表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/110

89:再会しました


まだ肌寒いが、それでも春が近づいている。

今日は天気がよくて、ぼちぼち桜が開花し始めているとニュースでやっていた。


東京はもうちょっと先らしい。


残念、今回は見せてあげられないな。


私は今、成田空港に来ている。


飛行機の到着予定までまだ一時間もあるのに、いてもたってもいられずに来てしまった。


気持ちを落ち着けるために、カフェに入って時間をつぶすことにする。



ひと月前、写真投稿アプリからメッセージをくれたのは、正真正銘ラファイルさんその人だった。


一言、『マルーセニカ?』とだけ来ていて、そうですけどなんだこれはと思ってひとまずrafail ostrovsky さんのページを見たところ、まだ何の投稿もなくて、フォロワーなしフォロー私のみ。アカウントを作ったばかりのようだった。

ちなみにロシア語だった。やっぱりあの世界の言葉はロシア語に変換されるのだろうか。


でもこれは間違いなくラファイルさんだ。私をマルーセニカと呼ぶのは、ラファイルさんしかいない。


『はい。ラーファシュカなの?』


ロシア語で返信した。

手が震えて、寒いはずなのに背中に汗をかいていた。


ラファイルさんがロシアに住んでいるのなら時差もあるから、すぐに返信が来るとは思わなかったが、しかしその直後、怒涛のようにメッセージが送られてきた。ロシア語で。


『マルーセニカ!やっと見つけた、どこにいる?日本?』

『マルーセニカ愛してる、会いたい』

『今電話していい?』

『とりあえず顔見たい』

……

……


うわうわちょっと待って。私寝起きだ。あ、寝起きの顔なんていっつも見られてたからいいか。


『こっち朝なんだよ、めっちゃ寝起きだけどいい?あと仕事あるからちょっとしか時間ない』


すぐさまそのアプリのテレビ通話機能で、ラファイルさんは電話をかけてきた。

あちらは深夜12時で、我が夫はラフな格好をしていた。


画面の向こうのラファイルさんが私に向かって話してくれている。


それだけで、涙があふれて止まらなくなってしまった。


約半年ぶりの再会。


あの世界と変わらないーーいや、若返ってるけどーー我が夫が、やっと目の前に現れてくれた。


彼も、泣いていた。


一瞬で私たちは、最後に一緒にいたときと同じ気持ちに戻っていて、あの世界で一緒にいたときと何も変わらないのを感じた。


そのときは仕事もあったので文字通り泣く泣く通話を切り、チャットで改めてゆっくり話をする時間を決めた。



もう仕事が手につくわけがない。

いや一生懸命平静を装いましたけども。

ミスはないよう普段より一層気をつけましたけど。


だが私はそんなに顔に出ないらしい、誰も何も言わなかった。


時差のために平日はやっぱりゆっくり話ができなくて、私は練習を早く切り上げて早く寝て、早朝に時間を作った。

ラファイルさんはモスクワ在住で、六時間の時差があり、夜遅くに時間を作ってくれてそこで毎日話をした。


それからお互いに、時間のあるときにちょっとしたメッセージを送り合った。


仕事の合間にスマホを見て、夫からのメッセージがあるのが最高に嬉しい。


そして週末、ラファイルさんは徹夜で私と話をし続けたのだった。


***


話を聞くに、どうやら私はラファイルさんのいる世界に行った形だったようだ。


だがこの世界のラファイルさんは状況が違っていた。

ラファイルさんはモスクワ生まれ、幼い頃からおぼろげに、私たちが過ごした世界の記憶があったということだった。

多分時間軸とかをこの世界に合わせて考えたら成り立たない気がする……

ラファイルさんが二重に存在する上、こちらのラファイルさんは前世のようにあの世界の自分の経験していたことを認識しているということになる。

うん異世界だから何でもありと思っておくことにしよう。


さらに成長してものが分かるようになるにつれて、自分は音楽家だったことややっていた音楽も思い出し、早くから音楽の才能を現していた。


ちなみに何の偶然か必然か、お兄さんとお姉さんがいて、兄弟仲は良好、ご両親も仲が良くて家族に問題はなかった。


なぜかなんとなくギター(エレキ)を選択し、義務教育後は音楽学校に進学、学校を終了してレコード会社と契約しているプロのロックギタリストになっていた。


ちなみに歳はあの世界でと同じ、私が現在23、ラファイルさんは20である。


ラファイルさんは去年、19の夏ーーちょうど私があの世界に行ったのと同じ日だったーー、いきなりあの世界の記憶が鮮明によみがえった。

私の存在はそれまでもなんとなく覚えがあったのだが、その日、あの世界のことをはっきりと思い出したそうだ。


私と結婚していて愛する気持ちが現実のものとして急に沸き上がってきて、私を探そうと思ったものの、どう探そうか分からなかった。

ちょうど私が打ちのめされて入院していた頃である。


ギタリストや作曲、アレンジその他、若くして活躍しながら、自身の作品にも取り組んでいたのだが、ブラック・コンダクターの記憶もはっきりある今、まずドラムはマリーナじゃないと嫌だと思い、曲は全てデモテープに残したが作品化を凍結していた。


