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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第三章 枢機の都、ヴァラデウム
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第041話 中央図書館


 翌日、おれは街で見つけた不動産屋に顔を出していた。


「どうも、今日はどのようなご用件で?」

「月借りで一室、部屋を借りたいんですが」

「そうですか。お母様かお父様はいらっしゃいますか?」


 そうきたか。

 まあ、これが普通の反応なんだけどね……。


「一人で来ました。信用不足で借りられないようなら、余所をあたりますが」

「信用が足りないという話ではありませんがね。あなたは学生ですか?」

「魔導院の研究者です」


 こういっておいても間違いではないだろう。

 たしか、昨日の昼間に説明を頼んだ女性は、八級魔導司から魔導院の研究者を名乗れると言っていた。おれは三級を持っているのだから、名乗るのになんの不足があろうはずもない。


「研究者……?」

 やはり不審がられるようだ。おれくらいの年齢だと基礎学校で、よく知らないが寮かなにかに入ってるのが普通なのだろう。

「ご不審ならこれを」

 おれは昨日貰った研究証を机の上に置いた。表には”三級魔導司に相当することを証明する”と書いてある。

「……ふむ」

 不動産屋は、研究証をじっくりと見た。

「しかし、研究生ならなぜ寮を使わないのです?」

 寮?

「研究生は寮を使うものなんですか。有効期限が明日からになっているとおり、おれは一昨日この都市に来たばかりなんですよ」

「そうですか。研究生寮というのがあって、ごくわずかな点数で借りられるのです。普通はそちらを使います。点を金に換えて部屋を借りるより、ずっと安価に済みますから」

 ふーん……。

「だからまあ、私共(わたくしども)のような不動産屋にくるのは、学生さんではない働き人だとか、あとは店舗を貸りてなにか商売をしたい方などが主になりますね」

 と、不動産屋は付け加えた。


 研究生寮というのがあるのか……。


 そこで暮らしている自分を軽く想像した瞬間、背中を百匹のムカデが這い上がってくるような(おぞ)けを感じた。

 おれを憎み、嫉妬し、妬みの目で見てくる者たち……きっと、そういう寮なら食堂なども備えているのだろう。そんな視線にさらされながら味のしない食事を摂る自分……。

 あー、嫌だ。

 気分が悪い。イーリのことを想えば耐えられないわけではないが、そもそもお金に困っているわけではないのだ。


「いえ……おれは寮とかは合わないので、普通の部屋を借りたいと思っています。お金はあるので……」

「そうですか。まあ、こちらとしては構いませんよ。月借りとなると部屋が限られますが、それでよいのであれば」

「では、できるだけ中央部の研究施設に近い場所をお願いします。外縁部だととても不便なので」


 今逗留している宿は、最初に泊まった市門にもっとも近い場所だが、あそこから中央部まで通うとなると結構な距離がある。


「はい。では、少しお待ち下さい」


 ◇ ◇ ◇


「ああ、ここに決めます」


 家具が一通り揃っているのがいい。内装がいいから多少値は張りそうだが、先に紹介された部屋はあまりに安すぎて治安の心配があった。

 治安が悪い場所だと、おれの年齢上どうしても泥棒が入ってくる危険が高まる。撃退するのはいいが、殺してしまったりするのはよくない。

 エレミアへのあの対応は、今考えてみるとちょっとやりすぎだった……ような気がするし、ゲオルグも殺人に慣れ過ぎると社会で生きていけなくなると言っていた。刃傷沙汰に巻き込まれるのを減らすためには、殺伐とした場所に近づかないのが一番だ。


