第031話 激闘
剣神? なぜその話を今――と思い、バルザックの方を見ると、斜めに切断されたはずの剣がそのままの姿でくっついていた。
長さも短くなっていない。明らかに、元のままの姿だ。
「ああ、そうだ。俺も剣神に認められた」
「いつ………いや、違うな。剣神は自分に都合の良い剣を選ばせてくれるわけじゃない。買ったか奪ったかして手に入れたんだな」
頭に疑問がよぎる。
バルザックの剣も、ゲオルグのと同じように聖剣ということか?
ゲオルグの剣は、確かにぶつかりあって切断して反対側に抜けた。だが、バルザックは今ものっぺりとした銀色の剣を握っている。
どういう仕組み?
ゲオルグの聖剣は勢いが鈍った。ということは、量子効果を自在に操る機能ですり抜けたとか、空間を折りたたんで存在を消失させたとか、そういう仕組みではない。
実際に強靭な物質として存在したから、強い抵抗があり勢いが鈍ったのだ。ということは、斬れはしたが繋がってしまったのだ、という推論が成り立つ。
どちらにせよ、現行の魔導工学技術では到底再現できない超技術だ。
そして、ゲオルグの言う通り、たまたま貰ったにしては都合が良すぎる。なんでも切断できることが売りのゲオルグの聖剣と相性が悪すぎる。
「――フン」
買ったか奪ったかしたというのが図星なのか、バルザックはやや不快そうに顔を歪めた。
足元を見て左足でがしがしと地面を蹴っている。痺れが取れたか確かめているのだろう。
”雷針”の電撃には大した威力はない。せいぜいが家庭用電源に触れた程度で、鋭い痛みを感じ、あとは痺れがやや残るだけだ。威力で言えばもっと強力な杖は幾らでもあるが、電撃は発動すると光に近い速度で命中するので、敵に避ける猶予を一切与えないという大きなメリットがある。超接近戦では使い勝手がいい。
「見破られたなら、もはや隠すこともないな。貴様を殺すために編み出した絶技、その目に焼き付けろ――」
絶技とは、魔術師の超魔と同じような使われ方をする言葉で、近接戦闘での得意技とか決め技のような技のことを言う。
バルザックは右足で地面を蹴って一気に距離を詰めると、左足でやや浮くように角度をつけて飛び、空中で体を横にして半身になった。
「”死の舞踏”!」
叫んだ瞬間、バルザックの剣が形状を変えた。
放射状に剣山のように分かれた剣先が広範囲を貫く。驚嘆すべきはその速度で、伸びる動作を目で追えなかった。視覚を動画に例えれば、剣だったものが次のフレームには伸びていた、というくらいの一瞬だった。
ゲオルグは反応する間もなく、全身を貫かれた。
「イヤッ! ゲオルグさっ」
ネイの叫びが響いた。
しかし、その叫びはすぐに止まった。
ゲオルグは枝分かれした剣の横におり、今まさに地を蹴って聖剣で斬りかかろうとしていた。
「なっ――!」
明らかに狼狽したバルザックは伸びた剣を戻し、すぐさま回避行動を取る。そして錯覚を見たと思ったのか、空中でもう一度散弾となった剣を伸ばした。
再びゲオルグが串刺しになる。だが、血が吹き出ることもなく、その姿は一瞬の後にかき消えた。
再び剣山を躱したゲオルグは、今度は斬りかからず、手に持った聖剣で伸びた剣山を横からバッサリと斬っていた。
「いい技だが、自信過剰が仇となったな。撃つ前に突きの形を見せるとは」
ゲオルグが断ち切った針山は、柄と繋がっている本体と分かたれると水滴のように丸まり、針の本数分の銀の雨となってポタポタと地面に落ちた。
流体金属のような性質を持っているのか。
確かに伸びれば刺し貫くことができる、だが、総体積が変わらないなら細くならざるをえない。
カッチリと剣の形をしていたときは、バルザックの剣はゲオルグの聖剣より幅が広かった。だから切断されても、通り過ぎた時には最初に切断されたところはくっついていた。しかし針になった状態で細い竹の束を斬るように切断されれば、本体からプッツリと完全に離れてしまうことになる。
しかし、そんな性質をゲオルグは知らなかった。一瞬で判断し、性質や弱点を分析したのだ。重厚な戦闘経験と冷静な分析力がなければ、そんなことはできるものではない。
「今度はこちらの番だ」
ゲオルグが距離を詰めた。
「クッ――!」
