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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第三章 枢機の都、ヴァラデウム
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第039話 調査集計室


 しかし、旅の途中ですっかり慣れてしまったけれど、金銭感覚というのはすぐにダメになってしまうな。

 昔は喫茶店なんて王侯貴族に準ずる人々が利用する店くらいに感じていたのに、ゲオルグの遺産を全部もらったおかげで、すっかり貧乏性が鳴りを潜めてしまった。

 まあ、喫茶店のお茶代程度の金額なら魔獣退治でいくらでも稼げるから構わないんだけど。


「あの、質問というのは?」


 感慨深くお茶を飲んでいると、向こうから尋ねてきた。

 都市の制度全体を知りたいといっても、どこから尋ねたらいいのか迷っていたところだ。


「おれはどうやら研究点口座というのを持っているらしいのですが、それはなんですか?」


 ともかく、疑問を端から単刀直入に聞いていこう。


「研究点口座というのは、研究点を入れておく口座のことですよ。……普通、基礎学校の生徒は必要としないはずですが」

「お恥ずかしい話なんですが、その基礎学校という用語から分からないので、どういう制度なのか説明してもらえませんか」

「他国でいうところの、魔術学院です。ほとんどの魔術学院は小学部、中学部、高学部、卒士院で四段階に分かれた教育制度を採用していると思いますが、ヴァラデウムでは高学部までの学習をひっくるめて基礎学校というところでやります。卒士院以上の……つまり、学校を卒業したあと研究をするための機関が魔導院です」


 つまり、大学ということか。

 学習でなく研究のための機関、というニュアンスを汲み取ると、大学院ということになるのかもしれない。そうなると高学部というのが大学的な位置づけなのかも。


「へえ。じゃあ、魔導院には基礎学校を卒業しないと入れないわけですね」

「まあ、そうですね」

 たぶん、おれの年齢だと基礎学校に入っているのが普通なんだろう。

「基礎学校にも留年や飛び級がありますから、卒業する年齢はまちまちですが、魔導院には基礎学校を卒業してから入るのが普通です」

「でも、外部から魔導院に直接編入する方法もあるわけですよね?」


 そういうルートがあることは知っている。

 イーリがそうだからだ。

 イーリはミールーン国立魔術学院で教育を受け、飛び抜けた成績を見せたので十四才でヴァラデウムに編入した。


「いいえ、編入するのは大抵は高学部ですね。魔導院は、普通の学校のように入学したりするものではありませんから」

 どうやら話が違うようだ。

「じゃあ、どういうものなんですか?」


「一つの組織として名乗るため、便宜的に魔導院と呼ばれていますが、実態は色んな研究室の集合体なのです。基礎学校卒業後、まだ研究を続けたい人はどこかの研究室に属して研究に従事します。でも研究室に属さないで独自に研究をして研究点を稼ぐ人もいますから、入学とか退学という制度はないんですよ。累計所得研究点が一千点を超えると八級魔導司(まどうじ)を名乗ることが許され、魔導院の研究者を名乗るのはそこからという慣習があるので、あえていえばそれが入学になるのかもしれません。退学については、研究点口座は五年利用しないと休眠処理されて、二十年利用しないと消滅するので、それが退学に当たるでしょう。普通は特に手続きなどせず、単にヴァラデウムを去るだけですが」


 なるほど。

 どうも大学院というより、大きな複合研究所のようなイメージのほうが正しいようだ。


「じゃあ話を戻して、研究点というのを詳しく教えてください」

「研究点というのは、自分が発表した論文を他人が閲覧した場合だとか、論文や本の中で引用されたりだとか、重要研究として認められた場合に加点される点数です。研究の成果……というか、重要性を点数化したものですね」

「それって、なんに使うんですか?」


 口座というからには、点数帳のように増えていく点数を記録するだけではなく、使ったり引き出すという機能が含まれているはずだ。


「まず、他人の論文を読む際に使います。それと、中央図書館でなく夜帳書庫(とばりしょこ)で書物を閲覧する際にも必要になりますね。あとは、よその研究室の器具を使わせてもらったりするときも……ともかく、研究行為に係わる支払いにはすべて研究点が使われます。棟内の研究室の使用料、研究室の所属生への報酬……要するに給料の支払い、器具の購入、それらは全部研究点で(あがな)います」


