楽しそうだった
文化祭三日前。
階段の踊り場、人気のないこの場所での会話はよく響く。
「なぁ、聞いたか?隣のクラスのロミジュリのジュリエット役、一宮じゃなくて片瀬って子らしいぜ」
「誰それ?一宮は知ってるけど。あの爆乳の」
「なんか髪染めてるちょい地味な子。まぁ、顔はまぁまぁかわいいけど」
「ふーん。普通は一宮がジュリエットだと思うけどなぁ。乳でかいし」
「それな」
私はそんな会話を聞いてしまった。
それだけで、胸がきゅううっと、締め付けられるような気がして。
鼓動が早くなって、頭が痛くなって、吐き気がして、自分が恥ずかしくなって。
なんで私、ジュリエット役引き受けちゃったんだろうって……
市川君、やっぱり私、無理かも……。
私はうつむき、その場に立つ尽くす。
するとその男子生徒たちの話声は段々と近づいてきて、ついに、階段で鉢合わせてしまう。
「やっぱり片瀬よりも一宮の方が……あ」
私に気が付いたのか、その男子生徒は気まずそうにする。
私にできる事。それはなにも気にしていないよ。と演技をする事。
必死に笑顔を作って、何でもないふうを装う。
「その……ごめんっ」
その男子生徒は私に謝ってくる。
やめてよ、悲しくなるじゃん。
しかし、状況を把握できていないほかの男子生徒。もしやさっきまで悪口を言っていた片瀬本人が、私だという事に気が付いていないのだろうか。
それほどに、私は影が薄い存在なんだ。
「ねぇ、邪魔なんだけど」
一人の男子生徒が、私にそう言う。
身体を押され、体に力が入らなくなった私は、よろけて後ろに倒れてしまう。
ここは階段。
私はそのまま階段を転がり落ちる。
一瞬、その男子生徒が叫ぶ声がする。
階段を転がり、全身を強く打って、どこが痛いのかよくわからない。
「いてて…」
痛みを感じながら、階段を見上げる。
そこには、市川君に殴られ、血まみれになっている先ほどの男子生徒。
「なに……してるの……」
私の声は届かない。
もうとっくに、その男子生徒は気絶して、顔が見えないほどに血まみれになっているのに、市川君は振り下ろす拳を止めない。
「やめて……やめてよ……市川君っ!」
私は何もできなかった。
騒ぎを聞きつけた運動部の先輩たちが複数人で市川君を押さえつけている間も、私は、ずっとその場に座って市川君を見ていた。
だって、市川君が男子生徒を殴っている表情が、何かにとりつかれているみたいで凄く怖かったから。
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