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77:客観的な意見

ちょっとうだうだあり…


私は残された研究室で、いつも荷物に入れているスティックと研究室のメトロノームで、雑紙を束にした練習台でストロークの練習をしていた。


やめるという結論だけは、自分からは出せなかった。

アマチュアレベルのくせに図々しい、と思われたとしても。


なら何としてでも、食らいつくしかない。


ラファイルさんは、間違ったことは言ってないと思ったから、ラファイルさんが悪いとは思わなかった。

ラファイルさんは大丈夫と言っている、信じられないのは私の方だ。


ラファイルさんの言うことなら、その通り、大丈夫なのかもしれない。


それでも、私はプロとしていられる自信がない。


不十分だと思うならやめろと言われた。

なら私はやめないといけない。

でも、やめるのは嫌。


仮にやめるのならーー


いっそ、ラファイルさんから完全に離れてしまった方が、平穏に生きられるかもしれない、とまで思ってしまった。


私にできる仕事なんかあるのかわからないけど。


でも苦しい生活はいやだな。それならやっぱり、バンドのことだけはつらくても、このままラファイルさんにお世話になろうかな。

私が諦めれば済むんだし。

でもそんな私じゃ、ラファイルさんは側に置いてくれないかな。


ーー仕事が嫌だけど、レールから外れて一人で生きるのもつらいから甘んじている、


この世界に来る前と何一つ変わっていないのに気づいた。



結局私ってこうなんだ。

自力で何もできない。

生きてるのが……つらい。


こんなに、前の世界以上に恵まれた生活をしてて、尚。


自分が情けなくて惨めだ。

それにめんどくさい。


環境が変わっても、私自身が変わっていないから、結局、私はこのつらさに行き着いてしまうのだ。


ラファイルさんは、とっくに独立して、地位を得ながらも尚、自分で道を見つけて、切り開いていってるのに。



頭の中でそうぐるぐるしながら、練習を続けていた。

別のことを考えながら練習しても、身にはついていないかもしれない。

だがいつの間にか思考が飛んでいってしまっていた。


…………

…………


どのくらいそうしていたのかも分からない。


研究室の扉をノックする音がして、私は我に返った。


誰だろう。ヴァシリーさん?


そっと扉を開けると、そこにはオストロフスキー家の御者さんが。


「マリーナさん、お迎えに上がりました。帰りましょう」

「え、あ……

ラファイルさんは……?」

「先にお戻りになり、練習なさっていますよ」

「そうじゃなくて……何か言ってませんでしたか」

「特に、何も……」


後で迎えにくるように言ってくれたわけでは、なかったのか。

なら、私はあの屋敷に帰っていいものだろうか、分からなかった。


「私……あそこに帰っていいんでしょうか……」

「なぜです?」

「……ラファイルさんの許しがないのに、帰ることはできない、かなって……」

「何をおっしゃいます、マリーナさんの家ではありませんか」


涙がこぼれた。


私はただの居候で、助手にすぎなかったのに。


あの家の一員として、認めて下さっている使用人のみなさんには、本当に頭が上がらない。


ひとまず、屋敷には戻ることにした。


でも、ラファイルさんとどう顔を合わせていいのかわからなかった。


バンドをやめるとも言えないが、やるともまた、言ってはいけないと思った、だって不十分ならやめろと言われたから。


ノンナさんのところにでも行こうかと思ったのだが、彼女も超一流のプロであり、

今回の私の状況はわからないだろうと思って、行くのをやめた。


私の周りは、プロばかりで、同じ境遇の人がいない。

ヴァシリーさんも、山形氏も。


ますます、どうしていいか分からなかった。



屋敷に戻った私は、できるだけ存在感を消して、食事も部屋で取って早々にベッドに入って休んだ。


***


翌朝、私はラファイルさんよりも早く王宮に出勤した。


昨日、ラファイルさんは私の部屋には寝に来なかった。


私に怒っているか、呆れているか分からないが、一緒の空間にいるのが気まずくて、二人で出勤なんてできたものではなかったのだ。


始業時間までしばらくある。


私は、楽団の楽器を使っていいとラファイルさんに言われているから、オーケストラ用のスネアドラムを引っ張り出して練習室で練習した。


やるにもやらないにも結論が出せなくて。


そんな状態で練習するのは、つらかった。


だからといってやめたくないから、こうするしか思いつかなかった。



「マリーナ嬢!」


声にびっくりして顔を上げた。


扉を開けていたのは、マーチングバンドの指揮、ドゥナエフ氏だった。


えっとなんでこの人がここに?


