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56:お見舞いからのジャズ始動


一週間の冬休みが明けたが、私はラファイルさんからさらに一週間の自宅療養を言い渡された。

食欲もまあ戻ったし、生活はすっかり元通りで、仕事に行けると言ったのだが、それでも休めと言われた。

元の世界ではこれくらいでは仕事に行くのが普通の感覚だったから、過保護な気がするが、大人しくラファイルさんの言う通りにしておいた。


私たちはプローシャさんの忠告もあり、あれから一緒には眠らなくなった。

ラファイルさんは仕事から帰ったらいつものように音楽室に直行して夜中まで練習し続けるし、私は昼に練習して夜は早く寝るようにしていたから、ちょっと前に戻った感じだ。


だが、ラファイルさんを朝お見送りするときと、帰宅を出迎えたときには、ラファイルさんは頬とか額とかにキスをしてくれる。

アーリャさんたちもいるというのに。

人前でキスをされ、恥ずかしくて顔をほてらせてしまう私に、みなさん何も言わない。

黙認か。公認なのか。

これもどこまでの意味なのかなぁ。

ラファイルさんに、はっきり好きだとか付き合おうとか言われているわけでもなく、その辺りを計りかねている。

うん、聞けばいいんだけどね……

プローシャさんにもいつも、話し合えと言われているのだが、改まって聞くのが気恥ずかしくて、なんとなくそのままだった。



そして週末。

ラファイルさんが帰宅したので玄関へ迎えに出ると、何とヴァシリーさんとノンナさんが一緒にいた。


「マーニャちゃん!調子はどう?」

「お見舞い来たよ〜、無事でよかったぁ、みんなで心配してたんだよ」

「ご心配おかけしました、来週から仕事に行きますから」


明るい二人が来て、普段静かな邸が急に賑やかになる。


「ラーファに優しくしてもらった?まさかまた練習に一日付き合わせたりしてないよねラーファ?」

「するかよ」


ラファイルさんはぶっきらぼうに答えるが、私はこの休み中にラファイルさんに優しくされたあれこれを思い出して、照れて俯いた。

いややましいことはないんだけど。やばいもう10代でもないのに何この気恥ずかしさ。


「今晩はオレたちここにお世話になるんだよ、ラーファが例の新しい音楽をやっと教えてくれるってさ」

「あたしもやってみたいからお邪魔したよー」

「あ、そうなんですか?どうぞごゆっくり」

「マーニャちゃんこの家の女主人が板についてきたねぇ」

「ほんとにねー」


夕食をみんなで取ることになり、二人はダイニングへと案内されていく。


手前の部屋でコートを置いてきたラファイルさんが、私の方へ戻ってきた。


「ラファイルさん。お帰りなさい、お疲れさまでした」


ラファイルさんとはずっと仕事に出ていて一緒に帰ってきていたから、私が帰りを迎えるというのはこの一週間だけの、久しぶりの慣習だ。


「ただいま」


ラファイルさんは、私の肩を引き寄せて頬にキスした。

一週間ずっとこの調子だけど、まだ慣れない。

ただいまってもう。きゃー妻みたい。萌える。萌えるよ。


私の脳内はこうやって毎日フィーバー状態だが、何も言えず、笑みがこぼれるに任せるしかない。


「調子は?」

「元気ですよ」

「よかった。ヴァーシャにそろそろジャズをやらせようと思って、連れてきた」

「私もちょっとやっていいですか?聞くだけでも」

「いいけど、無理するなよ」


ラファイルさんは、私の手を取ってダイニングへと向かった。



夕食はヴァシリーさんとノンナさんがいて、それは賑やかだった。

団員のみなさんが私のことを心配してくれていたときいて嬉しかった。私も助手として、みなさん認めてくださっているのだ。


前は、仕事先の人間関係はプライベートに持ち込みたくなかったけれど、ここでは仕事上の関係を超えて友人になれていると思う。

ヴァシリーさんやノンナさんのキャラのおかげも存分にあるが。


さっきからラファイルさんが早く練習をやりたくて仕方がないような仕草をするものだから、夕食は早めに切り上げた。


***


ここからは久しぶりの、ガチの音楽タイムである。


ラファイルさんがヴァシリーさんの前にどーんとベース(コントラバス)を置いて、さあこれをやれと指定する。


いきなり専門外のコントラバスを出されたヴァシリーさんは、当然驚いている。それを見ているノンナさんも同様だ。


「えっ……ちょっ待ってラーファ?

