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50:オーケストラ本番です


まだコンサート前なのに、私は既に疲れを感じていた。

そりゃあ国王ご夫妻にお会いして緊張したし。楽屋まで何気に距離あったし。

ちょっと横になりたい気はしたが、一応反対の桟敷席からこちらの様子も見えてしまうので、だらしのないことはできない。

さいわい椅子がふかふかだったから、できるだけゆったり腰掛けて、開演を待った。



開演時間が迫り、団員さんたちが入場する。


オペラもバレエも、オーケストラは舞台下での演奏になっていたから、私は今日初めてオーケストラ全体を見ることになる。


みなさんのオーラが既にカッコいい。そして美しい。


針が落ちても音が分かりそうな静けさと緊張感の中、指揮者のエフレムさんが登場し、会場は拍手で満ちた。

いよいよ、開演だ。


***


元の世界でも、ジャズの公演はライブハウスもホールもよく行ったが、クラシックのコンサートは数回くらいしか行ったことがなかった。


何だろう。

生のオーケストラって。


波が打ち寄せてくるようだ。


指揮のエフレムさんの導きに従って、高く低く、音の波がやってくるよう。



ジャズをこんな広いホールで聴くときは、普通マイクを通すので、完全生音というのが私には逆にあまり馴染みがない。


一音一音、生の音が直接やってきて、

それが重なって何重もの和音に仕上がるのが、改めて不思議な感覚だった。


ホール、響きも計算されて作られてるよね、きっと。


反響の効果も相まって、一層重厚に聞こえるのかな。


疲れた気分も、オーケストラの心地よさで消えて、私は聞き入った。


オケのみなさんを個人的に知っているから尚更、感情移入しているかもしれない。

それにこの曲の写譜も一部したので、私の仕事もこの演奏の一部になっていると思うと、すごく誇らしく思える。


カッコいい。

カッコいい!


私も楽器を触りたい!

そんな思いも途中から湧き上がった。


明日はラファイルさんにとことん付き合ってぶっ続けでやろうかな!

そう思うくらい、いい刺激を受けている。

ラファイルさんも、楽器を触りたくなっているだろうか?


隣に座るラファイルさんの横顔を覗き見しようと思ったら、思いっきりバッチリ目が合った。


一瞬驚いた顔になったラファイルさんだったが、すぐに穏やかな微笑を向けてくれる。

テンションが上がっていたせいで、普段なら絶対しないだろうに、ラファイルさんの耳元まで顔を近づけ、ささやいてしまった。


「明日はずっと、一緒に音合わせしませんか?」


ラファイルさんは今度は私の耳に顔を近づけてきて、ほぼ唇が触れそうなところでささやき返してきたーー


「帰ったら、しよう。一晩中」


ラファイルさんのささやきがなんかもうセクシーな気がして、私は思わず照れながら頷いてしまった。


…………

…………


今回は新譜はなく、観客がよく知っている曲ばかりが選ばれている。

年末のコンサートとはそういったもので、初夏の定期演奏会には新譜が披露されることが多いそうだ。

そうして評判になった曲があれば、次の年末コンサートの曲目になったりする。


と言っても異邦人の私には、馴染みのない曲ばかりだが。

写譜はパートの一部しかやっていないから、写譜をしても曲全体が掴めるわけではない。

事務室でだいたい机についてカリカリやっている私は、リハーサルもほぼ聞いていない。

ヴァシリーさんはよく休憩と言っては出て行くが……

私は昼休憩を一度挟めば大体大丈夫で、これは楽団のみなさんから驚かれた。


音楽に引き込まれてきていて、頭がふわふわしてくる。


もうコンサートも終盤だった。


さすがに疲れてきたかもしれない。


ラファイルさんと合わせる元気が残っていればいいけど。



曲はクライマックスを迎え、私はただ身を委ねるように、耳に入ってくる音を感じていた。


CDが……せめてレコードがあれば、覚えるくらい聞けるのに。


私は一度聞いて曲を覚えられるような記憶力の持ち主ではない。

一度どころかヘビロテしないとなかなか覚えられないくらい。


好きな曲はかなり聴き込むし、最初の印象が特になくてもヘビロテしているうちにハマる曲もある。

一目惚れならぬ一聞き惚れすることもあるけど、何度も会ううちに好きになるのもある。


今日のは……ああ、なんか、ふわふわしてあんまり印象が残ってない……


ちょっと体力切れかもしれない。


曲が終わり、アンコールが客席から湧き起こるが、私は正直早く帰りたくなってしまった……


でも、ラファイルさんの横でそんな態度でいられるわけもなく。


会場の拍手に合わせてアンコールをした。


***


アンコールも全て終わった後、ラファイルさんと私はオケのみなさんを労いに、再び楽屋へ行った。


「マーニャちゃんっ!

見たぞぉ〜ラーファとイチャイチャしちゃってこのぉ〜」

「ひぇっ?してませんっ!してませんよ!」


ノンナさんに盛大にからかわれた。

あれか。

ラファイルさんに調子に乗って囁いてしまったあれか。

ぅえぇステージから見てたんですかっ……


「ほんと違うんです、演奏聞いてたら楽器がやりたくなっただけ!

明日音合わせしましょうって話しただけですっ!」


「あらあらマーニャったら真っ赤で」

「やめなさいよ、からかいすぎよ」

女性団員さんたちがそう言いながらも、なんだか生暖かい目で見てるような気がする……


ラファイルさんは、指揮のエフレムさんやコンマスのハリトンさんたちと話していた。

握手してハグを交わすあたり、今晩の成功をお互いに喜んでいるようだ。

これだとすぐには帰らないかもしれない。


座るところがほしいな、と椅子を探した時。


目の前に、星が散ったような気がした。

視界が、ぼやける。


あ。


やばい。


倒れるーー


「マーニャ!」

「どうしたのマーニャ!」


ノンナさんたちの声が聞こえ、誰かが腕を掴んで支えてくれた気がするが、もう自分の意思で体を動かすことができず、床に倒れ込んだ。



満里ちゃん!



えっ……


お母さん?


突如、頭の中に声が響いたのだ。


まさか。


お母さんの声が、聞こえてるの?


倒れてこの世界にきたように、まさか、元の世界に戻ってしまう……?



いや。


嫌だ。


戻りたくない!



「ラファイル、さん……!」


意識が朦朧としてくる中、私は必死でラファイルさんを呼んだ。


ラファイルさん。


お願い、引き止めて!


「マリーナ!!おいっ、マリーナ!!」


ラファイルさんの声が、遠くに聞こえる。


ラファイルさん、ラファイルさん!


声が出ているのかどうかももうわからないが、私は無我夢中で呼び続けた。


ジャズをクラシック用ホールの2階席で聞いたとき(アンプ通してます)は、ベース音が反響でもわもわして聴こえ、音が拡散してしまってバンド感がちょっとアレでした^^;いやまあチケット代ケチったのがよくなかったんですけど^^;


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