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69.敵情視察に来ました


店内は薄暗くて、日本の居酒屋みたいな匂いがして急激に懐かしくなった。


「いらっしゃい!3名で?」

「3人ですー」


ヴァシリーさんが先頭で、席に案内されていく。


飲み屋にしては広さは十分にあり、週末ということもあって賑わっている。

隅の方にアップライトピアノとアコースティックギターが置いてあって、私たちの席はその近くになった。


「ご注文は」

「オレはビールと……きみたちはどうする?」

「えっと……ジュースで」

「同じもの」


ヴァシリーさんが他に適当に食べるものを注文して、私たちは席で待った。


「ラーファ、あからさますぎ」


ヴァシリーさんが苦笑する。

というのもラファイルさんは、私にもたれかかって腕はがっちり絡ませていて、どこのバカップルかという感じである。

厨房にいるはずの山形氏を警戒しているらしいが大袈裟すぎる。大丈夫だってのに。


とはいえバーだから、バカップルなど誰も気にしていない。

みんなそれぞれに呑んでしゃべっている。


「ソージロ、そろそろやってくれよ」

「あいよー、もうちょっと厨房落ち着いたら始めるわ」


私たちは一様に声のする方に顔を向けた。

向こうの方のテーブルに、確かに山形氏の後ろ姿がある。

お客さんとも馴染んでいるっぽい。

ヴァシリーさんに似た感じはあって、懐っこい人柄だからだと思う。


山形氏は向こうのテーブルから、お皿を手にこちらの方へやってきた。


「お待たせしやしたー、鶏の香草焼き……

えっ、満里那ちゃん!?」

「どうも……お邪魔してます」

「おー来てくれたんだ!ありがとー!今日はゆっくりできるの?」

「そう……ですね」


私はヴァシリーさんとラファイルさんを見てから控えめに答えた。


「ごめんね週末だから忙しくてさ。もうちょっとしたら演奏するから聞いてってよ。

えっとそちらは……」


山形氏が話している間に、ラファイルさんは私の肩にまで腕を回して抱き寄せてきたのだ。なんだこれは牽制ですか。


「あの例の私が助手をしている先生と、こちらは同じ助手の方です……」

「あー、どうも、満里那ちゃんと同じ世界から来たらしい山形宗二郎って言います、って先生ってマジっすか?めっちゃ若くないすか?有名な音楽家っていうからてっきりおじいちゃんっぽい人かと」

「私より年下なんですけど、すごい先生なんですよ」

「そうすかー、後でゆっくりお話しましょう、ちょっと今立て込んでるんで」


…………

…………


「あいつ馴れ馴れしい」


山形氏が立ち去った後、ラファイルさんが不機嫌そうに言った。


「マリーナ、やっぱり帰ろう」

「何言ってるんですか、もう注文しちゃったのに」

「まーまーラーファ、オレみたいなんがもう一人と思ったらいいんじゃない?

