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70:バンド結成しました


「はいみなさんごめんねぇ〜、先生と話させてくださいな」


演奏後、お客さんたちに囲まれていたラファイルさんと私たちのところに、山形氏がやってきた。

みなさん山形氏に席を譲ってくれて、私たちを中心に人の輪ができあがる。


山形氏は賄いだろうか、ビールを一杯持ってきて、どっかと私たちのテーブルの席についた。


「とりあえず乾杯!先生お名前は?」

「ラファイルという」

「先生パねぇっすね、あれやばかったっすわ」

「うんそれはいいからあんたの奏法教えてくれ」

「おぉ、いいっすよ〜」


会話が噛み合っていないようだが意気投合はしたらしい、山形氏は早速ギターを持ってきて、スラップ奏法やらライトハンド奏法について説明してくれた。


「俺凡人だな、こういう弾き方を思いつくこともしなかったなんて」


でた超人の卑下。

凡人なわけないでしょーが!

凡人の私はそうやってラファイルさんの背中に向かって心で叫ぶ。


ラファイルさんが試し、次いでヴァシリーさんも試し始めた。


わぁ欲しい音きた!

スラップってやっぱりかっこいい。


ヴァシリーさんはバイオリンからのベースだから、コードはほとんど使わないが、元々速弾きの得意な人だ、弦を押さえる左手が面白いように自由自在に動く。


私たちを囲むお客さんたちも、ヴァシリーさんの演奏に視線を注いでいる。

ヴァシリーさんはすっかりアドリブもマスターしたようだ。というかそもそも楽譜通りができない人なのだ、むしろアドリブがデフォルトだった。

ジャズのノリはまだちょっと馴染みきれていないが、こっちのロック系ビートにはよくハマっている、ドラムがないのにこんなのれるグルーヴを出すとかやっぱりすごすぎる。

しかもまったくのアドリブが曲として成立してるし!


今まで演奏で脚光を浴びたことのなかったヴァシリーさんが、今初めて自分の音楽を他人の前でやっているのだ。

そう思うとすごく感慨深い。

ラファイルさんが見出してくれて、本当によかったと思う。


そのラファイルさんも、驚いて見ていた。

さすがのラファイルさんも、ヴァシリーさんがここまでいくとは思っていなかったか。



試し弾きだったはずが即興ライブみたいになってしまった。

曲のテーマもないまま勢いよく終わると、さっきの山形氏のライブと同様に会場が沸いた。

山形氏が手を差し出して、ヴァシリーさんと固い握手を交わす。


「マジでバンドやらん?俺たち」

「決まりだ」


ラファイルさんが答える。


「こっちはヴァーシャ。ベースをやってもらう。

彼女にはドラムをやってもらうから。

俺はピアノメインで」


ひい。

みなさんの前で名指しされた。

みなさんがざわつくのでちょっと緊張した。


「あー満里那ちゃんドラムもやってたんだよねぇ!

でもドラムセットってどうすんの、なくない?」

「俺が手配するからここへ置けそうか検討してくれ」

「マジで!買えんの!?」

「ま、そうだな」

「うおぉーすげぇ!この世界でバンドできるとか思ってなかった!やっべぇわテンション上がっちゃって仕事になんねぇ」


山形氏は立ったり座ったり、せわしなくて落ち着かない。

まあまあ気持ちは分かりますよ。


ヴァシリーさんと改めて握手と挨拶を交わして、互いの演奏を褒め称え合っている。明るいヴァシリーさんがいつも以上に楽しそうなのは、初めて人前で実力を発揮できた嬉しさだろうか。

