82:ライブ!ブラック・コンダクター
ライブです!気合入って長めです。
勢いよく、ギターのイントロが入る。
同時に客席から歓声が上がったのは、この曲に馴染みがある常連さんたちによるものだ。
ギターのイントロの最後にドラムのフィルを入れて、曲がスタートした。
ブラック・コンダクターの一曲目は、山形氏がバーでいつも演奏しているもの。
ラファイルさんとのピアノデュオでも盛り上がったが、今回さらにベースとドラムも追加している。
16ビートをメインにして、ところどころジャズの音遣いを混ぜ込んだフュージョン色のサウンド。
スラップベースも効いている。
メロディをギターが取り、ピアノがバッキング、合いの手も時々交える。
ビートの間にフロアタムも加えていくとロック味が増し、メンバーがヘドバンでノリを煽ればオーディエンスも乗ってくれる。
ギターに続いてピアノがソロを取る。
ラファイルさんは、半年以上ジャズの音遣いとグルーヴを毎日のように研究してきた。
ラファイルさんに半年もの時間があれば、元の世界のジャズ界でだってトップクラスでやれる状態に間違いなくなっている。
本人はまだまだ知らないことがいっぱいあると言うけれど。
もう本当に、音の一つひとつが輝いて、心を動かして、力をくれるような。
初めてラファイルさんの音を聴いた時から、この感覚はずっと変わらない。
そのラファイルさんと家で二人で合わせられたときはもちろん嬉しかったけど、
今こうしてプロとしてのステージで、ラファイルさんと一緒に音を作り上げているなんて、どうやったら想像できただろう。
練習中は、実力差に悩んだりいろいろこじれたりもしたが、今はとにかく、
一音一音、生み出していくのが楽しい。
音が重なるのが、嬉しい。
重なりが、曲になっていくのが嬉しい。
ソロをとっているラファイルさんが、私の方を見てきた。
ソロが終盤に差し掛かっている合図。
私が手数を増やして盛り上げていく番だ。
ステージに立った時特有の高揚感で、私は調子がいい。
フィルを増やし、練習の時よりテンションが上がって思い切りのいいフレーズが出ることは前からあった。
ラファイルさんの作った難易度高めのフィルの練習も散々してきた。
プロになるなら当然といえば当然なのだが、私のレベルは確実に上がっていて、できることだって増えている。
でもこのステージで、本当にそうだったんだ、と腑に落ちたのだ。
前ならためらって出さなかったフレーズを組み込めたり。
危なっかしくなく自信を持ってできたり。
私の長めのフィルーーちょっとしたドラムソロを挟んで、曲はエンディングに向かう。
ドラムソロに拍手と歓声が飛んできた。
ラファイルさんも、笑顔で頷いてくれる。
アウトロで派手にドラムを入れて、曲は終わり。
いきなりスタンディングオベーションみたいになった。
…………
…………
曲の合間のMCは山形氏。
元々ソロでやっていたときにMCもしていたし、ラジオDJみたいで聞いていて楽しい。
彼のファンはこの界隈では多いから、下町なら彼が適任なのだ。
はじめましてのバンドなので、バンドの生い立ちやメンバーの紹介もする。
私と山形氏以外は結構高名なお貴族さまで、あまり大々的に名乗るのもちょっと……となり、みんな名前のみで呼ぶことにした。
手短に、私たちがほぼ黒髪の集団で、黒はカッコよくて堂々と生きるんだという趣旨でいることを語り、貴族と平民の垣根、男と女の垣根、そんなものにとらわれず、生きたいように生きることを目指すんだと表明すれば、オーディエンスも歓声で応えてくる。
***
曲調を変えて、ラファイルさんの作った美しい曲。
さっきよりフュージョン、ジャズ寄りである。
ラファイルさんの曲には不思議な力があると私は勝手に思っている。
いつも心が洗われるような気がするから。
クセが強いとラファイルさんは自分のことを評するけど、ラファイルさんの音楽を一言で表すなら、「清」だと思う。
