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63:公爵邸に避難中です


ノンナさんは気を遣って、ご家族とでなく部屋で私と夕食を取ってくれた。

普段家で出るより豪華な食事だ。

フルコースなんて友達の結婚式でしか食べたことがない。


食後はお菓子をつまみながら、ちょっとだらだらして過ごす。


「マーニャちゃん。

ラーファのこと、好き?」


ノンナさんが聞いてきた。


「……ラファイルさんが、好きでいてくださるなら」


私はそう答えた。


多分、好きは好きなのだ。

ファンとして、以上に。


でもまだどこか、ただのファンならばわきまえて、ラファイルさんが私を必要としないならそのときは離れる、という意識が存在している。


「今回みたいに、話を聞いてくれなくても?」

「…………

どう思ったらいいのか、わかんない」


「あたしも喧嘩別れしたこととか、あるからさ。

ただ言いすぎちゃって、引っ込みが付かなくなったとか、あとこっちは思ってもないことまで思わず言っちゃって、相手が私を信じられなくなったとか、あったから。

ラーファもそっちタイプなのかなって」


「思ってもないのに、言葉が出るってどういう感じなの?

根底にあるから、言っちゃうんじゃないの?」


「うーん……なんかそのときは勢いで、言っちゃうんだよね。

冷静になったとき、あれそんなこと思ってない、ってなる。

怒ってる時とか、あんたなんかいなくても大丈夫なんだよ、って気になるんだ、でも弱ってるときは大丈夫じゃないのに。

一人でできる気がするときと、無理だってなるとき、あるじゃん?」

「そっか……」


私はあまり感情の振り幅がないから、感じにくいのかもしれない。

怒りで我を忘れるとかはない人だ。


でも、こんなふうに怒られたら、ちょっと好きっていう気持ちもしぼむ。

こちらが悪いならともかく、一方的だった。


……あれだ。

お兄様と似たような。


私の言葉に耳を傾けず、一方的に希望を押し付けようとしたのと、同様なんじゃないか。


ラファイルさんにも、兄弟だからもしかして似た気質というのがあるのだろうか。


……一方的に言う人。

私の父のような。


そういう男性は選びたくないと思ってきた。


母は父に反抗することはなく、私を父から庇ってくれることはなかった。


そんな夫婦関係、親子関係は、私は嫌だとずっと思ってきたのだ。



「……一方的に言ってくる人、嫌だと思ってた。

エドゥアルド様がそうで、私は最初から無理だった。

ラファイルさんもそういう人なら……私はどうすればいいか、わかんない……」


「喧嘩のときって、嫌なところが見えるからね。

いいところが見えなくなっちゃう。

マーニャちゃんはあれだけラーファを支えられてるわけだし、ラーファもマーニャちゃんを助けてくれたでしょ?

