第074話 決着
「また机を壊すことになる前に、あなたという器をこの世から遠ざける。それだけのこと」
動機は竜人と似たようなもんなのかな。
ただ、星に害を与えた者を滅するというシンプルな動機で襲ってきた竜人と違って、キェルの動機はなにやら小難しい気がする。星というより、文明を守っている感じだ。それは、竜人にはない発想だろう。
ちょっと世俗にまみれた役割をこなすための竜人、みたいな存在なのか?
「ずいぶんと自分勝手な物言いですね。キェルさん」
「なにが?」
苛だったような声が帰ってきた。
「あなただって、殺人兵器を使ってるじゃないですか。大義のために必要だから使っているというのなら、こっちにだって譲れない大義がある。おれは、イーリという大切な家族の生命を救いたいからやっている。あなたがやっている予防的殺人と、どちらの大義が正しいんでしょうね?」
「私の大義が正しい」
「お年寄りには年の功があるから、人を殺すのにも理由があると? 面白い理論ですが、それで納得して殺されろというのは、ちょっと無理な相談ですね」
正直なところ、竜人がおれを殺そうとしたのは理解できた。故意ではないとはいえ、全生物の拠り所である星を殺してしまうところだったのだから、そりゃ怒るのも当然だ。死に値するだけの罪だというのも理解できる。
だが、新しい技術を発明したなんて、そんな理由で殺されていたら命がいくらあっても足りない。
「私の大義の正しさは、私だけが知っていればいい。歴史を知らないあなたには、理解できるものではない。納得してもらおうとも思わない」
「対話で妥協は引き出せないようですね。まあ、仕方ありません」
話し合いで解決できればよかったんだが。
「神族の殺人兵器に付き合っていると、命が幾つあっても足りない。次はこちらから行きますよ」
おれは懐に手を入れ、五枚の銅板矢を掴むと、懐から手を抜く勢いのまま投げた。
それぞれまったく別の軌道を描きながら、風の通路に誘導されて襲いかかる。その途中で、突然小さな爆発が起きた。
一枚の銅板矢が壊れる。
残りの四枚のうち、一枚はベレッタが使っていたのと似たような力場を放つ棒で叩き落され、一枚は周囲に展開している切断糸に当たったのか、突然二つに分かれて失速した。
機敏な動きでまとわりつくように動く銅板矢が、最後に一枚キェルの服に突き刺さった。
「――なに?」
キェルに突き刺さった銅板矢は、なにも現象を引き起こさなかった。そもそも尾を引いている導電糸は、周囲に展開している切断糸に切断されてしまっていて、電流を通すことはできなかった。
「一応、電流を流して感電させる技なんですけどね」
「無駄よ。電気は通らない」
まあ、超振動糸が通らないような服だ。電気くらい通らなくてもなんの不思議もない。
「最初から分かっていました。今使ったのは、新しい術を編むための時間稼ぎです」
五枚だったら思考資源をあまり使用しないで使える。そのくせ敵は回避行動に手一杯になるので、なにかと都合が良いのだ。
おれは聖剣を腰の鞘に収め、術式を展開している両手のひらを触れ合わないように並べた。霊体の中いっぱいに術式が詰まっている感覚がする。
「警告しますよ。降参しませんか? キェルさん」
「あなたこそ」
こっちが降参しなきゃいけないのか。
「さっき話している間に、空中機雷を撒いてあなたの周りに展開した。今爆発したのと同じものが、すでに無数に周囲を取り囲んでいる。空中戦では絶対の強さを誇る兵器よ。対処法を持たないあなたに勝ち目はない」
「そうですか」
「余裕そうね。この意味がわからないのかしら」
「分かりますよ」
ホーミングビームはその場で防げるが、投網のように広がる殺人糸は大きく動かなければ避けられない。そこで機雷に当たれば、それ自体は人を殺すような威力ではないにしろ、撃墜されるような形で大きく体勢を崩してしまう。
空中で無防備な姿を晒してしまえば、そこに追撃を食らって終わりだ。
周りを取り囲んでいるのでは、単純に気流で押し流すこともできない。大気を押し出せば、そこには必ず吸い込みが伴う。漂っている空中機雷を自分の方に引き込んでしまう。
たしかに、空中戦では無類の強さを誇る兵器だ。
というか、おそらく昔の戦争で必勝の定石として確立された方法なのだろう。
「あなたの勝ち筋は一つしかなかった。試製三式竜刀に頼って、接近戦を挑むこと。母が仕上げたこの服は、既存の遠隔攻撃では絶対に破れないわ」
「大した自信ですね。なら、これは勝負だ。竜に抱かれ魔導を究めた民に、魔導なき民の叡智が挑む」
キェルはさすがになにかを感じたのか、先ほど使っていた棒を前に出し、攻撃に備えた。
「……魔導なき民?」
「おれの生まれた星では、星竜はすでに死んでいたんですよ。竜のいない冷たいゆりかごで、我々は世界のありようを探求してきた。数学を言語として物理を記述し、地に湧く油を精製して宇宙を旅した。世界を司る法則への理解を、僅かにでも進めようと、何百もの天才が科学に人生を捧げてきた……その末が、ここにいる」
おれは触れないように合わせた手のひらの間を、キェルに重なるように狙いをつけた。
「最後に警告します。この術は、あなたの服では絶対に防御できない。どんな物質も、どんな術式も、なんの意味も持たない。痛い目を見る前に、降伏してください」
「……やれるものなら、やってみなさい。その距離から私の防御を破れる攻撃など、存在しない」
「大した自信ですね」
おれがそう言うと、キェルは銃を構え、銃床にビームを放つ杖を持った手を添えた。この技が効かなかったら、次に放たれる攻撃は無防備になったおれを八つ裂きにするだろう。それでもよかった。これすら無効化できるなら、キェルにはなんの攻撃も通用しない。神に人は敵わないのだと運命を受け容れるしかない。
