72:バンド練開始しました
翌朝目覚めて、びっくりした。
山形氏の同居人とは、なんと60歳のおばあちゃんと、あと10歳の男の子だった。
トーリャくんというこの子も、黒髪だった。
そしてエーラおばあちゃんも、もう白髪だが多分昔は黒髪だったっぽい。
しかも、3人とも、血縁関係ではないという。
もともとエーラさんが孤児院にいたトーリャくんを引き取って育てていたところに、突然この世界に来て右も左もわからない山形氏が現れて、世話を焼いているうちになんか家族みたいになったらしい。
トーリャくんと山形氏はパッと見、親子か兄弟みたいだった。すっかり馴染んでいるということか。
そのトーリャくんは、こたつに朝食を運んでくるとき、なぜか山形氏の後ろに隠れていた。
「そーか、トーリャはきれいなおねーさん見るの初めてだもんな!
そうかそうか恥ずかしいか!ははは」
山形氏がめっちゃからかってる……
そんなイジリやめてあげてー。
ちなみにきれいなお姉さんのくだりはスルーした。
トーリャくんは、顔立ちはとても美形で、天使みたいだった。
きみがめっちゃかわいいですやん!
それなのに、やっぱり黒髪のために、顔は綺麗なのにとがっかりされるらしい。
そういう価値観の国なのはわかってるけど、その価値観にこっちががっかりする。
その意味で、異邦人の山形氏もここは過ごしやすく、エーラさんとトーリャくんにも稼ぎ頭ができたことで暮らし向きがよくなったそうだ。
山形氏もエーラさん(彼女自身は独身子なし)の息子のように懐いて、とにかくこの血のつながらない3人で波長が合うというか、そんな感じで楽しくやってきて今に至るということだ。
トーリャくんがあまりにかわいらしいので、隣においで、と言ってみた。
小さい子と触れ合う機会もなく、どうして接していいか分からないんだけど。
でも、はにかむ顔がもう!
かっわいぃ〜〜!
ラファイルさんがむっとして文句を言ってきたけど、子ども相手に何言ってんですか。
私を抱き寄せようとするから、
「子どもの前でそれはだめです」
と却下した。
ということで、山形氏は家族持ちだが独り身ということが判明した。
ラファイルさんが、山形氏に敵対こそしないものの、さらに私について用心深くなったのは言うまでもない。
***
毎週月曜日、山形氏のバーの仕事が休みなので、私たちの学校の仕事の後ミーティングとセッションをすることになった。
どんな曲をやるかも決めたいし、単にジャムセッションをして息を合わせるのもいい。
早速翌日の月曜の夜、ラファイルさんの音楽室にみんな集合した。
山形氏は、初めて訪れる貴族の屋敷に口を開けっ放しで驚いていた。
ですよね。
私もここに住んでいいと思えるまで時間かかりましたから。
だが彼は本当に、貴族身分には興味がない人だった。
昔からサブカル系スタイルが好きで、クラシカルなものは特に好まないし望まない種類の人だ。
お金や高級さより生きやすさ、楽しさを優先するタイプだった。
実際今後ここに泊まるほど馴染んできてからも、やっぱりあの下町の生活スペースが自分の居場所と感じるし心地がいいと、変わらず言ったのだ。
とりあえずセッションとして、先日山形氏が会場を盛り上げたあの曲をやってみることにする。
って私曲覚えてない!
と思ったら、山形氏はコードだけだが譜面にしたものをきちんと準備してくれていた。
それを見るが……
コードだけって、リズムパターンは私が考えないといけないのだ。
最初だけは印象も強くて覚えているが、途中からはどんなパターンが合う感じなのかも覚えていなかった。
一回どころか、数回聞いたくらいでは私は覚えられない。
リズムパターンもイメージしているだろう山形氏と、把握しているだろうラファイルさんに、どこでどういうパターンがいいか聞いてみる。
だが。
「えーそれは満里那ちゃんが決めたらいいじゃん」
「ドラムはあんたが一番分かってるだろ」
……丸投げされた。
ええーちょっと待ってよー。最初しか曲の印象覚えてないから作れないんだよー。
「……とりあえず一回やってみてもらっていいですか、最初しか覚えてないから何度もやって作らないと……こういうパターンがいいっていうのがあったら言ってください」
「だからあんたが選ぶパターンでいいんだよ。俺は何度も合わせてるからそう言ってる」
「そ、そうですか……?」
絶対、プロ中のプロが選んだ方がいいと思うけど……
「合わせてみないことには分かんないよねぇ。やってみよう」
山形氏がテンポを出して、私は必死でみんなについて行った。
…………
…………
ドラムが届いてひと月近く経つ、その間練習はしょっちゅうしていたし、元の世界でよりも練習量は多かったから、体は結構動いていると思う。
それにラファイルさんとは、平日毎日のように音を合わせていたのだ、その感覚もそれなりに掴んでいる。
と、思ったのだが。
自分の演奏が、完全に浮いている。
本当はみんなに、私のリズムという土台に乗ってほしいのに、私がみんなの安定したグルーヴの上に乗ってるような気がする。
いやわかってたけど!プロのグルーヴなんだからそうなんだろうけど!
