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8:ジャズを教えました


翌日から三日間。


私は音楽室に監禁されていた……


と言いたいぐらい、ラファイルさんに延々と付き合っていた。


ひとまず私の教えたクラシックの曲は置いておいて、私の弾いていたあれを教えてくれ、と、

おもむろにジャズっぽいものを弾き出したのだ。



私何一つ教えてないのに、既にジャズ弾いてますやん!



と私のツッコミ(脳内)が入ったのは致し方あるまい。


ただ、あのジャズならではのスイングというリズム感、あれはさすがにラファイルさん自身の経験値がゼロのため、ちょっと違うんだよなという気がした。


素人なのに私も偉そうなものである。


ただ、こんな天才の前に私の意見がまかり通ってはならんと思うのだが、ラファイルさんは、私の伝えることを何も否定しなかった。


それが、不思議でもあった。

こんなにすごいのに、自分の価値が絶対じゃない、ということが。



私はまずジャズという言葉から教えた。


やっぱり詳しくはないからざっとしか伝えられないが、他の大陸から奴隷として連れてこられた人の子孫から発祥した音楽だと教えた。


この世界にアフリカ系の方がいらっしゃるのか気になったが、なんとラファイルさんは見たことがないと言う。


アフリカ系だからといって、アフリカ人(いくつも民族があるのに一まとめにもできないはず)とアフリカ系アメリカ人とでは文化背景にも違いがあるのだし、さらにアフリカ系アメリカ人だから誰でもスイング感がでるわけではないと思うが、やっぱり見たこと聞いたことがなければ雰囲気が掴みにくいだろう。

私のなんちゃってスイングでは絶対的に役不足だ。


ラファイルさんは、奴隷とはどういうことだと世界史の話から突っ込んできたので、私はなけなしの世界史の知識を差し出した。


それで半日が経過。


何だこれは。


この人の興味はあらぬところへ飛んでいく。


その先をさらに知りたがって収拾がつかなくなり、もともとなにをしようとしていたのか分からなくなってしまった。


私の穴だらけの世界史(しかもこっちの世界関係ない)なんて教えててどーすんだ!

私は休憩で準備してもらった紅茶をいただきながら、一人脳内で悶えていた。



残りの半日は、とりあえずジャズで使われるコード(和音)についてと、その和音の作り方を伝えた。


説明はできないから、もう私の習ったままの基礎の部分をそのまま弾いてみせただけだった。


ちなみにコードは英語のアルファベットで書くが(ド=C、レ=D、と順番に)、

この国は英語のアルファベットが通じなかった。

つまり文字が違った。


アルファベットを見てまたラファイルさんがこれは何だと突っ込んでくる。


3歳児のなぜなに攻撃か!?


