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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第三章 枢機の都、ヴァラデウム
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第062話 夜帳書庫


 その翌日、おれは再度夜帳(とばり)書庫にやってきた。


 予報通り、周囲にはざあざあと雨が振っていた。

 ベレッタは近くの木の下にいる。おれと戦ったときに着ていた、黒い革の戦闘服を着ていた。


 おれは夜帳(とばり)書庫の施錠をいつかのように外し、ほぼ一ヶ月半ぶりに不法侵入をはじめた。

 二つの魔術を同時に展開しながら、廊下を進んでいく。今度は司書たちになりすましているわけではないので、遠慮なく早足で進んでいった。


 あっさりと三階にたどり着き、前回声をかけられた地点を通り過ぎる。やはり人はいたが、誰もおれの姿を捉えてはいないようだった。

 三階には、七部屋ほど司書の部屋があるようだった。その他は、やはり本棚が並べられている。だが、二階や一階にあるものよりだいぶ簡素なものだった。建物の構造的に、あまり重量のある本棚は使えないのだろう。


 禁書はどこに置いてあるのだろう。

 書架が並んでいない、明らかに人が住んでいる部屋が、七部屋ある……開いている司書の部屋を覗くと、魔法剣らしき武器が立てかけてあるのが見えた。反響定位で忍び込んだときには気づかなかったが、どうも三階に住んでいるのは戦闘員らしい。おそらく、禁書を守るための守り人を兼ねているのだろう。


 そして、その七部屋は一箇所に固まっていた。

 いびつな六角形に配置された六部屋の真ん中に一室がある。どう考えても、禁書があるのはそこだろう。


 この小さな閉じた世界では、特に事情がない場合はドアを開けておくというルールがあるようだ。

 プライバシーが必要な行為をしているのか、たまに閉まっているドアもあるが、半分以上は開いていた。

 運の良いことに、真ん中の一室も開いていた。


 そこは、おれの推理では守備隊長、あるいは書庫の館長みたいな存在の居室であるはずなのだが、中を覗くと、他とあまり様子の変わらないシンプルな小部屋だった。目が見えないので、豪奢な調度を並べる必要もないのかもしれない。

 そして、中には一人の男性がベッドに腰掛けていた。一体、なにをしているのだろう。(くだん)の反響定位の魔術でも鍛えているのだろうか。


 しかし、見回しても本棚がない。机の上で、無数の穴の空いた紙ペラが書類トレーのような容器の上に積まれているが、まさかこれが禁書ではないだろう。机の小さな引き出しにも、禁書が収まるようなスペースはない。七大禁書(セブン・バニング)というくらいだから、少なくともブ厚い本が七冊入るくらいのスペースはあるはずだ。


 ここにはないのか?


 その可能性を一瞬考え、即座に否定した。いや、ここ以外にあるのだったら、わざわざ戦闘員を無駄なところに固めていることになる。部屋の配置からいって、そんなことは考えられない。こちらの裏をかいているにしても、さすがに不合理だ。

 なら、見えないところにあるのか? 床の下――あるいは、壁の中。


 その可能性を考え、隣の部屋を覗いてみる。すると、壁面が合わないことが分かった。

 二つの部屋の間には不自然な空間がある。隠し部屋だ。


 厄介なことになった。と思った。

 聖剣を使って壁を斬って入ればいいだけの話だが、おれはすでに二つの高位魔術を同時展開するので手一杯だ。ゲオルグの聖剣を使うにしても、音を立てずに入り、出るときも修復して出るというのは極めてむずかしい。

 なにしろ、守備隊長はじーっと、それが自らに課せられた使命であるかのように、隠し部屋が向こうにある壁を睨んでいるのだ。

 この人を一瞬にして無力化し、なんの抵抗もさせず全てが夢だったかのように昏睡状態にすることができれば、ドアを閉めて物色できるのだが、さすがにそれは難しそうだった。いっそ、笑気のような麻酔性の気体でも用意してくればよかったか。