「そうですか。月の家賃はこちらになります」


 ぺらりと示された金額は、割と高かった。

 最上階の三階といっても、隣の建物も三階なので眺めはまったくよくない。この金額はぼったくりだろう。


「銀貨二枚分、割り引いてください」

「そういうわけには。月借りとなるとどうしても割高になりますし、家具つきとなると……」


 それにしたって割高だ。二枚分引いた金額でも、やや高いくらいだと思う。

 商売人としては当然の心得なのかもしれないが、容姿でナメられてお金をぼったくられるのも気持ち的によくない。


「なら、これから一考してください。おれは今から宿から荷物を引き上げて、その足であなたのお店に寄りますから、それまでに。その値段で無理なようなら諦めます」


 その時は別の宿に一泊すればいいだけだ。

 おれは勝手に部屋を出て、宿に向かった。


 ◇ ◇ ◇


 無事に部屋を借りると、鍵付きの丈夫なチェストに貴重品を入れて、開けると盗人(ぬすっと)が重傷を負うトラップを仕掛けた。

 ゲオルグから受け継いだ武装などは盗まれたでは済まないし、さりとて四六時中大荷物を持って歩くわけにもいかない。


 部屋の中に鍵を置いて、外に出た。ドアは魔術を使わないと開けられないよう、金具を周囲と融合させておく。こんな棒に突起がついただけみたいな鍵では気休めにもならない。

 さて、中央図書館とやらに行こう。


 中央図書館は、かなり立派で大きな建物だった。全部が石で造られていて、図書公園という大きな公園のど真ん中に建っている。おそらく、都市部で大火災が起きたときは、公園が火除け地になるのだろう。

 入り口を通り抜けて中に入ってみると、五階まで吹き抜けの広々としたエントランスホールが目に飛び込んできた。

 壁に張ってあった案内図を見てみると、建物は凸の形をしている。凸の上側が吹き抜けのエントランスホールで、下側の広い図書館スペースに接している。

 奥を見てみると、複雑な彫刻がされた四本の石柱が横一列に並んでおり、天井をしっかり支えている。石柱のラインの向こう側は、五層に分かれた各階が側面を晒していた。それぞれの層に落下防止の手すりがついていて、その奥には本棚があり、人々が行き交っていた。

 これまた立派な図書館だ。広々とエントランスを取っているおかげで開放感があり、換気もよさそうだ。


 入り口には大きなカウンターが設けられていて、利用者はその両側にあるゲートから中に入るらしい。

 あまり大仰なチェックはないようで、チラッとカードをカウンターに見せてはゲートを通っていく。

 おれもそうしようとカードを見せると、

「あっ」

 と声がした。

 そちらを見ると、見覚えのある女の子がいた。

「こんにちは。この間立て替えていただいたお金をお返しします」

 喫茶店で出会った女の子だ。キェルだったか。

 入ってから内側のカウンターに向かうと、さっそくポケットから硬貨を取り出してきた。ちょうどの額を常に入れていたのだろう。

「はい、確かに受け取りました」

 おれは受け取ってポケットにしまった。

「今日は図書館をご利用ですか?」

「そうですが」

「では、初回の利用説明は受けましたか?」


 そんなものがあるのか。


「いいえ、受けていません。初回利用です」

「では、これが利用規約です。長いので読まなくてもいいですが、渡すことになっているので」

 ペラ紙を渡された。読まなくていいのか。

「あなたがこの図書館で守らなければならない規約は三つだけです」キェルは指を三本立て、順に折っていった。「本を盗まない。本を汚さない。図書館内で火を使わない」

 要は常識を考えろということか。

「特に三つ目は厳しい処罰が待っていますから、注意してください。夜間利用でどうしても明かりが足りないと思ったら、魔術灯火(ルーセルナ)を貸し出していますから、必ずそれを使うこと」


 もちろん炎を出したりはしないが、灯火魔法も使っちゃいけないのか。

 まあ、あれは初心者がやると熱の発生する光を出すことになる。長く当てたままにすると火事になるから、図書館としては全面禁止にしたいのだろう。そうでない光との区別なんて、遠目にはつかないし。


「了解しました。気をつけて利用します」

「はい。”本とは過去の人々からの声である。だから敬意を持って踏み越えたまえ”という格言があります。よき読書人生(ブックライフ)を」

 なにやら(ことわざ)らしきフレーズを発し、キェルさんははじめて笑顔を浮かべ、仕事に戻っていった。

 堅物な人なのかと思っていたが、結構かわりもんなのかもしれん。


 ◇ ◇ ◇


 さしあたり、セプリグス・サイゼンタのことを調べようと思い、過去に居た著名魔術師を網羅的に載せた名鑑を開き、項目を探してみると、やはり当たり前のように名前が載っていた。

 統一歴一七〇〇年頃……どうやら、百年ほど昔の人らしい。

 本をめくってる途中、ぺらぺらと目に入ってきた項目と比べると、明らかに欄が大きい。他の人はせいぜい数行とか十数行の扱いなのに、セプリグスは見開き一ページをほぼ独占している……。


