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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第三章 枢機の都、ヴァラデウム
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第078話 読み終えて



 ベレッタの家に戻ると、なぜかベレッタはワイヤーみたいなもんでグルグル巻きにされていて、キェルはいなかった。

 一体なにがあった。


「ベレッタ?」

「ごめん。連れて行かれちゃった」


 ………ベレッタがいたのに?


 おれはベレッタをグルグル巻きにしているワイヤーを引きちぎろうとした。

 しかし、上手くいかない。普通の金属ではないようで、ちょっとやそっとの工夫ではちぎれなかった。

 結び目を解こうにも、なんだかむつかしい結び方で結んである。仕方なく、聖剣を服とワイヤーの間に潜り込ませて切った。


 ベレッタは立ち上がると、縛られていた患部を手で軽く揉んだ。

 この間仕立ててもらったばかりの、上品なシャツがワイヤーで捩れて皺になっている。それに気づくと、少し落ち込んだ様子で椅子に腰掛けた。


「……神族の仲間が迎えに来たの?」

「うん、そう」

「ベレッタをそんなふうに制圧できるって、もしかして剣神?」


 ベレッタは、魔王軍で正規の戦闘訓練を積んだエリートだ。そこらへんにいる凄い魔術を使えるだけの魔術師とは違い、接近戦に持ち込まれても簡単にやられない勘所を心得ている。

 隙を見せたせいで不意打ちでやられる、なんてことは考えづらい。


「……ごめん、わかんない」


 ……まあ、相手は神族だからな。

 剣神のように名前が知られているわけでもないキェルでさえ、あんなに強かったわけで、表にでていないだけで強いのはたくさんいるのかもしれない。


「連れてったやつは、キェルの足のことは知ってたの?」

「うん……言ったら驚いて、なんか分厚い手ぬぐいみたいな包帯を足に巻いて、長い針で刺して固定してた。専門知識があるから安心しろ、みたいなことも言ってたな」

 ……なんだろう? 瞬間硬化するギプスに足自体を縫い付けた、みたいな話か。

「目覚めてないキェルを運んでいったの?」

「ううん、起きて少し話したよ。ルシェが出て行ってから、二、三時間後かな」


 タイミングが悪すぎる。


「キェルは嫌がってたのに、無理やり連れて行った感じ?」

「それはないかな。嫌がってはなかった」

「なら、大丈夫か」


 キェルは明らかに切断四肢の接着についてそれなりの知識を持っていた。少なくとも、皮膚と骨を繋げればそのうちくっつくだろう、という程度の認識ではなかった。

 ならば、謎の神族が行った措置が不適切で、治療が台無しになってしまうおそれがあったのなら、強く抵抗したはずだ。

 おれは見ていないのでなんとも言いようがないが、少なくともキェルの感覚では問題ないレベルの措置だったのだろう。


「あとね、キェルさんから伝言。自分の人脈の中で、一番詳しい人に話を聞いておく、ってさ」

「……そう」


 結局、それがヴァラデウムで一番の収穫かもしれない。

 神族がそんな義理を果たすのかは別問題だが、もし知恵を貸してくれるなら、あんな本よりずっと役に立つだろう。


「それで、禁書はどうだった?」

「まったく役に立たなかったよ。条件付きで不老になる方法は書いてあったけど、イーリには使えない方法だった」

「……そっか。残念だったね」

「まあ、あんまし期待はしてなかったけどね」


 あんな本に拘泥すべきではなかったとは思うが、それも事後論にすぎない。

 それに、あの本を抜きにしても、この都市で得られた収穫は多い。イーリと別れた時点のおれは、不死業(ふしごう)について名称以外の知識を持っていない状態だった。あのころの状態と比べれば、基礎知識を蓄積できたのは大きな収穫だ。


