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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第一章 ゲオルグ・オーウェイン
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第004話 魔法

 名前を貰った翌日、

「そろそろまほーをおしえてほしい」

 ルシェが早速言い始めたので、ゲオルグは、

「イーリに教えてもらえ」

 と言った。


「おしえてくれるっていったのに」


 ルシェは不満げだ。


「教えてもいいが、なにもおれに教わることはない。イーリは魔術師の頂点にいるからな。おれは剣術が専門で魔法のことはよく知らん」

「ちょうてん? 上手って意味?」

「いや、この世界に何十万といる魔法使いの中で、一番魔法が上手い者の一人ってことだ」


 俺がそう言うと、ルシェは少し驚いたような顔をした。

 こんな田舎の家に住んでいる謎の女が魔法の頂点を極めた者の一人だと言われても、どうも腑に落ちないのだろう。


「厳密に頂点なのかは知らんが、少なくとも上から数えて十本の指には入る。あれと比べりゃ、おれなんかは素人みたいなものだ」

「イーリってそんなすごい人なの」

「ああ。とんでもなく凄い。だからそっちに教えてもらったほうがいい。ついていって事情を話してやろう」


 ゲオルグはルシェを連れてイーリの寝室に向かった。

 コンコンとノックをすると、


「どうぞ」


 とネイの声がした。

 中に入ると、イーリは分厚い本を読んでいる。

 今朝、空から突然大鴉がやってきて、庭に包みを落としていった。それの中身だろう。


「――どうした?」


 イーリは本から目を離して、こちらを見た。


「ルシェが魔法を教えてもらいたいらしい」


 ルシェはぺこりと頭を下げる。


「なるほど……それは好ましいことだが、すぐには応じられない。君は特殊な境遇にあるのでな。霊体励起(れいたいれいき)に研究を要する」


 どうやら、既にルシェに魔法を教えるための研究をしていたようだ。

 なんとも気が早いことである。


「れいたいれいき?」

「君は魔力を感じたことがないようだからね。魔法を使うには、それを感じられるようにする必要がある。そうしないと操ることはできない」

「そうなんだ。れいたいれいきっていうのがそれなの?」


 さすがに察しがいい。


「そうだよ。実のところ、この世界の者も皆、もちろん私たち三人も、魔力の感覚というのは生まれつき備わっているものではないのだ。およそ魔法や魔術、あるいは 魔導と呼ばれる技術を扱う者は皆、霊体励起という通過儀礼を受けてから第一歩が始まる」

「そう……てまがかかるんだね……」


 ルシェはしゅんとしてしまった。

 今日さっそく始めることはできないと言われ、学習意欲で燃えているところに冷水をかけられたというか、出鼻をくじかれたような気分なのだろう。


「まあ、そうだね。少し手間がかかる。ルシェの場合は特に」

「何が問題なんだ? たかがと言ったらなんだが、あんなもの工夫のしようがあるのか」


 霊体励起というのは、別に大げさな儀式ではない。要するに、体の内を満たしている魔力に衝撃を与えて、存在を自覚できるようにするだけだ。

 それを受けていない人間は、水が張っていることに気づいていない水盆のようなもので、ぐらぐらと揺らして波立たせると、始めてそこに水があることに気づく。それが霊体励起――という例えが一般的だが、それは表面を取り繕ったような例えで、要するに拳骨で頭を殴るような荒療治をするだけだ。

 誰が殴ろうが大して違いはない。あえていえば力加減を知らぬ馬鹿にやらせないことが唯一気を配るべき点といったところだろう。

 ゲオルグも実は三回ほど他人の子に施したことがあるが、何の問題もなかった。


「この子の世界には魔法がなかったというが、それは少しおかしな話なのだ」

「それが問題なのか?」

「問題というか、少し疑念があってね。学者の世界では、仮にこの世に魔力がなかったら、人間に感覚質(クオリア)はなく意識も発生しなかっただろう。という話が定説とされている」


 ゲオルグは当然そんな話は知らなかった。


「君のいた世界には、星竜(せいりゅう)はいたのか?」

「せいりゅう?」

「星の意思が個体となった存在のことだ」

「星は……いわでできてるよ。いしなんかないよ」


 ルシェがそう言うと、イーリは興味深そうな顔をした。

 ネイのほうは、何かを盛大に勘違いした子供が頓痴気(とんちき)なことを言いだした時の母親のような顔をしている。


 ゲオルグはネイとは違って、ルシェの知識不足だとは思わなかった。ルシェほど頭の良い少年が、この年齢まで生きていてそんな基礎的な常識を誤解しているとは考えにくい。

 ルシェがいた世界は、本当に星竜がいない世界なのかもしれない。


「ふむ……竜のいない星か。まあ、今すぐ励起(れいき)を行っても問題はないとは思うが、今は取り寄せた本で幾つか他人の研究を調べている。どうも手がかりはなさそうだが、一応は目を通してから行ったほうが確実だろう。すまないが、少し待っていておくれ」