だってそれだから、オーケストラの曲目に入って、国王陛下がダンスの曲として指定してくるようなものができるわけだ。
そんな音楽なんだから、人々の心を掴まないわけがないのだ。
ラファイルさんが曲に入り込んで、渾身の力で紡ぎ出すソロは、練習のときですら感動的だったのに、更に力を増している気がする。
魔力がこもっているんじゃないかと思うくらい。心を揺さぶって理性を崩して、思いのままに動き出したいような。
ピアノの上を、ラファイルさんの両手が縦横無尽に走っていて、絶対練習よりすごいものが生まれている。もう神掛かっている。
下町でこんな音楽はきっと初めてだろう。
それどころかクラシック界でさえも、今のラファイルさんに匹敵する音楽家はいないと私は思う。
ジャズ寄りだから、ベースのソロも入れている。
ヴァシリーさんはすっかり指弾きをモノにしていて、バイオリンで培った超絶技巧をベースでも遺憾なく発揮している。
ハーモニクスまで交えて、素晴らしいアドリブを見せてくれる。
ヴァシリーさんにとってもこれがデビューなのだ。
埋もれるしかなかった才能がこうやって人に届いているのを見ると、本当に嬉しくなってくる。
ヴァシリーさんもそれは嬉しそうに弾いているし、それを眺めるラファイルさんも嬉しそうだ。
クラシックでコントラバスがこんなに目立つことはそうそうないだろう、次回予定しているオストロフスキー家でのサロン式コンサートでは、結構な衝撃になるかもしれない。
…………
…………
テンポを変え曲調を変え、曲は順調に進んでいく。
オーディエンスの反応もよくて、本当にこれが足がかりになってくれたら嬉しい。
でも私とラファイルさんは、というかみんなそうだけど、まずは今やっている音楽が楽しいことが一番だと思っている。
楽しい力は絶対に伝播するし、希望になる。
観てくれた人の明日への活力になるだけでも、やった甲斐は十分にある。
ヴァシリーさん作曲の甘いバラードでは、カップルで来ている人たちがなんか抱き合ったりキスを始める始末……
うん、そうだね、分かるよ。
ラファイルさんと二人でこの曲を練習してたら、ラファイルさんのキス攻撃が始まったことあったし……
元の世界の欧米みたいに、人前でスキンシップを自然にする国柄というのも手伝っているとは思うが、でもやっぱり何か「その気にさせる」ものがこの曲にはある気がする。
ヴァシリーさんも何か魔力を曲に宿してるんじゃなかろうかと思ってしまう。この人はちょっとそういう底知れなさがある。
そして中盤、
オーディエンスの反応が変わる、この旋律は……と。
いよいよノンナさんが登場して、下町に馴染みの歌を複雑アレンジのロック仕様でかますのだ。
黒髪の、珍しい髪型の女性の登場に、驚きと感嘆の声が上がる。
ノンナさんのウィッグは、前髪を長くして、目元がほぼ隠れそうなくらいにしてある。
それが一層謎めいて見えるようなのだがちょうどいい。
後方にいるドラムには、オーディエンスに向けて飛んでいる歌声はほとんど聞こえないが、リハーサルで客席からの聞こえも確認はしてあるから、問題ないとは思う。
それよりも私とノンナさん以外の音楽バカどもが、子どもも口ずさむ民謡を複雑化させてしまったものだから、とにかく気が抜けない。
楽譜も一応置いてはいるが、もちろん楽譜を追いながらだと私では遅れを取る、やり込んで体で覚えて、楽譜は見ていない。
知っている曲がなんだかすごいことになっていて、オーディエンスもびっくりしただろうが、これは思った以上に好評となった。
ノンナさんのヴォーカルを入れた曲は数曲準備していて、
ノンナさんはマイナー調(短調)曲もしっとりと歌い上げる。
色気が。
色気がすごいよノンナさん。
23歳よりずっと大人な雰囲気がするよ。
衣装と髪型もきっと手伝ってると思うけど、歌い方がもう。
ノンナさんは、特に発声については学校以外では習っていないと言った。
