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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第三章 枢機の都、ヴァラデウム
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第065話 究理塔(上)


「ほら、謝ってください」


 秘書風の女性がそう言っておれを手で示すと、オスカーと呼ばれた男は、


「ぐぬ……」


 と、呻くように言った。


「どうしたんですか? 謝らないと帰ってしまいますよ。それでいいんですか?」

 親か?

「……ルシェくん、乱暴を働いてすまなかった。どうか私の話を聞いてほしい」

「はあ……構いませんよ。こちらもお話したい話があるので……」


 というか、どちらかというと乱暴を働いたのはこっちなんだが……。


「では、執務室に案内します。こちらについてきてください」


 ◇ ◇ ◇


 天文学部長の執務室は、これまで見てきた三人の学部長の部屋のどれよりも汚れていて貧相だった。

 狭苦しいというほどではないが……広くはない部屋に、雑然と荷物が積まれているせいで狭く見える。

 施設の院長の部屋が丁度こんな感じだったな。


「それで、えーっと、話したいことがあるんでしたか。お先にどうぞ」


 先に話させたほうが有利だろう。なんにせよ、交渉において相手が欲しい物を知っておくというのは重要なことだ。


「私の質問は一つだ。きみの言う、気球を使った方法で宇宙を見ることは本当に可能なのか?」


 はて?


「原理的には可能ではないかと思いますが、現状では素材的な問題があると思うので、研究が必要でしょうね」


 おれの唱えた方法だと、風船に竜鱗を練り込んだ糸をつけて、それを掴んでいくことになる。それだと、元の大きさの何十倍に膨らんでも破裂しない柔軟なゴム素材が必要になる。

 ゴム自体は流通していてヴァラデウムでも入手できるが、そこに特定機能を実装しようという努力はほとんど行われていない。やろうとすれば、様々な添加物を試すなどして、一から研究を始めることになるだろう。


「うちの連中は軽気を使ったゴム気球を諦めて、熱気球に活路を見出しているのだ。現在は、雲の少し上までしかいけていない。空中で気絶してしまう者まで現れて、あわや死亡事故に繋がるところだった」


 ……熱気球か。

 それは見当違いなアプローチだ。

 熱気球だと、相当頑張っても一万メートル程度が関の山だろう。それはエベレストの頂上くらいの高さでしかない。それでも意味がないわけではないが、宇宙というには程遠い。

 星からの自然魔力が薄くならないと外宇宙の魔力は観測できないので、高度的にはせめてその五倍から十倍はいきたい。そこまで行くと空気がなくなってくるので、熱した空気の上昇力を利用する熱気球では技術的な問題が出てくるし、それ以前に人間の体がもたないので生命を維持するための別の装置が必要になってくる。

 つまり、熱気球という安易な方法に手を出して、逆に難しいことをやっている。


「……てっきり、あなたはそっちの方針と対立しているものかと思っていました。そういうふうに聞いていたので」

「当たり前だ。私が生きている間に間に合うならいいが、死んだあとになって実現しても、なんの意味もなかろう」


 ああ、なるほど。自分が宇宙に行きたいだけなのか。

 政治的な部分を重視するつまらない人間と聞いていたが、実際会ってみるとそうでもないようだ。


「そういうことですか。合点がいきました」

「きみは霊体離脱して、魔力を捨てるだけで観測できるといったな」

「ええ。そうです」

「なんとかして、私の霊体をそのようにできんか」


 ……また、究極に難しい難題をつきつけてきたな。


「それは難しいです。相当、神がかったような技術が必要だと思います」

「神族ならできるのか」

「そういう意味ではないです。例えば鉄を金に変えるとか、そういったレベルですらなく……極論を言えば、世の中を支配している法則を書き換えて、1足す1を2でなくすような段階の技術が必要になってくるかと」


 魔力を司る粒子……おれは勝手にそれを魔力子(マジカロン)と呼んでいるが、それはおれの推測では極々わずかな質量をもつフェルミ粒子で、人間や動物の思考や思念波によって影響を受け、他の様々な素粒子のはたらきと相互作用する、奇妙な性質を持っている。

