5:取り調べです
「じゃ、まず、名前をもう一回」
「大矢、満里那です」
翌日、起きられるようになった私は、朝は休んで昼食をいただいてから、広い音楽室の隣の部屋ーー最初にここへいたとき、鍵で開かなかった方の部屋ーーで取り調べのようなことをされていた。
こちらの部屋は休憩室なのか作業部屋なのか、楽譜が何やらいろいろ置かれている机や椅子があり、
何人も寛げそうなソファーもある。
そして家庭用サイズのグランドピアノが一台。
なんでグランドピアノが一家に2台もあるんですか。
「年齢」
「22歳です」
「は?嘘つくな」
「えっ?嘘じゃないです!」
「嘘に決まってんだろ?俺より年上に絶対見えない」
「いや……決まってません……あなたはおいくつなんですか?私より年下なんですか?」
「……19」
嘘だ。
そっちこそ。
あれか、日本人は外国人からすると若く見えるって聞いたことがあるけど。
でもこの青年ーーラファイルさんは、19歳とは思えないほど落ち着いているというか、堂々としている。
「クソ、どうせ俺は老けてるんだ、みんなそう言う」
「ええ?いや、老けてなんかいません!すごくお綺麗ですっ!」
「…………
……は?」
……えええ。
睨まないでください……
何ですかその、沈黙からの「は?」は……
「は?」て言われるの怖いんです……
ラファイルさんの反応が訳分からなくて、私は縮こまってしまった。
目線を合わせていられなくて、視線を机の方に外す。
綺麗って言っちゃいけなかったのかな。
本当に、イケメンだと思うんだけど。
黒髪に黒い瞳、すっと鼻筋が伸び、意志の強そうな眉。あごひげが少しだけ。
背は高くなくて、私の身長から判断するに160センチ強だと思う。
外人さんってがっちりした体型のイメージだけど、この人は華奢な感じだ。
「……変な奴だな。まぁいい。
で、出身は?」
変な奴って!何でですか!?
……という心の叫びを抑える。
「……日本、です」
「ニ、ホン?
何だそれは。聞いたこともないな」
あれっ、そういえば日本って国名がない時代なのかな。
でもジパングしか知らないや。
「昔はジパングとかだったと思います」
「ジパング……知らないな。
あんたの顔つきはすごく、珍しい。たまーにいるんだけどな、この国にも。
だがいずれも出身地は不明だ。あんたも同じ種類かもな」
ええ、いるんだ、日本人か分からないけど、この和顔が。
ちなみに私は見るからに日本人という顔で、それも本当に平凡な顔だ。
まずモテる顔ではないしその実績もない。
「で、ここにいたのはどういうわけだ。
外からしか鍵はかからないし、開けられたとしても中から鍵をかけることはできない。
どうやって入った?」
「信じてもらえないかもしれませんが、気づいたらここにいました」
「信じれる訳ねーだろ」
「でも、外から入ったんじゃないんです。鍵なんか開けてません。
私、仕事から帰る途中だったんです、外を歩いてました。でも、持ってたカバンもないし、本当に身一つで、私だってどうしてここにいるのか意味が分からないです」
「ふーん……
確かに、あんたの言葉は異国語なのに、分かり合えるから不思議だな。
信じがたいが、侵入者なら餓死寸前までここにいたりもしないだろうしな……
するとあんたは、この国のことも何も知らない、か」
「はい、何も」
「それは後で教えてやる。
それよりもあんたに聞きたいことがある」
ラファイルさんは、急に私の方に体を向けて、じっと私を見つめてきた。
端正な顔立ちでそんなに見つめられたら、そんなつもりはないだろうにこっちはドギマギしてしまうから、やめてほしい。
というか国の説明をすっ飛ばしてまで聞きたいことって。
「あんたが弾いてた曲は、あんたが作ったのか?」
「いやそんなわけないです」
畳み掛けるように即答した。
なんと畏れ多い。
偉大なるプロミュージシャンたちの曲を私が作ったように思われてはたまらない。
「なら、誰の曲なんだ」
「私の元いたところで好きだったり演奏してた曲です」
「……あんたの国ではあんな意味の分からん音楽があるのか」
意味の分からんって……
この国ではどんな音楽が演奏されてるんでしょうか。
それも知りたい。
ここにある楽器の感じから、クラシック系と予想はつくけど。
「……めちゃくちゃヤベぇ音楽だった……」
ラファイルさんが、呟くように言った。
「俺の知らない音楽が、まだこんなにあるなんて。
ショックだったがすげぇ、嬉しかった。
それでだ。
あんた、身寄りも行く先もないだろ?
