表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/110

51:怖い夢を見ました

前半、物語冒頭の如くうだうだします……


明日もまた苦痛な一日が始まる。


仕事のために笑顔を作らなきゃならなくて。

嫌なことを抑えつけてやらなきゃならなくて。

嫌なことのために朝起きなくちゃならなくて。

嫌なことの組織の一人として見られて。


どうせ私じゃなくたって務まる仕事。


この仕事だって会社だって、別に世の中に必要でもあるまいし。


人生をそんなことに費やして、生きる意味なんて何も感じられない。


でもほかにやりたいことも、できそうなこともなくて。


やりたいことなんて、趣味にしかならないし、

趣味レベルでしかないから、楽しいよりも虚しくなってしまう。


そもそも仕事と名のつくものって、嫌なことしかない。


嫌なことをしなきゃ生きていけないなんて、絶望しかない。


仕事は我慢料って言われたりするけど……

そんなに我慢して我慢して生きたって、一体何になるというんだろう。



私の人生って。

大したこともできないし人並みにさえできないんだから。

どうせ無駄なことにしかならない。



ーー数年働いて結婚しなさい。少しは社会を知ってから家庭に入る方がいい。

ーー母さんの手伝いを少しくらいしなさい。結婚してから困るぞ。

ーー結婚するなら公務員に限る。

ーーフリーター!?ふざけるな!今すぐ別れろ!貧乏暮らしして不幸になるだけだ!

ーーお前は世間知らずなんだから。いい悪いなんてお前にはまだ分からないんだから。


お父さんはそう言うけど。

お父さんの言う通りなら、確かに安定した人生を過ごせるのかもしれない。


でも……


お父さんにそうやってレールを敷かれる限り、私は自分の人生だと思えないし、嫌になる。


私のためだって言うんでしょ。


でも、世間知らずに育てたのは、お父さんじゃないの?


私を安全に、傷つかないように育てようとしたのかもしれない。


だけど、実際に会社に行くのは私で、会社で嫌なことがあってもお父さんは肩代わりできないのに。


いくらお父さんが守ろうとしてくれても、仕事をしろと言うなら、傷つかないなんてあり得ないんだよ。

それならそれで、世間を知る方法を教えてくれたらよかったのに。


私も私で、自分から傷つくのを覚悟で温室の外に出て行く勇気もなかったから、そんなこと言えた立場じゃないんだけど……


でもお父さんの言う通りにして、幸せになれる気なんてちっともしないんだ……


お父さんの言う人と結婚したって、仕事みたいに、毎日嫌になることしか想像できない。

安定してるからって幸せかどうかは別だと思う。

私だって自分で好きな人を見つけたい。

そうじゃなきゃ、お父さんに言われたから、っていう意識が絶対残るし、それで家庭なんてきっとやっていけない。


でもどうせ、そんなにうまいこと好きになってくれる人なんていないし、私が好きになれる気もしない。



ほんとに、生きていたって、どうせ大したことにはならないんだから……



起きたくない。

起きたら仕事に行かなきゃ……


また、意味のない一日が始まる……



満里ちゃん。起きて。仕事に行かなきゃ。


お母さん……?

もう、朝……


…………


待って。


違う。


ラファイルさんは?


私が一番大切にしたい人。



満里ちゃん。起きて。



いや、いやだ!


戻りたくない!


私は、ラファイルさんといたい!



ラファイルさん。


ラファイルさん!