「そういえば」

「はい」

「俺が仕事に出てる間、ここの文字を勉強しとけよな」

「あ……はい」


それに、彼はこうやって思いついたことをポンポン口にするから、

すぐ話が脱線するのだ。

頭の回転も、きっとものすごく早いのだ。

私は頭の回転が遅く、テンポの良い会話は苦手だ。

ラファイルさんとはいろいろと人種が違うようだ。



そうやって脱線しつつ、基本のコードの押さえ方を説明したら、あとはラファイルさんのターンだった。

それはいろいろとまぁ複雑に、私の伝えたことを再現し、さらに発展させてみせる。


クラシックにはないだろう音遣いだから、相当に不思議で面白いようだ。


しかもいろいろ試している途中、私には生み出せない、ものすごくセンスのある和音を作り出したりするものだから、どれだけ神様に愛でられているのかと思う。


どこをどうしたらそんな素敵な響きになるのか、全くもって理解不能である。ピアノとラファイルさんに後光がさしているようにも見えてきた。


これはきっと、アドリブについて説明したら、数日弾き続けて止まらないに違いない。


…………

…………


そして私の予想は見事当たった。


アドリブというものを知ったラファイルさんは、それはそれは楽しそうに、延々とアドリブを弾き続けた。



私はその間、空気のようにその横に居続けていた。



後で思ったのだが、普通の人はその場から退散するんだと思う。

なぜそこにずっといた私。

でもなんとなく居続けてしまったのだ。



私の存在、消えてるなと思った頃、ラファイルさんは唐突にこういう音遣いはアリなのかときいてきたり、この左手とこういうアドリブは合うのかと言ってきたり、

なんだか私がここでひたすら座ってきいているのが当たり前であるかのように思っているようだ。


知らんがな。


あなたが弾いたものならなんでもアリだと思います。



実際、元の世界のことだが、ジャズにミストーンはないという言葉も聞いたことがあるほどだ。

この人外センスの持ち主に、素人が評価をかましていいわけがない。


日が落ちて部屋に灯りがともってから、

「あれっ、こんな時間か」

と気づき、私に夕食に行って寝るよう言ってくれ、

彼はその後もずっと弾き続けていたようだった。


***


翌日、私はラファイルさんに、ジャズの曲を教えた。

ジャズでよく演奏される曲である。


左手でベースライン、右手でメロディ(テーマという)を弾いて、次に和音も交えてもう一度弾く。

紙にコードを書いて、メジャー(長調)やマイナー(短調)のほか、ジャズで主に使われる音遣いについて基本の部分だけ説明した。


というか私自身が基本的な部分しか分からない。


あとは、曲のコード進行に従ってアドリブをすること。


そしてジャズ独特のリズム感。


裏拍でテンポを取ることと、三連符を意識することを伝えた。

裏拍とは、1、2、3、4のうち、2、4の部分をカウントすることだ。慣れるまで結構大変だ。

だからといって1拍を疎かにしてはいけない。1拍目を意識した上で、2、4拍だけ数えるのだ。


三連符とは、1拍分の中に3つ音符があること。

しかもジャズでは、その3つの音符の最後に強拍をつける。これも慣れないと結構違和感だ。


クラシックはやっぱり一拍目アクセントが多いから、クラシックと逆のリズム感を持つ感覚だ。


ラファイルさんは私に質問を浴びせ、手本をやってくれと言いながら試行錯誤していた、やっぱりどうにも違和感らしい。

それで二日間朝から晩まで過ぎてしまった。


…………

…………


「マリーナさん、あなた……別にずっと坊っちゃまにお付き合いされずともいいんですよ?」


夕食時、アーリャさんに心配そうに言われた。


「坊っちゃまが離してくださらないのなら、わたくしから注意申し上げますから。

マリーナさんは、お外の様子だって見てみたいでしょう」


「あ、いや、別に、無理矢理なんかじゃないですし……嫌なんかじゃないんですよ」


確かに疲れるけども。

ラファイルさんの時間の感覚は常人とかけ離れているんじゃないだろうか。


私は割と机にずっと向かっていて平気な種類の人間だから、逆に外出する日が続くと疲れて、一日家から出ない日が必要だったほどだ。


外出は別に急いでしたいわけでもなかったし、

ラファイルさんの演奏を見続けているのも、ときどき唐突に飛んでくる質問に答えるのも、楽しかったのだ。

それに、お世話になるからには、何か少しでもお役に立たないとという気持ちも強くある。


……やっぱり途中で居眠りはしてしまったのだけど。


失礼なことをしたと思いはしたのだが、謝罪しようにも没頭しているラファイルさんに話しかけることはできなかった。

言おう言おうと思うのに、ラファイルさんのように言葉が飛び出てはこないのだ。


遠慮なしの物言いといい、ラファイルさんが本当に羨ましい。



「明日もよろしく」


ラファイルさんは、私が部屋を出るとき、毎日そう言ってくれた。

明日も少しでもラファイルさんの役に立てると思うと、嬉しかった。


明日こそ居眠りはしないようにと思って、私はお風呂をいただいて早めにベッドに入った。


ジャズにも一応避けた方がいい音というのはあります。

でもプロがやったら凄すぎて作者にはわかりません^^;

そして音楽を文章で表すのはやっぱり難しいですね。本当はサンプル音源とか具体例があった方がいいかとは思っています…

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