第048話 書庫潜入
午前一時を回った頃、おれは夜帳書庫の前に立っていた。
ここにいる人たちは、おれもまだ二人しか会っていないが、膝まであるクリーム色をした長衣のような衣装を纏っている。反響定位の世界では色は無視していいが、同じようなシルエットに見えるよう、まだ開いている古着屋に入って形の近い服を手に入れた。
それは大人ものの黒いロングコートだった。裾が膝下まであったので、膝のところでばっさりと切った。どうせ一度しか使わない。
受付時間はとうに過ぎているので、書庫には鍵がかかっている。音が出ないよう解錠すると、中に侵入った。
ここから先は、むしろ盗人のようにこそこそとはせず、普通に歩いたほうがいいはずだ。
カウンターを抜けて堂々と奥に入ってゆくと、その先は迷路のようになっていた。大理石ののっぺりとした壁が天井以外の三方を取り囲んでいる。
こうして新しい視野で見ると、なるほどな、と思った。
天井以外の三方はバッチリ精細に見えるが、天井だけがもやがかかったように反射が弱い。そこだけ毛羽立ったような、厚みのある壁紙が張ってあるからだ。
そのせいで、なんだか空の下にいるような、不思議な開放感がある。
この建物には窓が一つもない。換気のためにスリットのような窓が所々に空いているだけだ。
なので中の住環境は最悪なものだろうと想像していたのだが、住んでいる人々にとっては案外、住心地は悪くないのかもしれない。
開放感はあるし、誰かが魔術で換気をしているのか、空気も特に淀んでいる感じはしない。
ある程度まで先に行くと、老人でもいるのか、はたまたまだ術の使えない新入りのためなのか、通路に手すりが現れた。曲がり角でも途切れず、一本のまま綺麗にアールがかかっている。
業務の都合上、おそらく書庫は入り口近くにあるはずだ。窓口、住居スペース、書庫、の並びだと、受付をしてから書籍を運んでくるという主要業務が不便になってしまう。
最初の十字路を曲がった先でベッドのような構造物が見えたので即引き返し、別の方向に向かった。
すると、残りの二分の一で当たりを引いたようで、みっしりと書架の並んだ大広間に出た。
相当広い。一階を真ん中から切った半分をこの部屋が占めているようで、ずーっと先までのっぺりとした大理石の壁が続いていた。
ここにあるのは、この建物の住民が読むための本ではない。だから読書スペースなどは一切なかった。本当に、書架がひたすらに並んでいるだけの書庫だ。
そして、建物の中央に近い場所に、大きな螺旋階段が設置してあった。
深夜にも関わらず……あるいはここにいる司書たちには昼夜の感覚自体がないのか、書庫には結構な数の司書らしき人々がいた。
ここにある本は、何冊も読んだから分かるのだが、背表紙いっぱいに薄い鉄板のプレートが鋲打ちされていて、そこに無数の穴が空けられている。そして、表表紙には普通にタイトルが書いてある。
昼夜問わず資料の整理をしているのか、司書たちは手で背表紙をなぞりながら資料を戻したり、位置を変えたりしている。
そこで、おれはなんとも言えない不思議な違和感を覚えた。なにかがおかしい気がする――。
しかし、そもそも存在自体がおかしなことずくめの施設だ。違和感はあるものの、なにがおかしいのか、少し緊張しているのもあって、どうもピンとこなかった。
そんなことより、問題なのは禁書だ。
おれは最短距離をすたすたと歩き、階段を登った。
二階に辿り着くと、そこも一面の書庫だった。
ただ、先程とは規模が違う。二階は全部が書庫になっているようで、部屋として壁に区切られている部分は一つもなかった。
