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53:ラファイルさんに甘やかされてます


ラファイルさんは、すぐにジュースを持って戻ってきてくれた。

頑張って起き上がり、少しずつ口にした。


「ありがとうございます……

あの、練習行っていいですよ。

私、多分また寝るので」


「練習はここでする。

……うなされるかも、しれないだろ」


多分、もう大丈夫だとは思うけど……


「……じゃあ、ここで、してください」


やっぱりあの夢をもう一度見てしまうかもと思うと怖かった。

でもラファイルさんのピアノが聴こえていれば、きっと大丈夫。

大人しくお言葉に甘えることにして、私はジュースを飲み切って、再びベッドに身を横たえた。


***


寝たり起きたりを繰り返しているうちに、窓の外は暗くなった。

その間ラファイルさんは、多分ぶっ続けで練習していた。

クラシックからジャズまでなんでもかんでも。


もう何回も寝て起きてを繰り返した後で、多分夜中も回っている頃。

ピアノの音が止んで、私は再びうとうとしかけていた。



ーーベッドがギシ、と軋む音がした。


頬がそっと撫でられ、体に腕を回されていく。

なぜか分からないが、当たり前のことのように感じていたーー


「……ラファイルさん……?」

「起きてるのか?マリーナ」

「……ん……」


もうよく耳に馴染んだ声がすぐそばでして、私は安心して身を預ける。


「あったかい……」


半分寝言のように、呟いた。


ラファイルさんの息遣いと、胸に顔を寄せているから、心臓の音も聞こえる。


心がきゅっと愛しくなって、ラファイルさんの腕に手をかけて、体を寄せた。


「……マリーナ……

かわいい……」


ラファイルさんの囁きが聞こえて、耳元で、唇が触れた音がした。


「かわいい……?そんなこと言うの、ラファイルさんだけだよ……」


「そんなわけあるか。楽団の連中もかわいいって言ってたぞ。

でもそんなのは俺だけで、いいだろ」


「ラファイルさんだって、世界一かっこいいんだから……」


「マリーナだけだ。俺のことそう言うのは」


また、額にキスが落ちてくる。


「そう思うのは私だけでいい」

「うん」


今度は、髪に。

それから、閉じているまぶたのあたりにも。


くすぐったくて、でも心地よくて、私はクスクス笑ってしまった、半分寝ながら。


「どうした?」

「だって、くすぐったい……」


からかうかのように、また耳元にキスをされて、くすぐったくてまた笑う。


「……もうっ、ラファイルさん……」


一旦逃れようと思って離れかけたのだが、ラファイルさんの腕に完全に抱きすくめられてしまった。

仕方ないのでこのまま眠りに落ちることにしよう。あったかいし。



「マリーナ。

今まで、この世界に一人でいて、寂しくはなかったか……?」


眠りかけた私の耳にそんな言葉が飛び込んでくる。


「全然……一度も。

一人じゃないよ。

ラファイルさんがいてくれたから」


「元のところに……帰りたいと、思ったり、しないか?」


「ううん……それはない。

だってラファイルさんのいないところなんて……生きてても意味ない、何も楽しくない」


「ならいい。

マリーナのいるところは、ずっとここだから」


「うん。

ラファイルさんも、ね?」


「うん、そうだな」



ラファイルさんが、少し身じろぎをしたと思うと。



不意に、唇に感触を覚えた。



ラファイルさんの唇だとすぐに気付く。



やさしく、どこまでも優しく、表面を当てるだけの、軽いキス。



目を開けてラファイルさんを見たいと思うけど、もうまぶたは重くて開けられない。



「おやすみ、……マルーセニカ」



……誰、それ?……


耳慣れない言葉に違和感を持ちながらも、私は睡魔にとらわれていった。


***


目が覚めたのは、多分昼頃だ。


ラファイルさんがガチで練習していた。


昨日も、こんな感じだったっけ。コンサートの日から、今日何日目……?


昨日まではぼんやりしすぎてもはやいつが現実でいつが夢だったのか、分からない。


なんかラファイルさんに甘えたような夢を見たような……



そろそろと体を起こしてみると、ふらふらする。

体に力が入らない。

私、どれくらい、何も食べてないんだろう?