コントラバス……?」

「今日からはこれをベースと呼べ。今から俺がベースラインを弾くから同じようについてこい」

「はっ?えっ?いや意味わかんないんだけど!?」

「あと弓じゃなくて指引きな」

「いやいやいやいや」


「あの……ラーファ何やろうとしてんの?」

「前私とラファイルさんとで曲を皆さんとやったじゃないですか。ああいう感じのをヴァシリーさんにやってもらおうと思って。

にしても教え方ぶっ飛んでますね……」


「おい、マリーナ、さわりをヴァーシャに見せてやれ」

「えっ、はいっ、わかりました」

「ええぇマーニャちゃんがコントラバスとかちょっと……!マーニャちゃん倒れちゃうんじゃない!?」


私はヴァシリーさんからベースを受け取ると、ラファイルさんのカウントに合わせてベースラインを弾いた。簡単な曲だから、一度と五度だけとかでも形にはなる。

ベースが久しぶりでかなり押さえるところにミスがあり、音程がおぼつかないが、ヴァシリーさんに知って欲しいのはグルーヴ感とベースラインの作り方である。

ピアノの気持ち前に音を置くことと、一拍分の長さを、次の音を入れる瞬間まで意識すること。


「えぇ〜……ちょっとマーニャちゃん……

そんなに堂々とかっこよく弾かれたらまたオレの立場なくなるじゃん……

オレ一応プロよ?」

「マーニャちゃん超かっこいいじゃん!さすがラーファが気にいるだけあるわ」


「すみませんピッチ悪くて。押さえる位置全然違いました……ベース久しぶりだったんですよ」

「音ずれてるの分かってる時点で相当だよ」


「要領分かったか?ヴァーシャ。同じ曲もっかいいくぞ。俺の左手と同じ音を弾け。何回か繰り返すから」

「出たぁ〜ラーファのスパルタ」


ヴァシリーさんは私からベースを受け取ると、いきなり入ったラファイルさんのカウントに乗り、さっき初めて聞いた曲を弾き始めた。


もうやっぱプロは次元が違う。


なんで曲も一回で覚えるし、初めて弾くのに音もグルーヴもこんなにしっかりしてんの。

ヤバいわほんとヤバい。

私のことを褒めてくれるのは、あくまでアマチュアとして私はそこそこなレベルというだけであって、最初からプロと同じ土俵で評価されているわけがないのだ、当然、私はプロじゃないんだから。


分かってはいるが、この場でアマチュアが私だけというのは見劣りがして距離を感じてしまった。

いいなぁ。

あんな、才能があったら。


私はアマチュアとしてそこそこできたら飽きてしまって向上心がしぼむというか折れるというか、プロまで上り詰める!という意識が持てたことがない。

一般の人から見たら音楽バカでも、プロからみたらちっともそんなことはない程度のものだ。

常に上手くなりたいと思い続けられるのもまた、才能だと思う。

努力でき、かつ、し続けられることが才能だ。

さらに努力だけではどうにもならない、センスというものがあり、プロたちの演奏を聴くとひしひしとそれを感じる。


そういった色々な要因で、私はプロは無理だと最初から諦めているのだが。


そのくせ、目の前にいるプロたちの才能が羨ましかった。

そして見えない壁を感じてしまった。

友人や家族的存在として共にいることはできても、音楽面では、同じ立ち位置に混じることはできないのだ。



「ねぇ、マーニャちゃん。先寝ない?