建築構造の一部として上階を支える柱だけが、途切れた壁のような形状でところどころに立っている。その両面にもびっしりと書架がくっついており、すべての柱は書架と一体化している。
本の海という表現があるが、まさしくここは本の海だった。そこにはひととき憩うための椅子と机すらもなく、ただただ書架と本とが広がっている。
しかし、ここにある書籍は研究点を支払えば閲覧できるのだ。無茶をしてまで読む必要など一つもない。
おれが読みたいのは禁書だ。
おそらくここの司書たちには鉄の結束があるのだろうが、一人ひとり違う人格を持った人間を束ねる組織である以上、買収などで裏切りが発生する可能性は考慮せざるをえないだろう。
その裏をかいて普通に置いてある、みたいな可能性もありえなくはないが、やはり普通の司書が簡単に持って行けてしまうような場所には置いていないと考えるのが自然だ。
二階をぐるっと回ってみても、やはり特別な部屋などはなく、ひたすらに本があるのみだった。
元の場所、つまり二階の中央部分に戻り、三階に上がっていく。夜帳書庫は、三階建ての建物だ。
三階は……壁に漆喰かなにかが塗られているのか、一階と比べて反射が悪かった。
理想を言えば一階のように大理石を使いたかったのだろうが、三階でそれをすると下階が重量を支えられないのだろう。
逆に言えば、一階に大理石がふんだんに使われていたのは、重量を気にせずに済むのに加えて、壁構造で二階の大量の本棚の重量を支える目的があったのかもしれない。
しかし、一般の司書が立ち入ることが難しいとなると、そこには番をする特別な高級司書がいたり、あるいは特殊な付呪錠がかかっていたりする可能性がある。
付呪錠なら仕組みに詳しいのでどうとでもなるが、番人がいたら、なんらかの方法で攻撃しなければならないかもしれない。
様々な考察をしながら、廊下を歩いてゆく。まずは全体の構造を掴んで、それらしい部屋を探すところから始めよう。
突然、
「フレイラ?」
と、開いたドアの向こうから声がした。先程まで机に向かっていた人が、今は明らかにこちらを見ている。
「こんな時間にどうしたの? あなたは明日も窓口業務でしょう。習得を焦る気持ちはわかりますが、寝不足で業務に支障を生じさせてはいけませんよ」
は?
なにが起こったのか、一瞬で察する。
この人は、受付嬢のお姉さんとおれを勘違いしている。
なぜだ? 脳が推論を積み上げてゆく。
なぜ、数多くいる司書の中から、おれを彼女だと認識したのだろう?
身長や顔の形ではない。そこまで正確に形状を捉えられるなら、そもそも彼女とおれを間違えたりしない。
足音の癖が似通っていたわけでもない。そもそも真似をしていない。となれば、答えは一つしかない。
周波数で判断したのだ。
そうだ。全員が超音波で反響定位をしているなら、そこにいる人の分だけ――それこそ、雨が降っているときの水たまりの表面のように、無数の波紋が響き合っているはずだ。
なのに、この書庫はずっと静かだった。おれしか反響定位を使っていないみたいに。
つまり、一人ひとりに割り当てられた固有の周波数があるのだ。
おれは、あの受付嬢のお姉さんの周波数が、全員が使う共通のものだと思いこんでいた。
あの音叉のような道具が、一人ひとり違うのだ。しかも、純音で一定の周波数しか出ない音叉を使っている以上、少し周波数を操り間違ってしまった、などというミスは絶対に生じえない。つまり、人違いは原理上起こりえない。
「――フレイラ? どうしたの?」
どうする?
あと数秒で、彼女の声色を再現する魔術を作ることなどできない。
咳でもしてごまかすか?
