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48:ラファイルさんの音が好き


年末までの2週間、私はラファイルさんに連れられて、王立楽団が演奏を担当するオペラとバレエの公演を観に行くという、なかなかのハードスケジュールをこなしたーー邸と職場の往復以外のイベントは、外出しない私にとって、余分に仕事をしたような負荷になる、楽しいものであっても。残業も続いていたから尚更ハードだった。


オペラもバレエも人生で初めて観賞したが、それはもう美しかった。


バレエにはピアノでの踊りもあった。

私は今まであまりピアニストさんに会うことがなかったのだが、王立楽団には何人かピアニストさんも所属していて、ピアノ協奏曲の演目があるときには出番がくる。


ほかにも、貴族の家が主催したリサイタルに出たり、他のソリストの伴奏に行ったりと、みなさんなかなかに忙しい。

うち一人は王立バレエ団専属ピアニストで、バレエ団の練習から本番まですべてのピアノを担当しており、その彼が今回の公演でも弾いている。


言うことなし。ただすごい。



「あいつはコンクールで優勝してる奴だからな」


ラファイルさんが不意に言う。


ラファイルさんは、確かコンクールに出たけど、黒髪のせいで入賞止まりって言ってたっけ。


「それ、ラファイルさんも出場したものですか……?」

「うん。入賞止まりだったやつ」


ライバルの晴れ姿を、見ているということだ。

自分は同じようには舞台に立てないのに。


金髪を身につけられないことが確定してしまったから、尚更。


「……よかったんですか?観に来て」


幕間で、おそるおそる、聞いた。


「大丈夫。

思ってた以上に、冷静に観れてる。

確かに前は人の演奏なんて聴きたくなかった。

俺は奴に勝るのに、って思ってたしな。

なんか、ここ最近、そういうのが……消えた」


ラファイルさんは、どこまでも穏やかだ。

出会った頃はもっとギラギラして、ぶっきらぼうだったしキツい印象だったけれど。

私が慣れただけじゃなくて、ラファイルさんも少し、変わったのだろうか。


「多分、オケの音全体とか、編成とかそういうこと全てが、俺のやったことだって思えるようになったからだと思う。

……あんたが言ってくれたおかげでさ」

「光栄です」


「それとさ。

……あんたは、いつも、俺のこと評価してくれるから」

「何おっしゃるんですか、当たり前でしょう?

別に私だけじゃなくて、みなさん評価なさってるじゃないですか」

「うん、でも、面と向かって言ってくれるのは……ほとんどあんただよ」


そうだっけ??