あの人たち多分一晩中終わんないよ」


ノンナさんに袖を引っ張られた。


見るとラファイルさんとヴァシリーさんは、何やら音遣いとかリズムの取り方について話し込んでは楽器で試している。

私だけなら、居眠りしながらでもこの場にいてしまうのだが。


「そう、ですね……」

ノンナさんは多分、見ているだけに飽きたのだろう。

ラファイルさんは、今はヴァシリーさんにマンツーマンで教え込んでいて、他のことがもう意識から追い出されている感じだ。

私も無理はしないように、と思って、引き上げることにした。


「ラーファ、あたしたちは寝てるねー。明日あたしにも教えてよね」

「んぁ?ああ」

「おやすみー、マーニャちゃん、ノーナ」


ラファイルさんは完全に生返事だった。多分私たちが引き上げたことは頭に入っていないだろう。

ヴァシリーさんが把握してくれているから大丈夫かとは思う。

私たちは音楽室を出た。


「マーニャちゃん、一緒に寝よー?女子トークしよ女子トーク」


ノンナさんからお声がかかった。

うんきっとラファイルさんのこと突っ込まれそう。ノンナさんならいいんだけど。


「いいですよ、ちょうどお菓子もあるんです、お茶淹れますね」

「やっほぅ!」


私たちはお茶の準備をして、お菓子をお皿に盛って私の部屋へと向かった。


***


「マーニャちゃん。そろそろ、王宮ではともかく、プライベートでは敬語やめようよ」


恋バナかと思ったら、話はそこからだった。


「ラーファにもさ。マーニャちゃん、家でも敬語でしょ?

息苦しくない?」

「もう、習慣だから……今更崩すのが逆にやりにくくて」

「マーニャちゃんが敬語じゃないところってどこ?ないでしょ?」


そういえば、敬語じゃない場所ってここに来てからなかった。

でも貴族気取りになってはいけないと思っているから、アーリャさんたち使用人さんにも言葉を崩すつもりはない。


「じゃあ、今晩だけでいいから、敬語ナシにしよ?」

「分かりまし……うん、ありがとう」

「そうそう!その方が楽しいじゃん」

「うん。それにノンナさんは、お貴族さま感がないから、すごく楽」

「それもノーナに変えてね」

「ハードル高いよ……」


最初は敬語じゃないほうが違和感でぎこちなかったが、ノンナさんとしばらく話しているうちに、だんだんタメ語で自然に話せるようになってきた。


そしてやっぱりというか、話はラファイルさんとのことへ行く。


ひとしきり私が倒れてからの一連の話を聞いて、ノンナさんは、信っじらんないっ!と全力で呆れていた。


「もうっあいつ、何でちゃんと言わないの……!こんなに囲い込んで好きの一つもないとかほんとどういうこと!マーニャちゃんも我慢しすぎだよ!そこはちゃんと言質をとらないと!

ラーファだからよかったけど、タチの悪い男なら気持ちを利用されるとこだったよ?」


「私もラファイルさんだからだけで、他の人ならなあなあにはしないよ」


「それだとラーファにどんどん後回しにされちゃうよ。あっという間に5年とか経っちゃって、それだともう30前じゃん」

「私の世界は25で結婚でも早い方だったから……そこはそんなに焦ってはないんだよね」

「でもずっと宙ぶらりんじゃない?」

「そうだね……でもせめてラファイルさんが20歳超えてからでいいと思うんだ。プレッシャーかけたくないし」

「マーニャちゃんてどこまで天使なの……!ラーファ果報者すぎるでしょ……」


プローシャさんにも言われたことなので、結構な人が思っているらしいのだが、ラファイルさんは相当、私を囲い込みにかかっているらしい。

窮屈じゃない?とノンナさんは言うが、私は別に囲い込まれているような感覚はなくて、特に不自由は感じていない。

むしろ私の方がラファイルさんのお側にいたくて、もっと近づきたいと思っているところだ。

囲い込まれるなら喜んでそこへ飛び込むだろう。

私はこれでもまだ、ファンとしてそう思っている。

ラファイルさんを男として見たとき、重くならないかどうかが不安で、一緒に寝るほどであってもまだその気持ちは出せていない。


好きになりたいけど、好きになりきれていない感じ。


本気で好きになってしまったらどうなるのか。私はまだその先を知らない。


区切りのいいとこまでと思って長めになりました。

ベース(=コントラバス)は、中が空洞なので、見かけほど重くありません。小柄な女性でも演奏する分には何ら問題ありません。デカいので運ぶのはちょっと大変。ヴァシリーさんはマリーナが病み上がりなので心配しています。

グルーヴ(groove):ノリのこと。

一度と五度:ハ長調なら、一度→ド、五度→ソ。

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