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6:この人天才です

やっと音楽の話に入れました。


……ヤバい。


あの人ヤバい。



私はあてがわれた部屋に戻るなり、ソファーに突っ伏した。


ああ、私の音楽バカなんてノミレベルだった……


プロミュージシャンという人種はいっそ人外じゃないかと思えてきた。



昼、取り調べ(?)の後、実に7時間。


私はラファイルさんに付き合わされ続けた。


私が弾いている時間そのものはトータルでせいぜい2時間弱というところだ。


後の5時間は、全てラファイルさんが一人で何やら呟きながら弾いていた。



ラファイルさんのリクエストに従って、まずはクラシックから始めた。


私の知っている曲はラファイルさんは知らなくて、とりあえず弾けるものーーといっても数曲しかないがーーを披露した。


ラファイルさんは、異様にギラギラした目つきで私の演奏を眺めていたが、


一曲終わると「交代してくれ」と言ってピアノの前に座り、


あっという間に私の弾いた曲を再現しはじめたのだ。

その瞬間、私はヤバいと思った。


この人は、天才音楽家というやつだ。


私自身が拙い記憶を頼りに間違えながら弾いたから、ラファイルさんも一気に完コピできなかったんだろうけれど、

それでも2回も聞けば完コピできてしまったのだ、

すごいを通り越してもはや恐ろしい。


そういう天才が世界のどこかにはいるんだろうと思っていたが、まさか自分の前に現れるとは。

私のようなトーシロ(=素人)が近づいてはいけないと思えてきた。


そんな天才なのに、


「これは素敵な曲だ」

「俺にはこんな旋律は浮かばなかった」

「これは神の域じゃないか」


彼は私の世界の音楽に、そんな賞賛を浴びせながら、延々と弾いていた。


いや、あなたも、神の域ですけど……


プロは当然だが楽器の音が違う。

ピアノの一音がもう、天と地の差である。

曲を聴かせるだけとはいえ、私の雑なタッチを晒すのが既に恥ずかしくなってきてしまった。


しかも。


「マリーナ、後でこれ、譜面に起こしてくれ」


……微妙に私の名前が変わっている気がするが。ヨーロッパぽくてちょっと嬉しいけど。


そんな依頼までされたのである。

ちゃんと作曲者名も書いておいて、とも言われた。


この世界の音楽じゃないから、仮に自分の名前で発表しても問題にはならなそうだ。

だがこの人は、そんなずるいことはしない。ちゃんと本来の作曲家をリスペクトして大事にする人なんだな、と思った。


「あとは作曲家の育った時代背景なんかも教えてくれ」


「えっと……それは分からないです」


音楽史なんて世界史の一部でサラッと流されただけだ。受験の知識なんて大半忘れた、分かるわけがない。


すると、


「そんなことも知らずに弾いてたのか!?こんな至高の音楽に触れながら何やってたんだ!」


……怒られた。


「……だからプロじゃないって言ったじゃないですか」

「だとしてもこんな曲を弾くほどの力はあったわけだろ?曲をちゃんと理解する気がなかったのか?」


……云々かんぬん。


すみません。先生に、これをやりましょうって言われてやってただけでした。


「音大に行くわけでもなかったから、先生もそこまで教えないと思います、多分……」

「はぁ、もったいないな、せっかくこの曲に触れる機会があったのならいくらでも深められただろうに」

「それは、私と同じ世界から来た人がいるのなら知ってる人もいるかもしれませんから、そちらでお願いしたいです」

「少なくとも学校にはそんなのはいないな。……まぁいい、続きだ」


そして別の曲についてもまた理解が足りないと怒られた。それの繰り返しだった。


何で素人なのにそんなに言われなきゃいけないんですかー!悪かったですね単なる趣味で!