私がダメダメだ。
本当について行くのばかりに必死で、自分のペースが全くキープできなかった。
途中で譜面のどこを進んでいるのか見失ったし、もう最適なパターンなんて思いつくわけがない。
無様すぎてへこんだ……
ラファイルさんと合わせてたからって、そんなに劇的に上達したわけではなかった。
二人ならそんなに気負わずにできていた。
それに今までは、どうせアマチュアだしと思っていて、ラファイルさんもそれを分かってやっているから、いろいろと気にせずにできていた。
プロとしてと意識した途端、プロと程遠い出来になってしまった。
むしろアマチュアの方が、気兼ねなくラファイルさんの側にいられるのかもしれない。
同じ土俵に立てないと劣等感を持っていた頃と逆になってしまった。
多分、ラファイルさん並みの才能がないと、せめて王立楽団レベルでないと、結局私は悩むのだ。
「マーニャちゃん。そんなガチガチならなくていいよ」
ため息をついた私の頭に、ヴァシリーさんの声が降ってきた。
「何回もセッションでやってきたじゃん。あの感じでいいんだよ。
ラーファも、きみ自身の自然な音が欲しいんだからさ。それにオレもね」
「……そう、ですか……でもそれじゃ、レベルが全然……」
「レベルは置いとこうよ。それよりも楽しもう?いつもそうじゃん」
「満里那ちゃん緊張してんの?最初のとこめっちゃよかったよ?やっぱこのバンドに合うよ、満里那ちゃんのスタイル」
山形氏もなんかすごい褒めてくれた。
「何回もやろう。俺もみんなで合わせるの初めてだし、もっと馴染みたいから。トライアンドエラーでいいじゃん」
「そうそう、オレだってまだまだきみたちに比べたら、このジャンルは初心者だしね」
ちらっと、ラファイルさんを見る。
ラファイルさんと視線が合って、はっきりとではないが確かに笑みが返ってきた。
「じゃ、もう一回」
ラファイルさんの号令で、山形氏がイントロを入れ、私たちも音を入れた。
そうだ開き直ろう。
プロによるマイナスワン(練習したいパートが抜けたカラオケ的な音源)で練習してる体でいこう。最初だし。
そう思うと、ちょっと冒険するようなフィルも出てくるものだ。
途中で、あっ今のは要らなかったなと思うフレーズもあったし、今のは決まった!というフレーズもあった。
これの繰り返しで、多分よりよいスタイルに選別できていけると思う。
本当のマイナスワンがあったら、いや音源があったら、気兼ねせず個人練でいくらでも試行錯誤できるんだけどな。
レコードとか蓄音器とかは、残念ながらこの世界には存在していないらしい。
科学とか化け学に精通してる異邦人が作ってくれたらなぁなんて思う。
***
「やっぱマーニャちゃんはすごいねー、引き出しが多い」
何回か合わせた後、ヴァシリーさんが褒めてくれた。そんな畏れ多い。
「いや、ワンパターンですよ」
「学校で教えてる子たちに、こんな次々アドリブ繰り出せる人いないもの。
楽譜で超絶技巧ができる子は珍しくないけどね」
「みなさん訓練すればすぐできると思います……」
だってプロの卵たちですもん。
作曲するような人はつまりはアドリブすることになるんだし。
「それがそうでもなくてね。即興演奏を扱うことも課程の中には少しあるんだけど、即興なのに、教えたようにしか弾けない子が圧倒的多数だよ。
楽譜通りにできない子ってもともと音楽の道に進もうと思わないから、そもそも入学してきにくいんだよね」
「ヴァーシャの卒業試験は、課題曲はなんとか頑張ってもらって、自由曲は俺が作曲してごまかした」
ええぇアリなんですか。やっぱりラファイルさんもヴァシリーさんもどこか飛び抜けてる。
「もったいないよな、そういう才能。なんとか拾いたいと思ってきたけど、学校の枠組みじゃ難しい。仮にそういう学部ができても、学生本人より家族とかが体面やら何やらで、クラシックをやれってなるだろうからね。
その意味でもこのバンドは成功させて、ロックとかジャズとかのバンドで食っていける土台を作りたいよね」
ラファイルさんも、頷いて同意している。
「俺的にも、下町と貴族の垣根ってもっとなくなっていいって思うからさー。下町出身として、成功させたいんよね。下町からブレイクできれば、下町にも希望が増える。あと黒髪の連中の地位も」
山形氏も言う。
「満里那ちゃん、やっぱ本格的にやってたんじゃん。自信持っていいよ。アマチュアででも本番の場数踏んでるんだから、それ大事な経験値だよ。
勢いがあってすげーいいよ、満里那ちゃんのドラム」
「だよねぇ、マーニャちゃんかわいいけど、ドラムのときはカッコいい感じがするよねぇ」
「ヴァーシャ、それラーファの前で言って大丈夫なん?」
「オレは最初からラーファとマーニャちゃんのこと応援してるから、だいじょーぶ」
最初から?って、いつから?
「ラーファが助手だってマーニャちゃん連れてきた時点で、そうなるかなって思ったよ」
「えぇそうなんですか?」
「だってラーファの他人嫌いはよーくわかってるもん、マーニャちゃんがよほど波長があったから……」
「もういい黙れ黙れ」
「ははっ、ラーファ照れてんの」
もういい時間だった。
練習を切り上げ、ヴァシリーさんと山形氏は帰っていった。
ラファイルさんはさらに練習すると言い、私はさすがに明日の仕事に備えて先に休むことにした。
マリーナは文系です。
山形氏は……不明。少なくともレコードとか蓄音器作れるような理系ではない。
あとこの世界の60歳は、時代背景的に現代の70歳くらいに相当すると思っていただければ。




