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4:どうやって生きていったらいいんでしょう


「おや、お目覚めですか、マリーナさん」


次に目が覚めて、一番に目に入ったのは、やさしそうな初老の女性だった。


……えーと。

結局戻ってない。


まだ夢の中なのかな。


「何か、召し上がりますか?

お医者さまが、しばらくお食事されていないようだとおっしゃっていて。

スープを作っていますからお持ちしましょ」


白髪混じりだが茶色い綺麗な髪を、いかにもメイドさん(リアルの)みたいに後ろで束ねていて、

服装もそんな感じだった。


「あ、はい……」


スープなら食べられそうだ。とりあえず頂くことにする。

起きれないと何も話が進まない。

いつまでここにいられるのか分からないけれど、いつまでもお世話になるわけにもいかない。


……知らない場所で、一人で生きていくの……?


そう思うと、得体の知れない恐怖心が込み上げてくる。


元の場所も楽しくなかったけれど、それでも帰れる家があるのは、居心地は悪くとも安心感があるのだと思った。

レールを敷いてきた父だって、さすがに倒れれば休息を許してくれるだろう。

つまらない人生だとしても、過酷ではなく、命の危険はない。



……恵まれていたんだな。



初めて、そう実感した。

頭で、恵まれているからと理解していても、本当にそう感じることはなかった。

だって不満だらけだったから。

見る人がみれば恵まれているけど私自身は何も幸せじゃない、と思ってきたのだ。



今ここで、私は疲れたら帰れる場所を持っていない。


安心して羽を休める場所がない。


ここを出たら、もう後戻りのできない道に踏み込むことになる。


それだけで、綱渡りをしている気分になって、心の奥が震える。



どう生きて行ったらいいのか、全く分からなかった。



夢から醒めない限り、ここで何か仕事をしなければならないだろう。

私にできる仕事なんかあるのか分からない。

それにやっぱり、生きるために仕事をしなければならないのなら、生きることに意味がある気がしなかった。


「お待たせしました。

温かいうちにどうぞ、終わったら、湯浴みをして着替えをしましょうね。

ささ、起きられますか」


初老のメイドさんが私の肩を持って、起こしてくれる。


私の着ているものは、何も変わっていない、スーツにブラウスだった。


ベッドの端に腰掛けて、温かいスープを頂く。


コンソメスープで、しっかり煮えた野菜が柔らかくて食べやすかった。


確か断食後はいきなりガツガツ食べては良くなかった気がする、事実上の断食状態だったので、ゆっくり頂いた。



その間、部屋の様子を観察していた。


もう夜で、窓のカーテンは閉まっていて、室内には薄暗い灯りがある。


温かいオレンジ色の光で、気分は落ち着く。


部屋にはリビングルームのようなテーブルやソファーがあるし、タンスや勉強机みたいなものもあった。

ワンルームアパートどころではない広さと、豪華さだ。


あれだ、ホテルのスイートルーム。


正直めちゃくちゃ好きな空間だ。

私はヨーロッパ系の家とか家具とか、風景などがとても好きなのだ。


こんなところに住んでみたいものだと写真を見ながらいつも思っていた。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「それはようございました、今お湯の準備をしますからね」

「あ、あの。

……ラファイル、さんは……」

「坊っちゃまは音楽室にこもっていらっしゃるでしょうねぇ。

夜中まで出ていらっしゃいませんから、今日はもう夜ですし、このままお休みなさいませ。

お食事ができましたから、きっと明日には起きられますよ。

そしたらお話を伺えると、坊っちゃまからお聞きしています」

「……あの、すみません。ご厄介に、なってしまって……

いつか、お礼はさせていただきますので……」


できるかどうか分からなかったものの、それだけは果たさないと、と心に決めて、やっとのことで告げた。


「お礼、ですって?いいんですよ、そんなの、

事情はわかりませんけども、こんなに痩せて、なにか理由がおありなんでしょう。

坊っちゃまがいいと言うのですから、ここにいていいんですよ」


あの青年が。

居ていい、と。


理由はわからなかったが、今の私はこの状況に甘えるしかない。

本当は甘えていてはいけないのだけど、わかっているのに一人で何とかしようと頑張れる人間ではなかった。


いつもそうだ。


親にもそうやって、甘えてきたのだ。


レールを敷かれていると分かっていても、レールを外れるとしんどいから、窮屈でもレールの上に居続けてしまう。


そんな自分は嫌なのだが、打破もできない。いつも、頭の中で堂々巡りするだけで、何も変わらないのだ。


…………

…………


お風呂もまた、どこの高級ホテルかと思うほど広くて入りやすかった。


流石に混合詮ではないが、蛇口をひねればお湯も水も出るし、シャワーもできる。


3日ぶりのお風呂だった上、いい香りの石鹸で、本当にリラックスした。



至れり尽くせりだ。


ガチのセレブのお屋敷だ。


すごく居心地はよくて、いつまでもここで過ごしたい気分だ。


……そんなの、無理だけど。


ここがどういうところか分かったら、自活する手立てを考えなければならない。



…………


卒業する頃、こんな気分だったのを思い出す。


自由な学生生活はここまででおしまい。


この先は、仕事に縛られた人生が始まるのだと。


何も楽しみじゃなかった。


社会人という世界に、出ていきたいとどうしても思えなかった。


実際出てみて、閉じられた世界だと思った。


人生を縛られるところ。自由のないところ。

〇〇会社の大矢、という、組織のいち歯車になってしまうところ。



友達は、自分で使えるお金ができて自由になったと言うけれど。

私はそうは思えなかった。


お金ができたところで、閉じられた世界で何をやっても楽しくないし無駄だと思っていた。



しかもここでは、元いたところよりハードルが高いに決まっている。


このハードモードの世界に出ていくのは……嫌だな。


先のことは、考えたくない……



私は、憂鬱な気分と共に、湯船に沈んだ。


そろそろ、主人公のうだうだをおしまいにしようと思います。

早く音楽の話をしたいので最初は早めに更新しています。


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