 しかし、廊下に突っ立って考えているうちに、そんなことをする必要はそもそもないことに気づいた。

 おれはすぐに来た道を引き返し、建物を出た。


 ベレッタが近づいてきて、


「どうしたの? 早かったね」

「いや、まだ見つけてない。けど、場所は分かった」


 おれはざあざあと雨の降り注ぐ中、大きく跳躍をして壁を蹴り、屋根がわずかに張り出した三階の軒下に取り付いた。

 予備で持っているナイフ状の魔法剣を軒下に突き刺し、屋根裏に通じる部材を聖剣で四角く切り落とすと、中に侵入した。


 緑色をした銅板屋根を叩く雨音は、屋根裏によく響いてうるさいほどだった。

 雨が役に立っている。これなら、少しくらい音を立てても平気だろう。


 できるだけ太い梁材を歩いて、隠し部屋の上に行く。鉄板でも貼られているのかと思ったが、そこには特に何もなかった。

 この、なんの変哲もない天井材を切り取れば、そこは隠し部屋の室内になっているはずだ。

 やっと、禁書を読めるのか……。


 ……しかし、それは、なんというか、あまりにも容易すぎる気がする。

 ここの人たちは、おれが攻略に一ヶ月以上もかかるような、常識では考えられない厄介極まる防衛システムを作った人たちだ。

 そんな人達が、天井から直接、禁書のある隠し部屋にアクセスできるような仕組みにするだろうか?


 当然、隠し部屋の位置は、ただ屋根裏を見ただけでは分からない。実地調査をするために概念炉が必要なほどの困難を乗り越えなければならなかったが、そこから得たものは、いわゆる情報にすぎない。

 もちろん、その情報――隠し部屋の位置や存在そのものは、厳重に秘匿されているのだろう。

 しかし、肝心なところが情報漏洩によって破られてしまうようなシステムを、果たして司書たちは採用するだろうか?


 直前で感じた違和感に従い、天井を斬るのを躊躇して、リスクを承知で天井材に明かりを照らした。

 すると、ほんのわずかにだが見えるものがあった。


 魔導回路だ。

 可視光から前後に帯域を調整をして、見えやすくすると、それでもわずかにしか見えない魔導回路が隠し部屋の天井をびっしりと埋め尽くしていた。

 透明な魔導インクが使われているのだ。イーリの下で魔導工学を勉強したおれでも、見たことも聞いたこともない素材だった。

 乾性油に水晶のような透明な鉱物を砕いて混ぜたのだろうか……?


 一体どうなっているのか詳しく設計を読んでみると、まったく同じパターンが何列も何列も……千列以上続いている。普通の魔導回路とはまったく異なる、特異極まる性質の回路だった。

 だが、なにをしようとしているのかはすぐに分かった。

 魔法剣や、魔力を帯びた何かで攻撃をすると、並行するパターンが繋がって回路が導通する仕組みになっている。ショートすると同時に、切断を行ったなにかしらが帯びている魔力を使って、わずかな現象を起こす。


 こんな回路では、人を害するような大きな現象は起こせない。だが、大きな音を立てるくらいのことはできるだろう。

 つらつらとコピーされている魔導回路を追っていくと、おれが今立っている梁の側面で、可聴域の周波数を出す回路に繋がっていた。


 危なかった。軽率に聖剣で斬っていたら、すべてがご破産になるところだった。

 仕組みが分かってしまえば、突破するのは簡単だ。最もクリティカルな部分の導通線を、魔力を使わずに切ればいい。


 ”割る楔(キュリウス)”の尖った先端で引っ掻くようにして導通線を切断すると、とりあえず目に見えている部分の仕掛けは無効化した。

 しかし、当然ながら裏面にも同様の仕組みが備わっているはずだ。どちらかといえば、裏面のほうが侵入者に対しては破りにくく、メンテナンスはしやすい。


 おれは、先ほど使ったナイフ状の魔法剣をその場で壊し、呪紋核(インデックス・コア)を抜いた。ただのナイフとなったそれに超音波をかけ、即席の超音波カッターにする。

 高速で振動はしているが、魔力が通っているわけではない。これなら警報は作動しないはずだ。

 天井の板材の、短い面を切り離す。下に向かって内側の傾斜をつけてやれば、勝手に落ちて音を立てることはないだろう。

 切り離した板材を三枚、天井裏に置くと、軋まないようゆっくりと体重をかけて隠し部屋に侵入した。


 隠し部屋には、細長い部屋に本棚が三つ横に並んでいた。

 七冊どころではない。三つの本棚は、半分以上埋まっている……禁書以外にも、夜帳(とばり)書庫の機密のような本でも置いてあるのかもしれない。


 目当ての禁書を見つけようと探すと、意外にもすぐに見つかった。一番手に取りやすい真ん中の段に、なにかしなりのあるワイヤーで本棚と繋がれた本が七冊並んでいる。背表紙に鍵を差し込む金具がついていて、それでワイヤーと切り離せる仕組みになっているようだ。