バルザックはもう一度剣を伸ばす。体積が減ってしまったからか、今度は本数が少なかった。
その剣が再びゲオルグを貫き通すが、その姿はまたしても幻だった。
肩から羽織っている短い片外套から光学的な残像を放出し、その挙動に目を奪われた時には本体は消えている。それは一秒に満たないわずかな時間しか保たないが、ゲオルグは敵が視野の中でどこを注視し、意識を集中しているのか熟知している。だから、一瞬で本体がかき消えたかのように見せかけられる。
この技は”幻套剣”という。ゲオルグが誰にも見せず、いつか剣神に使うために秘して仕上げた技だった。
「フッ」
接近したゲオルグが小さく息を切り、腕を伸ばしてバルザックの左胸から腹までをスパッと浅く切り裂いた。
要所要所を鋼で補強した皮の鎧は、ゲオルグの聖剣の前ではなんの役目も果たさない。
バルザックは避けられるはずだったその剣を、あえて避けなかった。その代わり、ゲオルグとすれ違うように大きく飛び、剣を地面に擦り付けんばかりに低く長く振った。すると、地面から銀色をしたスライムのような物体が浮き、磁石に吸い付くように剣に戻っていった。
そうやって回収できる仕組みになっているのか。
「フゥ、フゥ……」
地面を抉りながら速度を殺し、どうにか体勢を立て直したバルザックの目には、今までの余裕はなかった。緊張からか、呼吸が浅くなっている。
「お互い、手の内は見せたようだな。ここからが本番だ。とことんやろうじゃないか」
ゲオルグは剣を構えた。目は爛々と輝き、口元には笑みが浮かんでいる。
楽しいのだ。この殺し合いが。獰猛な獣が狩りを楽しむように、修羅の世界を楽しんでいる。元々その世界に棲んでいた生き物が、かつての生態に戻ろうとしているかのようだった。
「……望むところだッ!」
バルザックが奔った。ゲオルグ相手には通じないと思ったのか、今度は剣を伸ばしたりしない。
剣の性能より、運動能力の優越を活かしたほうが戦いを有利に進められると判断したのだろう。おそらくそれは正しい判断だ。
二人の剣が交差し、通り過ぎて離れた。畳み掛けるようにバルザックが剣を繰り出すと、ゲオルグは紫電を走らせて牽制する。
ゲオルグは完全に片手で剣を操っていた。そもそも、ゲオルグの聖剣はセラミックのような軽い素材でできている。
一方、バルザックは両手で剣を扱っていた。おそらく、あの流体金属は相当な重量があり、片手ではゲオルグの剣技に対応しきれないのだろう。
バルザックの肉体はゲオルグより何段も優れており、重い剣を操っているのにも関わらず、こうして見ると戦闘のテンポが一段階早く見えるほどの差があった。
だが、それでもゲオルグは互角以上に戦っている。
「ネイ、やめなさい」
後ろから小さく声が聞こえた。
「――でもっ!」
「やめなさい」
振り返ってみると、ネイの表情は坩堝のような感情に彩られていた。
親の仇に対する感情、そしてゲオルグの安否を気遣う感情、この極限の状況に対しての焦り。不安とも憎悪ともとれない奇妙な顔をしていた。
「ネイ、やめて。これはゲオルグの勝負だ」
と、おれは言った。
「足手まといにしかならないって言いたいの!?」
「関係ない。これは二人の決闘だ」
「お母さんの仇なんだよ。私がケリをつけるの。じゃなかったら、誰がっ」
「関係ない」
おれがそう言うと、ネイの表情が凍った。
「親の仇だろうが関係ない。この決闘に手を出すことは、ゲオルグの生き方を否定することだ」
「――ッ」
「おれだって助けたいよ。魔術を一発撃てばあいつを殺せるタイミングなんて何度もあった。でも、そんなことはしない。おれはゲオルグの弟子だから」
親があれだったおれには、優しかった両親を殺されたネイの気持ちは本当には分からないのかもしれない。
でも、おれにはゲオルグの生き様のほうが大切だ。ゲオルグは今楽しんでいる。それを止めたら、ゲオルグが今まで生きてきた意味がなくなってしまうような気がした。
「心配しないでも、ゲオルグは勝つよ。お互い奥の手を出し合って、相手の用意した手は底が浅かった。ゲオルグのほうが奥が深い」
”幻套剣”の本当に恐ろしいところは、姿がかき消えて攻撃が外れるところではない。敵の判断に対して対策を押し付けることができるところなのだ。
