助けてくれてありがとう
「ねーね。片原さん」
授業中、先生が教卓で話す声しか聞こえない静かな教室で、俺は隣の席に座る片原さんに話しかける。
ちなみに反対側の隣の席は空席だ。
授業中だという事もあり、片瀬さんは俺を相手にしないようなそぶりを見せたが、ノートの隅に何やら書いて俺に見せた。
『何?』
そう書かれたノートを見て、俺は可愛いこと考えるなぁ、と思う。
最近は授業中の文通なんて流行らない。
隣の席ならば小声で話せばいいだろうし、席が離れていても、机の下で隠れてメールをすればいいのだ。
俺は普段はそんな面倒なことはせず、大声で話しているのだが、今日は片瀬さんに付き合ってやろう。
俺は引き出しからメモとボールペンを取り出す。
『字、可愛いね』
俺のメモを見て、片瀬さんはむすっとした表情を向ける。
あれ?怒らせちゃっかな。
『ごめんって、軽いジョークだよ』
さらに俺のメモを見て、はぁ、とため息をつく片瀬さん。
どうやら許してくれたようだ。
ジャブをかましたところで、本題へと入る。
『ありがとね』
たった一言。
俺のメモに、片瀬さんは首を傾げる。
『何のこと?』
『さっきだよ。リストバンドの事。俺を助けようとしてくれてたでしょ?凄い嬉しかった。反応も面白かったし』
先ほどの十分休憩。
俺が友人と話している時、俺が付けているリストバンドについて言及された時があった。
俺は自傷行為をしている事を皆にはバレたくなかった。だからこそ、見えないようにリストバンドしていた。
もし変な返答をして、勘ぐられてしまえば大変なことだ。
その時はとっさに嘘を付いて誤魔化したが、俺の視界の端には、俺を助けようと必死になってくれていた片瀬さんが見えていた。
実際何の役にも立たなかったし、助けなんて必要なかったけれど、それでもそのわずかに俺の事を案じてくれただけでうれしかった。
『全然役にたてなかったけど?』
『うん。それでもうれしいよ。あとね』
俺のメモを見て、一瞬片瀬さんは俺に目を向ける。
そして俺の手元、新しく書かれたメモの内容へ。
『自殺しようとしてた俺を助けてくれてありがとう』
「……うん」
メモではなく、片瀬さんは小さくそう返事をした。
その顔があまりにもぽかんとしているものだから、俺はおかしくなってくすくすと笑う。
そしてそのまま、メモの続きを書く。
『片瀬さん。俺の事は、誰にも言わないでね』
少し怖かったかな。
緊張した様子の片瀬さんを見て、やってしまったと思う。
今自分がどんな顔をしているのかはよくわかる。
簡単に言うのならば、笑っていない。
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