ラーファあれだけ牽制かけて気づかないことはないっしょ」

「マリーナも先生じゃなくてちゃんと恋人って言えよ」

「え、あ。……はい」


急に照れ臭くなった。

恋人、というワードは実は今初めて出たのだ。

ラファイルさんが言ってくれたから、私は恋人って名乗っていいんだと初めて思う。


「マリナちゃんてなんだクソ」

ラファイルさんはまだ文句を言っている。


「おっ、肉うまっ」

ヴァシリーさんは既に料理に夢中になっていた。

「彼厨房にいるんだっけ?料理上手だね」

「前の世界で、居酒屋でバイトとかしてたかもしれませんね」

「あいつの話をするな」

ラファイルさんが遮ってきて、

だんだん私とヴァシリーさんは呆れてきた。


「ラーファってほんと余裕ないよなぁ」

「うるせぇ」

「ほんと何を心配してるんですか?」

「別に」

「別にじゃないでしょう」

「そうだよマーニャちゃんにキスマークまでつけといてさ」

「ヴァシリーさんそれ言わないでください」


その後もラファイルさんは私にべったりくっついて、料理を運んでくる山形氏に見せつけていた……

こっちは恥ずかしいんですけど……



食事も大体終えた頃、店の奥から山形氏が出てきて、ギターを手に取り、側のスツールに座った。

客席から、拍手と歓声が飛ぶ。

すっかり定着したイベントっぽい。


最初は、弾き語り。

私は弾き語りはあまり好みではないが、山形氏の声はなかなかによかった。

歌詞は日本語で歌ってるのだが、聞いたことのないものばかりで、山形氏が作ったのか、それともこちらの歌の日本語版か。


ラファイルさんはというと、相変わらず私にひっついてもたれかかった状態で、今は文句も言わず演奏を聞いている。

曲終わりにはちゃんと拍手もしている。

音楽的にはどんな印象を持っているだろう。



何曲か弾き語りをした後。


「じゃ、いつものいきまーす、よろしくゥ!」


山形氏がそう言ったとたん、常連らしき一団が歓声を上げた。

何が始まるんだろう?


***


ーー圧倒された。


ギターでスラップから始まり、弾き語りとは打って変わってアップテンポの曲。


ちょっと待ってすごいんですけど。


鋭いカッティング、勢いのあるフレーズとバッキング、ギター一本それもアコースティックで、こんなにも鮮やかに音が繰り出せるのか。


低音のスラップで見事な速弾きを見せてくる。

そこへ、フレットを押さえるよりも高音の出るハーモニクスという奏法を混ぜて、低音と高音を縦横無尽に行き来していくのが本当に、圧倒的だ。

しかもアコギでライトハンド奏法っていけるの!?エレキだけだと思ってた!


やばい。やばい、カッコいい。


私もこう言うのがすごく好き。

ジャンルでいえばロックかフュージョンだと思う。ドラムをつけるとしたら16ビート。裏に入れる8ビートも合いそう。


音楽の土台がしっかりあって、こういうところで遺憾なく発揮できる実力者だ。

これ絶対スタジオミュージシャン行けたでしょ!?

バンドメンバーとしても、いくらでも上手いバンドにスカウトされそうだけど……


ふとラファイルさんを見ると、なんとテーブルに身を乗り出してガン見しているではないか。

これはドはまりしている。

さっきまでの態度とのギャップがおかしくて、思わず顔を背けて、こっそり笑ってしまった。



曲が終われば、会場は大盛り上がりだ。

みんな途中から、常連さんは最初から、ノリノリだったもんね。


と、ラファイルさんがおもむろに立ち上がり、ピアノのところへ行ったかと思うと、勝手に蓋をあけているではないか!


ちょっとちょっと!


客席がざわつき、山形氏も驚いてその様子を見ている。


「さっきのもう一回やってくれ」


ラファイルさんはそんな突拍子もないことを言い出し、ピアノの前に座ってしまった。

ああでもラファイルさんだから……一発で覚えたに違いない……


一瞬山形氏が戸惑うように私に視線を向けたので、お願いします、と思いを込めて頷いた。


「えっとー……じゃあ特別ゲストをお迎えして。名前もまだ聞いてないんだけどね、彼は有名な音楽家の先生らしい。じゃ、お願いしゃすよ?カウント要ります?」


山形氏の切り替えすごい。

一応私が前会ったときに、ラファイルさんの凄さを伝えていたから、初対面でもなんとかなると踏んでくれたのだと思う。

ラファイルさんはカウントはいらないと首を横に振り、山形氏はそれを受けてさっきの曲のイントロを再び弾き始めた。


…………

…………


もうなんだっての。

この人はどこまでも、すごすぎる。


曲は全て一度きりで覚え切っていて、しかも最適なベースライン、バッキング、飾りをのせて見せる。


ドラムがないのにドラムが聞こえてくるよう。

しかも私のイメージしたドラムパターンに合う、ベースラインになってるし。


山形氏も、いきなりなのにノリが合うのか、さっきよりテンションが上がったような音づかいをしてきている。

メインのメロディのところでラファイルさんも山形氏も同じようにヘッドバンギング(ビートに合わせて頭を振るアレ)をやってるところが大いにツボった。

わかるよ。わかる、これは頭を振りたくなる。


オーディエンスにも大ウケしていて、みんな真似して頭振り出してるし!


なんなのさっきまで敵認定してた人とよくこんなに息ピッタリで合わせられますね!?