そろそろ何か、スープでも飲みたい気がする。


うーんどうしよう。ラファイルさん、多分しばらく気付かないと思う。


多分昨日はお風呂にも入っていないはずだから、シャワーを浴びて着替えたい。

冬だから汗はかいていないにしても、気分的に、入浴してないのにラファイルさんの前にいるのは恥ずかしい。


どうしよう。ラファイルさんの部屋だわ。着替えを自分の部屋から取ってこないと……


だが、ラファイルさんの部屋は音楽室の棟。

私や使用人さんたちの部屋がある棟とは中庭を隔てたところにある。


とてもじゃないけど自力では厳しい。


どうしようかなぁと考えて。



私がラファイルさんに甘えて、ラファイルさんも私を甘やかしてくれた夢の断片が残っていたせいなのか。


練習中だけど、ラファイルさんに、頼んでみようかと思ったのだ。


あれは私の都合のいい夢だろうから、期待外れになってもしょうがない、という思いは持ちながらも。


私はベッド脇に置いてあったカーディガンを羽織り、ベッドを降りた。


足がガクガクして体はひどくだるい。


ソファーを伝ってぎこちなく歩き、ラファイルさんの背中に声をかけたーー


「ラファイル、さん」

「ちょっと待って……」


うん。

やっぱり練習の途中に声かけたらそうなるよね。分かってたよ。


ラファイルさんらしさに、私は傷つくとかより可笑しくなった。


でもだるいのに変わりはないから、ソファーに座って待つことにした。



ーーそして多分10分くらいして。


「マリーナ?おい、大丈夫か、起き出して、どうした」


ピアノの椅子を立って、私の方に来てくれる。

ラファイルさんをだいぶ分かってきた私には、後回しにされたとか怒ることではない。

こういう人なのだから。

待っていれば、ちゃんと来てくれるから。


「邪魔してごめんなさい。お願いがあって……」

「謝るな。何でも言って」

「お風呂に行きたいのと、何か……スープとか、そろそろ食べれそうで」

「風呂はまだ大丈夫だろ。スープはすぐアーリャに頼んでくる」

「ええ?なんか気分的にサッパリしたいんです……それで、着替えをアーリャさんに頼んでいただきたくて」

「風呂は明日でいい、まだフラフラじゃねーか。先になんか食え」

「だって……臭うじゃないですか……」

「臭わないよ。せっかくマリーナの香りがベッドに染み付いてきたのに。着替えも明日でいい」


あれ今何か、妙な言葉が聞こえた気が。

頭がうまく働いてないのかな。


「とりあえず食ってからだ。アーリャに言ってくる」


ラファイルさんは私の肩を軽く叩いて、顔を近づけたかと思うと、こめかみに軽くキスをしてから部屋を出て行った。



あれ?


あれぇ?


あの甘えた夢は、もしかして現実……?



もしかして。


もしかして、ラファイルさんがキスしてくれたような夢も、現実だったりする……?



しかも、それに。


ラファイルさんがいないと生きてて意味ないとかなんか、重いこと言ったような気もする……


あと、聴き慣れない言葉を、聞いたような……



もはや私は、どれが現実にあったことでどれが夢の中のことだったのか、判別がつかなかった。


…………

…………


結局その日、私はお風呂に入らせてもらえなかった。

でも食事が小分けにして何回かできたし、診察でも回復に向かっていると言われたから、明日入るといいとラファイルさんは部屋に明日用に着替えを持ってきてくれた。


もうあの悪夢を見ることはないと思うけど、

自分の部屋で寝ますと言っていいものか……


そこで悩んでしまった。


ラファイルさんは弦楽器と小型の管楽器をこの部屋に持ち込んで練習しているし、私がこの部屋にいるのが当然のような扱いをするのだ。


それは確かに嬉しい。


一人で寝ているより安心できるし。


動けないけど、眠り続けることもできないから、起きているときはラファイルさんの練習が極上のBGMになってくれてとてもありがたい。


なら、一人にしてくれって言われるまで、甘えちゃおうかな。


一人になりたければ、別にラファイルさんはここで練習する必要はないのだし。


そして、夜になった。



ラファイルさんの練習がいつ終わったのかはよく覚えていない。


ふと目が覚めて、ラファイルさんの音がしないな、と思って、また眠ろうと目を閉じていた。


でも日中もそれなりに寝ていたから、なかなか眠気がやってこなかった。


横向きになって目を閉じていると。


ラファイルさんが部屋に戻ってくる音がした。多分お風呂だったのだろう。


そしてラファイルさんは、ベッドに上がってきた。


私はラファイルさんに背中を向けている状態だったのだが。


ラファイルさんは、私を後ろから抱きしめてきた。


一瞬だけ緊張したが、それよりも安心感が勝る。


そして背中があったかくて、首筋にラファイルさんの吐息を感じた。

起きていることを知らせようか。どうしよう。


迷っているちょっとの間に、ラファイルさんはもう寝入ってしまったようで、寝息が聞こえてきた。


私のお腹のところで組まれているラファイルさんの手に、私はそっと手を重ねた。


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