確かに私は一緒に練習するときいつも、何かしらラファイルさんについてすごいと言っている気がする。

単にラファイルさんといる時間が長いからのような気もするが……


表には出られなくても、王宮でも学校でも確固たる地位があり、王室に出入りする資格まで持っているというのに、それでも評価を感じにくかったのだろうか。


私はまだ4ヶ月弱しかいないのに、卒業後から数えても2年の間に受けた評価よりも、私からの評価の方が印象に残るというのか。


でも。


「確かに、私は誰よりも、ラファイルさんの音が好きな自信はありますからね」


そこは本当に、最初からずっと伝え続けてきた。


私は誰よりもラファイルさんのファンだという自負は、ある。


「あのピアニストさんはすごいです、もちろん。


でも、私はラファイルさんの音の方が、ずっと好きですよ」


***


同じピアノで音の違いなんかあるのかと思われそうだが、手癖とかニュアンスとかで、その人なりのスタイルというのがある。


音の綺麗さとか特別さとかについては、私のようなアマチュアにはよくわからない。まだプロではない学生さんたちだって、十分すごいから。

だがそのすごい人たちの音の中で違いを感じるのは、奏者の個性だ。


私は毎日のようにラファイルさんの音と弾き方を耳にしているし、ラファイルさんの弾き方をコピーしようとこっそり研究もしている。

だからラファイルさんのスタイルが結構、体に染み込むほどになってきていて、すっかりラファイルさんの音が耳に馴染んでいる。


それを基準にして他の人の演奏を聴くと、改めてラファイルさんの音が好きだなと思い直すのである。

だからそう伝えただけだった。


とはいえこんな粘着をやるのはラファイルさんが初めてではなく、昔から、好きなアーティストの弾き方を真似して取り入れてきたのだ。


有名どころ・すばらしいと評判のものを聞いたからといって必ず真似したくなるわけはない。

なにかはまるものそうでないものがあるようなのだが、ラファイルさんは私の好み(音の)とがっちり合ったようだ。



ラファイルさんは、私の言葉に戸惑ったような顔をした。

おう、と妙に細い返事をした後ずっと、黙っている。


ちょっとぐいぐい責めすぎたのかなぁ。

音が好きって言い方ならそんな重くないと思うんだけどなぁ。

なんか重いもの感じちゃったのかな。


私はそれ以上ラファイルさんに話しかけることはせず、舞台に集中した。


…………

…………


舞台の終了後、楽屋に挨拶に行くものだと思っていたが、

ラファイルさんはすぐ、帰ろう、と言ってきた。


よくわからないが馬車に乗り込んで、家路に向かう。


ラファイルさんは、窓の外をずっと見たまま、相変わらず黙ったままだった。


気まずい。

なんでー。


「ラファイルさん、すみませんでした、何か変なこと言っちゃってたら。

変な意味はないつもりだったんですけど」


「そういうんじゃない」


え。

怒ってるの?とどきりとした。

そんなこと言ったつもりじゃなかったのに。


「いや……ごめん。俺今冷静じゃないから。

ちょっと頭冷やさして」

「……すみません」


冷静じゃないって何。

頭冷やすようなことって。


意味が分からなかったが、私もラファイルさんの方に視線を向けず、存在を消すようなつもりでじっと座っていた。



帰ってもラファイルさんは、休みもせず練習室に消えていく。


私はアーリャさんの手を借りて、ラファイルさんに贈られたこのドレスを脱いで楽な格好になり、一息ついた。


アーリャさんに簡単にバレエ観賞のことを話した。

途中から、ラファイルさんのご機嫌がよくわからなかったことも。


ライバルの人の演奏を見ること自体は大丈夫なようだったから、アレルギーが起こるようなことがあったとは思えないが、それでもこの前のようなことに万が一なる可能性がないとは言い切れない。

アーリャさんたちにも周知しておき、私も一休みしてから、もう少しラファイルさんの様子を見ておこうと思って音楽室へ向かった。


いつものようにピアノの音が聞こえたので一安心して、私はいつも一人で練習するときの方の部屋で少し練習をして過ごした。


***


なんとなく、ラファイルさんと話しにくい日々が続いた。


私は何も心当たりがないのに、ラファイルさんの方が、なんだかぎこちない気がする。


仕事の話はきちんと聞いてくれるし、言葉も交わせるけれど、行き帰りの馬車とか家でとか、機嫌が悪いわけではないのだろうが話しにくい。


何か気に触ることをしてしまったのだろうか。覚えがない。


ラファイルさんと同じように行動し、帰邸すれば私もラファイルさんも音楽室に引きこもりである、余計なことはなにもしていない。

ラファイルさんから声がかからない限りは私は一人で練習するが、それは前から変わらないし、ラファイルさんの邪魔はしていないはずだ。



理由なんて確かめれば済むのかもしれない。

プローシャさんにも、全部話し合えと言われたのは忘れてはいない。


でもラファイルさんの、練習でも考え事でも、私が遮っては申し訳ないというか、邪魔になってはいけないという意識の方が大きすぎて、確かめることはできないまま日にちが過ぎた。



その間、一緒に練習しているときも、何だか普段みたいに気軽な音合わせがしにくいというか。

ラファイルさんの指示に従って、言われたことだけやっていた。


ラファイルさんの表情やかけてくれる言葉一つ一つに、不機嫌さとかがないかどうか、無意識のうちに伺っていたのだ。

ここのところあまり空腹感がなく、胸がつっかえたような感覚があって食事が喉を通りにくいな、と感じてはいたが、私はそのときはラファイルさんに対してそこまで気を張っていたことに気づいていなかった。


好きなミュージシャンの音って際立ちますよね*^^*

作者は「ギタリストの◯◯氏」「ドラマーの◯◯氏」みたいに個別に好きになるので(好きなバンドもありますが)、「その人らしい」フレーズとか手癖とかを真似るのが好きです。

でもプロは引き出しが多すぎて次々いろんな技を繰り出してくるので、手癖が捉えきれないことの方が多いです。

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