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66:先駆者になるなら


雪のちらつく翌日。

私とラファイルさん、そしてプローシャさんは、郊外の教会の裏ーー墓地にいた。


目の前の石の下に、ラファイルさんとプローシャさんのお母様が眠っている。


ラファイルさんは毎年()()()に、ここへお墓参りに来るのだと言った。

昨日来れなかったから、翌日の今日にしたのだ。


墓石に積もった雪をどけて花を手向け、私たちは祈りを捧げた。


「教会の中にいる」


プローシャさんは、そう言って先に立ち去った。


ラファイルさんはもう少し残りたそうだったので、私はもう一度お墓に向き直った。



「……毎年ここで、母上に、生まれてごめんって言ってた」


ラファイルさんが呟く。


「母上が不幸なのは、俺のせいだってずっとどこかで思ってた。

音楽をやってる間だけ、それを忘れていられて。

だからひたすらやった。

それ以外に、俺が生きる意味なんてあると思えなかった」


私が苦しくなりそうだった。

音楽にこれほど恵まれたラファイルさんが、そんな風に思うだなんて。



「でも今日は……


産んでくれてありがとうって……思った。


マリーナが……いるから……」



ラファイルさんの腕を、ぎゅっと抱きしめる。


「ラファイルさん、生まれてくれてよかったです」


私の頬に手を添えるラファイルさんの目は、潤んで見えた。


そのまま顔が近づいて、唇が重なる。


「……不謹慎じゃないですか?墓地ですよ……?」

「いい。母上に見せる」


そう言われると断りづらい。

でもお母様の前でイチャつくのはちょっと……


ためらう間にも、ラファイルさんに何度も唇を捕まえられてしまった。


嫌なわけではなく、ただ場所が場所だけに気になるだけのことなのだが、

ラファイルさんはそんなことを気にするなとばかりに、二人の世界へ引き込んでこようとする。


うん、あと、雰囲気はものすごく熱いんですけど、

私はさっきから足先が冷たくてしょうがなくてですね……!

雪道用のブーツではあるけれど、それでも寒いものは寒い。


すみませんねロマンチックじゃなくて。

見た目よりあったかいかどうかで服決める人なんです私は。


「ラファイルさん、凍えちゃいます……戻りましょう?」


それでラファイルさんはやっと、屋内に入る気になってくれたのだった。


…………

…………


教会に戻り、オストロフスキー家がお世話になっている司祭さまとお話を少しして、帰邸した。


昨日練習らしい練習のできなかったラファイルさんは、帰るなり私を放置して真っ先に音楽室へ向かった。

私は慣れているので気にしない。

プローシャさんは、呆れていたが。


「マーニャ。いろいろ大変なことも起こってると聞いてる。

大丈夫か、あいつで」


「はい。ラファイルさんの支えになると、決めてます」


「姉として心から、礼を言うよ。

だが、前も言ったが、抜くところは抜くようにな。

お前自身にも余裕は必要だし、たまにはあいつと離れて過ごしてみるのもいい。

あいつのことだから、音楽にのめり込むのと同じような勢いでお前にのめり込むだろうから、お前がうまく操ってやってほしい。もちろんこの家の者や友人の助けも借りながらな、一人でやることはない」


「ラファイルさんを支えられるなら、本望です。

私こそのめり込んで盲目にならないように、気をつけますね」


「あいつより断然冷静だと思うぞ。

あと、あいつの負の感情に同調しすぎないこと。

あいつの感情はあいつのもので、お前が背負う必要はない。

あいつが怒っても、当たっても、自分の責任ではないと、あいつとお前自身を切り離して捉えること。

お前自身に負担が重ならないために必要な心の持ちようだぞ。

あいつの側にいるなら、そうすることを覚えておいて。

寄り添うのと巻き込まれるのとは違うから。

何にせよ、なにか問題が起これば、抱え込むな、この家のもの、友人、私を頼れ」


プローシャさんの助言を全て理解できたわけではないが、本当に心強い。

私たちはプローシャさんに、アーリャさんたちに、ノンナさんたちに支えられているのを感じた。


***


夕食をいただいた後、ラファイルさんの様子を見に行った。

ラファイルさんは案の定一心不乱にドラムをやっていたが、今は珍しくすぐに私に気付いてくれた。


「どうですか?ドラムの感じ」

「うーん、まあ、ちょっとは掴めてきたかな。やっぱあんたの手本がほしい」


ラファイルさんに頼まれ、いくつかパターンを演奏してみた。

そして、

「ああ。わかった」

と言うとそのパターンを再現する。

それがもうグルーヴが心地よくて、あっという間にアマチュアの1フレーズがプロのものに昇華したのを感じた。

この人は絶対的に安定したテンポ感があるから、グルーヴがすぐ出せるのだ。

マーチングバンドの方でストロークをマスターしているから、タム回しも見事だし速い。


おまけに自分で発見したのだろう、タム回しにバスドラムを交えるという難易度アップのパターンまでやり込んでいる。

私の手本とかいらないでしょ……!