戸惑ったが、あちらは私よりは格上、立ち上がって挨拶した。


「おはようございます、ドゥナエフ様。何か御用でしたでしょうか」

「おはよう、マリーナ嬢。いや、用ではないんだけど、こんな時間に太鼓の音がするから誰かと思ってね。

ラファイル君は?」

「……これから出勤すると思いますが」

「へぇ?もしかして喧嘩でもした?」

「……人様に申し上げるようなことではありませんので」


ヴァシリーさんならそうなんです〜とか言えるが、この人は最初から苦手意識がある、うっかり自分のことを話す気にはなれない。

この人、女性のことは詳しそうだからなぁ……

そういう空気、すぐ分かるのかも。


「お早いんですね、ドゥナエフ様」


それ以上突っ込まれても嫌なので、話題を切り替えようと、投げかけた。


「僕は訓練があるからね」

「そうですか。お疲れ様でございます」

「きみ、そんなに太鼓うまかったっけ?」

「元の世界で、何年もやってたんです。そこそこ、うまいですか?」

「ああ、かなりね。

女性の太鼓なんて騎士団以外で初めて見たよ、驚いた」

「ありがとうございます」


そこで、ふと思い立った。


「ドゥナエフ様、もし、私が楽団にドラムで入りたいって言ったら、入れると思われますか?」


ラファイルさんの言葉を疑うわけではないのだが、どうしても身内びいきというか、私が教えた音楽だからという気がしてしまうから、今の私の練習しか聞いたことがないドゥナエフ氏なら完全に客観的な意見をくれると思ったのだ。


んー、と考えるドゥナエフ氏の言葉を、緊張して待つ。


「そうだねー……アリなんじゃないかなぁ。

騎士団のマーチングメンバーよりは上手いと思うよ。

ラファイル君が許せばの話だけどね。

何、楽団入りたいの?」

「いえ、そういうわけではなく。私はプロじゃないのは重々承知していますけど、どのくらいのレベルなのかなと思って」

「いやー結構上だと思うよ。安定感もあるしストロークもきれいだ。

本気で入団試験受けるとしたら、僕的にはギリギリのラインかな」

「そうなんですね……

ありがとうございます、そんなに評価してくださって」


ストローク、きれいになったのかな。

安定感もあるって、グルーヴもそれなりにあるということだろうか。


思いがけず高評価をもらって、悲壮な気持ちがちょっとだけ緩んだ気がした。


楽団にギリギリ、入れるか入れないかって、私には十分すぎる評価だ。

何たって楽団は、プロ中のプロが集まる集団なんだもの。


ラファイルさんとの特訓と、音楽に好きなだけ関われる環境のお陰で、元の世界よりも上達できたようだ。


私は、やれるかも。バンドのドラマーとして。


ーーこの世界だから、というのは、相変わらずあるけれど。

元の世界なら、例えラファイルさんと一緒にいても、ドラマーはプロを起用されても悔しくない、というか、諦めがつく。元の世界というのはそれほど極めた人がいくらでもいるから。

ツインペダルを何台置いてるんだって人とか、シンバルで要塞を作るような人とか。音楽バカどころの騒ぎではない。

この世界も、ドラムをやる人が増えるにつれて、そうなっていくだろうけど、最低限プロの水準に達しているのなら、先駆者の特権ではあるけれど私にも可能性がある。


「きみってそんなにガチな感じのひとだったんだね。そういうところもいいよ」

「そういう評価は不要です」


つい半眼になって答えてしまった。

この人のめんどくさい癖である。

うん、悪い人ではないのは、分かってきたけど。


「褒められるのを嫌がる女性なんて見たことなかったよ」

「私は間に合ってますので」

「ラファイル君で間に合ってるって?」

「ドゥナエフ様は足りなさそうですね?」


あのねーそれ元の世界でやったら嫌な感じになるよ?

私は流せるけど。

流すとかいうのがダメなのかな。でもいちいち目くじら立てるのも世知辛いっていうか。

私は、めんど!で済むのでそんなに根に持つこともないのだが。

とはいえこの世界にそんな考え方はない。

平民なら黙って耐えないといけないっていう。

私は、どこからか上から身分が守られているという状況があるので、お貴族様のドゥナエフ氏にも口ごたえできるのだ。

でもモテ男のドゥナエフ氏なら、普通の女性は話しかけられたら嬉しがるか。


きわどい冗談の応酬が始まるかと思ったのだが、第三者によって遮られたーー


「ドゥナエフ、そこでいつまで油を売っている」


どこかで、聞いたことがある声。


「ああ、副団長。すみません、すぐ行きます」


副団長、って。ドゥナエフ氏がそう呼ぶなら、そこにいるのは。


……ラファイルさんの、お兄様だ。


ドゥナエフ氏と一緒ということは、朝の訓練でもしていたのだろうか。騎士団の日課は知らないけれど。

王宮の夜会で結構強引に誘われたことがあるから、緊張した。このまま去ってくれたらいいんだけど。


「じゃね、マリーナ嬢」

「お疲れ様です」


ドゥナエフ氏は不必要な笑顔を投げかけてきたのを、私は一礼でスルーした。

ごめんけどなんか貴方の笑顔は癖があって合わないんだよ……


だが。


「マリーナ嬢と言ったか」


扉の向こうで、お兄様の声が聞こえた。


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