第053話 終幕
ドォンッ! と、天を衝く巨人が思い切り踵を踏み降ろしたような縦揺れが地面を揺らした。
よほど計算された間隔で並んでいたのか、ベレッタがやった全弾同時爆破は、相乗効果によって威力を何倍にも増し、直下型の大地震が起きたと思わせるほどの衝撃を生み出した。
上からの押しつぶされるような衝撃が過ぎ去ると、おれは耳を覆っていた手を放し、穴ぐらを出て、ベレッタのいた方向に歩き出した。
周囲を見渡すと、表土はめくれあがり、点々と植えられていた木々はレンガの土台ごと根こそぎ薙ぎ払われ、地面に倒れ伏して根っこを晒している。
重爆撃を食らったあとの焦土って、こんな感じなのかもしれない。そう思わせるような、心がざらついてくるような風景だった。
その中心に、ベレッタは立っていた。呆けたような顔で、唯一無事な円形の地表の真ん中で、下を向いている。
「ははっ……」
そして、乾いたように笑っていた。
「あ~あ、またやっちゃった」
ベレッタはその場にしゃがみ込んで、足を引き付けて体育座りをはじめた。
なんじゃこいつ。
傷ついた少女気取りか。
おれは足音を消して忍び寄ると、謎の行動をしているベレッタの首筋に、聖剣の腹をぺたんと置いた。
「えっ!?」
ベレッタは、心底驚いたような顔をしてこちらを振り向いた。
こっちを向いた肩口を軽く蹴り、地面に仰向けに倒すと、おれはベレッタに馬乗りになり、改めて聖剣を喉に押し当てた。
「……ほんとすごいね、ルシェは。一体全体、どんな魔法を使ったの? 小さな街くらいなら消し飛ぶくらいの爆発だよ?」
「信頼しただけだよ」
「ふふっ、自分を?」
ベレッタは少し呆れたように笑った。
「違う。おれは、神族の建築技術を信頼したんだ」
「ああ! なるほど、そうきたか……」
この公園の地下には、究理塔の構造物が埋まっている。おれは地面を三角形に切って、そこに潜り込んだ。
爆発の衝撃波には方向性がある。垂直の穴ぐらに潜り込んでしまえば、どんな爆発であっても回り込んでくる衝撃波はたかが知れている。
おれは、光球の数を減らされれば、ベレッタは必ず全弾同時起爆という手段を取ってくるだろうと思っていた。数は減れば減るほど追い込まれ、打開する方法もないなら、減らされる前にそういう攻撃をしてくることは想像に難くない。あの馬鹿げた威力以外は、全て計算の範囲内だった。
「あーあ、それは盲点だったな。はいはい、降参降参。早く殺してよ」
「ベレッタはさ、なんで殺してほしいの?」
「殺してほしくないけど」
「嘘だ」
絶対、それは嘘だ。
殺してほしくないなら命乞いをするだろう。殺さないでと泣いてすがられたら、おれはベレッタを殺せない。そんなことくらいは分かっているはずだ。
なのにそれをしない。これはプライドが邪魔しているとかではなく、単に死にたいからだとしか思えない。
命令を達成できず魔領に戻ったら生きていけないとか……理由はいくつか思いつくが、死ななくてもなんとかできそうなものばかりだ。
なんでそんなに思い詰めているのか、ベレッタの口から理由を聞きたかった。
「なにがあったか知らないけど、おれは理由も知らずにベレッタを殺すのは嫌なんだ。それこそ、自分が死ぬのと同じくらい嫌だ」
「自分が死ぬのと同じって……ははっ、なんで?」
ベレッタは、真上から見下ろすおれから顔を背け、見つめ合う目を逸らした。
「私はルシェを裏切って、殺そうとしたんだよ? 殺す理由なんて十分でしょ?」
「どうでもいい人なら、とっくに殺してるよ。これだけ言って、なんで分からないんだ?」
言っている間に、どんどんと感情が昂ぶってくるのを感じた。
本気で殺されそうになって、斬りつけるような殺意を何度も感じた。なのに、殺したくない。友達じゃないと、好きだと言ったのも嘘だと言われても、やはり殺せなかった。
なんで分かってくれないんだ。
「ベレッタのことを大切に思ってるから、こんな目に遭っても殺したくないんだろ……!」
言っているうちに、ぽたぽたと涙がこぼれていくのを感じた。
「……だって、理由を言ったら、ルシェは殺したくなくなっちゃうじゃん」
「だったら、納得させてよ」
「ま、どっちみちもう無理か。ルシェには、できれば知られたくなかったんだけどねー」
ベレッタは、目をそらしたまま、ふざけるように言った。
「私たち屍操族ってさー、頭バグってんの」
頭が……なに?