俺が生活の面倒は見てやるから、あんたの知ってる音楽、全部教えてくれ」
「え。……え、と……」
突然の提案に、私は固まってしまった。
驚いて、正常な判断ができていないと思う。
でもその提案に乗るしかないだろう、ラファイルさんがそう言ってくれるのなら。
外へ出て一から生きていくより、私にはよっぽど現実的な話だ。
後々は考えないといけないだろうが、当分食いっぱぐれることはないということだ。
私の拙い知識には過ぎた待遇だが、それが引き換えになるのなら、断る理由は何一つない。
「はい、でも、私自身の音楽じゃないし、私はプロでも何でもないですが、いいんですか?」
「ああ、プロじゃないのは音ですぐわかったけどな。
別に演奏家になるわけじゃなし、関係ない。
じゃ、決まりってことで。よろしく」
ラファイルさんが握手のためか手を差し出してきたので、控えめにだがその手を握った。
「……あんた、手、小さい」
私の手を離したラファイルさんが、ふと言った。
「そうなんです、オクターブ、ギリギリで。10度とか弾けたら、もっと表現が広がるのにって思います、でもこればかりはどうにもならないので」
私は苦笑して答えた。
10度とは、ドから上のドを通り過ぎてミまで行った位置である。
片手で押さえられたら、とてもいいサウンドになり、伴奏の選択肢が広がるのだが、私は手が小さくて届かない。
女性の中でも小さい方なのだ。大きい手を羨ましいと、何度思ったか分からない。
でもラファイルさんは、握手した感じ、いかにも男の人の手という感じで、身長からすると意外なほど大きかった。
多分、いろんなサウンドが生み出せる手なのだろう。
「早速だが何か弾いてもらいたい。
こっちへ」
ラファイルさんが勢いよく立ち上がって、部屋を出ようとするので、私も慌てて後を追った。
今の部屋にもピアノあるのにな、と思ったが、隣の大きいピアノの方が本命なのかな。
それにしても、本当にぶっきらぼうな話し方で、やっぱり苦手なタイプの男性だ。
でも、音楽がすごく好きそうというのは分かった。
いや、好きじゃ済まないかも、
この人は、私の呼ぶところの「音楽バカ」なのかもしれない。
サークル活動をしていた頃、私は自分のことをそう評していた。
所詮素人の興味本位レベルではあるけれど、楽器を取っ替え引っ替えしてステージに立ったり、ハマったミュージシャンの参加しているアルバムを集めまくったり、(さすがに金銭的にもコンプリートは無理だった)ソロのコピーは当然頑張った、
変拍子とか、少しだがポリリズムというものにもチャレンジした。
地方の大学だし、サークルの友達や、先輩後輩にも、そこまでガチな人はあまりいなかったのだ。
プロの音楽家となるとそれどころではない「音楽バカ」なのだろうけど、ラファイルさんのギラギラした目つきに、私も憂鬱を忘れて、ワクワクしてきたのだった。
オクターブ(ドから上または下のド)が8度
作者も手が小さくオクターブギリギリです。よく内側の音を一緒に弾いてしまいます。
次回から、ひとまず今月中は、基本一日一話更新の予定です。