ラファイルさんが謎すぎるわもう。

そしてすごすぎるわ。


そして何かお互いの間で合図があったのか、ラファイルさん、ソロ始めたー!!


やばいやばい超絶技巧!

ジャズを弾きまくっていた甲斐があるというか、音づかいとリズムの取り方が完璧にクラシックを超えて自由になっている。そしてよくあんなに指と頭が回ると思う、だって全部アドリブなのだ!


オーディエンスも開いた口が塞がっていない人が散見される。

そりゃそうでしょうよ、こんなの誰も聞いたことないもの。


山形氏はコード部分を担当し、ラファイルさんはベースラインをキープしながらのソロ、ときどきベースラインをほったらかして左手もソロに混じる。


気が済むまで弾き切ったのか、ラファイルさんは山形氏にソロを明け渡した。

オーディエンスからわーっと歓声が上がる。

私もそれはもう感動した!


そしてバッキングもかっこいいったら!

山形氏も、ギター一本より伴奏があった方が自由に動けるようで、さっきとは違うソロをフレット上で縦横無尽に繰り広げる。

この人もアドリブ行けるのか、ということはジャズの基礎もしっかりあるんだろう。


ここでもライトハンド奏法を多用して、あのラファイルさんにも引けを取らないソロを繰り出していく。

クライマックスっぽいフレーズではオーディエンスから歓声が飛び始めるし、きっと普段は静かだろうバーが、今は完全にライブハウスと化している。


ちゃんと数えてないけどソロ二人分回したし、絶対元の尺超えてるよね?と思ったのだが、なんか二人で目配せして、見事にメインテーマ部分に戻った。


最後は二人で同じメロディを弾くユニゾンで、曲はフィニッシュ。


会場は爆発的な盛り上がりとなった。


ラファイルさんはピアノから立ち、山形氏もギターを下ろしてスツールを立つと、二人でがっちり握手ーー普通のではなくハイタッチみたいなやつーーを交わし、互いに耳元で何か囁き合っていた。

歓声で普通の声は聞こえないだろう。


ラファイルさんは満足そうな顔で私のところに戻ってきて、山形氏は再びスツールにかけてギターを構え、オーディエンスを制する。


「いやーものすごい、バトルみたいだったな!ちょっとあの先生とは後からじっくり話し合うことにするわ!

みんなテンション上がり切っちゃったんで、クールダウンして終わりにしよっか!今日はありがとう!」


ギグの進行も普通に上手い。

最後の曲はーー


このイントロ、知ってる。


元の世界の、洋楽を聴く人なら誰でも知ってると思う。


「これは俺がいた世界で人気だった曲。この曲があって俺は今生きてると思うから、敬意を込めていつもやらせてもらってます」


山形氏は、英語で歌い出した。

不思議と、これは英語で聞こえてきて、私も歌詞を知っているところは分かるが、この国の言葉が理解できるようにはわからない。

後でどう聞こえるのか、ラファイルさんたちにも聞いてみよう。


私は、隣に座るラファイルさんの腕に、ぎゅっとしがみついた。


とても切ない歌なのだ。


それに前の世界のことがいろいろ懐かしく思えて、ちょっとセンチメンタルになってしまったようだ、つい、ラファイルさんに甘えるように、体を持たせかけてしまった。


ラファイルさんが私の様子に気づいたようで、抱き返してくれ、私の額にキスを落としてきた。

二人でこうして聴くから、余計切ないのかも。


会場の熱気も冷めやり、本日のライブは幕を閉じたのだった。


ライブが盛り上がって長くなりました。

・ライトハンド奏法:右手でフレット(指板)を押さえて音を出す奏法。元はタッピング奏法というみたいです。

・アコギ:アコースティックギターの略。音楽やる人なら知ってると思いますがそうでない人には通じるものなんでしょうか。

エレベ(エレキベース)、エレピ(エレキピアノ)、ウッベ(ウッドベース=コントラバス)、ツーバス(バスドラム二台仕様)などいろんな略があります。ジャンルや、所属団体によってもバリエーションがありそう。


ライブのラストの曲、作者のイメージをTwitter:

https://mobile.twitter.com/tabatina68691

に書きました。よかったら読者さまの好きなそれっぽい曲をイメージしてみてください*^^*

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