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62:ラファイルさんに追い出されました!?

ちょっと喧嘩?します。


ラファイルさんに誕生日のことを聞けないまま、その日を迎えてしまった。

結局プレゼントをどうしようと思って、本革のペンケースを買ってみた。

譜面や書類など何かと書くことの多いラファイルさんは、必要なくせにいつもペンも鉛筆も机とかどこかに転がしては見失っているから。

必要かどうか自信はないが、これならさっと仕事に持って行けるし、ポケットに入れておけばペンを常に複数持ち歩いていることになる。


「おかえりなさいまし、坊っちゃま、マリーナさん。

先ほど、楽器屋さんからお荷物が届きましたよ」


バスドラムの上に取り付けるタムが、ついに到着したのだ。

これでワンタム・ワンフロアの4点セットが完成した。

多分ラファイルさんは徹夜するかもしれない。


「あとマリーナさん、楽器屋さんからお手紙をことづかっていますよ。

楽器屋さんのお客さんで、マリーナさんにお渡ししてほしいとのことでした」


執事さんが、一通の手紙を差し出してきた。

手紙といっても封筒にすら入っていない、メモ用紙のようなものだ。


二つ折りのそれを開けると、日本語が書いてあったから、山形氏だとすぐに分かった。


内容は、あれから結局私がバーに行けていなかったから、また話がしたいから待ってる、というものだ。


うん忘れたわけじゃないのよ。

ラファイルさんのフィーバーが落ち着くまでは無理なんだ。


「……それ、何の手紙?誰?」


声に振り向くと、もう音楽室に行ったと思っていたラファイルさんが、私を見ていた。


「あ、先日楽器店で偶然お会いした、異邦人の方から……」

「男?女?」

「男の方です」


いきなり、ラファイルさんの表情が凍りついたようになって、私は驚いた。


「……何勝手やってんだよ」

「え?」

「俺の知らない間に。誰だよそいつ」

「誰って……偶然、ちょっと知り合っただけで」

「何で隠してた?」

「かっ、隠してなんかないです、言う機会が掴めなかっただけ」

「こいつに興味でもあんのか?ならそっち行けよ。俺は別に一人でやってけるから」

「え、ちょっと、なんでそんな話になるんですか?

この人とは少し話をしただけで、ほんとに何にもないんですが」

「いいよ別に。同郷人同士仲良くやれば?」

「意味が分かりません……あの、どうしてそんな風に思われたんですか?」

「もういい」


ラファイルさんは私の手から手紙を取り上げ、その場で破り捨て、踵を返して去っていった。


ちょっと、待って。


どういうこと。


怒った、の?


え。

今の、私、出て行けって言われたの……?


ラファイルさんに言われたことが、すぐに思い返せなかった。

すっかり混乱してしまっている。

どうすればいいの。


何がいけなかったの。


話をしただけで、だめだったの?


知らせなかったからだめだったの?


隠したつもりじゃなかったのに。話しただけなのに。

理由も聞かずあんなこと。


何がいけなかったの……?


もういい、って、解雇もされてしまう?


どうしよう。


どうしよう?


混乱する頭で真っ先に考えたのは、急いで手持ちのお金を頭の中で計算することだった。

急遽家を借りるとりあえずのお金はあって、どのくらい持ちそうか。

仕事はどうしよう。

どこへ住む。


家と職場しかほぼ行かない私は、街の様子さえよく知らないし、私が身一つで出て行けそうな下町など尚更知らない。


でもとにかくここにいても、ラファイルさんに後で追い出される。

そう思った私は、まずアーリャさんに泣きついた。


「アーリャさん……私、ここを出ていかなきゃいけなくなりました……」

「お待ちなさいマリーナさん、何をおっしゃるの。

サーニャ、サーニャ!ちょっと来てちょうだい」


絶望のあまり頭が働かなくなり、全身が震えて立っていられなくて、私はへたりこんでしまった。


***


アーリャさん、サーニャさん、そして手紙をことづかってくれた執事さんが、私の話をじっくり聞いてくださった。


事情を話した後、私は夢中でみなさんに聞いていた、


「他の男性の方とお話するのは、この国ではいけないことだったんですか?

私のしたことは間違っていたんですか?」


「マリーナさん、落ち着いて。

分かりました。……きっと坊っちゃまは勢いで言ってしまわれたのだと思います。

……坊っちゃまは、そんなお姿は我々には見せられたことはありませんでしたが……


坊っちゃまでなく、身内の方で、よく似た姿をお見かけしたことが、ございます」


執事さんが、私を安心させるように、ゆっくり言う。


身内。

というと、お兄様……?