頭の中を、眼の前にいる彼女が明日、受付嬢のお姉さんに風邪気味だったのかと問いかける図がよぎった。それはまずい。おそらく、侵入者が現れたとなったら大騒ぎになってしまうだろう――。
「――ぐすっ」
おれはとっさに、鼻をすすった。
「ぅううーっ――」
高い鼻声を出して、声帯を使わず泣いたふりをした。
「……どうしたの? ほら、こっちに来なさい」
優しい声が返ってくる。おれは、踵を返して廊下を戻っていった。
声をかけてきた彼女は、ドアの外にまで出てきた気配がしたが、距離を取るとそれ以上追っては来なかった。
彼女は受付係と親密な間柄だ。明日出会えば話をするだろう。そこで事情を話したくないのだと誤解してくれればいいが。
走ってはいけない。急く心を抑え、常識的な速度で階段を降り、一直線に出口へと向かっていく。
外に出た瞬間、鍵を元通りにかけなおし、おれは闇夜に消えた。
◇ ◇ ◇
「おーっはよっ!」
塔公園の広場で待ち合わせたベレッタは、元気そうに挨拶をしてきた。
「……おはよ」
「その様子だと、書庫での仕事は失敗したみたいだねー」
ベレッタは、意地悪そうな顔でニヤニヤしている。
猜疑心がゆっくりと心を満たし、ベレッタを睨むようにして見た。そのことは言っていないはずだ。
「ふふっ、最初っから分かってたよ~。馬鹿じゃないんだから」
「……まあ、そりゃそうか」
これくらい頭が良ければ、察しもするだろう。実際に書庫に連れて行って、そこで使っている魔術を自分も使えるようになりたいと言い出したのだ。忍び込みたいのだろう、なにかしら悪さをしたいのだろう、と考えるのは、さほど難しい推理ではない。
「じゃあ、もう会わないほうがいいかも。だいぶ致命的なミスをしでかしたから、これから逮捕されるかもしれない」
「あははっ」ベレッタは冗談を聞いたように笑った。「ないない。そんなの、ないよー」
「普通にあるよ。今おれを探しててもなんにもおかしくない」
動機がなんにもなかったら疑われもしなかっただろうが、おれはエレミアに直接禁書について尋ねてしまった。
その直後に書庫に侵入者があったのだから、当然疑われはするだろう。
少しでも失敗をしたら怪しまれる状況だということは分かっていたが……そんな悠長なことをしていたら、時間を浪費してしまう。エレミアの記憶が風化するまで待つなんてことは、とてもではないができなかった。
「いやそうじゃなくて、逮捕するのが無理ってこと! 身に覚えがありありのルシェが黙って逮捕されるわけないじゃん。私でも無理かもって思うのに、そのへんの兵士がルシェを無力化して逮捕するって? 何百人いたって、絶対そんなことできないよ」
そっちかよ。
「まーさ、あのエレミアっておっさんが出てきたらちょーっとまずいかもだけど、そしたら私も味方してあげるから。ねっ?」
「味方してくれるの? なんで?」
その状況でおれに味方したら、もちろんこの都市にはいられなくなるだろう。
「だって、ルシェといたほうが百倍面白いもん。この街の研究って、なんか拍子抜けだからさー。魔王様の話聞いてたほうがずっと面白かったし」
そうなのか。
「てゆーか、なんでそこまでして書庫に入ろうとしたの? この都市でやってる研究で、ルシェにできないことなんてある?」
「残念なことに、おれは自分じゃアプローチできない問題を調べてるんだ。だから、どうしても他人の研究を参考にする必要がある」
「――はあっ!? そんなことってある!?」
ベレッタは、今までで一番驚いたような顔をした。
「あるんだよ」
「よかったらさ、事情を話してみてよ。もう交換とか言わないから」
イーリの問題は、調べようと思えばすぐに分かってしまうことだし……まあいいか。
おれは重要な部分を隠しながら、不死業の性質と厄介さについてベレッタに話した。
「ああ、なるほどねぇ。要するに、そっち方面からのアプローチの集大成が、あの書庫の中にあるってことか」
「うん。ベレッタが、なにか不死業自体の解決法を知っていてくれたら、もう全部終わりなんだけど」
「ごめん、知らない。魔王様ならなにか知ってるかもしれないけど、不死とか……全然まったく興味がないから、聞きもしなかった」
そうなのか……。
まあ、だけど不死になる方法があったら歴代の魔王の誰かが実践しているはずだから、あまり望みはないだろうな。
「でもさー、そしたらどうするの? あの人たちって、一人ひとり周波数が決まってて、それで個体認識してるんでしょ? 何年も共同生活してるんだから、顔を覚えるみたいして、きっと全員が全員の周波数を覚えてるよ? 数だってせいぜい百人以下でしょ?」
「それが問題なんだ。つまり誰かの周波数を使うということは、その人に成り代わることだから、どうしてもリスクが高くなる。彼らはほとんど外出しないから、調査して完全に成り変わるのも難しいし」
唯一真似られそうなのは、接触の多い受付のお姉さんくらいだ。だが、彼女にしても内部での生活があり、人間関係がある。ああいうふうに声がけをされたら適切な対応は難しい。
「かといって、誰のものでもない周波数で入っていったら、顔を知らない不審者が入ってきたのと同じになっちゃうわけだ。よく考えられてるねえ」
そのあたりは昨夜の一人反省会で考えたが、やっぱりどうやっても超音波の視覚化だけでだまくらかすのは難しそうだ。
「そもそもさ、禁書の研究を読んでも解決策に至らないのは自明なわけでしょ? だったら……もし収穫があっても、ちょっとしたヒント程度だと思うよ。この都市にいた学者が考えるようなことは、ルシェにはすぐに思いつくんじゃないかなあ」
「その可能性はあるから、おれも一年も時間をかける価値はないと思ってる。けど、その著者のことをかなり評価してもいるんだ。だから、三ヶ月くらいなら時間をかけてもいいかと考えてる」
まだ禁書を開くための行動を始めてから二日しか経っていない。もう少し粘ってみたい。
「そうなんだ。じゃあ、もう無理やりやっちゃう?」
無理やり?
