エピローグ:人生二回分、音楽バカです
いよいよラストにつき、今回も長くなっています。
私とラファイルさんは、打ち上げを終えて遅くに家に戻ってきた。
「あー、疲れた……楽しかったけど疲れたー」
「お疲れ、マルーセニカ」
ラファイルさんがこめかみにキスをしてきて、荷物を置いて一緒にソファーに腰を下ろした。
「ツアー、久しぶりだったもんな」
「私も体力落ちたのかも……30前ってこんなもん?」
「さあ、俺は25だもん」
「……どーせ私は若くないですよ」
「そんなことない。俺の方が年上によく間違えられるじゃん。マルーセニカは可愛いし歳取らないよな本当に、二人の子持ちだなんて誰もわかんない」
ふてたらラファイルさんに甘い言葉攻めをされてしまった。
日本人ってそんなに若く見えるものなのかねぇ。
そして結婚して6年経つが、あの世界と面白いほど同じように、ラファイルさんは未だにベタベタしてくる。
ステージ上でキスだけは恥ずかしすぎて勘弁してほしい。
でもここでは別にパートナー同士ならそういうのもあるからと言われて、顔のどこかには絶対されるので、もう郷に入れば郷に従えでいくしかなかった。
「お母さん、明日何時に子どもたち連れてくるの?」
「いつでもいい時間に迎えに来てって言ってた。ゆっくりしなさいってさ」
「ほんと、助かるな。
じゃゆっくりさせてもらおう。昼ぐらいまでイチャつこうぜ」
「ちょっ、酷使しないでくれる」
「酷使なんかしないよ。優しくする」
この人は前も今も、隙あらばこの調子だ。
私もその熱にいつも溶かされて、溺れてしまう。文句は言いつつも、実のところ幸せでしかない。
ユーリとカリーナは、予定通りというかあの世界そのままに生まれてきてくれた。誕生日まで見事に同じ。
あの世界で産んでいるから、異国の地で出産することへの不安はそれほどなかった。
それに、私の母が、こちらへ移り住んでくれたのだ。
ラファイルさんに母の話を何の気なしにしたところ、呼び寄せれば?と言われ、母を迎える計画がスタートした。
私たちは仕事も忙しいし、ベビーシッターだって後々必要になるから、家政婦と将来的にベビーシッターとして母を雇ってはとラファイルさんは言った。
母の説得は、父の抵抗によって時間はかかったが、母は最終的にこちらへ来ることを決めてくれ、父とは別れてやってきた。
流行りの熟年離婚をさせてしまったが、今母は見たことないような生き生きした顔をしているから、これでよかったと思う。
完璧にしなくて全然いいからというのに掃除はキッチリしてくれて、片付けもきれいで、物価の感覚に慣れてからは節約術もバッチリ、さすが元専業主婦、というかこれじゃもうプロだ。
それなのに文句を言っていた父は本当に家事を見下して王様気取りだったわけだ。
子どもたちの世話も遊び相手もうまくて、どれだけ有能な主婦だったのか、私は恥ずかしながら初めて知った。私にはこれは無理だ。本当に、来てくれてよかった。
説得はしたけれど、決めたのは母だ。私は、こちらで雇う準備があることは伝え、あとはひたすら母がどうしたいかどう生きたいかを問い続けただけだ。
同じマンションの別室を準備し、母にはそこに住んでもらって、子どもたちが生まれてからは必要な時に母の部屋へ預けに行っている。
子どもたちも母にはとても懐いて、私たちが遅いときには子どもだけで泊まっている。
もちろん、オストロフスキー家にお願いすることもある。
そんなわけで私には帰る実家がなくなってしまったが、どうせ実家を出た時点で、安心して帰れる場所ではなかったのだ、今はオストロフスキー家が私の実家のようなものである。
母も連れて、ときどきお邪魔している。
そんなわけで偶然にも、あの世界と似たような環境で、私もラファイルさんも仕事(練習も含む)ができている。
こんな幸せがあるだろうか。
……あの世界でも、そんなことを思ったっけ。
もうそろそろ、あの世界で過ごした年齢を越えようとしている。
この先はどんな人生になるのか、私はもちろん知らないし、ラファイルさんも知らないと言った。
あの世界で命を全うして生まれ変わった、のとは違うらしい。
そもそも一神教で輪廻転生の概念はないはずだし。
ラファイルさんたちは、私から生まれ変わりや魂が巡るという概念を聞いて驚いていたし、そういう感覚がないから、今の人生以外の記憶があることを誰にも言えなかったと言った。
今の人生とは違うのに、でもそれは確実に自分自身という感覚があって、自分は何かおかしい、と思っていたそうだ。