「我々からお話するのは、いいことか分かりませんが……

ですがこのままでは、坊っちゃまにとって、マリーナさんを同じ目に遭わせてしまうことになりかねません。

坊っちゃまには、それに気づいていただかなければなりませんね」


どういうことだろう。

混乱しているから、いやそうでなくても多分、分からない。


「マリーナさん、一旦ここは、離れましょう。

アルツィバーシェフ公爵様邸に、ひとまず身を寄せられませ。

ノンナ様から伺っております、いつでもお越しくださって結構、と。

あとは、我々が坊っちゃまに話をいたします」

「はい……」


はいと言うしかない。

ノンナさんのお屋敷に向けて、私は馬車に揺られてオストロフスキー邸を後にした。


執事さんたちが話をしてくださると言っても、不安は尽きない。


私はどうなるのか。


ラファイルさんはどうなるのか。


ラファイルさんはあの手紙だけでそこまで怒っていたのか。


許してくれるのか。


「坊っちゃまご自身の問題だと思いますから、少し待ってあげてくださいまし」

アーリャさんは、そう言ってくださった。


私が見知らぬ男性と話をしたことは別に、とりたてて問題のあることではないといわれ、そこは一安心できた。

食事に行ったわけでも、密室であったわけでもなかったのだから。

それは楽器屋の店員さんが証明してくれる。


私はまだ事態に追いつけないまま、ノンナさんの住まうアルツィバーシェフ公爵邸にたどり着いた。


***


ノンナさんは一通り事情を聞いて、まずは私をハグしてくれた。


「そっか……びっくりしたね。

マーニャちゃんは別に悪くないと、あたしは思うし、執事さんたちも同意してくれたんでしょ?

だったらマーニャちゃんは堂々としてたらいいよ。

ラーファが落ち着くのを……待とう。うちにいていいから」


「ありがとう……ノーナ」

「多分冷静になったら、思い直すと思うよ。ラーファ、そういうとこあるでしょ」

「……機嫌が悪いと確かに、イライラものに当たったりしてた」

「そう、人の話に全然耳傾けなくなるの。それで思ったことばーってぶちまけて」

「私の話、何も聞いてくれなかったな」

「あーそれ。そういうの。

ラーファは最近機嫌悪かったの?」

「ううん……でも始終楽器のことで、心ここに在らずみたいな状態が続いてた」

「結局二週間くらいもうその状態じゃない?周りが全然見えてないんだよ今」

「……最初に言っておけば、こんなにならなかったかも。

急ぎのことじゃないし、今余計なこと知らせる必要もないかなって思って言わないまま、言うのを忘れてただけなのに……」

「それは仕方ないよ。隠すつもりなら男と知り合ったなんてそもそも伝えないじゃん?」

「男性って分かった途端怒った感じだった」

「完全に嫉妬だね」

「でもそこまで過剰反応する?」

「だからどこか振り切れててそういう反応になっちゃったんじゃない?」


単なる過剰反応で、衝動的だっただけなら、まだいいんだけど。

まずはラファイルさんが落ち着くのに時間を置くから、すぐにすぐとはならないでしょう、と執事さんたちには言われている。

明日を待った方がよさそうだ。


ノンナさんが練習するのをソファーで聞きながら、私はぼーっと考えを巡らせていた。


私を離しても、平気でいるんだろうか。

あの人は過呼吸だって抱えてるのに。


ヴァシリーさんや、団員さんたちと普通に話しても何も言わないのに。

ラファイルさんの知らない人だから怒ったの?


もしこのまま、私はもういらないって言われたら……


そっちばかりが私の考えを埋めていく。

私は王宮だと勝手に仕事さえ取れないのだ、私の身分の変更には王室の許可がいるようになっているから。というか、ラファイルさんが私を手放せば、準貴族の身分からしてなくなると考えた方がいい。

そうしたら下町で働くことになるのだろう。

この世界にきてからぬくぬくと暮らしていた私には、下町の厳しさに耐えられるかという不安が尽きなかった。

山形氏に頼るにしても、拾ってくれた女性っていうと、まぁ普通に考えて良い仲だろう、そこに入っていきたくはない。


ノンナさんに泣きついたら、使用人で使ってくれたりしないかな……

いやいや公爵家の使用人なんてムリムリムリ。教養も作法も足りなさすぎるし、大体私は空気読めない気の利かないミス絶対するの3拍子揃っている、

一瞬でもそんな甘いこと考えたのが間違いだった。


もしかしたら、この世界の仕事って、元の世界よりもキツいのかもしれない。うん、きっとハードルは高い、まず労基法とかないし。

それでも生きていくしかないって、生きるのってやっぱりしんどい……


私はすっかりそんな負の感情のループに巻き込まれていた。


ただ、それでも生きていかないと、という気持ちだけは残っていた。

自力で生きるという気力だけは、身についてきたのかもしれない。


>執事さんのセリフ中で

ノンナさんち→アルツィバーシェフ家といいます。



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