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74:低音が好きなんです


季節は少しずつ、春に向かっていた。

日本の感覚で言えばまだまだ寒く、私はバッチリ真冬の格好でいるのだが、ラファイルさんなんかは既にマフラーを外したりと冬の装いを解きつつある。

いや絶対寒いし。信じられない。


バンドを組んで練習を始めたこと以外は、生活に大きな変化はなく、仕事をこなして家で練習して過ごす日々である。


最近家ではずっとドラムを練習しているから、学校へ仕事に行ったとき、研究室で仕事の合間にピアノを弾くのが実は息抜きになっている。

やっぱりピアノが好きで、弾きたいのだ。ずっと弾いていないと体がムズムズする気がする。

指を動かすテクニックの練習だけでも、するとしないのとでは満足度に大いに差がある。

私もメロディを弾いたり和音作ったりしたいんだよ。

たまには音階がほしくなる。



それと、作曲ほどではないが、フレーズ作りにも着手している。

ラファイルさんが、私にも曲を作れと言ってきたのだ。

作曲の才能なんてないのがわかっている私は無理と言ったのだが、以前私の音をラファイルさんが曲に仕上げたように、フレーズなりメロディなり一部くれれば曲にするからと言われて、それなら何か考えてみようかと思った次第である。


低音がやりたい低音が。


私の好きな低音をやろうと思うと、6弦ギターでは足りないのである。

下のBが欲しいんだよ!!


研究室のピアノで、低音をふんだんに使ってアドリブして遊んでいた。



となると7弦ギターや5弦ベースが必要になってくるのだが。


なんと驚くべきことに、現代のものとばかり思っていた7弦ギターとか5弦ベースというものが、この世界に実在していたのである!


ラファイルさんの音楽室にさりげなく紛れ込んでいて、ベース二台あるけどなんかこっちのベース違和感あるな?と思ったら弦が5本あったのだ。

そのときは本当に驚いて、ラファイルさんの許可をもらって音出しをさせてもらったときには感動して全身が震えて挙動不審になった。

これ!この低音!