「おっけー」

「暇なら、ゲオルグに剣でも習ってみるといい。案外、素養があるかもしれないぞ」


 ◇ ◇ ◇


「……うーむ」


 ゲオルグは日当たりのいいウッドデッキの縁に座り、唸っていた。目の前には、ゲオルグが下の村で買ってきた動きやすい少年服を着て、細い角材を剣のように持ったルシェが立っている。

 とりあえずやってみるかという気にはなっているようだが、魔法に対するほど興味があるようには見えない。

 ゲオルグには弟子がない。他人に剣を教えた経験も数えるほどしかなかった。

 さて、どう教えたものか。


「剣って、なにかの役に立つの?」


 角材を杖にしたルシェが聞いてきた。


「戦いの役には立つな。戦い以外の役には立たん」


 とゲオルグが言うと、


「本当のせんそうだと、やりをつかってたって聞いたことがあるんだけど、剣のほうがつよいの?」


 と返してきた。剣より槍のほうが強いんじゃないかという疑問らしい。


「そっちの世界では魔法がなかったんだったな。まあ、それなら確かに剣より槍のほうが有利かもしれん。こっちでも槍を使う奴はいるが、俺みたいな剣士が剣を使うのは、槍の最も大きな長所――つまり剣よりリーチが長いことが、それほど有利に働かないからだ。俺たちは魔法も使って戦うから、槍の間合いより離れたところから簡単に攻撃できる。多少リーチに優れた槍より、手元の小回りが効いて防御にも使いやすい剣のほうが便利なわけだな」


「なるほど……でも、それならまほーだけじゃだめなの?」

「駄目じゃないが、魔法……というか、複雑で大げさなのは魔術というんだが、魔術は発動までに時間がかかるからな。一瞬で発動するためには短くする努力が必要になるし、訓練をサボってると(なま)って遅くなる。イーリみたいな高位の魔術師は普通、いつもは学者なんかをしてるわけだから、毎日訓練なんてやっていられない」

「そうなんだ」

「まあ、先に一つやってみせたほうが早いかもしれん。その棒きれを置いて、地面に落ちてる小石を両手に握れるだけ握ってみろ」

「うん」


 ルシェはゲオルグの指示に素直に従い、ウッドデッキに角材を置くと、地面の小石を拾って両手に掴んだ。


「お前は魔術師で、その小石は魔法だ。投げて一個でも当たれば敵を殺すことができることにしよう。俺が攻撃しようとするから、どうにか倒されるのを阻止してみろ。ああ、そこだと近すぎるから二十歩くらい離れていいぞ」

「そしするって……つまり一つでもあてたらいいんだよね? どんなふうになげてもいいの?」

「ああ」

「わかった」


 そう言うと、ルシェはトコトコと二十歩離れた。

 森を背にして振り返ると、半身にして右腕を振りかぶり、投げる気まんまんのポーズを取る。


 ゲオルグは地面を蹴ると同時に、靴裏に仕込まれた付呪装に魔力を流した。

 蹴り足の反動が倍増され、巨人の振った手に弾き飛ばされるようにして体が飛んでいく。ルシェが慌てて石を投げたので、それを避けるために左の地面を蹴って角度を調整する。

 右に飛んでから、もう一度地面を蹴って距離を縮めると、二十歩の距離はゼロになっていた。


 残った石を投げようとするルシェの左腕を掴みながら、片足で地面を抉って制動をかけ、残った足で足首を軽く蹴った。

 ルシェの両足が横並びに激突し、軽い子どもの体がスポンと空中に踊る。掴んでいた左腕を引っ張り上げて上半身を起こし、尻から地面に落とした。


「どうだ?」


 ゲオルグは握っているルシェの手を引っ張り、立たせた。


「剣士の戦いは瞬きするほどの間に終わる。魔法を使うのに一秒も突っ立ってたら、斬り殺されて終わりだ」

「なるほど」


 ルシェは負けたのが悔しいのか、どこかムスッとしている。


「でも、前にイーリは強いって言ってたよ。あれうそ?」

「イーリみたいのは、大抵おれみたいのが守っていて簡単に近づけないからな。安全なところから一面を火の海にするような魔法を数秒おきに放ってくるんだ」

「ああ、なるほど」

「それに、あいつは近接用の厄介な付呪装をいくつも持ってるからな。おれならともかく、そこらへんの野盗くずれでは相手にならんだろう」


 今のイーリはどうも魔法を自由に使えないようなので、どうなるか分からないが。


「ふーん……付呪装ってなに?」

「こういうのだよ」

 ゲオルグは腰に挿していた手のひらほどの長さの細い杖を取り出した。

「魔法ってのは普通、小難しい過程をいくつも踏まないと発動しないんだが、付呪具は既に術式が刻んであるから魔力を流すだけで魔法が出てくる。その中でも兵器として使われるものを、特に付呪装と呼ぶ」


