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64:ラファイルさんと話し合い


えっ?なんで?


と思ったら、ラファイルさんはヴァシリーさんの後ろに隠れるようにしていた。


「……遅いお迎えだこと」


ノンナさんが、ちょっと嫌味を込めて投げかけた。


「やめろよ、ノーナ。ラーファは傷ついてる」


答えたのはヴァシリーさん。


「傷ついてるのはマーニャちゃんのほうだよ?」

「だからって追い討ちかけるようなことを言うことないだろ」

「大体来るのが遅いよ!」

「考えを整理する時間がいるんだよ!」


ちょ、ちょ!何で当事者じゃない人が言い合いしてるんですか!


私は慌ててノンナさんとヴァシリーさんの間に入った、


「まっ、待ってください、ノーナとヴァシリーさんが喧嘩してどうするんですか!

落ち着いてください!

私は、……大丈夫ですから」


ヴァシリーさんは、気まずそうに髪をいじって、後ろのラファイルさんを気にしている。


「ラファイルさん……

私と、話を、していただけますか?」


ラファイルさんは、顔を背けていた。


うん、この人にリードを任せてはだめだ。

口下手同士だけど、話さないことには何も始まらないし、分からない。


「ほら、ラーファ」


ヴァシリーさんがラファイルさんの肩に手をかけて、私の前に押し出した。


「ノーナ。外そう」

「うん……」


ノンナさんの部屋なのに、ヴァシリーさんはノンナさんを連れて出ていってしまった。


私とラファイルさんが、部屋に残った。


…………

…………


「……ラファイルさん。

怒っていらっしゃいますか?」


ラファイルさんは私を見ないまま、僅かに首を横に振った。


「なら、聞いてください、

私は何も、やましい思いなんか持ってませんから、ラファイルさんが聞きたいことがあればなんでもお答えします。

ラファイルさんが、信じてくださるかどうか、です。


私が楽器屋で異邦人の方とお話ししたこと、客観的に、とりわけおかしいものではないと、皆さんが言ってくださってます。

だから私が悪いことをしたとは、思っていません。


ただ、すぐラファイルさんにお伝えしなかったのは、ラファイルさんを不安にさせてしまったかもしれません、もしそうなら悪かったと思います。

でも他意があったわけではないんです。

ずっとドラムに夢中だったじゃないですか。その話の腰を折ってわざわざ話すほど、重要でも優先事項でもないと思ったから、後回しにして忘れていただけです。

落ち着いたらお伝えしようと思っていたんです」


こうやってちゃんと伝えて、それでもラファイルさんが許しがたいというなら、ラファイルさんがその先を決めればいいと思った。

昨夜ノンナさんと愚痴りながら、決めたのだ、私は許しを乞うことはしない、と。

私の()()()()()()を許してもらう必要なんかないから。


ノンナさんたち私を理解してくれる人がいるから、ここに来たばかりのように、ラファイルさんだけが私の命綱というわけではないのだ。


「……もういい、マリーナ……」


ラファイルさんが、顔を伏せたまま弱々しく呟いたと思うと、近づいてきて私の肩に顔を埋めた。


「ごめん、マリーナ、ごめん……」

「ラファイルさん……

どうして、一方的に決めつけたんですか……?」

「ごめん……」

「怒って、ないですから……」

「わからない……わからないけど、頭に血が上って、まともに考えれてなかった……」

「どうして、そんなに頭に血が上ったんですか?」

「俺よりその男に惹かれてるって思った」

「どうしてそんなこと思うんですか?そんなわけないじゃないですか……」


「あんたは……俺に何も言ってくれない」

「……何もって……」


「音楽についてしか、好きとかすごいとか言ってくれない、俺はずっと伝えてたのに」


え?


伝えてた、って……?


「……ラファイルさんこそ、私に何か言ってくださった記憶、ないんですけど……」

「言ってはないけどずっと伝えてた……いつも口付けしてたのに、あんたは何も返してこないし、やり過ごすだけで……でも嫌がりもしなくて、どう思ってんのか全然わかんなかった」


え?

ええ?


顔周りへのキスに、そんな意味あったんですか……!?

ええー聞いてないよ……!確かめなかった私も悪いが。


「……挨拶だと思ってました……」

「何でだよ……」

「元の世界の、外国はそういう文化だったから……」


勘弁してくれよ、とラファイルさんが耳元で呟き、私の体に腕を回してきた。

私も、ラファイルさんを引き寄せるよう、その腕に手をかけた。


「マリーナ。戻ってきて……頼むから」

「もちろん、ラファイルさんが望むのなら、戻りますよ」

「俺出て行けなんて言ってない」

「彼のところに行けばって言いましたよ……?