 まあ、別に読むだけでいいんだし、ワイヤーを切断する必要もないだろう。

 ようやく終わる。


 ゆっくりと本を抜き取る。

 ワイヤーに繋がれたままの表紙を見ると、”迂愚水試記うぐすいしき”と書いてあった。エレミアが言っていた本だ。

 なんだか、歴史を見ているようでちょっと興奮するな。

 興味はあるが今は置いておこう。本棚に戻して、隣の本を引っ張り出すと、”痿證性金枝製法しっしょうせいきんしせいほう”と書いてある。金枝というのはヤドリギのような寄生性の植生をもつ植物のことだ。痿證性というのは、たぶん今は使われていない古い言葉だと思うのだが、さすがによく分からなかった。


 それを戻し横の本を取ると、”徒爾永生探究叙説とじえいせいたんきゅうじょせつ”という本があった。

 おそらくわざと古い言葉を使って内容を類推できないようにしてるのだろうが、永生という文字は読み取れる。

 タイトルの下を見ると、きちんとセプリグス・サイゼンタ著、と書いてあった。


 さっそく、背表紙に左手の指先をかけ、表紙を開いて確認してみようとする。


 んっ?


 できなかった。

 なぜ?

 表紙が固着しているからだ。


 調べてみると、鍵付きの日記帳のように、開くのを邪魔する鍵がついているわけではなかった。

 表紙と背表紙の間部分、紙が束になっている小口のところに、べったりと樹脂のようなものが塗りたくられている。本を開こうとしても、完全に硬化したそれが邪魔して開けない。

 それは静脈血を糊で溶いたような、赤黒いなにかだった。


 なに……?



 ◇ ◇ ◇



 小一時間ほど、ああでもないこうでもないと調べていたのだが、おれは開くのを諦めた。


 どうも、天井に張られていた通報陣と同じようなものが、棚と本を繋げているワイヤーと赤黒い糊に仕込まれているようだ。

 糊には一ミリ以下の繊維が複雑に絡まったような形で混ぜ込んであり、ワイヤーにもおそらく同様の細工がしてある。

 つまり、ワイヤーを切断したり、無理矢理に樹脂を剥がそうとした瞬間、なんらかの仕組みが動くようになっている。


 そして、赤い樹脂に混ざっている黒い粒粒(つぶつぶ)……これは火薬の一種のように見えた。つまり、天井の陣は音を出す仕組みだったが、これに施されているのは小さな火花を出す仕組みで、なんらかの形で無理やり本を開くと、その瞬間に猛烈な炎が本を舐めるように火だるまにする……という仕組みに、なっている可能性が高い。

 なぜそう思ったのかというと、背表紙にある穴の空いた金属板が特殊な材質なのだ。いつも閲覧している普通の本の背表紙はただの鉄板なのだが、これには魔法剣に使われるような導魔力性の特殊金属が用いられている。これなら、背表紙の裏側のわずかなスペースに、魔導灯火(ルーセルナ)と同じ僅かな魔力貯蓄をおこなえる仕組みを仕込むことができる。

 これだと、毎日二回以上は魔力を補充をする必要がでてきてしまうが、ここにいる連中はそんなこと苦にもしないだろう。

 この仕組みだと、天井にあったものと違って、魔力を通していない通常の刃物で開封したとしても、術式が動作してしまう。


 一通り仕組みがわかると、さすがにイライラしてきた。こんなの、慎重を通り越して偏執的だ。粘着質なネトネトとした底意地の悪さを感じさせる。

 本は樹脂で封印したりせず普通にしまっとけ。

 隣部屋に怒鳴り込んで、こっちを見ているおっさんに、どんな了見でこんな頭のおかしい仕掛けを施したのか問い詰めたい気分だった。

 本を傷めない形で樹脂だけを溶かす溶液かなにかがあるのかもしれないが、これでは一度読むたびに膨大な労力を投じて開封しなければならない。


 ああもう面倒くさい……。

 どうせ大したことは書いていないのに……解決に繋がる可能性があって、しかも読めないとなると気になって仕方がない。

 諦めて次に進もうという考えが首をもたげるたびに、後ろ髪を引かれるような未練が残る。


 どうせ読めないなら、一か八か聖剣でワイヤーを切って持っていってしまおうか……案外、なにも起こらないかもしれない。

 大真面目にその方法を検討したが、イーリの手前……そんな犯罪行為を、十中八九失敗する条件でやろうとは思えなかった。


 おれはそっと本を戻し、屋根裏に戻って天井材をはめこみ、自重で落ちないように組織同士を軽く繋げると、ざあざあと音のする屋根裏を通って、外に出た。

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