山形氏もヴァシリーさんの演奏を褒めちぎってるし。


お客さんたちも、よかったなぁソージロ、とねぎらってくれているところを見ると、ここは山形氏のホームみたいなものか。

お店の同僚さんたちも温かく見守っている。


そういえば。


「黒髪なのに、誰も何も言いませんでしたね」


私はラファイルさんに言ってみた。


ラファイルさんが何の前触れもなくピアノに行っちゃったから、みんな唖然としてたんだと思うが、演奏後だって黒髪がどうとか言ってくる人は誰もいなかった。

山形氏も黒いから、黒髪が違和感ないのだろうか。


「そういえば、そうだな」

「よかったですね、そんな場所もあるだなんて」

「……うん」


ヴァシリーさんも人前が初めてだったが、ラファイルさんも、この地毛の姿では初めて人前で演奏したことになる。


そして店内が薄暗いのと、あまり意識して見ていなかったために今初めて気づいたのだが、

お客さんにもちらほら黒髪の人がいる。

むしろ表通りよりも黒髪率が高いように思える。


後で山形氏にその辺りの事情を知っているか、聞いてみようと思った。


***


結局その後閉店まで、私たちは店にいた。

話はいつまでも尽きず、楽器を触りながらお客さんも交えて日付が変わるまで語り明かしたのだ。


もうとうに辻馬車は終わっている時間で、帰る足がない。


いっそオールして朝帰ればいいかと思っていたら、山形氏が家に泊まっていけと言うので、私たちはお邪魔することにした。


山形氏の自宅は歩いて数分の、小さいアパートみたいなところだった。

下町の雰囲気は初めてだが、日本でいう雑居ビルが立ち並ぶ中の一画、という感じだ。


こんな深夜に下町を歩くのは、男性が複数側にいてもなんとなく怖かったが、山形氏によると治安は悪くはなく今まで危ない目に遭ったことはないという。

女性の一人歩きならさすがに危ないだろうけど。


「そいえば、満里那ちゃんは先生と付き合ってんの?」


唐突に聞かれた。

そりゃ今もラファイルさんが私の腕をがっちり取ってるからそう思うよねぇ。店でも見せつけるように私にひっついてたし。


「えっと、まぁ、そういうことというか」

「マリーナは俺のだから」


まだ牽制してるんですかラファイルさんは。


「ははっ、暑苦しいなぁと思ってたんだよ。満里那ちゃん、前会ったときそんなこと全然言ってなかったからさ」

「あの後いろいろあったんです……」


そう言うしかない。

()()()()の事情を知っているヴァシリーさんがちょっと肩をすくめていた。


…………

…………


しばらく歩いて、建物の二階の一室に案内される。

「どうぞー、広くはないんだけど。あ、悪いけどうちは土足じゃないんだ。靴脱いでもらっていい?」


おお日本式ですか。私は慣れてるけど。


「奥で人が寝てるから、ごめんけど小声でね。

お茶でも淹れるよ」


部屋は小綺麗だった。

食卓のあるキッチンダイニングの反対側にリビング的なスペース。

なんと床に板を重ねて一段上げ、そこへ絨毯をしいて、和室スペースっぽくしてあるし、それに。


「山形さんこれ、こたつじゃないですか……すごい」

「やっぱ冬はこたつっしょ」


足の低いテーブルに布団を被せ、まんま見かけはこたつである。


「ちゃんとあったかいんだよ。入って入って」


初めて見るこたつに戸惑うラファイルさんとヴァシリーさんのために、私は遠慮なくこたつにお邪魔した。

「わぁあったかい。めっちゃいいじゃないですか、こんなの売っては……ないですよね?」

「うん俺の手作り。この世界来てDIY能力向上したわ」


でしょうねぇ。

私の真似をして、ラファイルさんもヴァシリーさんももぞもぞとこたつに潜り込んできた。


「うおぉぬくい。いいねこれ」

「すげかろーメイドインジャパン」

いや日本製……うん日本製か元は。


山形氏がお茶を淹れてくれて、私たちはまた話し始めた。

ここでは本格的に、バンドとしてやっていく方向性の話である。


***


山形氏があのバーで勤め始めて一年近く、その時間をかけて、彼はその人懐っこさと愛嬌とで、彼のファンを増やしてきたのだった。

金髪に媚びるでもなく黒髪でも構わず親しく接するから、あそこのバーは髪の色に関わらず人々が安心して過ごせる場になり、店長も従業員もそんな変化を喜んで受け入れていた。


黒髪のラファイルさんが出てきても誰も何も言わなかったのは、そのためだった。


ここへ来てラファイルさんは、自分から身分と立場を明かした。

王室とのつながりがあることは流石に伏せているが、国の最高峰の楽団の責任者であることに、山形氏は驚くのはもちろんだが、同時に深く納得もしていた。


「それさバレたらヤバいんじゃね?クラシックの人ってロック嫌いそうなイメージなんだけど、特にこういう時代背景のときって」

「そういう人間は確かにいるな。でも俺は人前に出れないから、顔は知られてねぇよ」

「オレも」

「それに別にいいんだよ、貴族社会で仕事がなくなろうが。ジャズだって芸術になるんだろ?ならまた返り咲ける。いつか王宮でさっきみたいな音楽をガンガンやれるようにするんだ」

「もう何年も前ですけど、バッキンガム宮殿で、女王即位記念のライブあったのご存知です?イギリス国歌をロックギタリストが奏でたっていう話を彼にしたんですよ。私たちもそこを目指そうって」

「おー知ってる!知ってる、あれね!満里那ちゃんやっぱ通だね。

うん、やろうぜ、やろう。

マジやべぇよ楽しみすぎて」

「楽器店にドラムを注文するよ」

「ドラムって俺が思ってるドラムセットでいいん?」

「マリーナの言う通りに楽器屋で作ってもらった」

「え、それってワリカンでも結構高くね?」

「俺が準備するから気にするな」

「マジっすか……やっぱ貴族って金持ちなん?いやーそういう世界って想像つかんなー」


「あの」

私はひとつ思い立って、口を挟んだ。


「あの店、ドラムはさすがに、近所迷惑なりません?周りも飲食店だし」

「そっかぁ……確かに音漏れはするだろうなぁ」

「この辺で音出してもよさそうな物件がないか、探してみてくれないか?」

「ちなみに地下室が無難です」

「なら地下室作ろう」

「おう……マジで言ってんの……」


ですよねー。

庶民はそう思いますよねー。


ラファイルさんは使うところには思い切ってお金を使う。

多分いい物件があればまるっと買ってしまうだろう。


なのだが決して浪費家ではなく、財政状況は十分に潤っているのを私は知っている。というか先日ラファイルさんと執事さんに、家計についても話をされたのだがセレブって本当にお金が湧いてくるのね……絶対口外しないけど。


バンドの話はこの後まだ続くのだった。


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