「ならば、竜亡き星のルシェ・ネルが、竜在りし星の一族に御覧に入れる。我らが達した科学の極致、その目に刻め」
おれはぴたりと手のひらを合わせた。
「時空歪断」
両てのひらが繋がった瞬間、蓄えた魔力が爆ぜるように消滅し、意識できないほどの刹那、魔術が発動した。
断裂の衝撃が大気に伝わり、パキンッ、と、千枚のガラスが一斉に割れたような音が辺りに響いた。
音が鳴り終えたときには、キェルの両足は、肉体からはずれていた。
浮遊を靴裏の付呪具に頼っていたキェルは、その瞬間に浮遊を維持できなくなった。両脚が離れ、三つに分かたれた肉体が、重力に捉えられて落下を始める。
落下を始めたのは、術を発動するために重力制御を失った自分も同じだった。途中で空中機雷が接触して爆発を起こす。骨がきしむような衝撃を何度も受け、機雷層を突破して地面に落ちた。
たしかに空中で食らったら戦闘どころではないが、鼓膜が破けるほどの威力でもない。ベレッタのアレと比べれば随分と良心的だ。
キィーン……と嫌な感覚を伝えてくる耳をかばいながら、キェルのところに歩いてゆく。
キェルは、こちらに武器を向けることもなく、落下したその場に仰向けに倒れていた。
「……なにを、したの?」
キェルはもう戦う意思がないのか、ずれてしまった仮面を脱いで素顔を見せた。
「極めて強力な重力変動を交差させ、時空に断層を作って切断しました」
端的に起こした現象の要旨を述べると、キェルは正気を疑うような目をしておれを見た。
「……そんなこと、できるわけがない。一体、どれほどの魔力が必要だと……魔王でも、そんなことはできないはず」
やはり、キェルには相当な知識があるようだ。
おそらく人間世界で最もこのたぐいの知識に精通しているエレミアであっても、今の話を聞いてすぐにこの回答はでてこないだろう。
言ってみれば一般相対性理論で語られた重力が時空間に及ぼす影響を、悪用した技だ。大抵の魔術師は、重力と空間は別のものだと考えているだろう。
「なんでも切れる刃物でなにかを切断するには、刃物が移動する時間さえあればいいんです」
おれは端的に理由を説明した。
「キェルさんの言う通り、この術を一秒動作させるには、およそ魔術師四万人分に相当する莫大な魔力が必要です。でも、一秒なんて気の遠くなるほどの時間は必要ないんですよ。幸いなことに、重力は光速で伝わる。火花が散るほどの一瞬――実際には、光がたった十メートル移動するのに必要な時間、動作すれば十分なんです。それでさえ、常識外れな魔力を消費しますけどね」
”時空歪断”は、月ほどの重力を数マイクロ秒作り出し、ベクトルが逆になった二枚の膜のように出力することでその間にある物体を切断する技だ。
この魔術の開発には、重力操作という既に会得した技術の流用よりも、むしろ右手と左手が触れて回路が短絡した瞬間、全ての魔力がマイクロ秒単位で燃え尽きるような、一種のショート回路を設計する方が難題だった。
瞬きの十万分の一以下の時間で、膨大な魔力を重力に変換し、設定した平面を左右に交差させる。
物質的な硬度による対策は無意味なので、この術を防御するためには、時空間に関しての対策が必要になる。
「……そう。タネを聞いてみれば、なるほど、天才らしい発想だわ」
「降参ですか? それなら、約束を果たしてください」
「あなたには、謝らなくちゃいけない。私は不死業の治しかたを知らないの。他のことなら、約束通り答えるわ」
他のことって。
他に知りたいことなどない。
「なら、他の……他の神族は? あなたの同胞で、詳しい人に聞いてきてもらうことはできませんか」
「悪いけど、無理。私は死ぬから」
はあ?
「死ぬって」
おれはキェルの足を見た。
来る途中にも見ていたが、本来なら大腿動脈からドクンドクンと猛烈な勢いで吹き出しているはずの血は、一切出てきていない。
それで、やはり人間とはつくりが違うのだなと思ったのだが――。
間近でよく見てみると、残った大腿部に黒い装束が捻り絞るように巻き付いている。これが止血しているのか。
「この服は、危険な真似をする私が死なないように、母が作ってくれたもの。でも、両脚となると、そう長くはもたないわ」
「手足くらい、失っても生えてくるんじゃなかったんですか?」
「――フフッ、トカゲかなにかじゃないんだから。肉体的には人間と変わらないのよ」
………。
「死なせません」
「いいの。私は十分すぎるほど生きた。やっと責務から解放される」
「あなたにも、そんな服を作ってくれた、子供思いの母がいるんでしょう。おれ、そういうの苦手なんです。あなたが嫌といっても、絶対に死なせません」
「やめて。両脚を無くして、永劫を生きていくなんて、私には耐えられない」
あんな人工星鱗を作れるような技術はあるのに、手足を生やす技術はないのかよ。義足でもなんでも装着すればいいじゃないか。
だが、キェルの口ぶりからすると、満足に歩けるようになる義足も存在しないのだろう。
「なら、くっつけます」
「無理よ。両脚同時になんて」
「なんとかします」
体をズタズタの穴だらけにされて、片腕片足を失い、血中に大量の毒が混入した人を助けるわけではない。たかが、両脚が取れただけのことだ。
今回は、どうにもできないとは思わなかった。
ここからだと、ベレッタの家はそれなりに近い。
朝方だし、まだ寝ているかもしれない。
『ベレッタ! 来て!』
おれは記憶しているベレッタの共振周波数に向けて、大きな声を送った。
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