83:ライブ!ブラック・コンダクター2
間違ったり迷ったりせず7拍子を叩き続けるのには、結構な時間を要した。
何小節か分くらいなら数えていればいけるが、叩き続けていると何拍目なのかわからなくなってしまう危険がある。
7拍子でこの曲の場合、4拍+3拍で数えるのだが、うっかり3拍のところを4あるいは2拍と間違えたりしないよう、きちんと把握しておかないといけない。
4拍子なら少々ボーっとしていても、体感でなんとなく8小節目とか16小節目とか分かったりするのだが(本番でやっちゃだめだけど)、7拍子になるとそうはいかない。
7拍子に慣れることと、7拍子で何小節目か把握できる体感を取得すべく、1時間ぶっ通し7拍子叩き続けを何度もやった。
続いて入るノンナさんの歌には、確かに迫力というか、凄みのようなものまである。
やっぱり本番で、人に届いているという状態だからなのか、力が増しているような気がする。
彼女自身はこの歌詞に当てはまらないはずだ。
王家に次ぐ家柄である公爵家で生まれ育ち、美しい金髪に青い目、クラシック界の中心にいるような人だ。人柄も明るく友人も多い。
普通の貴族と違うと言えば、お高くとまったところがなく、見かけや出自を気にしないところだろうか。家族ぐるみで。
ただ、才能がありながら表に出られないラファイルさんという人をずっと見てきたのだし、仲のいいヴァシリーさんだって、才能があるのにクラシックでは表に出られなかった人だ。
そして身分のない私が貴族令嬢に絡まれたときは、ガチで怒っていた。
ノンナさんは別に、自分が貴族であることを嫌っているわけではないし、セレブぶりを隠すこともしない、堂々と貴族として生きている。ノンナさん自身は、世間の価値観を変えたいとか人を救いたいだとか、理想を持っているわけではない。
ノンナさんはただ、これが自分、として生きたくて、そうしているだけだ。
そして、大事な人たちが価値観によって振り回されるのが嫌いなのだ。
だから、今回のバンドにかける意気込みもすごかった。普段の仕事よりお金にならないのに、仕事よりも力を入れていた。
自分の思いが全面的に出せるのは、このバンドだと言って。
クラシックでも自分を表現することはできると思うが、ノンナさんもまた、ラファイルさんやヴァシリーさんと同様、本質はクラシックに収まりきらない人なのだ。
……要するにクセが強いんだと思う。
このバンドはそんなノンナさんはもちろん、みんなの個性をそれぞれ魅せている。
ラファイルさんの無限に湧き出る音楽、ヴァシリーさんの型にはまらない自由さ、山形氏の人を惹きつける魅力。
そして私は、なぜか音楽になると発現する男っぽさ……
私の音だけ聴くと、イメージするドラマーはそれこそ男性騎士だとラファイルさんもヴァシリーさんも言うのだ。
そういうプレイが好きで目指してるからよかった。
逆にラファイルさんは、ピアノから妖精が出てきそうだよねとヴァシリーさんがよく言っている、クラシック、ジャズに関わらず。
私はその美しさが大好きだし、ラファイルさんも私のドラムだと安心すると言ってくれるのだ。
山形氏は、自分はヒッピーだからと言ってどこか飄々としているが、(私はともかく)このクセの強い音楽バカ集団にいて音の個性が埋もれないというのはある意味異能者である。
この人はこの人で別の方向に突き抜けているからなのか。
でも一方ではヴァシリーさんと波長が合って、ヴァシリーさんはときどきバーに飲みに出かけるらしい。
私は同郷者として分かり合える部分があるし、ラファイルさんは……
細やかなフレーズのセンスがどうも合うようで、作曲の際にギターとピアノのユニゾン(=同じ旋律を弾く)を混ぜたりハモリにしたりでちょくちょく絡んでいる。
ちなみにそこはアドリブでなく全て音が決まっている。
なんかあれみたいだよ、私のよく聞いてたプログレバンドの、ギターとシンセサイザーの超絶技巧ユニゾンとかハモリとか。
私、そこまで教えた覚えありませんが……
さすがラファイルさん、独力で導き出したようだ。
山形氏は一応プロとはいえ、やはりこの国の実質トップミュージシャンであるラファイルさんの方が実力は上で、ラファイルさんの作った難解フレーズに悲鳴を上げながらついて行っていた。
だがさすがはプロ、練習を重ねて、このフレーズについてはラファイルさんと同等にまで上り詰めた。
プロになるときよりも練習したぜ!と得意になってラファイルさんにツッコミを入れられていたが、なんとも不思議で面白い組み合わせなのだった。
この曲では、私のドラムも派手さが要求される。
盛大に盛り上がるので、速いフレーズを数多く入れていかないといけない。
これも練習で手こずって、何度となく自信をなくして挫けそうになったのだが、ラファイルさんの指導によってなんとか、ラファイルさんの要求するものに仕上がったのだ……
ガチでやらなくていいって言ったのに全然ガチやんけ!!と思ったことは一度や二度ではない。
でも実力も上がったことだし、ラファイルさんにはもちろん本当に感謝している。しんどく感じたらそう言えば、ラファイルさんは休みくれたし。
そういうわけで曲は絶賛盛り上がり中、この盛り上がりが私はゾクゾクして大好きだ。
ラファイルさんはロックの作曲までこんなにも美しくやってのける。
この人に出会ってから何度思ったかわからない、この人は神に愛でられていると。
本当に、CDでヘビロテしたい。
みんなラストスパートだ。