 と、ゲオルグは杖に魔力を込めた。

 空中に氷柱(つらら)のような氷が五個形成されて、一斉に射出される。離れた場所にあった木々に突き刺さった。


「ただし、なんでもかんでも付呪装にできるわけじゃなくてな。ややこしくて複雑な魔法は道具に収まりきらない。普通は、道具にできない人間だけが使える魔法のことを魔術と呼ぶ」

「……あたったらいたそう」


 ルシェは顔をしかめている。人を殺すための道具なのだから、当たっても痛くないようならとんだ欠陥品である。


「まあ、人と戦うための道具だからな。当たったら人が死ぬくらいの威力がなかったら役に立たないだろ」

「この世界の人って、みんな魔法つかえるの? みんなこんなことができるなら危ないとおもう」


 疑問に思ったのはそこらしい。

 まあ、確かに酒場で昼間から酒をあおっている厄介者みたいな連中がこんなことを無尽蔵にできたら、危なくて仕方がないかもしれない。


「魔法を使えるのは村に一人くらいは必ずいるな。付呪装は霊体励起を受けた者なら誰でも使える。だが、そもそも付呪具ってのは高価だからな」

「どのくらいするの?」

「モノによるが……まあ、小さな火を起こすだけの代物でも庶民の一月分の給料くらいはする。おれが使っているような本格的な付呪装はもっとずっと高い」


 というか、これはイーリが手ずから作ったものなので金を積めば買えるというものではない。


「じゃあ、ゲオルグが持ってるなかで一番凄いのはどんなの?」

「金で買えるもんじゃないな」

「さっきのがそう?」

「いや、これだよ」


 見せたほうが早いと思い、ゲオルグは剣を抜いた。鞘から真っ白い陶器のような刀身が現れる。


「それ、けん?」


 ルシェは疑問げに言った。確かに、一般的な刃物とはまったく違う形状をしているので、剣の一種かと疑るのも無理はなかった。

 ただ真っ白い陶器の板のように見える。一応、先端が片刃に尖ってはいるが刀身はまっすぐで、金属的な質感がない。


「そうだ。このままでは(なまく)ら包丁より切れないがな」


 ゲオルグは刃を立てて自分の腕を切ってみせた。刃の角度は直角よりやや鋭い程度なので、定規を押し当てたようなものだ。服の上を滑るだけで何も切れない。


「なんのやくにたつの? 先っぽからなんか出るとか?」

「見せてやろう。あの岩がいいな」


 ゲオルグは五歩ほど歩いたところにある苔むした岩に向かった。地面に頭を出していて、足を引っ掛けたら躓きそうである。

 ゲオルグが剣に魔力を込めると、刀身に魔力を帯びた刃が現れる。

 その刃を岩に当てると、なんの抵抗もなく吸い込まれた。ある程度入れたところで剣を戻し、別の角度から入れ、剣を鞘に戻した。


「切ったところを持ってみろ」


 ルシェが言われたとおり岩を触ると、切ったところの岩が取れ、岩が鋭角に切り欠けたような格好になった。

 苔むして風化した岩肌と違い、切れたところは質感の違う真新しい断面になっている。雨粒が当たったら水滴のまま弾きそうなほど滑らかだ。


 ルシェは鋭角の岩を手に持って、鋭利さを確かめたかったのか木の肌に軽く打ち付けた。

 石斧のような格好で木肌にめり込んだ。


「……すごいね。それってどういう原理?」


 原理?


「分からん」

「わかんないの? イーリに聞いたらわかる?」

「いや、イーリにも分からん。これはイーリが作ったものではないからな」

「じゃあ、誰が作ったの?」


 興味津々のようだ。


「それも知らん。貰い物だからな」

「……ふーん」

「話を戻すが、普通は剣、槍を使うなら槍に一番金をかけるのが一般的だな。そういった付呪装は先端からさっきみたいな魔法が飛び出す仕組みになっていたりする。一体になっていれば、わざわざ持ち直さずに済むから便利だろ」

「それはそうだね」


 ルシェは聖剣がどういう原理でものを切っているかについては興味があっても、戦いの話にはあまり興味がなさそうだった。

 まあ、世の中戦いを避けて平和に暮らす方法など山程ある。危難から逃れられず戦災などの犠牲になる者もいるが、ルシェほど頭が良ければ上手く避けていくに違いない。


「まあ……さっきも言ったが、おれの技術は戦いでしか役に立たんから、戦いを避けて暮らすつもりなら学ぶ意味はないな。イーリの魔術なんかは街暮らしでも需要があるし、特に付呪具作りは金儲けのタネにもなるから、お前はそっちを頑張ったほうがいいかもしれん」

「うーん……ちょっと考えとく」


 弟子になるつもりなら、人生で一度くらいは取ってもいいかと思っていたのだが、残念ながらその脈はなさそうだった。


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[良い点] た……タイトル回収が早すぎる……だと……?!
[良い点] 題名回収が! [一言] 弟子にしていいと思ったのに脈なしは悲しい。
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