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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第三章 枢機の都、ヴァラデウム
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第063話 エレミアの説得

 翌日、おれはエレミアの仕事部屋に向かった。


「禁書を読む正規の手続きを始めたいのですが」

「なんだ、久しぶりに来たと思ったら、またそれか」

「ええ、どうしても読みたいんです。協力してください」

「駄目だ」


 エレミアはおれを軽く睨みながら言った。その表情からは、強い決意が伺えた。


「なぜです? イーリを助けるためなんですよ。あなたの戦友でしょう」

「もちろん、イーリは大事な友人だ。しかし、ああなったのはあいつの自業自得だろう」


 自業自得。

 まったく、そんなことは考えたこともなかった。自業自得……。


「お前は目的のためには手段を選ばないところがある。そこに禁書が方法を与えたらどうなる? それがどんな被害をもたらす内容でも、お前は実行するだろう。何万人殺そうが、イーリを助けようとするんじゃないか?」


 そんなことは……ないとは言い切れないけど。

 考えていると、エレミアは、ふう、と小さな溜め息を吐いた。


「その方法が素晴らしい、誰も傷つけないものなら喜んで協力するさ。だが、そうじゃない。禁書が与える方法は大いなる邪悪なんだ。それも特級の、国を滅ぼすレベルのな。だから封印されている」

「おれは、イーリが悲しむようなことはしません。その方法が非人道的で、彼女が望まない内容なら、意に反して勝手にやるようなことはしませんよ」

「俺はイーリも信用していない。あいつも禁書を求めたことがあるからな」


 は?


「イーリが? なぜ?」

「八年前のことだ。ミールーンが滅びる前、魔王軍が攻めてきた最初の戦役でイーリが雷霆(らいてい)を使ってから、七年が過ぎた頃だ。母なる大樹(イルミンスール)がいよいよ枯れてきて、一度は壊滅した魔王軍の再編が進み、ミールーンの防衛は不安視されていた。イーリは既に、防衛については絶望視していたようだがな」

「それで禁書に頼って防衛しようと?」

「ああ。だが、断った。そういった動機のために禁書を開くわけにはいかない」


 断ったのか。

 イーリからしてみれば、エレミアの一票は当てにしていただろう。


「考えてもみろ。例の噴火の魔術……仮にイーリが使って、魔王軍を溶岩で押し流せたとしよう。だが、一度使ったものは二度三度と使われるものだ。戦争のたびにあんな破滅的な魔術が使われるようになったら、世界は灰色の雲に覆われて日が差さなくなってしまう。それと比べれば、戦争のゆくえなど些細な問題にすぎない」

