君のような人に
「いやぁ、悪いね、片瀬さん。付き合ってもらって」
俺は片瀬さんにへらへらとした態度で感謝を告げる。
二カ月半の停学期間中に、学校の勉強は大分進んでおり、その補修として俺は放課後に小テストを受けることになった。
そのテストの結果次第では、単位を貰えるという事なので、ここ一週間ほど、片瀬さんに先生をお願いして、勉強をしていた。
そして今日はそのテストも無事クリアし、久しぶりに太陽が出ている時間に帰る事ができる。
今日は訳あって片瀬さんに家に来てもらう事になっている。
ちなみに、陽に家に誘われた片瀬の心境は、心臓バクバク大興奮である。片瀬は文化祭以来、市川に好意を寄せていて、その本人に家に誘われたのだから、期待するに決まっている。
そんな片瀬の気も知らず、市川君はへらへらとのんきに歩いている。
「ねぇ、市川君」
二人で歩いていると、片瀬さんは弱気な表情で口を開いた。
「今更なんだけどね、その……ごめん」
急に立ち止まり、片瀬さんは俺に頭を下げる。
その意味が分からなくて困惑する、という事は無く、片瀬さんがなぜ謝っているかはすぐに分かった。
「気にしないで、あれは俺が勝手にしたことだから」
崩れ落ちそうな片瀬さんに、なるべく優しい声色で返してやる。
片瀬さんが謝っていることは俺が起こした暴力事件の事。
片瀬さんはあれを自分のせいだと思っている。
ただ、本当にあれは片瀬さんのせいでは無いのだ。
片瀬さんを階段から突き飛ばした男がまず悪い。
そして、それを見て暴走してしまった俺がもっと悪い。
片瀬さんが男に突き飛ばされた瞬間、頭が真っ白になった。
いつもはどんな時でも頭が回るが、あの時は何も考えられなかった。
虐待で育ち、暴力に敏感になった。初めて、人が殴られているのを見た。
やはり俺は、あの男の血を引いているのだろう。
男を殴っていた時、楽しくて仕方が無かった。
力で征服し、加虐芯は収まることなく、自らの気が済むまで、オナニーのような暴力。
本当に、楽しかった。
まぁ、あとからそんな自分か嫌で仕方が無くなって、自殺をしようとするのだけれど。
あの一件は、本当に片瀬さんは悪くない。俺の心が、壊れていただけ。
「もし、市川君がこれで留年しちゃって……迷惑かけちゃったら……私、どうすればいいか分からないよ……」
片瀬さんは、ぽつりと涙を流しながら訴える。
俺がいくら優しい言葉をかけようとも、片瀬さんの中では、自分が悪い事になっているのだろう。
本当に、この人は優しいな。
「ねぇ、片瀬さん」
俺は片瀬さんを抱きしめる。
あれ?これ捕まらないよね?と、一瞬考えたが、その後、片瀬さんに怖がられていないか不安になった。
暴力事件を起こした人間に抱きしめられるなんて、怖いだろうと。
でも、片瀬さんが体の力を抜いて、俺に身を委ねてくれる。
「俺はね、片瀬さんに何度も助けてもらったんだ。片瀬さんの優しいところが大好きなんだよ」
俺は知っている。
人は、抱きしめられるだけで幸せになってしまう事を。
心の傷を、癒してくれることを。
場合によっては、二カ月かかるときもあるけれどね。
「だから、片瀬さん。自分を責めないでよ。片瀬さんのおかげで俺はいま生きていられるんだし、これからも生きていける。片瀬さんは俺を救ってばかりで、なにも迷惑なんてかけてないよ」
また一つ、片瀬さんの涙が流れた気がした。
「だから泣かないで。片瀬さんが泣いてると、俺も辛いから」
片瀬さんに優しくされるたびに、俺は思う。
クズのような親に生まれた俺でも、なれるというのなら。
片瀬さんのような人になりたいと。
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