投票用紙と約束
「ねぇ、あの文字、陽の字でしょ」
帰り道、佳菜はそう言った。
「あの文字」というのは、ジュリエットの役を決める投票用紙に書かれていた片瀬さんの名前、その筆跡が俺の物だったことだ。
「佳菜に投票しなかった事、怒ってるの?」
「いいや、別に」
何だこいつ。
「逆にいいのかい?君は可愛い幼馴染のジュリエット姿を見れなくて」
「別にー。俺ロミオじゃ無いし。監督だし。ロミオ役イケメンの佐藤だし」
「それに、あたしたちはロミオとジュリエット以上にラブラブだもんね」
「だまれ、乳母」
「このやろー!じゃんけんで負けたあたしの乳母役をバカにしたなぁー!」
そんな感じで、佳菜は相変わらず元気であったが、ふとした瞬間、真剣そうに俺に確かめる。
「ねぇ、なんで片瀬さんを書いたの?」
その言葉に、俺はまた適当に嘘を付く。
「片瀬さんに惚れたから」
「ふーん、あたしの方がおっぱい大きいけど」
「俺貧乳派だし」
「別に片瀬さん貧乳じゃないよね⁉」
俺が片瀬さんに投票した理由、それは俺自身よくわかっていない。
片瀬さん自身、主役をやりたがるような性格ではないだろうし、嫌がる事だろうという事は分かっていた。
でも、投票用紙に名前を書くときには、片瀬さんの名前が浮かんできたのだ。
それはきっと、俺自身、片瀬さんに特別な感情を抱いているから。恋ではないけれど。
「ねぇ、陽」
だいぶ日が落ちるのが早くなり、少し紅くなった空の下、佳菜は俺に尋ねた。
「文化祭、一緒に回ろうね」
「うん」
本心で、そう答えた。
嘘なんてついていない。
本当に、佳菜と文化祭を一緒に過ごしたかった。
今まで嘘をたくさんついてきた付けが回ってきたのだろうか。
その約束は、守られることは無かった。
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