ノンナさんの情熱的な声が、後ろ側にいる私にまで届いてくる。
ラファイルさんも渾身の音を繰り出し、山形氏もヴァシリーさんも、生命を込めるように楽器を鳴らす。
全員で音を伸ばして、ノンナさんの指揮で音を切ると。
会場は、拍手と歓声で沸いた。
私たちは全員ステージに一列で並んで、一礼する。
大歓声を背にして、私たちはステージを去った。
***
アンコールに応え、ラファイルさんと私がステージに戻った。
私はピアノの前に座り、ラファイルさんはチェロを手にしている。
ちょっと客席がざわざわしたが、ラファイルさんが何か喋ろうとしているのを受けて、ざわめきがとまった。
「一曲、俺と彼女でお送りします。今日はご来場ありがとう」
椅子に腰掛けてチェロを構える。
私がイントロを入れて、ラファイルさんがメロディを奏でる。
思えばこの曲は、私とラファイルさんがすれ違いを乗り越えてきた先に生まれたもの。
あれからこの曲を練習して聴くたびに、心が通じ合ったときの感覚がよみがえる。
私もあれから思ったことをちゃんとラファイルさんに伝えるように意識して、その後すれ違いは随分減ったし、話して分かり合えるようになった。
ラファイルさんの音をよく聴いて。
この曲では、ラファイルさんのメロディは大体決まっているけどときどき変わる。
それに合わせて、私も毎回少しだけ、押さえる和音やそれを入れるタイミングを変えている。
何度も試行錯誤して、ラファイルさんがここにこの音が欲しい、というのが分かってきた気がする、まだ確信には至らないけど。
きっとこの曲は、もしレコードがこの世界にできたとしても、録音するのは難しいんじゃないかな。
私たちのそのときそのときで、使う音も変わってくると思うから。
今の私たちの音、私とラファイルさんの生き方を音にした、という曲な気がする。
これからどう変化していくか、それともそんなに変化しないか。
5年後、10年後にはどんな音になるんだろう。
曲の後半、一番盛り上がるところ。
ここはアドリブでなく、ラファイルさんと私の音が重なるところだ。
本番までの決して長くない期間で、何百回弾いただろうか、というくらい、私は練習した。
ラファイルさんとの大事な、何より大事な瞬間、絶対に美しく弾き上げたくて。
ラファイルさんの音が、大好き。
そんな大好きな音と重ね合わせられるなんて、こんな幸せなことはない。
でも、私がラファイルさんの後を必死で追っているわけではない。
ラファイルさんが、ちゃんと私に歩調を合わせてくれているのを、このフレーズからは感じる。
ラファイルさんも私を見守ってくれているし、
私もラファイルさんを受け止めて支えている。
実の所練習中は、ラファイルさんに及ばない私のピアノテクニックのために、
そこかしこを注意され直され、やっぱりガチやんけとイラッとしたことも……ぶっちゃけありました……
でもそこも、ラファイルさんが私のことをできると信じて指導してくれたから、私は応えたかったし、頑張ったのだ。
それにもう、実力で悩む経験は十分したから。
苦しみながら練習するのももはや贅沢で幸せな悩みだと変換できていたし、ラファイルさんのための苦労なら引き受けると決めていたから、いくらでも練習できた。
私の音楽バカ度、増したかもしれない。
そうやって一緒に練習して作り上げてきたから、ラファイルさんは今では安心して私の伴奏に音を委ねてくれるのだ。
一番のファンとして、同じバンドの仲間として、パートナーとして、最高の栄誉だ。
二人の素晴らしい時間は、あっという間に過ぎる。
最後に、ささやき合うように音を交互に入れて、曲は静かに終わる。
音が消え切るまで、お互いに残響を感じ合って。
同時に演奏の姿勢を解いて顔を上げると、
会場は歓声で満ちた。
…………
…………
ラファイルさんがチェロを椅子に立てかけ、私の方に来て手を差し出す。
私は、手を取って立ち上がった。
二人でステージの前まで出て、礼をする、その間にヴァシリーさん、ノンナさん、山形氏もステージに戻ってきて、オーディエンスと一緒に拍手をしている。
私を見てくるラファイルさんが、本当に満たされている顔で。
私も、精一杯微笑み返した。
ラファイルさんがこうして人々から賞賛を受けているのが、何よりも嬉しい。
出会った頃は、こんな顔を見たこともなかったもの。
私自身が夢見るしかできなかったプロのステージにいるのももちろん奇跡的で嬉しいのだが、それよりも。
プロのラファイルさんが、本来のプロらしくステージにいるのが、嬉しくて仕方なくて。
オーディエンスが静まってきた頃、唐突にラファイルさんは喋り出した。
「みなさん、ありがとう。
マルーセニカ、という曲でした。
……彼女、マリーナのことです」
突然、会場が沸いて、私は何起こったのか分からなかった。
あのカップルを冷やかすようなヒューヒューいう声やら口笛やらが次々飛んでくる。
えっと?
この曲に、私の名前?
マルーセニカって何?
助けを求めてラファイルさんを見たところ、ラファイルさんはなんだか苦笑している。
ラファイルさんがオーディエンスに顔を向けると、オーディエンスは何か察知して静まってくれた。
ラファイルさんは、私に向き直って、両手を握ってきてーー
「異邦人のあんたは呼び名じゃ分かんなかったか。
マルーセニカ、家族同士で呼び合うときに使う、マリーナの呼び方だ」
家族で、呼び合う。
えぇと……?
既に家族のようなもんだけど……
「マルーセニカ。……マリーナ、愛してる。
結婚しよう」