 おれも量子論的な深い性質まで解明したわけではないけれども、魔力子(マジカロン)は一粒の素粒子としてふわふわ浮いているわけではなく、必ず幾つかがくっついた粒子として存在している。それがこの惑星では一つのパターンしかなく、おそらく魔力子(マジカロン)を惑星に還流させている星竜が単一の組成に整えている。

 もちろん、おれ以外のこの惑星の生命体はすべて、その一つのパターンの魔力子(マジカロン)が更に結合して霊体の骨格を形作っている。

 それを地球産のものに再構築しなおすというのは、どう考えても無理な話だ。人間を別の素材で作り直してみろ、みたいな話で、新しく人間を作るだけならまだしも、既に存在するオスカーの生命活動を止めず、さらに人格も保存したまま別の素材でできた人間にしろ、ということなので、これはもう無理と言ってしまっていいだろう。


「なるほど、無理か……」

「はい。少なくとも、おれが生きている間に実現するのは絶対に不可能です。おそらく、神族でもそんなことは無理かと」

「では、やはり究理塔を直すしかない」

「えーっと、確認ですが、オスカーさんは宇宙を見てみたいんですよね?」

「見てみたい、ではない。もう一度、見たいのだ」


 ああ、そういうこと。


「オスカーさんは、究理塔を使ったことがあるんですね」

「そうだ。一度だけ……星の海を夢見て天文学部に入って、五年目のことだった。きみもあの星の海を見たのだろう? どう思った」

「美しかったです。満天の星々もさることながら、空を覆い尽くす遥か遠くにいる竜たちの声が……我々とは違う形で、宇宙を棲家とする竜たちの世界があるのだ、と感動しました」

「そうか……羨ましいよ。本当に、羨ましい」


 ……そうだろうな。 


「私は、あの時の……心から打ち震えるような感動を、今でも忘れられんのだ。あの星の海に、取り憑かれてしまったのだよ」

「おれも、あの感動は一生涯忘れないと思います」

「わかってくれるか――!」


 おっさんは、感極まった様子で椅子から立ち上がると、突進するような勢いで近寄ってきて、今度は襟首ではなくおれの手を握った。

 こわっ。


「わかってくれると思っていた。あの星の海を実際に見た者ならば」

「は、はい」

「では、私に協力してくれるな?」

「それはできません」


 おれがそう言うと、オスカーは唖然とした表情をした。


「なぜだ」

「今のおれにはやるべきことがあるからです。イーリ・サリー・ネルの不死業(ふしごう)を癒やさなければ」

不死業(ふしごう)?」


 そうつぶやくと、オスカーはトボトボと椅子に戻って、どかっと腰掛けた。


不死業(ふしごう)というのは、たしか……霊体となって他人の体に乗り移ろうとした愚か者が罹る病のようなものだろう。きみは、そんなものに興味があるのか」


 心底つまらなそうだ。

 この人はあれだな。自分の学域以外には興味を示さないタイプの学者だ。


「興味はありませんが、おれの大切な人が罹ってしまったので、癒やす必要があるのです。なにをするにも、それを解決してからの話になります。そのために禁書を閲覧する許可が必要なので、賛成していただきたく参ったという次第です」

「かまわんよ。そんなことなら」


 えっ。


「オスカーさんっ!」


 秘書らしき女性がここにきて初めて声を発し、オスカーの禿頭を手のひらでぶっ叩いた。


「なにをする。セリカくん」

 慣れているのか、動揺する様子もなく、オスカーは叩かれた頭を撫でた。

「なにをするじゃありません。賛成する見返りに、この天才少年に究理塔をなんとかしてもらえばいいじゃないですか」


 余計なことを……。

 でもまあ、元からそのつもりで来たんだけど。


「おお、それはよい考えだな」

「よい考えだな、じゃありません。この子の師、イーリ・サリー・ネルといえば当代最高の付呪学の権威ですよ。その弟子で宇宙探索にも詳しいのですから、この子以上の適任者はこの世界にいません。そんなことぐらい、ご承知の上かと思ってました!」

「お、おう……そうなのか。では、一つ頼むとしようか」


 そういう流れになるか。

 一体どういうコンビなんだろう。このセリカという人はそれなりの学識があるようだが、本当に秘書なのか?