「それじゃ、いよいよここを離れるの?」

「うん。いくつか野暮用を済ませたら旅立つよ」

「そっか……」


 ベレッタは少し寂しそうに微笑んだ。


「仕方がないけど、寂しくなるね」

「そうだね。だけど、やるべきことをやらないと。自分で決めたことだから」

「分かってる。私も頑張るよ。はやく、ルシェと一緒に居られるようにならないとね」


 ベレッタは、(かばね)操者(そうしゃ)たるために備わった宿業を消し去ることができるのだろうか。

 成功を祈ることしかできないことが、もどかしくてたまらなかった。



 ◇ ◇ ◇



「ふーむ……」


 おれは高倍率の顕微鏡で、キェルが着ていた服の繊維を見ていた。

 ふとももから上は着たまま連れ去られてしまったものの、裾に当たる部分は残っていたのだ。


 性能重視のはずなのに、なんだかテラテラとした高級生地のような見た目をしているので、おしゃれにまで気を遣っているのか? と思ったのだが、どうやら違うようだ。

 織物の生地というのは、縦糸と横糸が交互に織られる平織りと、飛ばし飛ばしで織ってゆくそれ以外の織り方がある。飛ばし飛ばし織ってゆくと、どちらか一方の糸が表面に多く現れることになるので、織目が少なくなりテラテラとした質感になる。


 この生地は、そもそも縦糸と横糸がまったく違う性質を帯びていて、力場を張る役目の縦糸が表に出てくる構造になっているようだ。

 極細のピンセットで縦糸と横糸をほぐして、横糸だけを見てみると、黒い縦糸と少し違う灰色をしたツルツルとした繊維がでてきた。それに魔力を通してみると、キュッ、と縮んで反り返った。

 どうも人工筋肉のような機能を持っているらしい。これで止血や、血圧維持をしていたのだろう。


 プラスチックのような質感の横糸と違って、力場を張る役目の縦糸は少し太く、金属質になっている。これは更にほぐすことができ、少なくとも三種類の繊維を()って作られているようで、おそらくこれが電気を絶縁したりだとか、超振動を打ち消したりだとか、対切断とか対打撃だとか、さまざまな機能をそれぞれ分担しているのだろうが、パッと見では見当もつかない。

 まあ、どちらにせよ、とんでもなく手間のかかった超技術のカタマリだ。


 おれは顕微鏡から目を放し、横に置いてあった筒状の裾をぐねぐねといじった。

 外観とは裏腹にゴワゴワしていて、あんまり着心地のいいものではなさそうだ。

 ぐねぐねしても、どこも引っかかる部分はない。

 あれだけの複数の強力な機能を単純な糸だけで実現していたとは思えないので、どこかに司令塔となる制御中枢があったはずだが……そりゃ、足にはつけないよな。おそらく、本当に重要で高度な技術が詰まっているのはそこなのだが、たぶん心臓の部分とか、あるいは背中についていたのではないだろうか。


