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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第三章 枢機の都、ヴァラデウム
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第051話 真夜中の襲撃


 ガタンッ、とけたたましい音で意識が呼び覚まされた。

 眠っていたのか。

 タンスが倒れでもしたのだろうか、と思って辺りを見回してみると、ベッドがくの字に折れて、折れた真ん中がぼうぼうと燃えていた。その上にある木製の窓も、縦一文字に炎を纏っている。


 ――攻撃?


 尋常ではない事態を認識すると、一気に意識が覚醒した。おれは慌てて傍らに立てておいた聖剣を掴み、腰帯にぶっ刺した。

 それと同時に、窓を突き破って闖入者が現れる。


「やっ」

「えっ、ベレッタ?」


 そこにいたのはベレッタだった。

 いつもの服装ではない、黒い革で作られたタイトな衣装を着て、つややかな陶器のような質感をした、六十センチくらいの棒を持っている。太さは人の人差し指くらいだろうか。


「――机で寝てたんだ」


 ベレッタは燃え盛るベッドを一瞥してから、こちらを見た。


「……どういうこと? それ、下手したら死んでたよ」

 ベッドで眠っていたら確実に死んでいた。

「うん。殺すつもりだったから」


 殺すつもりだった? ベレッタが?

 おれを?


「なんで?」


 聞き返すと、ベレッタは黒い革手袋をした右手を伸ばし、二本の指を突き出した。

 指先から、ピピッ、と赤い光が瞬く。


「……なんでそんなことするの?」


 おれは再び問いかけた。おれの体を灼き切るはずだった熱光線は、とっさに展開した反射膜によって屈折し、天井を灼いていた。

 これは魔王の技だ。

 あらかじめゲオルグとイーリから話を聞いて、対応策を練っていなければ、今おれは死んでいただろう。


「ルシェ、それ解いてよ」

「嫌だ」

「……あんまり苦しめたくないんだ。お願い」

 なにやら思い詰めた顔をしている。

「ごめん、事情は後で聞くよ」


 おれは懐で銅薄板の金属片をつまみ、一挙動に振り切るようにして投げた。

 金属片は、まるで見当違いの方向に飛んでいった。しかし、それでよかった。小さな飛行機の形をしている金属片は、風の道に操られながら強いカーブを描き、斜め下からベレッタを強襲した。

 しかし、ベレッタが持っていた棒で打ち払うと、当たってもいないのに払い落とされてしまった。


 魔法剣のようには見えないが、周囲の広い範囲に力場を展開する棒のようだ。発動した一瞬、周囲の景色が歪んだようにみえた。


「それ、暗殺者が来た時に見た。もう通用しないよ」

「じゃ、これならどう?」


 おれは両手で十四個の金属片をつまみ出し、一気に投げつけた。

 金属片はそれぞれ別の風の筒に導かれ、矢のような速度で全方向から絡みつくようにベレッタを襲う。


 ベレッタは一瞬顔をしかめると、即座に斜め後ろに飛び退いてかわそうとした。しかし、この技の長所は投げた後から誘導が効くという点だ。風の筒が動的に方向を修正し、ベレッタの動きに追従する。

 紙飛行機の形をした金属片は、形状が厳密に計算されていて、自由自在に急カーブを描くことができる。全周囲からどこまでも追従する十四個の誘導ミサイルに囲まれたようなものだ。避けられるわけがない。


「やるね。さすがルシェだ」


 ベレッタはそう言うと、軽く握っていた右手から、ぽいっとなにかを投げるような動きをした。

 投げたのは、なにやら赤く発光する小さな光球だった。それを見た瞬間、とてつもなく嫌な予感がし、おれは誘導を切って防御に向けた。

 そして光球が鮮烈に発光した瞬間、凄まじい衝撃波が体を襲った。


 巨人の手のひらにぶっ叩かれたような衝撃が全身を襲い、ふっ飛ばされて背後の壁に激突する。

 とっさに作った大気のクッションはわずかにしかショックを和らげず、肺が潰れて息ができなくなった。まるで部屋の中で投下爆弾でも炸裂したような衝撃だった。


 目を開けると、酷い惨状になってしまった部屋に、ベレッタが何食わぬ顔をして立っている。

 ベレッタが立っているところだけ、切り欠いた蓮の葉のように床が無事に残っていた。衝撃が抜けたのか、かつて窓があった部分は窓枠ごと外に吹っ飛んで、大穴を開けてしまっている。

 おれが背にしている木造の壁は、衝撃で柱が折れたのか、屋根の重みを支えきれず、丸みを帯びてメキメキと音を立てていた。

 ただの爆発じゃない。あの威力で指向性を持っているのか……。


「ゲホッ、本気で殺す気なんだね」

「……うん」


 ベレッタの手の中では、新たに作り出された赤い光球が光を放ち始めていた。

 だめだ。室内では分が悪い。衝撃波をまともに食らってしまう。


 しかし、窓があった方向はベレッタが抑えている。玄関から出るか?

 いや。


 おれは聖剣を抜くと、床を三角形に切りつけた。

 重力に従って落ちはじめたとき、ベレッタが再び光球を炸裂させるのが見えた。


 たしか下の二階は空き部屋だったはず。

 どん、と床ごと着地すると、轟音と衝撃波が頭上から迫ってきた。三角形の床を蹴り飛ばすように疾駆する。


 窓を一文字に斬って体ごと割り、外に飛び出すと、バキバキバキッ――と梁が折れ、背中から天井が崩れてくる音がした。

 おれは反対側の建物の壁に聖剣を突き立てて取り付き、懐から最後の金属片を抜き出すと、上階を見もせずに投擲した。


 まさに壁の境から現れたベレッタは、銅の金属的なきらめきが目に入ったのか、一瞬だけ反応した。

 誘導がギリギリで間に合わず、矢はベレッタの鼻先を通過した。天井に刺さる前に強いカーブをかけ、反転して背中から再び襲う。


「っと! あぶない」


 が、ベレッタが棒で叩き落としてしまった。


「やっぱり、ルシェは油断ならないね」

「――なんなの? ベレッタ、せめて説明してよ」


 一体全体、なにがなんなのか理解できない。

 なんのつもりなんだろう。やはりベレッタはスパイで、魔王がおれを処刑するよう指令を出したのだろうか?