本当に、ここまで自由自在に手足が動くとなると、羨ましいことこの上ない。


そして文句なしにカッコいい。

ベタベタ甘えてくるのがすっかり影を潜めていて、今は凛々しく頼もしい。

私は勝手にファンモードを発動させてしまい、側でキュンキュンしております。


これはね私が参加できなくても見てるだけで満足だ。

一番側にいるのが私ってすごい。


いつまでもラファイルさんのドラムを聴いていたくて、結構な時間までそこに居続けてしまった。



ふと気づけばもう寝ないといけない時間である。

私はラファイルさんに声をかけ、先に休むことを告げた。

……じゃない。この人ももう寝かせないと。

慌ててそう思い直し、ドラムセットから引き離す、どうしてもなら朝起きてからやってくださいと言って音楽室から引っ張り出した。


…………

…………


お風呂から戻ったら、既にラファイルさんが私の部屋に来ているではないか。

多分抱き枕にするつもりなのだ。いいんだけどね。あったかいから。


一緒にベッドに入って、ラファイルさんが私に密着してくる。

何度もキスを交わし、さらに顔周りにキスを降らされ、なかなか眠らせてくれないラファイルさんに、私はとうとう背を向けた。


ラファイルさんに、後ろから抱きしめられる。

背中があったかくて嬉しい。


目を閉じたとき、ラファイルさんが話しかけてきた。


「ヴァーシャに、あのジャズの感じを教えてやってくれよ。

俺に教えてくれたみたいに」

「もうできてませんでした?ラファイルさんから伝えるほうが、的確じゃないですか?」

「いや、できたかどうかも聞いてみてもらいたいし、俺もまだ掴みきれてないと思う。この世界で一番知ってるのはあんたなんだからさ」

「……ラファイルさんがおっしゃるなら」


ラファイルさんがそう言うのなら、アマチュアであっても私が伝えるのが最適なのだろう。


「……アマチュアでもお役に立てるのなら、嬉しいです」

「マリーナ」


私はラファイルさんを振り返った。


「あんたは、プロになる気はあるか?」


それは。


無理に決まってる。


「まぁ正直、うちの学校には一応入学できるかな、くらいのレベルではある。

それでもここに来てから練習量も増えたろ?上達はしてる。


何も王立楽団レベルを目指せとかいうつもりじゃない。むしろ俺のサポートをしてほしいからそこまでガチではやってほしくない。


だけど、俺たちがこれからやろうとしてることは、誰もやったことがないことだ。

あんたが先駆者になるなら、プロでやれる。言い方は悪いが、あんたより上手い奴でもあくまであんたの後進になるわけだから」


確かに。

先駆者の特権というやつだ。

それなら、希望を持ってもいいのかもしれない。


だが、音楽のプロになる。

その夢のまた夢のような事態を目の当たりにして、私の指先は震えてきた。


できるかもという気持ちと、私の技量では無理という思いとがせめぎ合う。



「あんたの教えてくれた音楽だ。


俺は、あんたと一緒にやりたい」



そんな。


嬉しすぎるじゃないか。


トップクラスの奏者よりも、私を選んでくれるなんて。

私とやりたい、と言ってくれるなんて。


正直、好きと言い合ったときよりも、告白された感がしてしまった。

あのときは告白というより、確かめ合いみたいだったから。


「……いいん、ですか……?」


「もうちょっと特訓はしないとな」


「やります……!

ほんとに、いいんですか……」


「やってくれる?」


「はい、よろしくお願いします……!

どうしよう寝ぼけてませんよね私?」


「まだ寝てない」

「なんだか信じられません……ちょっと混乱してるんですけど……」


どうもアドレナリンが出てしまった気がする。夢かもと思う一方、神経が高ぶってしまい、目がギンギンに冴えてきてしまった。


私はベッドに起き上がった。


「マリーナ」

「……テンション上がっちゃって寝れる気がしません……ちょっとだけ、練習してきます」

「マジか。じゃあ俺も」

寝間着にカーディガンとガウンを着込んで、私たちは再び音楽室に戻った。


***


「そういえば、私の担当楽器は何になるんですか?」

「ドラムを頼みたい。ドラムの方が引き出しが多い印象だから」

「わかりました。どういう系統をやる予定なんですか?」

「あんたの得意なのでいいよ。何がやりたい?」

「やっぱりフュージョン系ですかね……曲は、どうするんですか?」

「そうだな、俺が作ってもいいけど、あんたが譜面作ってくれたのもあるし、そこからもやったらいいんじゃないか?」

「私に足りないものを教えてください。強化します」

「基礎練だな。一応リズムは安定してるが、次に何をしようかって迷いが見えることがある。ストロークはもっと安定させた方がいい」

「じゃあとりあえず基礎練します。マーチングのパターンも勉強してみたいです、私実はタム回すの得意ではないんですよね」

「おう、なら練習メニューを渡す」


プロに近いところまでいくなら、気持ちの糸が切れないようにし続けること、モチベーションをキープすることも大切だ。

元の世界では学業、後に仕事が第一に優先しなければならないことだったし、どうせプロにはなれない、と思うと向上心も強く持てなかった。

幸いにして音楽を仕事にできる環境になった今、練習も仕事と思えば、どうせ役には立たないという思いもなくなり、むしろやらなければと腹を括って練習できる気がする。


その後二時間ほども私たちは練習してしまった。

明日の仕事はしんどくなる覚悟をしておかないと……


だが尚私の神経は高ぶったままで、結局私は朝方の数時間しか眠れなかったのだった。

(ラファイルさんは爆睡・快眠)


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