 また奇妙なシステムだ。普通は、そういった経済の媒介物のような役目は通貨が担わされるものだけど、ここではそれとはまた別に研究点という概念を導入しているようだ。


「その夜帳(とばり)書庫というのは?」

「基本的に禁帯出の、特別な書物を扱う図書館ですね。それらはすべて超高度な内容なので、院生以下の学生の大部分は理解すらできません。それでも読みたい場合は、研究点口座を開いて、研究点を買えば読むことができます。院生以下の学生が研究点を必要とする場面は、それくらいだと思いますよ」


 やっぱり研究点というのは譲渡や売買ができるものなんだな。

 宿屋とかここの料金は、全部通貨だった。研究点でお支払いですか? なんて聞かれてもいない。

 研究室の給料まで研究点で支払うなら、生活費はどうするんだって話になる。支払われた研究点とやらを一部分金銭に替えて、生活費に充てるのだろう。

 要するに、研究点が”知識は知識で(あがな)う”制度の骨子ということだ。新しい知識を得たければ、自らが持っている知識を公開する必要がある。おれのような部外者でも、誰も知らない知識を論文として発表すれば、研究点を手に入れて他人の研究と交換することができる。


「なるほど。大体知りたいことは理解できました。最後の質問なのですが、自分の研究点口座というのはどこに行けば確かめられますか?」

「それは、調査集計室という独立した機関が管理しています。そこの窓口に尋ねればよいかと。きちんと開設できていれば口座番号の書かれたカードを貰えますから、使う際に提出してください。その場で番号と支払点数が控えられて、あとで集計室に送られて記帳される仕組みです。論文閲覧などの小口の取引は、月末にまとめて集計されます」

「よくわかりました。質問は以上です。ご丁寧な説明、ありがとうございました。それでは」


 おれは残ったお茶を飲み干すと、席を立った。

 さしあたり得たい知識は仕入れられた。


「あの、立て替えていただいたお金はあとでお返ししますので」


 は?


「いいえ、質問に答えていただいただけで十分ですよ。あくまで、お話を聞かせていただく報酬を前払いしただけですから」

「それでは私の気が済みません」


 ……うーん。なんだか面倒くさいことになってきた。

 そういうことをきちんとしておきたい、しっかりものだったか。ネイあたりはこんなこと言い出しそうだけど。


「すみませんが、このあとは行く所がありますし、宿もすぐに移る予定なので、住所を教えることもできないんです」

「私は中央図書館で司書のアルバイトをしていますから、あなたも研究者なら来る機会があるでしょう。その時にお返ししますので」

「そうなんですか」


 返してもらわなくてもいいのだが、向こうが返すと言っているのに受け取らないというのも変な話だ。

 たぶん、この人の中ではいわれなく奢られたようで気分的に嫌なのだろう。なら、ここで断り続けるのは押し貸しのようなもので、逆にこの人に悪い。


「わかりました。なら、その時に返してください」

「私は、キェル・ネイサンと申します。勤務時間中なら、窓口におりますので」


 早めに返してもらおう。この手の人は、返すお金をぴったりの金額ポケットに忍ばせながらずっと生活してそうだ。

 おれはキェルと別れると、喫茶店を出た。


 ◇ ◇ ◇


 それから調査集計室に直行し、さっそく口座を調べてもらうと、ぱらぱらとファイルを開いた女性の係員さんが、一瞬ぎょっとしたのが見えた。

 席を立った係員さんはカウンターの向こうに歩いていき、大きなデスクに座っている上司と思わしき人にコソコソ話をした。するとその男が代わりに戻ってきてカウンターに座り、女性が今まで見ていたファイルを改めてチェックし直した。