「……屍操術ってさ、操る屍体を愛してないと上手くいかないの。だから、生きてる人間を好きになると、どうしても殺したくなっちゃうの。私はルシェを屍体にしようとしたんだよ」
一瞬、呆気にとられた。
屍体を愛する? 屍体愛好みたいな話?
しかし、言っていることにはピンとくるものがあった。鳥獣使役術がそうなのだ。
あれは、操る鳥獣に対して愛情を抱いていないと上手くいかない。それこそ、家族同然に愛していることが術の成立要件なのだという。
屍操術とは、要するに屍体をそうやって使役する術なのだろう。
しかし、二つの術の間には、だいぶ異なる点が一つある。ペットを使役する鳥獣使役術なら、仕事が終わったら普通のペットに戻るだけのことだ。愛玩という目的を超えた役割が一つ、ペットに増えるだけで、それが終われば家族に戻る。なんの問題も発生しない。
ところが、ベレッタの場合は殺さないといけない。
使役するには愛がなければいけないが、そうするためには死体にする必要がある。両立しなければならない二つの条件は、なんだかひどく噛み合わせの悪いものに思えた。
「……ベレッタは、おれのことが好きだから殺そうとしたってこと?」
「うん、そう」
「でも……生きてるモノを操るならともかく、死んじゃったら人格は揮発してなくなっちゃうよ。ベレッタのやり方では、そうはならないの?」
「なるよ。だから、頭がバグってるんだって。一族全員がそうなの」
……どういうこと?
「ルシェに死んでほしくないって想いと、殺したらこれからずっと望む形でいられるって想いが、両方あるの。ははっ、笑っちゃうくらい頭おかしいでしょ」
ベレッタはそう言うと、はーぁ、と長いため息をついた。
「……こんなことになったら迷惑でしょ? だからもう死のうと思って、三日間悩んでたんだけどさ。ルシェと一度戦ってみたいなーって思いもあったし。ま、ダメならそれはそれで、全力でルシェと戦って殺されるなら面白い終わり方かなーと思って」
面白い終わり方……。
「本当に、ルシェがこんなに悩むなんて思ってなかったんだ。ごめんね……」
ベレッタは、本当に申し訳無さそうに、悲しげな表情で謝った。
だからあんな冷たい態度をとってきたのか。ああしておけば、さくっと後腐れもなく殺してくれると考えたのだろう。
「ベレッタは、おれを殺すのは諦めるの? これからどうするつもり?」
「どっか、他のところにいくよ。安心して。もう二度と顔は見せないからさ」
ベレッタのどこか寂しそうな表情で、察しがついてしまった。
「死ぬつもりなんだ」
「……ははっ、やっぱわかっちゃうか」
いや、死のうと思って悩んでたってさっき言ってたじゃん。
かまってちゃんの少女か。
正直なところ、ベレッタの内部にある矛盾した感覚はよくわからないが、問題の核心にある種族の宿痾のようなものは、戦いで負けたから雲散霧消するといった性質のものではないはずだ。
「そうだよ。もう死んじゃいたいんだ。ルシェが悪いとかじゃないからね。屍操族ってみんなそうなの。お姉ちゃんもそうしたし、死因の半分は自殺だから。とことん、イカれてるでしょ」
背筋にゾッとするような怖気が走った。死因の半分が自殺って。一体全体、どんな種族なんだ。
そもそも生物として破綻してないか?
