第073話 殺人兵器
「いい場所ですね」
おれはヴァラデウムの市壁の外、五キロほど離れた荒れ地に立っていた。
このあたりは大規模魔術の実験場になっているらしく、草も生えていなければ耕されてもおらず、黒焦げた地面は固く締まっている。
大きな街道にも面しておらず、人が来そうな気配もない。
おあつらえむきの場所だった。
夜明け前に襲撃をかけてきたせいで、もう空は白み始めている。薄暗いが、キェルの姿はよく見えた。
「始めるか」
癖なのか靴が緩いのか、キェルは右足のつま先をトントンと地面に打ち付けながら言った。
「その前に、どこまでやっていいか聞いておいていいですか?」
「……どこまで、とは?」
キェルは訝しげな声を出した。
「おれはキェルさんを殺したくないし、殺してしまったら話を聞くことはできません。神族というのは、どれくらい丈夫なんでしょう。手足くらいは切断されても生えてくるものなんですか?」
神族は竜人の眷属というか、親戚みたいな存在だという説が有力とされている。実際、竜人は腕が生えてきたわけで、キェルがそうだったとしてもなんの不思議もない。
「私を殺す心配など、しなくていい。どうせあなたは死ぬのだから」
「それはちょっと卑怯じゃないですか? あー、教えなければこっちは手加減するしかないですもんね。なるほど、神族ってのはそういう姑息な手を使ってくるわけですか」
あおってみた。
「……手足を失ったくらいで死ぬことはない。これでいい?」
教えてくれた。
「始めるよ」
キェルは腰に手をやり、つい先ほど突きつけてみせた銃をこちらに向けた。
拡散、または誘導をする何かが来る。
ロクに狙いを定めたふうもなく、抜き打ち気味にポンッ、と銃が弾けた。
おれは右空中に跳ねて回避行動を取りながら、とっさに聖剣を抜き打ち、パパッ、となにもない中空を斬っていた。
行きと帰りで二回切断し、着地しながら剣を構え直す。すると、右腕の二の腕に、液体の雫が肌を伝って落ちてゆくような、濡れた感触があった。
わずかに切断されている。
「……試製三式竜刀か」
「超振動糸ですか」
これ、試製三式竜刀っていうのか。
というか……神族はなんてもんを作ってるんだ。あれを誰でも使える付呪具にしちゃうのか……。
おれが言うのもなんだが、どういう倫理観をしていやがる。
「自分で作った魔術を食らうってのも嫌な気分ですね。危うく細切れの肉塊になるところだった」
「自分で作った?」
「これでしょ」
おれは懐に手をやり、あらかじめ作っておいた炭素繊維を一本だけ抜き出すと、つむじ風と一緒に飛ばした。
一陣の風が地を這ってキェルのもとに届く。
挨拶代わりのつもりで放った攻撃だったので、てっきりキェルは避けるものだと思った。しかし、キェルは地面に立ったまま避けようとしない。
超振動を纏わせた炭素繊維の糸が、キェルの足を切断――しなかった。
「あれ?」
見えはしないが、確実に足を撫で切っていた軌道だったはずだ。
「――やはりお前は危険だ」
キェルは足で見えないなにかを跨いだ。まとわりついた炭素繊維を除いたのだろう。
「もしかして、その服の効果ですか?」
どんな巨岩だろうが山だろうが、真っ二つに切断して後ろに通り抜けるはずなんだけど……。
素材的に切断できないのだとすれば、究極の防刃素材だ。
あるいは……超振動を打ち消す力場のようなものを纏っているのか。
この技の長所は、敵にとって攻撃が不可視であることだ。
それは、そのまま短所にもなる。不可視なのは自分にとっても同じだからだ。例えば、こちらが風を吹かせて糸を散らせた瞬間、相手がカウンターで風を吹かせてきたら、その瞬間に超振動を切らなければならない。乱流になると、どこに飛散しているのか途端に見当がつかなくなり、自分が切断される危険が生まれるからだ。
なので、この技はかなり扱いづらい側面を持っている。敵味方入り乱れるような状況では当然使うべきではないし、敵と自分の位置関係がすぐに入れ替わるような近接戦でも使えない。
しかし、キェルの服はそれらの短所を帳消しにできる。
自分は切られないのだから、どれだけでも好き勝手に殺人糸を撒き散らせる。たとえば自分の近くに纏わりつかせるように展開すれば、普通の剣士は近づくこともできない。
「………」
キェルは答えない。
「やっぱり、逃げていいですかね」
控えめに言って強すぎる。
ゲオルグの聖剣を使えば、木の枝で蜘蛛の巣を払うように近づくことはできるが、それだって無傷ではいられないだろう。手足や首が、不意にすぱんと斬れてとれるくらいのことは覚悟する必要がある。
「お前は人類の害。殺すといった」
キェルは走り出した。同時に、腰のポシェットから新しいカートリッジを取り出して、発射済みのカートリッジと交換する形で取り付ける。
さすがに連射はできないようだ。
しかし、武装があの銃だけとは限らない。どんなトンデモ兵器が飛び出してくるか、しばらく守りに徹して手の内を見るか。
キェルは地面を踏んで飛び上がると、カートリッジを取り出した時に一緒に抜いていたのか、左手にいつのまにか握っていた杖をこちらに差し向けた。
そこから白色の光線が放たれる。
おれは、反射膜を展開しながら横に回避行動をした。
その姑息な対応をあざ笑うかのように、光線は水に浮いた油膜を破るようにして反射膜を貫通し、半身になっていた胸の近くを通り抜けた。
貫通――?
