75:ロックになってきてます
すっかり春になった翌月。
私は衝撃を受けた。
何と下町の一画を、ラファイルさんがまるっと買い上げたのだ。
広い地下室を持つ建物があって、そこに山形氏の勤めるバーが移転することになり、地下室は当然ライブハウスとして改装する。
空きがあってさびれていたので、ラファイルさんが安く(といっても庶民が手が出るものではない)買い上げてほぼまるごと再開発するような感じだ。
周辺の建物も、飲食店などが入れるようにある程度整えておき、集合住宅だった建物はホテルに作り変えようかと計画中だ。ライブの際、お客さんが近くに泊まることができれば足も運びやすいだろうから。
ライブハウスと同じ建物のワンフロア数室をバンド用の事務所としてキープし、ここを拠点として活動を広げる計画である。
バーのオーナーさんも、手狭に感じていたそうで、移転先も近いし喜んでくださった。
2か月ほどかけて、地下室を一番に改装し、私と山形氏にとっては馴染みのある感じのライブハウスが出来上がった。
そして、楽器店に頼んであったドラムセットが、改装したライブハウスに納入された。
私の意見を取り入れて、サイズ小さめの仕様になっている。
というのは、一般的なサイズだと、他の楽器をかき消してしまうのだ。
マイクやアンプのないこの世界、全てアコースティックである。
だが弱く叩いては迫力がなくなるし、精一杯の演奏ができない。
ロックらしい低音と、音量の出過ぎないことを両立させるドラムが必要だったのだ。
小さい口径だと音は高くなるが、ヘッド(打面)を緩くすることで響かず低い音にしている。
シンバルも、クラッシュシンバルの代わりに、小さくて薄い、元の世界でいうスプラッシュシンバルを取り入れ、勢いを保ちながらも音が残りにくいようにした。ハイハットもやや薄めに、そしてサイズを少し小さくしてもらった。
元の世界なら、オーケストラ(つまり生音)とドラムが一緒にするときは、透明プラスチックの板でドラムセットの周りを覆ったりするけどねぇ。
プラスチックのないこの世界、ガラス板はあるがおそらく音波でガラスがビリビリ言うだろうから、やらない方がいいと判断した。
対策になるか分からないが、ドラムを一番奥の端に置いて、背後の壁にカーテンのように布を垂らして、音を吸収させるようにする。
バンドメンバーとはちょっと離れてしまうが仕方がない。
私の斜め前くらいにピアノを置いてあって、ギターとベースはフロントに出る。
そして。
ゲストヴォーカル、ノンナさんが、その間に立つ。
ノンナさんにバンドの話をしたところ、彼女はおもしろいように食いついてきた。
山形氏ともやっぱりという感じであっという間に意気投合したし、そして歌ってみてもらったところ、意外に高くなく太い声が出る。
ロックヴォーカリストにはかなりいいと思った。
私たちのやっている音楽を聴いて、最初こそ驚いていたものの、すぐ馴染んで乗ってきてくれて、こういう音楽が欲しかった!と目をキラキラさせて言ってくれたのだ。
公の場にバリバリ出ている彼女は、身元バレはやはりよろしくないので、私の髪で(笑)ウィッグを作ることになった。
綺麗な金髪のためもちろんウィッグをしたことのないノンナさんだったが、私の黒髪をかぶって「変装」するのを楽しみにしてくれている。
もともとここに来たときセミロングだった私の髪は、半年を超えてロングに到達しつつある。
ギリギリまで伸ばして切るつもりだ。
衣装も黒にキメようと夜中のノリで盛り上がり、ラファイルさんがいつも頼んでいるところで仕立ててもらうことにした。私の仕事着やドレスも仕立ててくれたところである。
ラファイルさんとどこで出会ったのかと思うくらい、お店の方もクセ者で、ラファイルさんと好みが合うのだ。だがびっくりするくらい上品な女性物もできるから、やっぱりプロってすごい。
ノンナさんは、フロントマンとしてもセンスがバッチリだった。
最初は立って歌うだけだったのだが、山形氏が、フロントでヴォーカルを取る人の動き方や振る舞いについてノンナさんに教えたところ、ヘドバン(=ヘッドバンギング、ビートに乗って頭をふるやつ)もマスターして堂に入っているし、自由に動いていいということを覚えていた。
ノンナさんは立ち姿も美しいし、スタイルも抜群だから、観客の視線独り占めは間違いない。
クラシックの歌い方ではないし、ライブハウスは音を響かないようにしてあるから、そのままだと声が遠くに届かないのだが、