「ベレッタは、このまま生きていくのはどうしても無理なの? 一緒にいたときはさ、そこそこ楽しそうにしてたじゃん」
「それは、絶対に無理。私たちのビョーキは、依存症に似てるんだ。もし離れても、想いが残ってるうちは屍体にしたくて仕方なくなる。それを何十年も我慢してルシェのことを忘れても、人と交わったらまた好きになって、殺したくなるかもしれない。そのへんを割り切って、自分で殺した人や亜竜の屍体をひたすら愛でて暮らしていける人は幸せになれるけど、私はダメ。もう、どうにもならないんだよ」
「じゃあ、ベレッタはおれを殺したら屍体を操って、一緒に暮らすつもりだったんだ」
「うん、そう。想像すると虚しいけど、それがすごく幸せだとも感じる」
本当に、どんな種族なんだ。生まれついてそんな業を背負わされているなんて。
死体とでは子供を作れないのだから、どう考えても生物として破綻している。そんな種族は、人為的に管理しなければあっという間に自然消滅してしまうはずだ。
「ベレッタには悪いけど、ここで死んであげるわけにはいかない。やらなきゃいけないことがあるから」
「分かってるって……ごめんね、変なことに巻き込んで。犬にでも噛まれたと思って、私のことは忘れて」
ベレッタのその時の表情は、印象的だった。泣き笑いのような表情で、おれを安心させるためか、口元に笑みを作っていた。
「あのさ、今すぐは死ねないけど、死んだ体が欲しいなら、あとであげるよ」
おれがそう言うと、ベレッタは信じがたい提案を受けたみたいに、目をぱちぱちさせた。
「……は? なにそれ」
「もしおれが死んだら、死体をあげるってこと。それで多少は欲求を抑えられない? こんな風に生き死にの喧嘩をしなくても、いつかは手に入るんだからさ」
やっぱり、死体といっても年寄りになってちゃ嫌とか、そういうのがあるんだろうか。
「……嬉しいけど、意味わかんないよ。ルシェがそんな提案をするメリットがない。こんな頭のおかしな狂人に、自分の屍体を弄ばれることになるんだよ?」
「べつに死んだあとの体なんて、どうなったっていいよ。それよりベレッタのほうが大切だ」
「……でも、やっぱり途中で我慢できなくなって、殺そうとするかもしれないよ? そんなの嫌でしょ? 私が死んどけば、なんの心配も面倒もないんだからさ、そっちのほうがいいじゃん」
よくないから、こんなことをしてるんだろ。
「……あのさあ、ベレッタは自分の命なんか無価値だと思ってるんだろうけど、おれにとっては大事なんだよ。人生で価値あるもののために頑張るのって、当たり前のことだろ。おれがイーリのことで頑張ってるのだってそうだし、ベレッタのせいで多少面倒なことになっても気にしないよ」
「要するに、自分より私のほうが大切ってこと?」
「だから、最初からそう言ってるじゃん。どんだけ飲み込みが悪いんだよ」
ずーっと、まったく同じことを言ってるんだが。
友達だと思ってるってところで納得してくれたら、楽に済んだのに。氷の矢がもし当たったら殺してしまったかもしない。
「だって、私……頭おかしいからさ。バレたら絶対、一緒にいられないと思ってたもん。このまんまの私を受け入れてくれるってことでしょ? 違うの?」
「違わないよ」
「……そうなんだ。じゃあ、ちょっと一旦どいて」
おれはベレッタに馬乗りになったままだった。聖剣は引いていたが、まあとりあえず死ぬ気もないようだし、どいてあげてもいいだろう。
おれが腰を浮かせて体を離すと、ベレッタは突然おれの襟首を掴んで、体ごと抱きついてきた。
バランスが崩れて二人で地面に倒れ込む。
「ベレッタ? なにしてんの?」
「しばらく、こうしていさせて」
ベレッタはおれの首を抱え込んで、顔を交差させて抱きついていた。
「……なんで?」
「自分でもわけわかんないくらい、めっちゃ嬉しいの。人生で一番嬉しいよ」
「そうなんだ……まあ、それならいいよ」
人生で一番嬉しいなら仕方がない。なにせ、人生で一番なんだから。
「こんな私を受け入れてくれる人、一生現れないと思ってた。もう私、いつ死んでもいい。ありがとね、ルシェ」
おれをかかえこむベレッタの両腕は震えていた。顔をすりつけている肩口は、目から溢れたなにかで濡れてゆく感覚がした。
「だから、死んじゃだめだって」
「うん。分かってる」
ベレッタは、とめどなく涙を流しながら、おれを抱きしめていた。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ブックマーク・評価・SNSでの宣伝・感想が更新の原動力となります。
作者のモチベーションアップのためにも、どうかよろしくお願いします<(_ _)>
Ci-enにて一ヶ月分の先行連載を行っております。
もしお金に余裕がある人は、ご支援いただけると幸いです。作者の活動資金になります。(一ヶ月読めて350円です)