綿の服一枚隔てた素肌が、ピリピリとした静電気の余韻のような感覚を持っている。電荷があるらしい。
部屋での一件でレーザーを防がれることは分かっていたので、なんらかのビームを使ったのか。質量ゼロの光であるレーザーとは違い、ビームは質量のある荷電粒子を加速して撃ち出す兵器なので、光学的な反射膜はなんの役にも立たない。
そして、キェルは空中に浮かんだままでいた。落ちていない。
両足の靴底の真ん中に、丸い穴のような空隙が作ってあるのが見える。
磁気浮上か?
強力な磁石を二つ使って、片方を浮遊させようとしても、横にハネられてしまい安定しない。これはアーンショーの定理によって説明できる問題で、空中で安定させるにはかなりの技術がいる。
神族との戦いといえば、剣神との戦いをいままで想定してきたわけだが、それとはまったく別角度になってきた。未知の魔導技術のオンパレードだ。
「しぶといな」
キェルはもう一度同じように白いビームを放った。
今度は反発靴で地面を蹴って大きく回避行動を取ると、ビームは空中でくねっと曲がり、円弧を描いてこちらに追いすがってきた。
誘導。
弾速自体も早い。当たる、まずい、と感じた瞬間、手の中で強力な磁界を発生させる術式を展開させていた。
するとビームは前に出した手を貫通する直前、弾かれるように曲がった。荷電粒子であることを確認していてよかった。
しかし弾いただけだ。原理が不明な兵器。蛇のように旋回してこちらを狙うかもしれない。
視線をキェルから切ろうとすると、反対の手で持った銃をこちらに向けていて、すでに超振動糸を射出していることに気づいた。
死の糸は投網のように広がってこちらに向かっている。
無理。
死。
おれは思い切り地面を蹴って回避行動をとった。
「――あなた、それは」
空中に浮いているおれを見て、キェルが信じがたいものを見たような声を出した。
「反重力……?」
「ええ。おれは重力子制御と呼んでいますが」
重力を制御した浮遊法は、磁気を用いたものと比べても大きな優位性がある。単に浮いていられるだけでなく、ありとあらゆる移動に絡みついてくる重力をキャンセルすることができる。つまり、自分の体重をゼロにできるということだ。
磁気を用いた浮遊法だと、常に地面に向かって引きつけられる重力と対抗し、それに勝った速度でしか上昇できない。しかし重力制御に反発靴を併用すれば、鉛直方向に物凄い勢いで回避することができる。横方向の動きも圧倒的に機敏になる。
「それは、人間の演算能力では使用できない術のはず」
そう言いながら、キェルはもう一度白いビームを放ってきた。
これへの対処法はもうできている。当たる寸前に強力な磁界を一瞬発生させて、ビームを弾くように逸らした。やはり一度逸らすと二度とは誘導はできないらしく、ビームは更に追ってくることはなかった。
「やはり――あなた、重脳人なのね」
重脳人?
……概念炉のことを言ってるのか?
「この時代にどうやって……施術者は誰?」
施術者。
これって、他人にやってもらうもんだったのか。
「おれですが」
「おれ?」
「自分で設計して、自分に組み込みました。便利そうだったので」
「………」
黙ってしまった。
「そんなわけない。適当なことを言わないで」
「本当ですけど」
「あれは私たちでさえ仕組みを解明できていない、失われた技術。あなたに一から設計できるわけがない」
……は?
神族でも無理なのか。
じゃあ、重脳人ってなんだ。神族とは別に、高度な魔導技術を持った連中がいたということになる。
いや……現在進行系でいてもおかしくはないのか……。
「神族にも作れないんですか」
「努力の必要がない。非人道的な戦争技術など、再現する必要がないから」
非人道的って……えらい言われようだ。
一体、概念炉のどこが非人道的なんだろう。戦いに便利なのは確かだが、日常でも便利なのに。
暑い夏の朝、目玉焼きを焼きながらアイスティーを作ることだってできる。それのどこが非人道的なのだ。
「これが戦争技術なら、あなたが今まさに使ってるえげつない殺人兵器はなんなんですか。殺人糸にホーミングビーム……こんな殺意を向けられる覚えはないんですがね」
研究点の支払いをすっぽかしたのかな? 全部払ってたはず……払ってたよな?
「喫茶店で出会ってから、てっきりあなたは道徳心に溢れた真面目な方なのだと思っていました。そんな人が、おれみたいな子供を殺そうとする理由って、一体なんなんですか?」
「あなたのような天才は、迷惑なのよ。技術は机にこぼした液体のようなもの。過ちに気づいても器には戻せない。あなたが子供のような無邪気さで考えついた技術について、あなたは責任を負えない」
なんだ。それについて怒ってたのか。
「また机を壊すことになる前に、あなたという器をこの世から遠ざける。それだけのこと」
動機は竜人と似たようなもんなのかな。
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