仕事で知り合った中にヴァシリーさんがいて、初対面のはずが「久しぶり!」と揃って挨拶したらしい。ヴァシリーさんはベーシストで、エレベをビシバシ演奏するようになっている。


その後あるヴォーカリストとの仕事で出向いてみたら、なんとそれがノンナさんだった。


ヴァシリーさんもノンナさんも、ぼんやりとあの世界の記憶を持っていて、ラファイルさんと同様あの日にあの世界の記憶がはっきりよみがえったそうだ。


私が動画を撮り始めた頃、あちらの3人はマリーナを探せという目的で連みつつ、山形氏の存在も気にしていた。


多分私も山形氏も日本にいるんじゃないかと推測しつつも、誰も日本語なんてできないし、マリーナがいるならこちらを見つけてくれるのを待つしかないか、という結論に至った。


ブラック・コンダクターができるように、ドラム抜きのレコーディングをこちらで進めていた。


なぜだかギタリストになってしまったラファイルさんは、こっちの世界では前ほどピアノができなかったが、ギターの素晴らしい技術でそこをカバーしてしまった。


そして年が明けた頃。


ヴァシリーさんが、私の動画を何の偶然か発見した。


本当にたまたま、ブラック・コンダクターの名で検索をかけてみたら、私の動画と写真が出てきて、顔は映っていないもののどう見てもマーニャちゃんだ、と分かった。

私の名前はマリーナ・オストロフスカヤだからもう決定である。

動画もあの世界のブラック・コンダクターを完全に再現していたし、ラファイル・オストロフスキー作曲、とかヴァシリー・ミトロファノフ作曲、とかクレジットも明記していたから、あの世界のマーニャちゃんそのものに違いない、と思ってくれたのだ。


ラファイルさんはその知らせを聞いて、ガチで固まったそうだ。


本当にマリーナなのか、自分のことを本当に覚えているのか、ロシアで生まれ育っていてあの世界の自分とは違うかもしれないけどわかってくれるだろうか、等々不安でいっぱいになりながら、写真投稿サイトのアカウントをとりあえず作って、私にメッセージを送ってきたというわけだった。


私とオンライン上で再会して、そういう話をひと通りし、

翌週のテレビ電話では、ノンナさんとヴァシリーさんも揃っていて、私たちは本当に感動の再会を果たしたのだった。

それとプローシャお姉様も、私のことをわかっていて画面越しの再会を喜んだ。

お兄様とお父様はあの世界の感じとは違っていて、あの世界のこと自体ほとんど認識していないらしい。お母様も元気で一緒にいる。

お姉様の力添えで、私は画面越しでラファイルさんのご家族とご挨拶することになった。みんな温かくて優しい人たちだった。


それからもやり取りを続けて、ラファイルさんは仕事の都合をつけて一度日本に来ると言った。

結構思い切った話で驚いたが、会社勤めじゃないからスケジュールの都合は多少つけれるということで、私も有給を使って連休にできるタイミングで何とか4連休を作り、東京で会う段取りをつけた。


今日が、その日だ。


…………

…………


ラファイルさんが出てくるはずのゲートの前に、私はそわそわしながら立っている。


さっき、モスクワからの便が到着した。


画面上では記憶にあるラファイルさんと変わりなかったけど、実際会っても変わらないだろうか。


さっきから心臓がドキドキしてうるさい。手も震えている。


本当に、姿を見せてくれるかな。

私を、分かってくれるかな。


ロシアからの渡航客が、ゲートから出てき始めた。


必死で、夫の姿を探す。


あの人は小柄だから……


人混みの中に、当たり前のように私の側にいた人の顔を、見つけた。


人を探してキョロキョロしている。


「ラーファシュカ!ここ」


その人が、こちらを向いてーー



「マルーセニカ!」


人混みをかき分けて、私の方に向かってくる。


まぎれもない、私の夫、ラファイル・オストロフスキー。


「マルーセニカ」


半分泣きそうな顔で、彼は私の頬にまず触れた。


私はもう、平常心でなんかいられなかった。


「ラーファシュカ……」


何も言えない。

嬉しくて、涙があふれるばかり。


どれほどこの時を待っただろう。


「やっと、会えた……」

「うん……会いたかった……」


私たちは、その場できつく抱き合った。


マリーナ有給中。

「あのさー、大矢さんいるからずっと言いにくかったんだけどさ。

大矢さん先月目腫らしてきたの覚えてる?あれどうしたん?泣いた後よね?」

「仕事は大丈夫だったけど。彼氏と別れたとか?」

「飲みに誘ってみてよ、女同士ならいけんじゃね?」

「お前結局断られたんだよな。しかも忘年会も新年会も来なかったよな」

「空気読まない力すごいっすよね、別にいいんですけど」

「でも有給で連休にしてるってのは、なんかあるんじゃね」

「彼氏と対決しに行ったとか」

「えーないでしょ」

「最近どっちかいうと機嫌いいしにこにこしてますよね、あんまりそういうの感じさせない人ですけど」

「逆に彼氏できた?」

「かもねー」


みんなマリーナ観察に熱心でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