「ふむ……申請時の特徴とは一致しているね。口座の開設申請者はイーリ・サリー・ネルとなっているが、きみはイーリ女史とどういう関係なのかな」


 質問してきた。

 質問というか、尋問のようなトーンだ。いったい、どうやって本人かどうか確かめるのだろうと思っていたのだが、こういう調査があるのか。


「おれは彼女の直弟子ですが」

「口座名はルシェ・ネルとなっている。血縁関係があるのではないのかい」


 ルシェ・ネル。

 なんとなく口にし慣れないその名前を、おれはこの場に来てから一言も発していなかった。

 イーリが過去に申請した口座名がそうなっているということは、エレミアがやったわけではないだろう。


 そうか。イーリは最初から、おれを家族として登録してくれていたんだ。

 それを思うと、異邦の孤独で冷たくなった心が、暖炉のぽかぽかとした火にあたったように温まったような感じがした。


「きみ? 質問しているのだが」

 ああ、そうだった。

「弟子であり、養子……のようなものです」

「なるほど……二ヶ月ほど前にきみは論文を発表しているね。その題名は?」

「高高度においての霊的宇宙観測をへての所感、及びそれを再現するための提案、です」


 口に出してみると長過ぎる。

 当時はタイトルまで凝ったものを考えるのは面倒くさかったので雑につけてしまったが、他人に読まれるものなのだから、もうちょっと考えればよかった。


「ふむ……合っているが、こういった場合はもっと確実に本人確認をする決まりがあってね。ヴァラデウムには、誰か後見人のような人はいないのかい」

「後見人と呼べるのかは分かりませんが、今日の午前中にエレミア・アシュケナージ学長と面会しました」

 そう言うと、上司らしき男は少し驚いたような顔をした。

「もし身元確認が必要なら、彼がしてくれると思います」

 当人に口座のことを言われたんだし。


「……なるほど、そういうことなら、とりあえずはこの場で研究証を発行しよう。ただし、有効期間は二日後からにさせてくれ。それまで使うことはできないからね」

 おそらく、その間にエレミアに確認をとって、もしおれが嘘をついていたら各施設に布告が回る仕組みなのだろう。やましいことはないので問題はない。

「ちなみに明日、中央図書館に行ってみようと思っているんですが、そのカードで入れますか?」

「ああ。中央図書館には問題なく入れる。使えないのは研究点だけだよ」

「それなら、その処理で結構です。よろしくお願いします」


 おれがそう言うと、上司らしき男はなんらかの樹脂でできたカードに手書きで、ファイルを何回か確かめながら書き込みをした。


「はい、これがきみの研究証だ。失くした際はすぐここに来るようにね。不正利用されてしまった分は補填されないから」


 渡されたカードを見ると、どういう仕組みなのか、細い線で描かれた似顔絵のようなものがついていた。似顔絵といっても、コンピュータ処理で顔のシルエットをペンでなぞったように正確な描写がされている。

 なにかしらの化学物質を感光させる写真とは、また違った技術だ。まさかこの人が似顔絵のプロフェッショナルで、画家としての技術でこうしたわけではないだろうから、パッと原理は理解できないが、なにかしら特殊な魔術か付呪具を使ったのだろう。


「きみの口座には一万と六千点ほどの研究点が入っている。しかも全部、買ったり譲渡されたのではなく研究で得た点数だから、きみの階級は最初から三級魔導司になる。はっきりいって、きみの年齢でこの実績は少しおかしいんだが……しかしまあ、()()イーリ女史の直弟子ならそういうこともあるのかもしれないな」


 一万六千点と三級魔導司という称号がどれほどのものかは知らないが、沢山あるならそれに越したことはない。

 その分不死業(ふしごう)についての希少な書物も読める。


「お手続きありがとうございました。それでは、失礼します」


 ぺこりと頭を下げて、おれは調査集計室をあとにした。

いつもお読みいただきありがとうございます!

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よろしくお願いします<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
[一言] 連休中に続き読み始め。文章を読んでいる楽しさをぐっと感じます。
[良い点] 連載再開ありがとうございます!ありがとうございます! ずっと楽しみにしておりました! これを毎日の楽しみに日々頑張らせていただきます!
[良い点] 面白いなぁ。 [一言] ルシェの論文の内容を再確認したかったので、第024話と第025話を読み直しました。 学長さん、攻撃担当だったんですね。忘れていました。 なるほど、だから防御方面は超…
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