 読んでみると、セプリグスは産まれも育ちもヴァラデウムというわけではなく、南方のカシュマート公国という小国で産まれたそうだ。

 ネイと少し境遇が似ていて、親は主席詮議官……この役職はカシュマート公国独自のものなのだろうが、詮議というのは取り調べるというような意味の言葉だから、どんな仕事だったのかはだいたい想像がつく。セプリグスに高い霊能が備わっていたのは、ネイと同じく、そういった家系の出身だったからだろう。


 ごく普通に向こうの魔導学院に入り、ヴァラデウムの基礎学校高等部に編入後、一年で飛び級卒業。当時十六歳での高等部卒業は極稀――その後、ミーア・ケルミアの研究室に所属。霊魂学の分野で頭角を現し、二年後に独立して自身の研究室を開く。五年後、ミーア・ケルミアの退任に際し、二十三歳の若さで霊魂学部長に抜擢される。

 一応、別の巻でミーア・ケルミアの項目を調べてみると、六行しかなかった。霊魂学部長といっても、わずかな業績しか残さなかったようだ。五一歳で退任とあり、次の行に没年が載って彼女の項は終わっている。八三歳で没したということは重病で退任したわけではないようだ。五一歳でリタイアというのは若すぎるように思える。

 その後は、セプリグスの遺した業績が列記されていた。

 記憶消去によらないヒトの心的外傷(トラウマ)の根治法……ヒト以外の動物霊体への介入法……ああ、鳥獣使役術の開祖だったのか。じゃあ、本当に凄い人だ。

 この術には密かに憧れを抱いていたのだが、前にイーリに尋ねたところ、この術は技術というよりも、対象の動物に対する愛情の深さみたいなものが重要らしく、本当に家族同然に思っていないと成功するものではないらしい。

 あとは……セプリグス式霊侵メソッド、セプリグス式マッピング法の確立。


 深洗脳によらない心地障害の改善技術を確立……どうも、精神科医みたいな業績が多いな。

 心地障害というのは、うつ病や双極性障害のような心の病をひっくるめた、おそらく気分障害に当たる単語らしい。

 こういった心の病は軽く扱われがちだが、人生で楽しいと思えていたことが何も楽しめなくなるような症状が多く、自殺に通じることが多い病気なのだと昔読んだ本に書いてあった。

 とはいえ、そういった症状を持つ人たちは物凄く多いので、深洗脳で人格改造をして根治してくれ――みたいなことを仮に言われても、つきっきりで一年がかりになるような作業を全部の患者にやっていたら命が何百年あっても足りない。なので、難しく時間のかかる作業をしなくても改善できる手法を新しく考案したということだろう。

 地味だが、これはかなり重要な業績だと思う。


 あとは……。

 後年にはヒト知能の向上について多数の考察的論文を著した……と。人間の知能を引き上げようとしたのか。考察的論文、とあるから、さすがにそれは目に見える成功を収めなかったのだろう。おれも大した知識があるわけではないが、知能を引き上げる魔術なんて聞いたこともない。

 これで終わりか。ヘルミーネの言っていた、不死への挑戦についてはなんの記述もない。

 結びに妻子や子孫についての記述があって、学部長の退任年と没年のあとは、もう次の人の項目になっている。


 なんというか……鳥獣使役術以外の業績は、ほとんど精神科医って感じだな。霊侵術(サイコマンシー)は明らかに悪い使われ方をされることの多い技術だが、この人はなるべく人が幸福になるような方向に活用しようとした……という印象だ。洗脳技術も心の病の治療のほうに活用しようとしていて、非人道的といえるような業績は一つもない。

 不死研究についての記述がないのは、ヘルミーネが嘘をついたのではなく、大した成果をあげられず失敗したからかもしれない。名鑑というのは功績を列記するものだから、失敗したことについては省かれても仕方がない。


 ふーん……まあ、せっかく来たんだし、もう少し調べてから帰るか。

いつもお読みいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い。 [一言] エレミアへの対応について、反省するのはとても納得します。
[一言] ルシェの見た目と年齢の関係上、治安が良くないのでメチャクチャ舐められるし既に卓越した実力があるのに侮られることを考えれば、エレミアに取った行動もさほど間違いではない気がするなぁ。後先考えずに…
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