と思いつつ。

ラファイルさんの探究心の深さに、すごいを通り越して呆れそうだった。


ラファイルさんは、今学校って言ったけど、学生さんなんだろうか。



クラシック曲数曲をひとしきり私が伝え終えると、ラファイルさんと交代して、


ラファイルさんはそこから延々と曲を弾き続けた。


私がピアノの横で見ているのは、すっかり視界から抜けているようだった。


音のつながりや、和音の具合とか仕組みを分析しているようだった。


もう私には訳が分からなかった。


でも立ち去る気にはなれず、ずっとそこで聴き続けていた。


まだ完全に元気が戻っていない私は、途中で居眠りをしてしまっていた。


だがはっと目を覚ましても、ラファイルさんは無反応。

全く私の存在を忘れていて、ピアノしか見ていなかったのだ。



そして完全に日が落ちて、いつの間にか部屋の壁燭台に灯りが灯っていた。


ラファイルさんがふと手を止め、私を見て驚いたような顔になった。


「……いたのか」


「えっ?あ、す、すみません」


なんとなく謝ってしまった、日本人の習性だ。

外国でこんなにあっさり謝ったらいけないとか聞いたことあるけど……


「……悪い。夕食の時間を過ぎてる。部屋に戻ったらアーリャがいるだろうから、夕食を頼むといい。

俺はまだここにいるから、あんたは夕食をとってもう休んでくれ。

明日も続きをするから、よろしく」


アーリャというのは、私の身の回りの世話をしてくれたあの初老のメイドさんだ。


さすがに私は7時間もここにいて体が限界だった。大人しく、部屋に戻って夕食を頂くことにしたのだった。

ラファイルさんの没頭ぶりは半端なくて、正直ついていけないと思ったけれど、

それでも私の夕食のことや休むことまで気を遣ってくれた。

一応、優しい人なのだろう。


怒られたのには驚いたが、それだけ情熱が深いのだ、私のレベルが低すぎるだけだから、嫌な気分にはならなかった。


それに何より、プロのピアノだから、聴いていてとてもとても、心地がよかったのだ。

居眠りの間も、音に優しく包まれているような感覚がずっとあった。

ちょうどテンポのゆったりした曲を弾いている時だった。


……まさか、私の居眠りに気付いて、そういう曲を選んでくれていた?


一瞬そう思ったが。

あんなに没頭していたのだ、そんなわけはない。


私が目に入っているはずがないし、あんな天才が私なんかに目を向けることはない。


***


「あらあら、マリーナさん、こんなところで寝ちゃいけませんよ。お夕食をご準備していますから、いらっしゃい」


アーリャさんに声をかけられて、私はのろのろと体を起こし、食事をする部屋に向かった。


「坊っちゃまも無茶をなさるわねぇ、病み上がりのお嬢さんをこんな時間まで付き合わすなんて……後でお叱言申し上げておきましょ」


「えっ、いや、大丈夫です!」


アーリャさんがそんなことを言うので慌てて否定した。

アーリャさんは、ラファイルさんが赤ちゃんのときからお世話をしてきたメイドさんだそう。


「でもね珍しいんですよ、お仕事の同僚の方とでもあんなに長い時間、一緒に音楽室で過ごされることほとんどないんです。坊っちゃまは音楽はこれでもかというほど大好きだけれど、人間はあまり好きではいらっしゃらなくて。よほどあなたのことが気に入ったのね」


「あー、いや、私の知っている音楽が珍しかったみたいで。

でも本当に、ラファイルさんはすごいです」


気に入ったのは私ではなく、私しか知らない音楽だということはもちろん分かっている。


…………

…………


食事をする部屋も豪華だ。

テーブルの上には燭台が置いてあって、火ではなくランプの灯りだ。

つまり電気がついているのだけど、この世界はどこまで科学が発展しているのだろうと思う。


ここがどういう世界なのかは、ラファイルさんはあの様子では当分後回しにするだろう。


夕食をいただきながら、アーリャさんに尋ねることにした。


主人公の弾いた曲は、ベタにベートーベン、ショパン、モーツァルトあたりをイメージ。

作者もクラシックを習っていましたがまさにこんな感じ、曲を弾いただけで曲の背景は全然知りません^^;

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