私の意識がどこにいて、どうなっているのか、分からない。


ラファイルさんを必死で呼ぶ。


母の声に誘われそうになりながらも、ラファイルさんの声がないかどうか、探し続けた。



ーーマリーナ。


「ラファイルさん!?ラファイルさん!」


ーーマリーナ、大丈夫か。


「ラファイルさん!」


「おいっ、しっかりしてくれ、マリーナ!」


ラファイルさんの声が聞こえた、と思ったとき、私の意識は覚醒した。


「マリーナ!」


今度こそはっきり声が聞こえて、目を開けると、すぐ目の前にラファイルさんの顔がある。


「……マリーナ、大丈夫か、よかった、気づいて」


ラファイルさんの指が、そっと私の頬を撫でていた。


「……ラファイルさん……」


あれは、ただの夢だったのだろうか。

それとも、元の世界に引き戻されそうになっていたのだろうか。どちらかはわからない。


母の声が脳裏によみがえり、恋しく思うどころか、あの世界を思い出してぞくりと背中が震えた。


「マリーナ……調子が悪いのか?」


「……怖い、夢を見ました……

少しだけ、一緒にいてくれませんか……?」


「いるよ。

一緒にいる」


ラファイルさんはそう言うなり、私のかぶっていた毛布に入り込んできた。


私が驚く間もなく、私の視界はラファイルさんの首元で塞がれる。


あの夜会の後、ラファイルさんを私が抱きしめて眠ったように、

今度はラファイルさんが私を胸に抱きしめてくれていた。


私もおそるおそる、ラファイルさんの体に手をかけた。


ラファイルさんと触れ合っているところが、ほんのり温まってくる。


ーー男の人って、体温高いんだっけ。


「マリーナ。冷えてる……寒いか?」

「ちょっと……背中が……」

「熱が出るのかも。後で湯たんぽをもってきてもらう。

……でも、しばらくはこうしてよう」


多分、悪夢のせいだと思うけど。

風邪をひいてしまってるのなら、ラファイルさんにうつすわけにはいかない。


そう思うものの、ラファイルさんのぬくもりについ、しがみついてしまった。



心から、安堵して。


ラファイルさんがここにいる。


そのことに何よりもほっとして、嬉しくて。



もし万が一、この世界が夢か幻なのだとしても……


あの世界に戻らないままで本当によかった。

もしあの世界に私の本体か何かがあるのだとしても、私はここで過ごしたい。あの世界のことはどうでもいい。


逃げているだけと言われそうだけれど。


それなら、もうしばらく、あの苦痛な世界から逃げさせてほしい……



どうか次目覚めたとき、またこの部屋でありますように。



一旦意識は戻ったものの、私の頭はまだぼんやりしていて、そんなことを考えていた。


そしてそのまま、また私はうとうとし始めたようだった。


***


遠くにピアノの音が聞こえる。


ピアノの音で、徐々に私の頭は働き始めた。


目を開けると、私は広くふかふかのベッドに寝ていた。


あれ、でも、自分の部屋じゃない……


それに、ピアノの音がすぐそこでするのは。


私は体を起こそうとしたが、頭を持ち上げたとたん、目の前にチカチカと星が飛び、慌てて横になった。


だが一瞬、アップライトピアノに向かうラファイルさんの後ろ姿は見えた。


多分集中してこちらには気づいていないだろう。


仕方なく天井を見つめていると、室内は明るくて、多分朝か昼頃のような感じだった。


ーーラファイルさんの部屋だ。


先日一度ここで話をしたとき、ラファイルさんらしく自室にまでピアノがあるんだなと面白く思ったから。


この屋敷にはピアノが4台、それもここ以外はグランドピアノを置いてある。

もうツッコミを通り越して笑うしかない。


……私、コンサートの後、楽屋で倒れたんだっけ。

それからどのくらい経ったんだろう。


私の格好は、ドレスではなく、寝る時に着ている部屋着だった。髪もほどいてある。


あれ。


ラファイルさんと、この状態で抱き合った……?


夜中かどうか分からないが、ラファイルさんがベッドに入ってきて、抱き合って寝たような気がする。


うわーちょっとそれ……


何もされていないと思うが、ラファイルさん的に大丈夫だったんだろうか……


そもそもなんでラファイルさんの部屋で寝かされてるんだろう。



ラファイルさんは私に気づかないし、私は動けないしで、さてどうしようとしばらくベッドでじっとしていると、部屋をノックする音がした。


「坊っちゃ……坊っちゃま、坊っちゃま!

先生がお見えですけど、お通ししてよろしいですか!」


「んっ?

あ、そうか。

マリーナがそろそろ起きてくれたら……」


アーリャさんが知らせにきて、ようやくラファイルさんは自分の世界から戻ってきたようだ。


「マリーナさん、起きてらっしゃるじゃありませんか。

坊っちゃまはほんとにもう、すぐご自分の世界に行ってしまわれて」

「起きるのを待ってただけだよ。

……マリーナ。調子は?先生が診察に来てくれたが、いいか?」


ラファイルさんもいつも家で着ている楽な格好をしている。

コンサート後は年明けまで、国中が休暇に入るから、1週間ほど仕事は全て休みだ。


「お願いします……全く、起きれません……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