「直せる保証はできかねますが、数日間調査をして助言をするくらいのことはできると思います。それで賛成を約束していただけるならば、全身全霊をかけて努めさせていただきます」

「よかろう。では、早速調査にいくか」

「えっ、今からですか?」


 朝方にエレミアに会ってから、ヘルミーネと会い、クラエスと会って、最後にここだ。もう外は真っ暗になっている。夕方、ではなく夜半、といった時間帯だ。一日中動きっぱなしなので、さすがに疲れてもいる。


「いかんか?」


 だが、オスカーは時間など関係ないという顔をしている。

 元々天文学というのは夜にやる学問なので、夜型の生活になりがちだ。昼に仕事をして夜は休むといった感覚がないのかもしれない。


「オスカーさん、無理を言ってはいけませんよ」

 セリカさんがたしなめた。

「いえ、構いませんよ。まあ……日が変わる前までなら」

「うむ。セリカくんはどうする?」

「お供します」


 オスカーは、ガタッと音を立てながら勢いよく椅子を立った。


 ◇ ◇ ◇


 究理塔の入り口は、巨大な扉――というか、ゲートの横にある、小さな木の扉だった。


「この扉は、最近つけかえられたもののようですね」

 どう見ても数百年前からある扉には見えない。

「うむ。これは本来のものではない。元々あったものは、壊れてしまってな。苦労して取り外したのだ」


 中に入り、オスカーが壁に手を添えると、パパパッと照明がついていき、トンネルのような大きさの通路が姿を表した。

 なるほど。やはり、中には巨大なゲートと同じサイズの通路が伸びているようだ。おれたちが入ったのは、人間が通るための勝手口なのだ。


 振り返って巨大な扉を見ると、一定間隔で横縞が入っている。蛇腹状に折りたたまれるシャッターなのだろう。

 しかし、この照明は魔術灯火(ルーセルナ)か? 回路を建物に埋め込んで、一斉に魔力を供給できるようにしたものはあるが……。


「さっきのはオスカーさんが魔力を注いだのですか?」

「違う。ミールーンにあった母なる大樹(イルミンスール)のように、究理塔には魔力を貯める仕組みが備わっているのだ。原理は不明だがな」

「魔力を貯める……」そもそも、魔力というのは装置に貯めにくい性質を持っている。「しかし、塔は少なくとも何百年というスパンで稼働し続けているはずです。いくらなんでも、その間の使用分を神話時代の貯蓄で賄っていたとは思えませんが……どこかから魔力を吸い上げているんですか?」