それよりも思うまま歌いたいと言って、実際多分、クラシックの歌い方を習っているよりもこの我流でいいと思う。
バイオリンで天才だと思っていたけど、天才がふさわしいのはむしろ、このヴォーカルの方だ。
やっぱりラファイルさんばりの変な人だ、ノンナさん(褒めてます)。
元々バーで歌ものもやっていた山形氏もコーラスをとっていて、この二人の声はすごくいいように重なって聞こえる。
山形氏はこれを歌うために、ずっと放置していた言語の勉強をちょっとだけだがやったのだ。
読み方だけ分かってもちゃんと歌えないと言って。
ちなみに私が大部分教えてあげた(ラファイルさんの監視の下で)。
さらに数曲インストゥルメンタル(楽器のみ)の曲を挟む。
山形氏が持ってきた、山形氏のヴォーカルによるR&B系の曲では、合間でラップが入ったりして、ジャズやフュージョンといってもクラシック寄りの曲たちの中で、一際異彩を放っている。
だが多分あのノリ方は異世界共通なんだろう、オーディエンスは初めて聞く種類の音楽だろうがみんなよくノってくれている。
この世界の「黒」の意味とはまた違った、いわゆる元の世界での「ブラックミュージック」を取り入れているわけだが、山形氏はそういう系の音楽も結構得意だった。
ラファイルさんたち貴族とは無縁に思える種類の音楽だが、さすが音楽バカ集団、このノリを理解するために楽器から離れて、なんかヒップホップ系のクラブでやりそうなダンス(?)を私のドラムと山形氏のラップをバックにオストロフスキー邸のあの音楽室でやったのだ。
ブラックミュージックというのは生命の根源に訴えるものがある気がする。
クールなラファイルさんがクラブのノリで踊るなんて想像も付かなかったが、ラファイルさんはクールなまま踊っていてものすごくかっこよかった。ラファイルさんは終いには山形氏にドラム係を押し付けて、私を引っ張り出して一緒に踊った。クラブなんて行ったことのない私だったが、このときはすごくエキサイティングだった。
次はまた雰囲気を変えて、スマートなジャズのターン。
ラファイルさん作曲のジャズともクラシックとも言えそうなこれまた美しい曲では、
私は高速スイングをしないといけなくて結構大変だった。それも練習を重ねて慣れはしたけど。
こういうタイプのジャズは私もすごく好きだ。
間に結構長いドラムソロをするようにラファイルさんから無茶振りをされていたが、速いテンポのソロは私はむしろやりやすくてテンション上げてできる。
ラファイルさんはそんなドラムソロを毎回褒めてくれて、私の音が本当に好き、と言ってくれた。
ラファイルさんは本当に好きじゃないとそんなこと言わないから、その評価は心底嬉しかった。
そして楽器編成を変えたものも。
私の負担を減らすため、一曲ドラムレスの曲を設けたのだ。作曲はヴァシリーさん。
今度はまるで失恋したかのような、美しいのに切なくなる曲を繰り出してきた。
山形氏とラファイルさんのダブルギターと、ヴァシリーさんのバイオリンという編成だった。
客席で涙している人もいて、やっぱりヴァシリーさんの音楽は人の感情を揺さぶりやすいみたいだ。
もうこのバンド、バリエーションに富みすぎ。ジャンルを絞るのも一つの手だったが、私たちはみんな今回、この世界にないいろんな種類の音楽を示したかったのだ。
ラファイルさんが楽器がなんでもできるから、なんでもアリなのである……ほんとこの人最強。
でもそれでも、みんなが共通してこのバンドでやりたいのは、カッコよく決めるロック系である。
だからオープニングに山形氏の曲を、エンディングに「この曲」を持ってきた。
アンコール曲もあるから、実際は最後ではないんだけど。
最後の曲は、と山形氏が紹介したのは、私がフレーズを出しラファイルさんが曲に仕立て上げた、7拍子入りのヴォーカル曲。
タイトルはーー
「聴いてください、ブラック・コンダクター」
ライブはまだ続きます。