あの世界は何だったんだろう。
考えてもわかるわけはないけど。
あれから7年経って、あの世界の感覚も段々と薄れつつある。
でもあの世界はあの世界でとても幸せで、またあそこで生きたいな、と思うこともある。
エレキがないのは物足りないけど、ラファイルさんがもっとチートだし。
「マルーセニカ?」
ラファイルさんの声がして、私ははっと我に返った。
「何、考えてたの?」
「……ちょっとあの世界のこと思い出しただけ」
「ああ。マルーセニカはどっちがいい?」
「うーん。どっちも、それぞれいいところがいろいろあるよね」
「まあな。俺もそう思う。
でもこうしてあんたといることには、変わりがないから。どっちでだって」
「そうだね。貴方がいるところなら、どっちでも」
「愛してるよ。マルーセニカ」
「私も。愛してる、ラーファシュカ」
今日はもうライブでくたくただったのだ。
ラファイルさんのキスを受けながら、私は眠りに落ちて行ったーー
…………
…………
…………
…………
ふっと目が覚めた。
目の前には、大きなシャンデリア。
あれ?ここはーー
「お疲れでしたか、マリーナさん。うたた寝なさってましたよ」
「……アーリャ……さん?」
「どうなさいました?旦那様はほら、そこに」
気づけば、私の膝枕で眠るラファイルさんが。
あれ?
あれ??
どうなってんの?
私、戻ってきた?
あの世界に?
ちょっと待ってまた意味がわからない。
元の世界に戻ったのは、私だけ?
「ラーファ……ラーファ、起きて……?」
「ん……マルーセニカ……」
私を認識はしているみたいだけど。
「ラーファ、起きて、ちょっと」
私は夫の肩を揺さぶった。
「……ん、朝か……?」
朝って。
この世界のラファイルさんなら、朝とは思わないはず。
だってライブが終わった夜が最後の記憶だから。
もしかして、ラファイルさんもーー
ラファイルさんが体を起こして、明らかにキョロキョロし、次いで私を認めて見つめてきた。
「なあ、俺たち……あんたの元いた世界に、いなかった?」
やっぱり!
「うん、いたよ」
「今日、ライブしてた?」
「したよ」
「帰って、イチャついて、そのまま寝た……?」
「うん、その通り」
ラファイルさんが、しばらく固まった。
***
体感時間7年後、私たちはあの世界ーー王国、とラファイルさんは呼ぶようになったーーに戻ってきたらしい。
ラファイルさんはしばらく固まった後、ヤバい、と呟いて、放心したように音楽室に戻ってしまった。
様子が気になったので追ってみると、ラファイルさんはまた鬼気迫る勢いでピアノに向かっていた。
体感7年でもこの世界での時は経っていないからなのか、ロシアでピアノをあまりしていなかったにも関わらず、全くピアノが衰えてはいなかった。なんかもう仕組みがよく分からない。
それに加えてロシアで培った様々な音楽、本物のエレキギターの音とか本物のジャズやフュージョン、クラシックまでも、王国では聴くのが不可能な音楽を体験していることになり、その整理をラファイルさんは今必死でやっている最中だった。
やっぱりこの世界のラファイルさんはチートだった、ロシアで覚えた音楽を全て記憶し再現している。
多分ロシアのラファイルさんよりすごい気がする。
ラファイルさんはしばらくそっとしておくことにして、私はひとまず子どもたちの様子を見に戻った。
…………
…………
数日後、ノンナさんとヴァシリーさんが血相を変えて私たちを訪ねてきた。
あの話だよね?と思ったらその通り。
マーニャちゃんのいた世界で生きてたー!と二人して興奮してまくしたててきた。
さらにはプローシャさんも数日後、あの日私たちの屋敷から帰って一晩寝たら、ロシアで生きていた記憶が全部よみがえって、あれがマーニャの世界なのかと確かめに来た。
山形氏も、あっち戻ってこっち来たよなぁ!?と混乱していた。
私たちの周りで、しばらくそういう話が相次いだ。
ユーリとカリーナも翌朝、さっきまでおばあちゃん(=私の母)の部屋にいたんだけど……と言ってきて、おばあちゃんがこの世界にいないのを知って寂しいと泣いてしまった。
それにラファイルさん側のおばあちゃんも、この世界にはいないのだ。おじいちゃんは……まだこの世界だと、会わせられそうにないし。
子どもたちは、ロシアでのことを夢と認識しているみたいで、またあの夢を見たい、と言っていた。