「供給源は分かっていない。塔表面の塗装が魔力を吸着する性質を持っているとも言われているな」


 ふーん……そういう可能性もあるか。


「それと……どうやら、この通路は資材の搬入路のようですね」


 レールがついているわけではないが、歩道から彫り下がった部分に、人間が歩くには不釣り合いな広さの通路がずっと伸びている。

 車がすれ違える程度の幅がある。


「そうだな。今はこんなに広い通路を使う必要はないが、建築時の資材搬入に必要だったのだろう」

「……まあ、そうかもしれませんね」

 それだけのためとも思えないが。

「中枢部までは、そう時間はかからない」


 オスカーの言った通り、まっすぐに伸びた通路をしばらく歩くと、中枢部と思わしきホールにたどり着いた。

 外の街に比べると、ずいぶんと近未来的な光景が広がっている。

 その真ん中に、どう考えてもここから射出するのであろう。という台のような部分があった。左右にレールがついていて、天井を見ると大きな真円形の穴が開いている。

 途中に蓋などがなければ、あそこに立って上を見たら、豆粒ほどの大きさの穴から星空が見えることだろう。


「ふーん……なるほど」

 実際に内部の構造を見てみると、いくつか思い描いていた推論がぴたりと嵌った。

「霊体を宇宙まで射出する際は、どういう手順を踏むのですか?」

「ついてきなさい」

 オスカーはあらぬ方向に歩き出した。

 おとなしくついていくと、狭い通路に入って少し歩いた部屋で止まった。


「この部屋で、まずは霊体を分離する。もともと分離する術を心得ている者には不要な部屋だ」

「ああ、ここが例の部屋なんですか」


 中には黒い色をした無骨な寝台が横たわっていた。その上に薄い敷布団のようなものが敷いてある。


「知っているのか?」

「以前読んだ霊侵術(サイコマンシー)の研究に、これを使った実験のことが書いてありました。今でも使えるんですか?」

「ああ、これは問題なく使える。禁止もされていない」

「なるほど。じゃあ、ここで分離して射出の台のところに行くわけですね。機械に射出の命令を出す、制御部のようなところはあるんですか?」

「それはこっちだ。ただ、見てもわけがわからんと思うが」


 先程のホールに戻り、もともとの階段を木で作り直したような階段を登ってガラス張りの部屋に入ると、そこが制御室のようだった。

 つまみやボタンの大量についたコンソールがあり、その前に十年前に家具屋で買ったような木の丸椅子が置いてある。


「通常の操作手順は?」

「そのレバーを倒すと、射出室の全機能が起動する。あとはこのボタンを押すだけだ。二つの手順しかない」

 メインの起動レバーになっているらしいレバーは、なにやら後付されたゴテゴテとした装置で封印されていた。天文部が独断で使おうとしても、勝手に使えないようにしているのだろう。

 夜帳書庫にあったもののような、外そうとしたら大爆発してコンソールそのものを全壊させるような仕組みには見えないので、聖剣でぶった斬ればそれで済みそうではあるが、やめといたほうがよさそうだ。

 もしやったら、ここにいるオスカーは喜んで空の彼方に飛んでゆくのだろうが、ハズレを引いて死んでしまった場合、誰が会議で手を上げてくれるのかという話になる。

「なるほど……他のレバーやボタンの意味は判明しているんですか?」

「故障してから色々触ってみたが、他のボタンを押しても、レバーを倒しても、なにも特別なことは起こらなかった。他の部分は壊れているのかもしれん」


 一応、色々やってみたようだ。

 操作方法が分かっていないなら、もしかしたら誰かが誤操作をしてモードが切り替わっているのかも……とも思ったが、やっぱりそれは違うような気がする。

 そういうモード変更があったのなら、ある日突然使えなくなるといった壊れ方になるはずだ。故障は徐々に進行する形で進んでいったらしいので、やはり何かしらの装置の劣化が原因のように思える。


「あの、元々やっていた射出の動作は今でもできるんですよね?」

「ああ。君がやった大爆発のあと、申請をして三回の動作確認を行った。うち二回は失敗してしまったがね」


 やはり、人を乗せないのであれば動かすことはできるようだ。


「装置の故障箇所を調べるには、実際に動作させてみるのが一番です。どういう手続きなのか分かりませんが、もう一度申請してもらえませんか」

「うむ。届け出を出しておこう」


 届け出たら監察官でも来て、レバーの錠前を解除してくれるのだろうか。


「よろしくお願いします。それでは、今日のところはこれで。明日は何時から来ていいですか?」

「朝七時はどうでしょう。その時間なら、私ならお付き合いできます」


 セリカさんが言った。勝手に動きたいところだが、一応天文部の付き添いが必要なのか。


「早起きですね。なら、それでお願いします。できれば、明日にでも動作しているところを見たいのですが」

「午後にはできると思う。その頃には私も起きているはずだ」


 セリカさんと比べて、このおっさんはねぼすけだな。

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