第052話 暗夜の戦い
ベレッタに照射した瞬間、殺さない程度の電圧をかける。それしかない。
光球は数は多いが、ベレッタが見えないほど覆い尽くしているわけではない。
おれは杖を狙いすまし、無音のレーザーを放った。命中したと確信した瞬間、電撃の魔術を発動させ大電流を流した。
しかし、バチンと音を立てながら発生した電撃は、途中であらぬ方向に曲がり、近くの光球に吸収されてしまった。
直感、なにが起こったのかを理解した。
わざわざレーザーで通り道を作るまでもなく、光球の周囲の大気は放電によって激しくイオン化されているのだ。これでは林立する避雷針の真ん中に立っているようなもので、どうあがいてもベレッタに電撃はとどかない。
「そんなんじゃダメ。いっくよー!」
楽しそうに言ったベレッタが大きく腕を振ると、光球の群れがわずかに速度を増し、こちらを呑み込むように迫ってきた。
幾つもの光球が、パパパッ、と強く瞬く。それを視認した瞬間、おれは普通の人間なら大怪我を負うような空気の炸裂を目の前で発生させた。肉が潰れ骨が軋むような衝撃から一瞬遅れ、ベレッタの同時起爆の本波がやってきた。四肢が弾け飛ぶような衝撃が叩きつけられ、身体が風に煽られる木の葉のように吹き飛ばされた。
気が遠くなりそうになりながらも、なんとか足から着地する。
しかし、衝撃に晒された足の筋肉は脳の命令を聞かず、膝が抜けるように屈折した。その場ですっ転んでゴロゴロと転がり、一瞬、立つこともできなかった。臓腑を貫き体中の腱という腱を引きちぎられるような衝撃が、体の奥深くに残っている。
だが、ベレッタが近づいてくる前になんとか立つことができた。直前に自爆していなかったら、確実に死んでいただろう。あれで、本来なら一瞬一度に加わる衝撃波の威力を、時間差をつけて二段階に分けることができた。
「さっすが~。普通だったら、いっぱつで粉々になっちゃうのに」
「……けほっ、ベレッタ。まじでさ、話し合わない?」
電撃が使えないとなるといよいよキツい。
他に傷を負わせずに無力化する方法が……ちょっと思いつかない。
「だーめ。さすがのルシェも、手も足も出ないのかな?」
「ベレッタを傷つけないで勝つ方法を考えてるんだよ。電撃が誘引されるとなると、さすがに傷を負わさないで勝つのは難しい」
おれがそう言うと、ベレッタの表情が変わった。
「ねえ、私のことを舐めてるの?」
どこか楽しげにしていた表情が消え、目が苛立ちに染まっている。
「手加減しても勝てるほど余裕ってこと?」
「舐めてはいない。ベレッタはすごい強敵だ」
普通の人間だったら、こんな大魔術は逆立ちしたって習得できない。一生かけても、絶対に無理だ。
それをこの歳で……思った以上の天才だ。魔王が目をかけるのも当然といえる。
「じゃあなんで? 死にたいなら殺されなよ。死にたくないなら、本気でやろう」
ベレッタの言葉は、すとんと胸に落ちてきた。
その通り、正論だ。
死にたくないなら、ベレッタを殺してしまえばいい。
ゲオルグも、殺しをためらうな、手加減をしていい相手と駄目な相手を見極めろ、と言っていた。
だが、おれにはどうしてもベレッタを殺す気がおきない。
傷つける気がおきない。
「ああ、やっと意味が分かった」
「なに?」
「友達だからだ」
「……は?」
ベレッタは少し唖然とした顔をした。
「ベレッタのこと……友達だと思ってたからだ」
思わず感情がこみ上げてきた。
ずっと、心の隅では、敵かもしれないベレッタに概念炉の話をしたりするべきではないと思っていた。でも、口が止まらなかった。
それは、友達だと思っていたからだ。
そんな話のできる、尊敬しあえる対等の相手が人生に現れたのは、初めてのことだった。だから、楽しかったんだ。
「……そうなんだ」
「友達だと思ってたのに……ベレッタは、そう思ってなかったの? 好きだっていったのも嘘だった?」
「ルシェって、そんなふうに他人を信じちゃうんだ。ふふっ、嘘だよ。全部嘘」
ベレッタは、表情を変えない。
そうだったのか……。
「さ、もう遠慮することないでしょ。殺し合いをしよう」
「――そうだね。心が決まった」
おれは聖剣を抜いて、構えた。
「……悪いけど、その術じゃおれには勝てないよ」
「そう? 自信あるんだね」
「たしかに、すごい術だ。雷は吸収するし、その道具と組み合わせれば光にも対処できる。だけど、万能とはいえない」
「――なら、口だけじゃないところを見せてよ!」
ベレッタが腕を振った瞬間、おれは懐に忍ばせていた落ちるツララを抜いてベレッタに向けていた。