「無理やりって、どうやるの?」
「そのまんまの意味だよ。襲撃するってこと。もちろん軍隊が来るだろうけど、外で私が戦って時間稼ぎするよ。その間に禁書のある部屋を見つけて、奪って逃げちゃえばいいじゃん」
とんでもないことを言い出した。
思わず顔をしかめた。
「そんなの、だめだ」
何十人、ひょっとすると何百人と殺すことになる。ていうか、普通にエレミアと殺し合いをする羽目になるだろう。
不当に奪われようとしている聖剣を守る、みたいな理由があるならともかく……自分から法を破っておいて、無法を押し通すためにエレミアを殺害し、加えて兵士も何百人も虐殺するとか……イーリが知ったらどんな顔をするか。
殺人自体は厭うつもりはないけれど、イーリがそもそも望まないような極悪非道をするんじゃ本末転倒だ。
「だめかあ。でも、じゃあどうするの?」
「超音波を完全に吸収する力場を体全体に張る」
「ああ、姿を消すってこと」
一言で音といっても、鼓膜が破れるような大音響を薄膜一枚で消滅させるとなると難しくなってくるが、この場合はごく微小なエネルギーしか持たない、音叉が発生させる空気の振動にすぎない。全身に纏うとなると大掛かりになるが、頑張ればなんとかできる気がする。
「吸収は透過とは違うから、いないことにはならないけどね。体の周辺に張れば、さほど大きな違和感は与えないと思う」
「でも、そしたら視覚はどうすんの? 自分の視野がなくなるじゃん」
当然、力場が体中を覆っていたら、自分の出した反響波をキャッチすることはできなくなる。それでは、目が見えないまま迷路にでかけていくようなものだ。
「そこは暗視で補う」
空気を媒体とする音波と、電磁波はまったく別のものだ。赤外線を視るようにすれば、壁への精度は落ちるけれども、視界は確保できる。
「暗視って、夜でも昼みたいに見えるようにするアレ?」
知ってるのか。
まあ、魔族の中にも夜視に強い種族がいるっていうしな。光を増幅させる単純な暗視のことを言っているのかもしれない。
「私もそれはできるけど、さすがにそれは……無理じゃない? だって、思考量をかなり使う複雑な魔術を二つ同時に動かすことになるよ」
「それが一番大きな問題なんだ」
この類の魔術を二つ同時に稼働しつづけることは、人間の能力の限界を超えている。
魔術は、同時に使おうとすると思考の資源を多めに食う。50%の能力で使える魔術を二種類同時に扱うには、感覚的にいえば190%くらいの能力が必要になる。
同時に使えるのは、20%とか、せいぜい30%くらいの思考量で使える簡単な魔術の場合だ。そのくらいであれば、同時並行で使っても100%は超えないので、右手と左手で同時に発現することもできる。
同じ系統の魔術ならいくらか使いやすかったり、毎日練習をして習熟することでマシにしていくことはできるが、限度を大きく超えることを可能にすることはできないので、基本的にはどうにもならない。
ただしあくまでも忙しくなるのは思考なので、戦いでは魔術を使いながら付呪具も併用して弱点を補ったりする。ただ、今回の場合は両方とも付呪具に実装できない機能なので、自力でやるしかない。
「だから、大変だけど二つ同時に動かせるようにするところから始める」
「なにそれ? 修行でもして鍛えるってわけ?」
「いや、魔術を仮想化して一つの概念として扱う構造体を、霊体の中に作る」
「はあ?」
ベレッタは呆気にとられたような顔をした。
「さすがに意味わかんない。説明してよ」
「意識しなくても魔術を動かせるようにするってこと。魔力の消耗は変わらないけど、思考資源の問題はほぼ解決できる」
つまり、50%の能力で使える魔術を放り込めば、それを稼働したまま100%の魔術をもう一つ使えるということだ。
