕を隠すように、左手と左足を突き出し体を横にした半身の構えに変えている。

 やはり爪からの遠隔斬撃が主武器なのか、左手を開いたまま正中線を少し開き、すぐにも切り裂こうと僅かに手を上げていた。

 体格面ではさほど大柄でも筋肉質でもない。腕を切断したときの感じからすると、胴は無理だが首なら切断できそうだった。


「いや、首を刎ねても動く可能性が高い。人間とは思うな」

「そうか――ッ!」


 ゲオルグは動いた。

 全速で真っ直ぐに突っ込むと、竜人の眼前で急激に方向転換し、竜人の懐に低い軌道で潜り込む。

 だが、竜人は左手を未だ振っていない。誘いに乗って袈裟に振り抜いてくれるかと思ったが、待っている。

 ゲオルグが足元で止まった瞬間、ようやく竜人の腕が動いた。ゲオルグは地面に這いつくばりながら、畳んだ左足で地面を蹴り、身を(よじ)るようにして縦に振り下ろす斬撃を躱した。


 低くしゃがんだ状態から跳ね起きる力を利用し、竜人の出足を薙ぎ上げる。ゲオルグの狙いは最初から足だった。ヒトではないとはいえヒトの形はしている。人間は片腕をなくすより、片足をなくしたほうがずっと戦いづらくなる。

 だが、手応えは僅かにしかなかった。見ると、左足を膝から折って引っ込めている。だがつま先が飛んでいた。根本で繋がった五本の指が宙を飛んでいくのが視界の端によぎった。


 躱された。その時、視界の先にあるはずのないものが見えた。肘から切断した右腕の断面に赤ん坊の手のようなものがくっついており、狙いを定めるようにこちらを向いていた。

 しまった。相手は人外だ。切り取ったくらいで欠損したと思うべきではなかった。

 こちらを向いている。何かをするつもりだ。だが、足を切断するための斬撃で体が伸び切ってしまっている。間に合わない――という思考がゲオルグの脳に満ちた。


 瞬間、ゲオルグは左手を柄から離し、握り込んだ鋼の杖の尖った先端を刺剣のように突き出していた。異形の手のひらにそれが刺さる。

 全く切っ先が通らず、滑り止めに施されている刻みがゲオルグの指の腹を削った。何かしら起きろという一念をかけて魔力を流し込む。


 そこで起きた現象は激烈だった。

 唐突に強烈な爆発が発生し、ゲオルグの体は二メートルほど吹っ飛び、地面を滑って転がった。すぐに起き上がって竜人を見ると、辺りが霧のようになった濃い魔力に包まれていた。

 魔力が拡散しわずかに晴れると、竜人の右腕は肩から先からなくなり、断面がめくれ上がっていた。

 ゲオルグの右手には聖剣が残っている。が、直接衝撃に晒された左手からは杖がなくなっていた。指は残っているが、杖は飛ばされてしまったらしい。


「竜人殿!!」


 突然、イーリが叫んだ。


「この戦いは本意ではない! せめて何事にお怒りなのか説明してもらえぬか! そこにいる少年を殺害させるわけにはいかぬが、怒りの原因が内包する異形の魔力ならば、時間を頂ければ少年の体内から木々に移動させることができる。我々は異形の魔力を必要としているのではない! 少年を必要としているのだ。竜人殿が異形の魔力を求めておられるのであれば、喜んで提供しよう」


 イーリは竜人と交渉しようとしているようだ。

 ゲオルグは、自分でも驚くほどその行為に怒りを抱いた。戦いの邪魔をするな。折角、長年消えていた闘争の炎に火が入ってきたところだというのに。水を差された気分だ。


「このようなものを作る貴様らを許しておくわけにはいかぬ。星にとっての害だ」


 口を利かぬはずの竜人は、再び喋った。


「その子は私が別の世界より喚んできた者だ。私が再び喚ぶことを危惧しているのであれば、召喚は私の生あるうちには二度と整わぬ難しい条件が必要だし、私自身にも再び行う能力はない。また、星の母なる竜にも謝罪し、後人に方法を伝えぬことを誓おう」

「……思案する」


 竜人はそのまま止まってしまった。


「おいイーリ。ふざけるなよ。殺せる時に殺す。あの短時間で傷口から手が生えてくるような奴だ。思案とやらで待っているうちに、両腕が元に戻る」


 そうしたら、次勝てるという保証はない。ゲオルグの他にはまともに戦える者はいないのだから、負ければ全員が皆殺しにされるだろう。


「冷静になれ、ゲオルグ。おそらくこの竜人殿は、近隣にたまたま居ただけの個体にすぎない。ルシェの魔力が自然界に流出したのを何かしらの方法で感知し、急行して来たのだ。お前がこの竜人殿を倒せたところで、次から次へとやってこないとも限らない。そうしたら、いくらお前でも対処のしようがないだろう」

「……チッ」


 確かにそれは正論かもしれなかった。一匹だけならまだしも、二匹三匹と来られたら手に負えない。


「――結論が出た。私が敗北する可能性がある以上、闘争を継続すれば浄化処理に遅延が生ずる恐れがある。発生原因の駆逐は必須とはいえない。闘争を中止し、停戦に合意する」


 止めるようだ。

 ゲオルグは憤りを覚えた。こんなところでやめられてたまるか。


「どうやってそれを信じる。おれは貴様が五体満足に回復することを看過できない。貴様が(やく)(たが)えた場合、俺が負ければ全員皆殺しだ」

「我ら竜の子は虚偽を用いぬ。だが、危惧するところは理解できる。回復を()めよう」


 回復を止める?


「これで双方にとって不利益なき停戦となるはず。では、疾く終わらせるのだ。異世界の子よ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全くどう転がるか分からない状況で、今後が楽しみです!
[一言] 異世界産ヘドロばらまかれたら、そりゃ切れますわ。
[気になる点] 語り方的に思考が別の個体と統合されてるのかな?
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