「分かりました……エレミアさんは、ずいぶんと高尚な人なんですね」


 おれがそう言うと、皮肉を言われたエレミアは眉をひそめた。


「おっしゃる通り、おれは手段を選びません。イーリが死ぬことは自分が死ぬより辛い。想像すると、心が生きたまま枯れていくような気がする」


 おれはイーリを助けたい。だが、エレミアはそれほどの熱量を持っていない。ただそれだけの話だ。

 おれが今抱いているほどの感情を持っていたら、エレミアだってなりふりかまわず禁書を求めるだろう。


「でも、それはおれの都合にすぎませんからね。もう、あなたの協力は求めません」

「どうするつもりだ? 盗みだしでもするつもりか。絶対に、それはできないようになっている」


 やはり、そこについてはかなりの自信があるのだろう。

 重々承知だった。


「他の学部長に協力を仰ぎます。あなたの賛成がなくても、残りの三人を口説き落とせばいいんでしょ」

「無理だな」

「せいぜいやってみます。それでは、貴重なお時間をありがとうございました」


 おれはぺこりと頭を下げて、執務室を後にした。



 ◇ ◇ ◇



「どーだった?」


 建物の外で待っていたベレッタが言った。


「駄目だった。でも、残り三人に当たってみるよ」

 おれは霊魂学部に足を向けながら言った。

「三人ともの協力を取り付けるってこと?」

「うん」

「そこまでする価値があるのかなぁ……」


 ベレッタは、やはり禁書の中身について相当、懐疑的なようだ。


「言いたいことは分かってる。あと一週間だけ頑張ってみて、駄目だったらスッパリ諦めるから」

「一週間って……そんなすぐにできるものなの?」


 ベレッタが疑念を抱いたのも当然だろう。盗み見るという直接的な手段を検討しはじめてから、すでに二ヶ月近く経っている。

 概念炉という便利な副産物を手に入れることができたとはいえ、一週間で達成できてしまうのなら、これまでの二ヶ月はとんだ無駄骨、回り道だったことになる。


「付呪学部長はイーリの親友だっていうし、天文学部長には交渉材料がある。だから、ヘルミーネがあっさり賛成してくれたら夢物語じゃない。今から行ってダメだったら諦めるよ」

「そっか。でもさ、エレミアのおっさんはなんで断ったの?」

 おっさんて。

「悪い技術が広まって、濫用されるようになったら世界が滅びるかもしれないってさ」

「それで、ルシェはなんて言い返したの?」

「べつに。こっちはイーリのことは死んでも助けたいんだから、被害なんて知ったこっちゃないって言った。まあ、あっちは戦友だけど家族ではないからね」


 結局のところ、重視しているものが違うだけだ。エレミアだって、おれと同じくらいイーリのことを愛していれば、禁書に頼ってでも助けたいと思うだろう。

 イーリはミールーンのために禁忌を暴こうとした。でも、もし魔王軍に攻められたのがミールーンでなくヴァラデウムだったら? エレミアは迷いなく禁書を開き、そこに記された禁忌を防衛に使用するだろう。また、エレミアはそうするべきだ。


「ねえ、私だったら?」

「は?」

 どういう意味?

「私のことは死んでも助けたいと思う?」

「そりゃ思うよ。当たり前じゃん」


 おれがそう言うと、ベレッタは嬉しげに顔をほころばせた。


「にゅふふ……もー、あんまり喜ばせないでよー」


 ぺしぺしと照れ隠しのようにおれの腕を叩いてくる。

 ていうか、ベレッタが死にそうな場面って、それこそ想像が難しいんだが。


「もー、あんまり喜ばせないでって言ったのに~」

 そうだった。

「考えてみれば、場合によるかもね。助けに行ったら絶対に死ぬって場面だとちょっと……」


 そう言った瞬間、ベレッタは表情を硬くした。


「なんでそんなこというの」

 マジでキレる五秒前、みたいな凍った表情だった。

「……ごめんね。喜ばせないでって言われたから」

 だめだったのか。

「さっきのはそのままでいいの! まったく、女心が解ってないんだから……」

「えぇ……め」


 んどくさ。という言葉を口から出る直前で飲み込んだ。


「なに?」

「めっっちゃデリカシーに欠けてたなーって思って。ごめんね」

「でしょ」


 ベレッタは少し溜飲が下がったようだ。

 少し大人になった気がした。


「じゃ、早くいこ? 一週間しかないんでしょ」

「うん」


 なぜ手をつなぐ。

 と思いながら、また怒りだしたらかなわんので繋がれたまま連行されていった。


 ◇ ◇ ◇


「禁書かい……まーた妙なお願いをしにきたね」

「すみません。エレミアさんは望み薄のようなので」

「そうだねえ……まあ、あたしは別にかまやしないんだが、エレミアの小僧を裏切るとなるとねえ……」


 裏切るとか、そういう話になってくるのか……。

 まあ、そもそも他人に存在を話してはいけない、許可すること自体原則ダメみたいな話らしいしな。


「交換になにかをよこせといっても、ぼうずにはあたしに提供できる知識はないだろう。霊能がないんだから」

「そうですね。お金や研究点なら払えますが」

「そっちには興味がないね」


 ヘルミーネは退屈そうに言った。まあ、天文魔導学なんかと違って、稼ごうと思えばいくらでも稼げるような学域だからな。


「いいじゃないですか」ベレッタが言った。「あんまりケチケチしないで、許可くらいパッと出しちゃえば。懐が痛むわけでもないんでしょ?」

 ここ最近の交流でややフレンドリーになったのだろうか。ベレッタの言葉は気安かった。

「それはそうだがね。よっぽどじゃなければ、許可はださないことになっているんだ。先代の学部長も、先々代も、一度も許可を出さなかったしね」

「そういえば、エレミアさんは禁書の一つについて概要を知っていました。ヘルミーネさんはセプリグスが著した禁書の内容について、なにか伝え聞いていないんですか?」


 知ってたらこんなやりとりをする必要もない。


「知ってる……と言いたいところだが、知らないね。セプリグスは三代前の霊魂学部の長だが、先代と私は仲が悪かったんだ。禁書の研究については、百年間の噤閉令(きんぺいれい)が出るからね」