エドゥアルド様とは根本的に違うと思うよ」


それは、そうだ。

私の致命的なミスを全部引き受けてくれた、仕事のためとはいえ。

そもそも仕事云々の前に、一番最初から、私は助けられていたのだ。


あの人についていくと、確かに決めもしたし、もちろんお側にいたい、ついていきたい、私のことも見てほしい。

でもそれは私に優しくしてくれるラファイルさんであることが前提だ。

もし私に苦痛を与えるのであれば、話は別だと思うのだ。

自分を虐げる人に、いくら恩があっても、ついていく義理はないと思う、ラファイルさんがそうというわけではないけれど。


「ラーファが気付いて謝ってくれたら、少しずつまたお互いに大切なものを積み上げればいいんじゃないかな。様子見でいいと思う。

同じことが何度も繰り返されて、マーニャちゃんが無理って思えばそれは仕方ないし。

て言っても喧嘩ってそういう繰り返しだったりするよ。

マーニャちゃんのせいじゃないとはあたしは思うけど、ラーファにとっては傷つくことだったのかもしれないし。

すぐじゃなくても、納得いくまで話し合って決めていったらいいと思う」


「……やり直し、みたいな?まだ始まってもなかったけど」

「そっか、マーニャちゃん待たされてるもんね……

好きも言われてないんじゃそりゃ不安だわ。

でもラーファってそんなに怒るほど嫉妬したってことだよ?」

「そいつのとこ行けばって言われたのに?」

「うわ一番言っちゃいけないやつじゃん……それ絶対マーニャちゃん試してるよ、めんどい男だねぇ!逆に言うとそこまで言っても離れないことを期待してるんだよ」

「……なにそれめんどい……それに子どもっぽい……」

「あははは!言うねマーニャちゃん!」


面倒くさいと思ったが、嫌な気分にはならなかった。

ノンナさんの言う通りなら、ラファイルさんに甘えられている気がしたのだ。


ラファイルさんからの音沙汰がないことに、不安は消えないものの、ノンナさんのお陰で私はいつものように眠りにつくことができたのだった。


***


朝が過ぎ、昼になっても、ラファイルさんからの音沙汰はなかった。

不安ではあるものの、そういえばタムが届いたばかりだったから、そっちに夢中で私のことは忘れてるかも、と思い出した。

あの人ならやりかねない。


多分こういう状況でも音楽に没頭するのがラファイルさんという人な気がする。

今までの言動で私は学んでいる。


「普通なら別れるよねー、そういう扱いされたら」

ノンナさんはそう言うが、分かっていることなら待てばいいくらいに私は思っている。

今まで通りだとしたら、いつかあの人は思い出してくれるから。


もしそうでなければ、つらいがお暇するしかない。

そもそも雲の上の人だったのだ、私がすがる資格なんかないし、あるべき場所に私が降りるだけのことだ。


誕生日用に買った物を自分の部屋に置いたままだな、と思い出した。

今日が、その日だ。

渡せないまま、終わるだろうか。


本当は誕生日に食事にでも誘おうかと思っていたのだが、ドラムでそれどころじゃなさそうで、声をかけずじまいだった。

年末は私が調子が悪くて食事に行けなかったし。

ほんとにデートらしいことをしてなかったな、と思う。


…………

…………


日中、公爵邸にあるピアノを弾かせてもらい、ノンナさんとアンサンブルをした。

私は初見で弾ける人ではないので、代わりにコードに置き換えて弾いた。


「感じがかなり違うけど、これはこれでいい……!

マーニャちゃんすごい、即興で全部いけるとか」

「でも毎回同じには弾けないんだよね」


ノンナさんのご家族も、ピアノのある部屋に集まって聞いてくださっている、

うわぁ私ノンナさんのレベルに及ばないのに。


「リサイタルみたいでいいわね」

「マリーナさんのピアノは初めて聴く感じだが、とてもいいよ」


アルツィバーシェフ公爵ご夫妻に優雅に褒められました。

ありがとうございます。


公爵家って伝統的なものを好みそうなイメージだったが、ちょっとジャズ的な音を加えていても受け入れてくださったのだ。

元学部長はやっぱり単にお堅いだけなのだ。

ジャズだって芸術になれるんだから。


「お茶会で友人に聞いてもらいたいわ。マリーナさん、ノーナの伴奏をぜひしてくださいな」

「え……あの、それは……ちゃんとした、それこそ楽団のピアニストの方を……」

「ええ、いつもは楽団の方にお願いしてますのよ。

でも今のマリーナさんの伴奏が、とってもお洒落だったものだから」

「マーニャちゃん、あたしが選んだピアニストなら、大丈夫だよ」

「ええぇぇ……!」

「うちの両親は好みがはっきりしてるし、半端なものは選ばないからね!

だから大丈夫」

「そういうことなのよ、マリーナさん、お願いね」

「うん、私の自慢の妻の耳に、間違いはないからね」

「もうお父様ったら、昼間から惚気ないでくださる?」


割と自由な家風なのだ。ノンナさんの自由な感じがよくわかる。


なんということだ。


王立楽団のプロが務めるはずの伴奏を私がやっていいのか。

ラファイルさんが何て言うか。なってないとか言われそう。


だがノンナさんがいいというならやるしかないじゃないか。

下町のバーでセミプロできるかもと思ったが、ここ限定にしてもクラシック界でセミプロみたいになれるかもしれない。

本当に実現できるなら嬉しすぎる。


ノンナさんと何曲か合わせて、楽しくて時間はあっという間に過ぎた。

おかげで、ラファイルさんへの不安を感じずにすんだのだ。


…………

…………


そして、日が暮れようかという頃。



「オストロフスキー様がお見えになりました」


公爵家の執事さんが、そう告げた。


「……お通ししてちょうだい。この部屋に」


ノンナさんが、応接室などではなく、この私室に案内するように、告げた。


さすがに、待つ時間が怖かった。

何を言われるのかと。


ノックの音がした。


ノンナさんが、私を隠すようにして立って迎える。


息をのんで扉が開くのを待つと。


現れたのは、ヴァシリーさんだった。


ノンナさんの苗字が長くてときどき忘れる。

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