まさかこの世界でこの低音を聴けることになろうとは思わなかった。だって5弦のコントラバスなんて見たことなかったし!エレキベース特有だとばかり思ってた……

7弦ギターも同様に音楽室に紛れ込んでいた。


というかそんなものまでちゃんと所有しているとは、ラファイルさんはほんとどこまでも音楽バカだ。

ときどきオーケストラで使用することもあるそうで。

現代のプログレやメタルの他にも、低音好きな音楽家がいたということですね。


そしてラファイルさんも当然のように、7弦ギターも5弦ベースも弾けた。

私が異様に5弦ベースに感動していたから、次の交響曲は5弦を使う、なんて言っていた。

ていうかつまり元の世界のクラシックでも5弦を使うってことかな……きっとオケに入ってみないとなかなかこの事実は知ることができないんじゃないだろうか。


何度思い返しても、これは私にとって衝撃の事実だった。


…………

…………


「おーい、マリーナ」

「ひゃっ!はいっ!?」


没頭していたところに呼びかけられ、びっくりしてしまった。

ラファイルさんが授業から戻ってきていた。ヴァシリーさんも一緒にいる。

あれからラファイルさんの過呼吸的なやつは出ていないが、今でも全体授業のときには私かヴァシリーさんが一緒について行っているのだ。

ラファイルさんも、私かヴァシリーさんがいる方が安心できるから、と言っていた。


「それ作曲?あんたの知ってる曲?」

「アドリブです」

「いいじゃん、それ使おう」

「7弦ギターの範囲ですね」

「任せろ」


「マーニャちゃんの感性ってほんと面白いよねー。今の音遣いなんて、すっごい男らしいイメージ。見かけから想像できないようなカッコいいやつするよね、きみって」

「ですか?そう思ってくださったらすごく嬉しいです」


私にとってカッコいいと男らしいは褒め言葉である。

女らしいと言われても嫌ではないし、どっちの要素もあっていいと思っている。

私は、小柄でかわいいと()()言われる見かけとのギャップを、楽しんでいるところがある。


「それに結構大胆だよね。

ラーファが細かくて繊細なことやるから、その違いが見てておもしろい」


ヴァシリーさんが言うのは全部音楽的な意味合いだ。

でも私は性格が結構大雑把だし、逆にラファイルさんはこだわるし細かいことが気になる人だ。

音楽になるとぴったりはまるけど。


あと意外だったのが。


みんなで曲を持ち寄ることにしたから、当然ヴァシリーさんも曲を作ってきたのだが、

あっまいバラードを持ってきてみんなびっくりした。


山形氏が、恋わずらいでもしてんの?と言ったほどである。


最初、ヴァシリーさんがバイオリンでメロディを弾いて、ラファイルさんが伴奏する形で実演してもらったのだが、メロディが切なくて、胸が甘酸っぱくうずくような感じがしたのだ。


こういう曲、元の世界でも何度も経験ある。

なんでこんな、一体どうやったら、感動する曲が作れるんだろう、って。

しかも、そういった曲をある程度年齢が上の男性が演奏しているという場合は多々あり、その曲の甘酸っぱさとギャップがありすぎてびっくりしてしまう。

意外に男性の方がロマンチストだとも言うし、そういう素材を持ってるものなのかな。


ヴァシリーさんはいつも通り、あははと笑っていたけれど、その内面は計り知れないな、と思った。


…………

…………


バンドの準備は、練習以外でも着々と進んでいる。


みんな、衣装は黒にしようということで一致したので、黒い衣装を仕立ててもらうことになった。


具体的なスケジュールも決まりつつある。


貴族たちがバカンスに入る頃に下町で一度やって、そのあとあまり日を開けずに、オストロフスキー家の音楽室で貴族向けに一度やろうという話になったのだ。


どちらも、大々的に宣伝するわけではなく、本当にホームで演奏するという感じだ。


特に貴族向けの方は、クラシックに拘らないタイプの知り合いを招くという感じで、ライブというより我々個人のサロンといったほうが適切かもしれない。個人サロンならば、誰に文句を言われる筋合いもないのだし。