 その辺は、脱がせていないから分からない。

 介護もベレッタが自分がやると言って、おれにはやらせなかったし。


「ずいぶんと熱心に見ているね。なんなのかな?」


 クラエス・サルトーリが言った。

 別れの挨拶に来たついでに、少し設備を貸してもらっていたのだ。


「見ての通り、布ですよ」

「聖遺物かい?」

「……まあ、そうです」


 聖遺物という単語には、(いにしえ)の品物というニュアンスが含まれるので、少し意味とズレてくるが、まあ語義的には合っているだろう。

 これでキェルが死んでいたら、聖骸布(せいがいふ)と呼んでも間違いにはならないのかもしれない。


「そうか。一般的な研究者にとっては、一生に一度調査する機会があれば幸運というほどのものなのに、君は実に簡単に持ってくるんだね」

「そうですか? 付呪学部には何個もあるでしょう」


 聖遺物というのは貴重なものではあるが、国家が金に糸目をつけず血眼になって探しても入手できないといった品物ではない。

 聖剣などは世界に百本程度は存在していると言われているので、お金を払えば入手することはできるし、それを壊して技術を調査リバース・エンジニアリングすることもできる。

 壊れていても、剣神はその残骸を受け取って帰るだけらしいので、それで怒り狂って国を滅ぼされるといったリスクもない。


「そりゃ、あるけれどね。そう幾つもはないよ」

「なぜです? 買えないことはないと思いますが」


 付呪学部はお金持ち学部だ。例えばの話、この真新しい大きな校舎を建設した予算を聖剣の購入に充てていれば、一振りどころではなく、何振りかの聖剣は入手できるだろう。


 クラエスは、ふう、と息をつくと、近くの椅子に座った。

 何気なく置いてあっただけの椅子だが、薄くなめらかに整形された木でできた、デザイナーズチェアのような高級そうな椅子だ。天文学部にはこんな椅子は一脚もない。


「もちろん。歴史的には何十個も購入しているよ。ただ、今残っているのは三つにすぎない。どんなに厳重に管理していても、盗まれてしまうから」


 あぁ、そういうこと。


「不思議なことにね。昔から、ヴァラデウムには神族が潜伏していて、そういった形で研究を妨害しているという都市伝説もある」

 バレてんじゃん。

「まあ、私は信じていないけれどね」

「なぜですか?」


 事実なのに。

 明らかにキェルがやったテロ……っていうのは酷いか。破壊工作のように思うけど。


「私の前任者は三十年以上の長きに渡って学部長の椅子に座っていたけど、その間に聖遺物が盗まれたことは一度もなかった。そのまた前任者は、任期中に聖遺物を購入したが、これもまた盗難事件は起きていない。私が就任してからは一度だけ盗難されているが……それだけで神族のしわざと考えるのは、やや突飛な発想だろう。元々聖遺物というのは換金価値のあるものだから、物欲から盗む者があらわれても不思議じゃない」


 定期的に何十年もヴァラデウムを離れ、ほとぼりを冷ますという戦略が効果的に働いているらしい。

 あんまりやるとヴァラデウム自体の研究力が落ちて、他の研究拠点がのし上がっていくような気もするが、そちらもキェルが旅の道すがらテロ……じゃなかった、破壊工作をしていたのかもしれない。または、キェル以外の神族がやっているのかも。


「そうですか……話の途中ですが、おれはそろそろお暇します。出立のご挨拶も済んだことですし、これから他学部にも挨拶に行かないといけないので」


 おれは手元に置いていた布、というか裾をポケットに突っ込んだ。

 布を切るのに使った金切り鋏と、先の尖った繊維の一本までつまめるピンセットを元の場所に戻す。

 金切り鋏で切り取った三センチ四方ほどのサンプルは、顕微鏡に乗せたままだ。


「そこにあるサンプルは置いていきますよ。昨日と今日の設備の使用代だと思って、どうぞお収めください」

「そうかい。ありがたく頂いておこう」

「では」


 おれは席を立った。


「これから、イーリのところに帰るのかい?」

「ええ、そのつもりですが」


 帰るというと、行き先のクシュヴィの森は初めて行く場所なのだが……イーリの元に帰るという意味では正しいだろう。


「なら、これを渡してくれないか?」


 そう言うと、クラエスは首に下げていたネックレスを外して、手のひらに乗せると、こちらに差し出してきた。

 意識したことはなかったが、初めて会ったときから着けていたものだ。


「なんですか?」

「君が知る必要はない」

「そうですか」


 こちらの手のひらの上で、繊細な――おそらくプラチナ製の細いチェーンがしゃらりと音を立てた。

 チェーンには、高級そうなチェーンと比べるとやや不釣り合いに感じるような、少し煤けた銀のリングが通されている。


「それから、一つ伝言を頼めるかい?」

「いいですよ」

「さようなら、と」


 それは、なんというか少しニュアンスの違う使われ方のする単語だった。気軽に毎日使うものではなく、関係がちぎれるように離別するときに使う言葉というか……語感としては、アディオス、とかが近いだろうか。

 では、この指輪はかつてのイーリが贈ったものなのだろうか……。


 なんだろう。まあ、悪くはないけど、良いものとも思えない。表面に細かく文字が掘られているが、今では錆が入って黒くなってしまっている。イーリが他人に贈ったものとしては……という感じだ。

 クラエスを見ると、相変わらず思考の読めないうっすらとした笑みを浮かべている。聞いても答えてはくれなそうだ。

 まあ、わざわざ面倒なクラエスの相手をしなくても、イーリに聞けばいい話だ。


「……分かりました。それでは、失礼します」


 おれはクラエス・サリトーリに背を向けて、部屋を去った。

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