 噤閉というのは口を閉じておけという意味だ。口外禁止令、ということだろう。

「よっぽどの信頼がなかったら話したりできないのさ。語って聞かせた相手が通報して、その内容が正確だったら、教えた奴が逮捕される仕組みだからね」


 なるほど。それだと、仲が少しでも悪かったら軽々しく口伝で伝授したりはできないことになる。

 逆によくエレミアは知ってたな。

 百年間も仲良しこよしで伝聞されてきたのか……あるいは、やっぱり他国に大迷惑をかけた事例だから、歴史の闇の中に埋めて自らも忘れてしまうのは首相職として無責任だろうという考えで、特別に一つだけ伝えられてきたのかもしれない。


「そうなんですか。残念です。概要を聞ければさっぱり諦められたかもしれないんですが……」

「それで、あたしが興味ありそうな知識に心当たりはないのかい」

「ああ、そうそう」


 思い出した。


「てんかんの治療って、セプリグスでも無理だったみたいですね」

「ああ、そうだ。あれは今でも霊魂学で手出しできない疾患の一つになっている」

「霊魂学とはまったく関係ないんですが、症状を改善する手術を知っています」

「ほう?」


 医療にはあまり詳しくはないが、中々びっくりするような手術なので覚えていた。


「どんなものなんだい?」

「……それは後払いということで」


 こっちの餌は一つしかない。食われてから釣られてやらんと言われたら困ってしまう。


「ぼうやは本当に疑り深い性格をしてるねえ。ベレッタ、あんた、こんなのと生活していて苦労しないのかい?」

「ルシェは、疑り深いかわりに、一度信頼した人のことは疑わないんです。ヘルミーネさんは、まだ疑われてるってことですね」


 ……うーん。まあ、それはそうかな。


「だがねぇ……それじゃ、交渉が成り立たないよ。こっちは正体のわからない、眉唾のような話に対して、ぼうやの思い通りに動くことになる。その価値があるのかもわからないのにね」

「そうなんですか。やっと同じ立場の人を見つけた気分で、なんだか嬉しいですね」


 思わず口をついて言葉が出てしまった。


「なに? どういう意味だい」


 ヘルミーネは意味が分からなかったようで、眉をひそめた。


「奇遇なことに、おれも正体のわからない、価値も定かではない眉唾話のために、もう二ヶ月近くも全身全霊で頑張ってるんですよ。ヘルミーネさんはそんな苦労をする必要もなく、どこかに呼ばれて挙手をするだけで眉唾話を聞けるんですから、おれからしたら本当に羨ましい話です。心底からそう思いますね」

「……はあん、なるほど、まあ、たしかにね」

「だから、少しでも興味があるのなら、聞いておくことをおすすめします。自分の興味や関心より、政治的立場に従う研究者なんてゴミでしょ」


 挑発するように言うと、ヘルミーネはおかしげに口端を上げた。


「言いやがるね。まあ、その気概とお嬢ちゃんに免じて、今回は賛成してやってもいい。ただし、失敗しても手術とやらの情報は渡してもらうよ」

「ええ、もちろんです。ありがとうございます――心から謝意を」


 おれは慇懃に頭を下げた。

 これで道が拓けた。


「そうかい。じゃあ、さっさと行きな。あたしはお嬢ちゃんとやることがあるからね」

「うん。じゃーね」

 ベレッタはぱたぱたと手を振っている。そうなのか。

「わかりました。それでは、失礼します」


 おれはもう一度頭を下げながら、部屋を出た。

 今日中に付呪学部に寄ってしまおう。

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