魔力の量は変わらないから、より大きな現象を起こせるようにはならないが、思考資源がボトルネックになる問題はほとんど解決できる。
「……それって、とんでもないことだよ」
「うん」
「そんなこと、誰も成功してないと思う。とんでもなく……っていうか、空前絶後みたいなレベルで難しいと思うけど、ルシェには自信があるの?」
「あるよ。もともと自我霊体については知り尽くしてるし、セプリグスの研究を読んでかなり知見が深まったから、今ならできる気がする」
アイデア自体はずっと以前から考えていたものだが、必要になったからには良い機会だ。取り組んでみたいという願望もあった。
実現すればより難易度の高い魔術も扱えるようになるし、選択肢が広がることは目的の達成にも役立つだろう。
「でも、具体的にどうやるの? 仮想化って、聞いたこともない概念なんだけど」
「かいつまんでいえば、都合のいい仮想の自分を作るってこと。正確には、人類の霊体だと通常処理できない処理をできる特殊区画を作って、魔術の術式をまとめて一つの概念として扱えるようにする。そこは通常の霊体とは完全に違う性質を帯びているから、通常の――つまり、今いるおれの人格だと管理できない。だから、その部分の支配は完全に手放すことになる」
「霊体を一部分切り分けて、自分じゃない自分に渡しちゃうってこと? そんなの頭がおかしくなっちゃわない?」
ベレッタは不思議そうな顔をしている。
「そこは大丈夫。仮想の自分っていっても、いわゆる人間らしい人格を持ってるわけじゃないから。単純な命令に従って決められた動作をするだけ。実際には、便利な機械を設置するような感覚になると思う」
「あー。なるほど……そういえば、霊体を改造して便利なことをする技術があったって、魔王様が話してた気がするな。術式を概念にするっていうのは初めて聞いたけど」
内心で少し驚いた。
おれの知る限りでは、こっちの技術には自らの霊体に改造を施すという発想はないはずだ。魔王側の技術大系には、そういうのも存在するのか。
「難しいのは、それは思考をやめれば揮発する術式じゃなくて、霊体そのものを精密に変化させて形作らなければならないってところなんだ。そもそも霊体は一人ひとり違うから、共通の設計もない。ベレッタも、もしやるなら自分で一から設計しなきゃいけない」
「それって、すっごくやりごたえがあって楽しそう」
ベレッタは新しい壁に接したことで、ワクワクしているようだ。世の中、あまりこういう人間はいない。普通は、面倒くさがったりうんざりしたりするものだが……。
「でも、めちゃくちゃ危ないよ。霊体って魂の設計図みたいなものだから、基本的に無駄なところなんてないんだ。そこに、魂を少しも壊さないよう、人格に影響しないよう、丁寧に隙間を作らなきゃならない。チャレンジと失敗を繰り返して進歩するってやり方もできない。下手をして大きな傷つけかたをしたら人格が破綻するし、もしかすると不死業を発症するかもしれない」
ぶっちゃけ、ベレッタには薦めたくなかった。自分でやると言っておいてなんだが、難易度と危険性が高すぎる。
「だいじょーぶだいじょーぶ。自我霊体の扱いについては自信あるし、新しい領域の勉強だって苦にならないよ。どーせ人生死ぬまで暇なんだしね」
飄々としている。
でも、やっぱり学びや修行を苦にしないって性格は強いな。ベレッタなら、本当にいつかできてしまう気もする。
「まー、超音波のやつ習得してからの話だけどね。できないままでいんのは気持ち悪いしさ」
ああ、それもあったか。
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