バカンス前は学校の卒業試験やら入学試験で忙しく、

バカンスの後半は、毎年ラファイルさんが隣の国へ夏期講習の出張に行くから、時間が取れないのだ。

ちょうど私がこの世界にきて、ラファイルさんが留守にしていた時期だ。

ちなみに今年は私も講習にお供するよう言われた。


ラファイルさん、本当にゆっくりできない。

もともと二足のわらじどころではなく肩書きの多い人なのに、バンドまでやるとさらに忙しくなりそうだ。

同じ職場だし、練習も大体一緒だし、一緒にいることはできるけど。


それにバカンスの前には、国の行事もまたあるのだ。

5月には春の祭典ということで、王立楽団の吹奏部が王宮で演奏するし、その前後は各種芸術分野の定期公演が開催される。


冬の時のあの忙しい感じがまた始まる。


王宮主催の夜会も、社交シーズンのピークらしい4月から6月は月一で開催され、各貴族の家での夜会と合わさってクラシック部はみなさんかなり忙しい。

リハーサルを仕切るラファイルさんも、もちろん。


ラファイルさんには作曲依頼も舞い込むし、春に差し掛かってからはなんとか週一のバンド練用の時間でだけ、バンドの曲が練習できるという状況になってきたのだった。


ラファイルさんが忙しければ、私もそれなりに忙しい。

ラファイルさんの書いた楽譜を清書するのは私なのだ。


それでも私がいるから随分仕事が減って、余裕ができたとラファイルさんは言うのだ。


嘘でしょこれのどこが余裕ですか。


最近行き帰りの馬車で、ラファイルさんは膝掛け毛布を持ち込んで、横になって毛布をかぶり私の膝枕でガチ寝している始末。


ほんとにどこが余裕ですか。絶対睡眠時間足りてない。


そういう私も、睡眠不足気味である。やっぱり仕事をしながらプロがすべき練習量をこなすのは、最低限であってもかなりきつい。

ラファイルさんが一緒だから頑張れているようなものだ。


***


一時間超のステージをやろうと思ったら、ソロで尺を伸ばすにしても、10曲は欲しい。

オリジナルが既に6曲できているが、新曲あと4曲をこれからやるのは私には少々きつい、音源がいくらでも聴けるならともかく。


ラファイルさんはオリジナルで勝負したいのだろうが、こちらの人たちに馴染みのある曲も入れた方が好感度は上がると山形氏がアドバイスをくれた。

一からファンを増やしてきた彼が言うのだから間違いはない。


こちらの民謡的な歌を、ロックにキメようというわけである。(なんか台詞が古い)


といっても私はこちらの民謡は馴染みがない。だって貴族社会にいたからさ……高飛車に聞こえるけど……


だが山形氏のギターの弾き方と歌い方でピンときた。


R&Bもしくはレゲエ調で行ってみよう。


山形氏のギターにレゲエ風ビートを乗せると、ヴァシリーさんとラファイルさんが身を乗り出してきたから、これは成功だと思った。


この人たちはクラシック優位のこの世界でトップでありながらも、音楽全般が本当に好きなのだ。

民謡を見下すことはしないし、なんなら有名な民謡だってちゃんと押さえている。

音階とか構成をガチ分析してるし。


というわけで民謡をするにも結局は私が曲を覚えないといけなくなってしまった。

民謡なら構成は単純だから覚えやすい……


と思ったらみんなして複雑アレンジにするんだから!マジでやめて!


私以外の3人で悪ノリが高じて、複雑アレンジができあがってしまっているのだ。

私は完全に置いてけぼりである。


ラファイルさんが余裕の表情で、複雑なのを譜面に起こしてくれるのが腹が立つ!

どーせそんな余裕ありませんよっ!譜面ないと分かりませんよ!


「これはやっぱ歌欲しいねぇ。ノーナにゲストで歌ってもらわない?」


バンドのことは今まで、極秘プロジェクトである。ノンナさんにも話していない。

もし誰かからの話が上の方に行って、権力者による介入があったら面倒だからだ。


ラファイルさんのお兄様とかお兄様とか。


「俺は全然いいよ」

「そろそろノーナにも言って、実家の勢力をオレたちの味方につけておきたいしね。

ボーカル採用するかは置いといて、一度来て歌ってもらおうよ」

「そうな……ノーナの声聞いて決めたい。

ただあいつ今夜会の仕事の真っ只中だからな……」


確かに。

私もノンナさんのスケジュールは大体把握しているから、本当に連日夜会に駆り出されているのを知っている。

ひと段落したら、お茶いこー、と約束しているが、当分先だ。


「今度の月曜の夜はないだろ?」


ヴァシリーさんがそんなことを言った。

そうだっけ。事務所でスケジュールを確認しないと、さすがに個々のスケジュールを覚えてはいない。


ヴァシリーさん、ノンナさんのスケジュールをなんでそんなに把握してるんだろう。


「そうだっけ?なら呼んどいて」

ラファイルさんも、ノンナさんの個別スケジュールまでは知らない。


やっぱりヴァシリーさんはノンナさんと、単に仲良いだけじゃないってことかなぁ。

まぁ、いいんだけど。


こうして、ノンナさんを引き入れる計画が始動したのだった。


低音について力入りすぎて字数多めになりました。

作者5弦ベース大好物です。

今回初めて5弦のコントラバスもあることを知ったんですが、クラシックで5弦使うなんて思いもしませんでした。

そしてさすがにコントラバスに6弦は…と思ったら、なんと6弦コントラバスも存在した!!

6弦ベースは作者の好きなバンドで使われてます。

8弦ギターも別の好きなバンドで使用してる。

世界にはダブルネックギター/ベースとかピカソギターなんていうぶっ飛んだ楽器もありまして、もう音楽バカどころの騒ぎじゃない。とりあえずすごい。


おっと後書きで熱くなりすぎた。

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