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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第二章 別荘での暮らし
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第029話 逃避行

「はい、ネイ。喉乾いたでしょ」


 おれは持っていた金属の水筒をネイに渡した。

 まだ水はタプタプに入っている。


「持ってきたの?」

「うん。まあ、癖で」


 魔術師がいる場合、よほどの極地でない限り水は魔法で出せるので、こういう状況だと水筒の重要性はさほど高くない。


「じゃあ、いただくね」


 ネイはごくごくと水を飲んだ。


「ありがと」

「うん」


 おれも一口だけ飲み、ゲオルグに渡した。ごくりと一口だけ飲むと、イーリに回す。

 イーリは少しまごついた様子で、水筒から水を飲んだ。カップのような食器を使わずに飲むのは慣れていないのだろう。


「ありがとう」とおれに水筒を返すと「ゲオルグ、残りはどれくらいだ?」とイーリは尋ねた。

「五分の一ってところだろう。まあ、夜までには街道に抜けられるさ」

「そうか……」

「そこから北東に出るとグラベニー?」

 おれが尋ねた。地図の記憶が確かならそうだ。

「名前は覚えてないが、ちょっとした城壁で囲まれた小都市がある。そこから更に西に行けばオルメリスだ」


 なら合っている。

 今向かっているアッテア街道はオルメール王国の首都オルメリスに東から接続するが、村から大きな街道を使って進むと南から接続することになる。二つの道はここからずっと北東にいったところで合流しているが、そちらは魔王軍の前線がある方角なので、逃げるために目指す方向ではない。

 要するに、ゲオルグは素直なルートを使わず、遠回りすることで裏をかこうとしている。


「ふーん、分かった」


 おれがそう言った時、ゲオルグが物凄い勢いでバッ! と立った。

 どうしたの? と口をついて尋ねようとすると、ゲオルグは空を見ながら手で押さえる仕草をした、喋るなということだろう。

 隠れるために音を消すというより、耳をそばだてて遠くの音を聞きたいようだ。


「ルシェ、イーリを抱えながら、魔力半分でどれくらい飛べる?」

 ゲオルグが空を見ながら言う。

 おれはすぐに自己評価を下した。ここは丘陵の尾根なので、下は全て低くなっている。

 しかし、イーリを抱えながらとなると、相当消費が激しくなるだろう。

「……山を降りる向きなら、一キロくらいは行けると思う」

 おれがそう言うと、ゲオルグはネイのほうを見て、一秒ほどなにかを考えた。

「走って逃げるぞ。ついてこい」


 ゲオルグは傍らにいるイーリの腰に腕を回し、突然担ぎ上げて走り出した。

「ネイ、走って」

 すぐに走り出そうとしないネイに指示を出しながら、おれは荷物を両手で掴んで走りだした。

 走る方向は今までとは直角の方向……斜面にだった。そして、その頃にはおれにも異変が察せられていた。


 ごう、ごう、という音が響いてくる。

 先頭を走っているゲオルグは、後ろをチラと見てネイの姿を確認すると立ち止まった。


「ルシェ、ここに掩蔽壕(シェルター)を作れ!」


 ゲオルグは余った左腕でネイの片腕を掴み、思い切り引っ張って抱き寄せた。掩蔽壕(シェルター)構築のためにはなるべく小さく固まったほうがいいが、ネイにはそういった知識がない恐れがあるからだろう。

 おれはその近くにぴったりと張り付くと、地面に手を当てて表土を走査した。舌打ちしたくなる。丘陵を形作っている岩塊がすぐ近くにあって、表土が浅い。使える土が少ない。

 地面を陥没させながら土を移動させ、来た道の方向に小さな壁を作った。

 その頃には異常はもっと大きくなっていた。今まで歩いてきた方向から、大きなナパーム弾でも着弾したのかというような火焔の壁が迫ってきている。


「ネイ! 内側を真空で断熱して」

「分かった!」


 ごう、という音が一瞬で小さくなる。真空といっても空気を薄くしているだけなので、音は全てカットされない。

 それでも熱の通りは極めて悪くなる。だが、それだけでは炎は防げない。空気の熱伝導は防げても、輻射熱は防げないからだ。

 おれは周囲から更に土を寄せ集め、くぼみに被せるように蓋をした。


「ルシェ、岩も使え」

「――でも」


 岩というのは強固な構造体だ。特にこの山の石は硬く緻密なので、整形も粘土細工を作るようにはいかない。結構な魔力を消費してしまう。

 土は炎に強い。溶けて溶岩になるほどの火力でなければ、これで凌ぎきれるはずだ。


「攻撃はこれで終わりじゃない。早くしろ」


 ゲオルグがいうなら異論はない。

 おれは言う通りにした。周囲の岩を変形させて、土の上に貝のように被せると、魔力を更に注ぎ込み一枚岩のように結合を強めた。


屍傀亜竜(しかいありゅう)か……最悪に近い相手だ」

 イーリが弱気なことを言った。

「見逃してくれればいいがな」

 真っ暗な掩蔽壕(シェルター)の中で、ゲオルグがつぶやく。


 まだこの目で見たことはないが、この世には亜竜という生命体がいる。それらは普通の動物とは違い非常に高い戦闘力を持っていて、自然の中でぽつぽつと生きている。

 普通の動物のように同種族で繁殖して種として()えていくということはなく、そもそも一体一体特徴が違って種という分類に括れない。現在は星から直接産まれるという説が主流になっていて、その説では星竜の眷属、しもべのような存在なのだと説明されている。なので亜竜と呼ばれる。