マイクもどきとして山形氏がメガホンを提案し、プローシャさん経由で騎士団の行きつけの店から取り寄せた。
騎士団というのは、訓練などで指示を飛ばすのに使われているそうだ。
生声よりは楽器にかき消されないだろうと思う。
…………
…………
ノンナさんのヴォーカルを気に入った私たちは、急遽ヴォーカル曲をもう一曲追加することにした。
こちらはラファイルさんの書き下ろし。
……歌詞をみて噴き出すかと思った。
見かけなんてクソくらえっていう内容で、これがロックだ!みたいな気概を感じた。
ラファイルさん、人前でそういう言葉や態度を出すことはないけれど、
内心ではずっと理不尽に晒されて耐えてきたのがよく分かった。
強い歌詞はきっとオーディエンスに届くはずだ、特に黒髪で同じような境遇だった人には。
見かけでいろいろいわれることは嫌いだから、魂を込めて歌える、とノンナさんは歌詞を見てそう言った。
金髪の美しいノンナさんが、黒い髪をかぶって、こんな歌詞を歌うのだ、世の中に対する盛大な当て付けになる。
広まってきたら、下手したら世の中を動かしかねないな、と思えてきた。
ちょっと、いや結構な、攻めた曲だ。
でもあの国王陛下ご夫妻ならば多分、そんな変化が起こっても受け入れてくださると思う。
曲調も楽譜をもらってびっくりした。
私の出したフレーズですやん!!
しかもさりげなく7拍フレーズ入れてきた!私がやったんだけど!
デビュー戦でそこまで盛り込みますか……難易度上げてきたなぁラファイルさん……
変拍子まで入ってきてみんな驚いたものの、山形氏は私と同じ変拍子のバンドが好きだったし、ヴァシリーさんにも既に教えたので、実際合わせたときにはそれほど手こずらなかった。
さすがみんなプロ。
ノンナさんも、驚きはしたものの、やっぱりプロかつラーファ支部の音楽バカだった、遅れを取ることなく変拍子について来る。
それでも7拍子しか出てないから言うほど複雑ではないんだけど。サビは分かりやすく4拍子だし。
複雑にしすぎてオーディエンスがついて来れなくても楽しめないし。
私の出したフレーズとはつまり低音だ。
もう、ギター7弦&ベース5弦の開放弦が、超絶カッコいい!!!
私以外の、音階のある3人が同時に低音を鳴らしたときの感動が、何とも言いがたい、ゾクゾクしてきた。
一人で萌えている私は完全に挙動不審である。
ドラムは思いっきりヘヴィな感じにした。
ラファイルさんと一緒にイメージを固めながら残りの部分を作っていったのだ。
ほんとはツーバス(バスドラム二台)っぽくしたかったんだけど、私自身がツーバスをマスターしていないので、シングルペダルで可能な限り、雰囲気を出せるようなフレーズを入れてみた。
かなり、「男っぽい」雰囲気のドラミングと曲調だが、私はとても好きで仕上がりにも満足した。
そんな私を見てラファイルさんは、
「マリーナのそういうところがすごくいい」
と言ってくれた。
つまりなんか魅力的に映ったようだ。
私がラファイルさんを受け入れてばかりだと周りには思われているし、私も結構そう思っているけれど、
ラファイルさんだって普通の女性から結構ズレている私を、十分受け入れてくれていると思った。
***
ついでといっては何だが、プログレッシブロックの中には、曲の展開がどんどん変わるものがある。
早いフレーズがだーっと行ったと思ったら半分のテンポのコーラスに入ったりとか。
曲が終わったのかと思ったらストリングスが入って映画音楽みたいな展開が始まったりとか。
逆に倍テン(=倍のテンポ)になったりとか、4拍子から6/8拍子になったりだとかそれはもういろいろと。
なぜ別々の曲でなく1曲にしたのか謎、なことがある。
そして10分越えの曲ができたりとか。
最初と最後に同じテーマに行き着く場合もあれば、全然違うこともあるし、
はたまたアルバムの最初の曲のテーマが、最後の曲のラストで出てきたりとか。
組み立てがもう半端ない。
そういう話もラファイルさんにした。
いずれそういう曲を作ってやるとラファイルさんは意気込んだ。
でも今回は、私が覚えられないからやめてくださいとガチでお願いしたのだった……
着々と、デビューに向けて準備は整っていく。
途中まで私も楽しめていた。
だが日が近づくにつれて、直すべきところが次々に気になってきたのだった。