この杖は、高い初速をもつ氷の矢を一瞬で形成し、一本だけ打ち出す杖だ。
これは、かつて五本のツララの対として作られ、ゲオルグに贈られた杖だ。
拡散する氷の針を五本、瞬時に形成し発射する五本のツララは、接近戦ではとても便利で強力だが、中距離以上ではまったく役に立たない。イーリはそこを補う杖があったほうが戦いやすかろうと考えて作ったのだが、ゲオルグの好みには合わなかった。ゲオルグは、そもそも不得手とする距離での戦いは避け、距離を縮めるのを優先すべきと考えていたからだ。なので、たまにしか使われず杖入れの端っこで肥やしになっていた。
ベレッタは、一本の氷の矢を、漂っている光球の自爆であっさりと撃ち落とした。
やっぱりだ。高質量の攻撃は、あの棒では落とせないんだ。
力場といっても光を曲げるのが主目的で、質量に対する影響力は希薄なのだろう。金属片は薄板で作られた、せいぜい1グラム程度の軽いものだから落とせただけだ。
「そんなものじゃ、私の星は防げない!」
ベレッタは言いながら、右回りに落とした光球を地面を舐めるように爆発させていった。
しかし、今回は自爆する必要はなかった。ベレッタは、氷の矢を迎撃した自爆で目がくらみ、おれの姿を見失っていた。爆撃の地点がずれていたのだ。
「夜討ちが災いしたね。当てずっぽうじゃ、おれは殺せないよ」
「えっ」
ベレッタはこちらを向いたが、しかし姿を確認できず、きょろきょろと視線を泳がせた。
おれは体の周囲の光を曲げて、背景と同化していた。
光球は赤い光を放っている。その群れの真ん中にいるベレッタは、目が明順応してしまっている。暗闇に隠れたおれの姿は、極めて見分けがつきづらいはずだ。
「その術は、大掛かりすぎるんだよ」
おれは闇から闇へと移動しながら言った。
「十分な数が揃わなければ強みを発揮できない。状況の変化に対して対応できないんだ。今だってそうだろ? 超音波探知をすればおれの居場所を特定できるのに、切り替えることができない。光球を解除したら、また一から数を増やさなければならないから」
そう言いながら氷の矢を放ったおれのところに、再び赤い流星群が降り注ぐ。だが、足には自信がある。当てずっぽうの場所で大爆発が起こったときには、既に距離は十分離れていた。この距離なら吹き飛ばされても地面を掴むだけで止まるし、体を引きちぎられるような痛みはない。
この超魔は確かに強力だ。攻守の機能を一つの術の中にまとめ上げ、様々な状況に広く対応できるようデザインされている。だが、性質を見極めれば、対応しきれない状況を作り出すことはさほど難しくはない。
「おれはこれから、ベレッタが光球を補充する速度より早く、攻撃をかけつづける。光球の数が十分減るまで」
おれはそう宣言し、実際にその通りの攻撃をしはじめた。
ベレッタのこの技は、どうしても流星に粗密が生まれるようだ。個別の星々を一つ一つ精密に動かすこともできない。
必ず、全体的な回転運動の中で大波で飲み込むような形で攻撃がやってくる。
おれはその小さな綻びを刺すようにして、あてずっぽうの爆発が直撃しないよう移動しながら、攻撃を加えていった。
五分ほどそれをやると、一割ほど星が減った。そこでベレッタは、
「……はあっ」
と、大きい溜め息をついた。
「やってくれるね。まさか見えなくなるとは思わなかったよ」
と言って、ぱたりと光球の誘導をやめた。
流星は軌道をするすると縮め、ベレッタの近くで周り始めた。
「どうしたの? もう降参する?」
「屍体がぐちゃぐちゃになっちゃうから、これだけはやりたくなかったんだけど」
ベレッタはにやりと笑った。
「もう手遅れ。逃げても間に合わないよ」
ベレッタが棒を大きく振るい、最後に天を突くように掲げると、全ての光球の軌道がしゅるしゅると縮まった。
ベレッタを包むように、地面に底がめり込んだような形の球状に整列する。ぴったりと等距離、等間隔だった。中で何層にもなっているようで、規則的な光が重なって見える。
そして、揃った瞬間、すべてが一斉に瞬いた。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ブックマーク・評価・SNSでの宣伝・感想が更新の原動力となります。
作者のモチベーションアップのためにも、どうかよろしくお願いします<(_ _)>
Ci-enにて一ヶ月分の先行連載を行っております。
もしお金に余裕がある人は、ご支援いただけると幸いです。作者の活動資金になります。(一ヶ月読めて350円です)