行くもなにも、ちょっと話しただけの人のところに転がり込めるわけないじゃないですか」

「……記憶にない……

ごめん。ひどいこと言った」

「もう、いいんですよ」

「俺が頭に血が上っても、次から出て行かないで。

冷静になったら取り消すから。

……アーリャから話聞いて、ほんとに男のとこに行ったのかと思った……」

「そんなこと、するわけないでしょう」

「……俺の知らない男とあんたが話すのは嫌だ」

「そんなモテないですから、心配いりませんよ、それに、私はラファイルさん以外、目を向ける気なんて一切ありません」


そこははっきり言い切った。本当だから。

昨日はちょっと迷いは出たけれど、他の人に行きたいのではない。

そして今こうして話して、話がちゃんと通じて、いつものラファイルさんだと思ったから。


ラファイルさんは私の耳元から顔を上げて、やっと私をまっすぐ見てきた。


「……ほんと?マリーナ。

……ほんとに、俺でいい?」


「ほんとです。ラファイルさんが、いいです」


「ほんとに?俺のこと、好き?」


「はい。……あなたが、好きです」


「俺もマリーナがいい……好き」


私たちは、そのまま抱き合った。


初めて、心を通じ合わせた気がする、男と女としては。


離れたとき、ラファイルさんの手は、震えていた。


あれから相当に緊張していたのかもしれない。


その手を取ってぎゅっと握ると、ラファイルさんも握り返してくる。


「帰り、ます?」

「うん。……やっと安心して練習できる」


ああ、はい、そうですね。

ラファイルさんらしくてちょっと笑ってしまった。


「この後朝まで練習しよう?」

「それよりラファイルさんは寝てください。練習はいいんですけど睡眠不足で、余計頭に血が上ったんじゃないですか?練習は明日やりましょう?」

「ああ……そうか。昨日は寝てない」

「ええ、もう、なにやってんですか!ひとまず、帰りましょう」


私はラファイルさんの腕を引っ張って、ノンナさんの部屋を出ようとした。


「……待って。マリーナ」


ラファイルさんの声に、私は歩みを止めて振り返った。


ラファイルさんが近づいてきて、私の頬を両手で軽く挟む。


えっと告白後のお約束的なやつですね?

ここノンナさんの部屋ですけどね?


無粋なことを考えてしまったが、私だってずっと望んでいたこと。ここでとめたりなんかしない。



ラファイルさんは顔を近づけてきて、唇を合わせてきた。



少しの間、軽く触れ合い続ける。


不思議なくらい、控えめだった。


もっと攻めてくるのかと思っていたから。


本当にあのときと同じ。


優しく、どこまでも優しい、表面を合わせるだけのキス。


手慣れていないのか、気遣ってくれているのか。


物足りなさを感じないと言ったら嘘になるが、それでもラファイルさんのこの優しさが私はとても好きだ、と思った。



「変じゃなかった?」


顔を離したラファイルさんに聞かれた。


「変?って何ですか?」

「その……」

「変だなんて。本当に、嬉しいですよ」

「練習しといてよかった」


……練習?


不穏な言葉に一瞬心臓が止まった気がしたが、だが他人相手に練習したにしてはあまりにそれっぽくない(失礼)。


「練習って……どこでしたんですか?」

「あんたが寝てる間に」

「どなたと」

「あんたしかいねぇだろ、何言うんだよ」


おや?


「……いつの話ですか……?」

「ときどき」


はい?


「……いつからですか?」

「最初はあんたが倒れたとき、それから……ときどき」


おおぅ。

最初のはあれか、夢かもと思ってたやつか。あれはリアルだったのか。

でもそれからときどき……?


「……私の部屋に来て、私が寝てる間にキスしていってたということですか?」

「うん」


「…………」

「?」


「あのですねそれは合意がないのでほんとはしちゃだめなんですよ?

ラファイルさんならキスくらいだったら咎めませんけど、今後そういう触れ合いはちゃんと、してもいい?って聞いてからにしてください」

「そうなの?分かった」



ラファイルさん……

ボロ出まくりです……そして何一つ気づいてない。

でもそういうところがいかにもラファイルさんらしい。

この人はこっち方面も疎いのか……私はいいけど別に。


この社会の感じからして、男性は空気を読んで、あるいは多少強引にそういう方向に持ち込むのが一般的だと想像はつく。現代日本でもそれはそんなに変わらないと思う。

多分合意がどうのこうのと言う女性は引かれるだろう。

その点ラファイルさんは、素直に私の言うことを受け取ってくれて、それは逆にすごい。


……でもほんといつの間に私の部屋に侵入してキスしていったんだろうこの人は……


…………

…………


ラファイルさんは私のそんな逡巡になど全く気付いていなかった。

また私に顔を近づけて、追撃してきた。


「マリーナ。

もう一回、してもいい?」

「え、えっと。先に帰りましょう?ノンナさんの部屋ですし!」

「待てない……もう一回だけ」

「……いいですよ」


合意を教えたものの、そうやってねだられるとつい合意してしまった。

私だって嬉しいのだ。早くこうなりたかったんだから。


ラファイルさんは、さっきより少しだけ私に唇を押し付けるようにしてきた。

私も同じだけ、キスを返した。


「マリーナ。……好き」

「ラファイルさん……私も、好き」


私たちは少しずつ、お互いにキスを深くしていった。

私が少し踏み込んで、ラファイルさんが同じように踏み込んできて。


唇がそろそろ疲れた、と思った頃、意外にも先に離れたのはラファイルさんだった。


「帰ろうか」

「はい」

「みんなを待たせてる」

「そうでしたね」


みんな、というのは使用人さんたちのことだ。

ラファイルさんが私に手を差し出して、私はその手を取り、一緒にノンナさんの部屋を出た。



ノンナさんは泊まって行けばいいと言ってくれたが、ラファイルさんが帰ると主張するので、私はノンナさんとご家族、まだ一緒にいたヴァシリーさんにも丁重にお礼をしてお屋敷を後にした。

ノンナさんとヴァシリーさんが普通に仲良さそうだったので安心した。


というわけで今後予告なく甘め展開になることがあります。

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