きっとまた夢でおばあちゃんには会えるよ、と言うしかなかった。
だがその後二人とも、アーリャさんをおばあちゃんみたい、と急に言うようになったのだ。
私としてはテキパキ働くアーリャさんと、父の影で俯く母が一致したことはなかったのだが、ロシアで生き生きと主婦業をやる母は確かにアーリャさんに重なるかもしれない、と思った。
アーリャさんは、私のいた世界で生きていたという認識はないみたいだが、ひょっとしたら魂の根底が共通してたりして、なんてこっそり考えたりした。
少なくともおばあちゃん大好きなユーリとカリーナには嬉しいことのようだし。
そうした不思議な出来事もあったが、ひと月もしないうちに、またこちらはこちらで日常に戻り、今まで通りみんな楽しくやっている。
私もいろいろ考えて推測しているのだが、世界の仕組みはいくら考えても分からない。
ただ、世界を移動する発動条件として、最高に幸せで満たされている瞬間、なのかな、と仮説を立てた。
最初ここに来たときは別として、私が日本に戻った時も、ロシアからここに戻った時も、幸せな瞬間のことだった。
幸せな体験をしていたから、日本に戻ったときは絶望が半端なかったが、乗り越えられたと思っている。
そしてもしこの仮説が本当なら、またいつか最高に幸せで満たされているな、と思った時、ロシアに戻るんじゃないだろうか。
そしてまたロシアからここへ戻るのかな、と。
これからは、もうどっちに戻ってもきっと大丈夫だ。
だとしたら、人生を二重に生きているということになる。
特に同じになるようにと意識しなくても、進むように進むんじゃないかな、という気もしてきた。その仮説でいくと、こっちで死んであっちで死んで終わり、なのか?
まぁそこまで深く考えないようにしよう。
***
「人生、二回分か。
得だな」
ラファイルさんは私の仮説を聞いて、そう言った。
「だって人生二回分音楽ができるし、あんたと過ごせるし、絶対得だろ」
「そっか。そうだね」
「俺ちょっと性格違うかもしんない。でも俺自身って感覚はあるから、変わらずいてくれる?」
「もちろん。ギタリストだったり引きこもりじゃなかったりいろいろ違うなと思ったけど、中身はやっぱりラーファだなっていつも思ったもん。ほんと、本質は変わらないから安心して」
「ロシア人の俺も、悪くなかったな」
「どっちも、最高の夫だよ」
「マルーシャは……日本からきたまんまのマルーシャだったよな」
「私は、仕事帰りにここに来たのがスタートだったから。
もうあのときほんと、来た時も帰った時も絶望したわ」
「よく、俺を探して動画作ってくれたよな。
俺がいるって信じてくれて、本当によかった」
「そうしなきゃ、とても生きていられなかったから。
貴方のいない世界でなんて、生きられないんだよ、私って」
「俺も。……もう、絶対離れない」
「知ってる」
私たちは、どちらからともなく抱き合った。
「ラーファシュカ。なんで、ロシアでピアノじゃなくギターを選んだんだと思う?」
私は聞いてみた。
なんとなくギターだったとは一度聞いた記憶があるけれど。
「多分だけど、王国で聞いたことがなかったからじゃねぇかな、エレキギターってやつは。それで強く興味を惹かれた気がしてる」
確かに。ドラムを作ったことで、ドラムも経験済みになっていたわけだ。
「もう潜在的に、音楽バカだね」
「そうだよ。あんたもな」
「ほんとに、いつでもどこでも、世界が違っても、音楽バカだよねぇ」
「うん。
そうやって生きていきたい」
「私も。音楽バカ、最高」
そのおかげでラファイルさんと繋がれたんだから。
返事の代わりに、ラファイルさんのキスが降ってくる。
たまに暑苦しいと思わないこともないが、今でもいつも嬉しいことに変わりはない。
人生における問題だって、こちらだけじゃなく、日本でも二人で一緒に乗り越えることができた。
これからも二人で歩んでいけば、大丈夫。
それに頼りになる友人たちだって、あっちでもこっちでも変わらずいるのだから。
全て、みんなそれぞれの音楽バカが繋いでくれたのだ。
いつだって、音楽バカは最高だ。
これにて『音楽バカは、異世界共通』一旦完結といたします。
至らない点もあったかとは思いますが、多くの方に読んでいただけてとても嬉しかったです!
マリーナとラファイルさんをまだまだ書いていたい、という思いもあるので、現時点全く未定ですが、番外編なんかも書けたらいいなと思っています*^^*
ありがとうございました!!