実戦において視覚が担う比重というのは非常に大きい。その視覚を少しでも信用できなくなるというのは大変なことだ。
幻かどうか確認しようと視野を広げ、本人だけでなくその左右も視線で確認しようとする。すると今まで0.1秒でさばいていた判断に0.2秒を要するようになる。たったそれだけで、名手の剣は褪せてしまう。
「……分かった。ゲオルグさんがやってくれるもんね」
「うん」
ネイから目を離して戦いを見ると、二人は近間で戦っていた。ゲオルグはこちらを見ていない。戦いに熱中している。
二人は剣が触れ合わないように戦っている。そのため普通の剣戟とは少し違っていて、力同士のぶつかり合いのような要素がきれいに欠け落ちていた。まるで舞踏を踊っているかのように、二人は入れ代わり立ち代わり剣を振るった。
だが、これは型通りに示し合わせた殺陣ではない。勝負は永久には続かない。かつてのゲオルグと剣聖の戦いがそうだったように、いつかは必ず終わる。
先の先を読む複雑な駆け引きの中で、ゲオルグが一瞬半身になったとき、やや腰を回転させたのをおれは見た。
バルザックの視界に入らないよう、必要とされる動きより十度ほど余計に腰を回し、左手でさっと杖入れを撫でた。
次の瞬間、ゲオルグは左手をバルザックに向かって振った。
少し前から、バルザックは”雷針”の着弾点が杖が向いた直線上にあることに気づき、そして射程が二メートル弱しかないことも把握していた。そして、避けにくい胴体の部分が射程内に入らないよう、剣の長さを調節したりしながら、手足に狙いを定められないよう動かしていた。
しかし今、ゲオルグの左手には”割る楔”が抓まれていた。ゲオルグはそれを杖として使わず、杖入れから抜いたその動きのまま、顔面に向かって一挙動で投げた。
”割る楔”の先端は鋭角に研がれており、突き刺して使う都合上全部が鋼で出来ている。太い棒手裏剣を投げられたようなものだ。
だが、それはバルザックほどの名手にとって避けるのが難しいというほどの攻撃ではなかった。
バルザックは慌てて隙を見せるでもなく、冷静に体を少し開きながら頭を少し動かして避けた。
しかし、避けた先に追従するようにゲオルグの突きが迫る。刺剣の一閃のような伸びのある鋭い突きが顔面に向かって放たれた。
それの突きをバルザックが間一髪で避けたとき、伸び切った弦のようにまっすぐに伸びていたゲオルグの腕が、役目を終えた幻影となって消滅した。
体はそのままだった。互いに死闘を演じる剣士二人の体が、一方は攻撃のため、もう一方は回避のために伸び切った。そこで、ゲオルグの右肘だけが折りたたまれていた。
バルザックの目が驚愕に染まった。
思わず瞠目した。神でさえも騙しえるであろう、今日一番に冴え渡った剣技だ。
突きから一拍遅れてゲオルグの右肘が伸びると、バルザックの右前腕を、聖剣の切っ先がスパッと通り抜けた。
「――ッ!」
決まった。
「えっ――」
思わず声が出た。確かに前腕を剣が通り過ぎたはずなのに、腕が落ちない。
「鉄血術」
イーリがおれの疑問に答えるように言った。
「一部の魔族が扱う、自らの血液を操る固有魔術だ。普通は出血を止める程度だが、切り落とした腕が落ちないとはな。だが、肉まで繋がったわけではない」
つまり、糊でくっつけたように離れないというだけなのか。
そういえば、浅く斬られたはずの胸元からは血がまったく滲んでいない。あれも血止めしていたのか。
ゲオルグの後ろ足が追いついて追撃が始まる前に、バルザックは大きく後ろに飛び退がった。
空中で右手が剣から離れ、着地すると同時に左手の握りが緩んだ。手の中で剣を滑り落とすと、鍔に近い位置で握り直す。
「ふううううっ……!」
バルザックはもはや動かぬ右腕を見つめ、悔しげに苦悶の表情を見せた。
そりゃ残念だろうと思う。剣士が利き腕を失くすというのは、大変なことだ。
しかし、バルザックはその一瞬後、自信に満ちたような笑みを口の端に浮かべた。
お待たせいたしました。
お盆休み中の更新予定ですが、16日まで毎日朝6時投稿の予定です。
朝起きたら読める、という感じにしたいと思っています。
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