 その体は強い魔力を帯びていて、現行の魔術体系とは違った形で利用する(すべ)も持っている。空を飛びながら極低温の(ブレス)を吐いたり、炎を吐いたり、あるいは恐竜のような姿をして海をうろついたり山をうろついたりしていると物の本に書いてあった。

 普通の動物とは違って知性があるようなのだが、竜人と同じで、説得や交渉で誰かの味方になって動いたりする存在ではない。

 だが、厄介なことに魔族はその死体を屍人(ゾンビ―)のように利用する術を持っている。

 とはいえ、元々数が少ない上に非常に高い戦闘力を持った相手なので、死体といっても数はそう多くないはずだ。それが襲ってきたということは……。


「わからないんだけど、どれくらいの相手なの? 超強い?」

「屍傀亜竜は、現在分かっている限りで九体いる。そのうち空を飛べるのは六体だ」


 空を飛べるというのは便利な特性だ。

 そんな便利で強力な乗り物を、下っ端が使えるわけがない。つまり、乗り手が相当の実力者であることを意味するのだろう。


「相手が一人きりならゲオルグがやっつけるだろうが……」

 その時、地面が小さく揺れた。

「あー」


 おれは岩を更に固め、さらに量も増やした。

 ゲオルグが言った通り、岩を使っておいて正解だった。


「見つかったか」

 ゲオルグが言った。

「うん」


 これは炎の息(ファイヤーブレス)を吹き付ける攻撃ではない。氷の塊でも叩きつけているのか、質量を持った攻撃が始まり、衝撃が地面に伝播してでガタガタと揺れはじめた。

 通り過ぎてくれればよかったのに、見つかってしまった。集中攻撃を受けているようだ。


「どうする? 現状では防御してるこっちのほうが魔力的に有利だけど」


 現状では、攻撃で岩を削っている向こうより、防御しているこちらのほうが消耗する魔力が圧倒的に少ない。


「まだ余裕はあるのか?」

「うん。敵は空中にいるから質量攻撃がやりにくいんだよ。岩はエネルギー系の攻撃には強いから、破るのは骨が折れると思う」


 この掩蔽壕(シェルター)は、巨大な岩石をぶつける(たぐい)の攻撃には弱い。だが、そうした魔術は地面に手なり足なりをついて、直接魔力を伝えるのが普通だ。不安定な空中に浮いたままやるのは極めて難しい。

 すると空中から飛ばせるのは風とか熱とか氷とか、そういう種類の攻撃になる。

 岩は熱エネルギー系の攻撃に強いし、表面がよっぽど熱くなっても、こちらは術者が二人いるので真空で断熱できる。

 言うまでもなく、風で岩を斬るというのは相当むずかしい。氷山のような大きさの氷の塊が落ちてきたら壊れるのかもしれないが、それも非現実的だし、ちょっとした氷の塊程度なら十分防げる。そもそも氷はさほど硬い物質ではない。


「ずーっと炎を吹き付けられて岩が溶岩みたいに融解するのが一番困るけど、簡単にそれができないなら降りてくるんじゃないかな」

「よし。なら、敵が降りてきたら俺が外に飛び出て様子を窺う。そこからはお前に指示をしている暇はない。自分で状況を判断して動け」

「わかった」


 これは、暗に圧倒的劣勢になったら二人を連れて逃げろと言っているのだろう。

 ゲオルグが絶望的な戦いをしている後ろでイーリを担いで逃げるのか。


 おれもこの一年と少しで身長が十センチ以上伸びた。まだイーリより背は低いが、体格や筋力的に不可能というわけではない。

 でも、そんな判断がおれにできるのだろうか……。


「私も戦います」


 ネイが言った。


「お前はルシェに従え」

「でもっ――!」

「でも、は無しだ。それが俺にとって一番役に立つ。戦闘に慣れていない人間が勝手に動いても、足手まといになるだけだぞ」


 その時、フッと攻撃が止んだ。


「降りるかな」

 と言ったとき、地中に張っているソナーが揺れを感知した。

「あっ、降りたよ」

「行くぞ」


 ゲオルグは狭い空間で聖剣を器用に使い、外殻を三角に斬ると肘から体ごと屋根にぶつけ、外に躍り出た。

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― 新着の感想 ―
[一言] いきなりボス戦こわ…
[一言] ゲオルグといえば竜殺しで高名な名だけど、強すぎる仲間は脱落が早いのはあるある話。 がんばってくれー
[良い点] 緊迫感のある場面と、どこか他人事のようなルシェのセリフとの対比がなんともアンバランスでありながら心地良いのは圧倒的筆力によるものか…
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