 それならそれで構わない。最初からそういう想定はしていた。だが、少しくらいは話し合いたいところだった。


「だーめ」

「じゃあ、逃げることにする」


 おれは聖剣を壁から引き抜くと、地上に降りて逃げ出した。

 人のいる大通りはまずい。

 裏通りの曲がり角を曲がると、その後ろで光球が炸裂した。


 周り中が建物なのに、めちゃくちゃやってくる。ベレッタは街の被害などまったく考えていない。おれは狭い裏通りを窓の出っ張りや凹みに足をかけながら駆け上がり、建物の屋上に立った。

 そのまま屋上を駆け伝い、塔公園のほうに逃げていく。この時間、あそこにはほとんど人が居ない。


 塔公園の奥深くに入ってゆき、音波感知を始めると、しばらくして歩いてくる人影を感知した。


「ルシェ、逃げないでよ」

「ベレッタ、なにがしたいの? 体がなまって戦いたいだけなら、いくらでも付き合うから、お互い死なない程度にやろうよ」

「違うよ。今日は、どちらかが死ぬまでやるの」


 意味がわからない。


「魔王にそう命令されたの?」

「ごめん、話し合う気はないから」

 問答無用、ってやつか。

「なにがあったのか知らないけど、一緒に解決策を考えようよ。なんとかなるかもしれない」

「解決策なんてない。ルシェは、イーリさんを助けたいなら、私を殺さなきゃならない」

「嫌だ、そんなの」


 ベレッタは明らかにおれを殺そうとしている。

 本気で、確実に、最短最良の方法で殺しにきている。


 それなのに、自分でも驚くほど、ベレッタを殺そうとは思えなかった。

 ゲオルグの教えに背いているだろうか。だが、どうしても殺すという選択肢が浮かばない……。


「嫌なら、ルシェが死ぬしかない」


 ベレッタは、蝶でも閉じ込めるように組んでいた両てのひらを、ぱっと解き放った。

 そこから、おびただしい数の光球が溢れだし、夜に包まれた周囲をぼうっとした朱色(あけいろ)に染めた。軽く八十個以上はあるだろうか。


 その光球は、ベレッタを取り囲むようにくるくると回転しはじめた。近く遠く――どうも、軌道を操れるようだ。


「これが私の超魔(オーバースペル)……夢色星雨(ロマンチックスターズ)。どう? よくできた術でしょ?」

「……まあね」


 ベレッタを中心としてくるくる周る衛星は、一つ一つが十分に人を殺せる武器でありながら、こちらの飛び道具を自由に撃ち落とせる防壁でもある。

 ベレッタは、最初現れた時に魔王の熱光線を使った。それは、光速度で攻撃できる術だからだ。あの(たぐい)の攻撃の長所は、攻撃を受ける者に一切の事前情報を与えないところにある。撃ってから届くまでに、攻撃を受ける者には光の情報も音の情報も届かない。光を超える速度のものはないから、文字通り、最初の情報が届いた瞬間には既に被弾している。

 それから戦闘に移ったから、すぐに星の数を用意できなかったのだろう。だが、おれが一度逃げたために、追いついてくるまでの間に星を十分作り出すことができた。

 ベレッタに時間を与えてはならなかったのだ。


「ねえ、ルシェの超魔(オーバースペル)も使ってみせてよ。あるんでしょ」

「無理だよ」

「私を殺すことになるから? 余裕だね」

「違う。使っても意味がないんだ」


 おれがそう言うと、ベレッタは首を傾げた。


「意味がないって何?」

「おれの超魔(オーバースペル)は二つある。一つは魔王を殺すための術。もう一つは、剣神を倒すための技だ。その二人にしか使わないし、今ベレッタに使ってもなんの役にも立たない」

「……そんな魔法ってある? ルシェは本当、不思議なことを言うなあ」


 首を傾げている。でも、事実なんだから仕方がない。


「――まあいいや。使わないなら使わないで、こっちが楽になるだけだから」


 ベレッタは、白い指揮棒(タクト)を振るう指揮者のように、棒を持った腕を振るった。

 その瞬間、周り中を舞う衛星たちが周回半径を広げ、こちらに降り注いできた。おれは左上に跳躍しながら、杖入れから一本の杖を取り出す。


 ベレッタの衛星は、遠近の差や速度の差はあれど、全て右回りに回っている。そんな統一などせず、個別にランダムな軌道で動かしたほうが明らかに厄介だが、これほどの大魔術だ。なにかしら、能力の限界があってそうなっているのだろう。

 取り出した杖は、雷針(フルメン)から電撃の機能を抜いて、大気の絶縁を破壊するレーザーだけを強化したものだ。

 ベレッタに照射した瞬間、殺さない程度の電圧をかける。それしかない。

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[一言] 死体操れるし、好きになったことを謝ってたから恋人は殺して操らなきゃダメーみたいな理由かと思ったけど感想欄見たら違うっぽいなこれ
[一言] わかりやすい流れでしたが、 やはりアイハサダメになってしまったのかな。
[一言] 前話で既に、この展開の仕込みをしていたのかー うーん、作者様、レベルが高いな
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