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47:冬のはじまり


「ひゃあ、さぶっ!!」

「いよいよ冬だな」


私とラファイルさんは、出勤のため馬車に乗り込んだ。


今日は一段と気温が低く、寒がりの私は仕事着にカーディガンを着てコートを着て、さらにマフラーをぐるぐる巻きにしているのに、なお寒い。


「こんな寒さ、まだ序の口だぞ」

「いやだぁぁ勘弁してください冬眠したいです」


ラファイルさんは、コートは着ているものの、そんなに寒そうにしていない。

何なの薄っぺらい体のくせに。

寒い国の人は寒さに強いのかな。


黒髪にロングの黒コートとかカッコ良すぎるわどうしてくれよう。

ほんとにこのカッコ良さで黒髪だと評価が落ちるのが信じられない。



馬車に乗っても私は全身をブルブルさせて縮こまっていた。

寒い。

寒すぎる。


「マジでそんなに寒いの?」

「そんなに寒いんです」

「寒気か?」


いきなりラファイルさんの手が額に当てられた。

うわぁぁ別の意味で発熱しそう。


「別に熱はないぞ」

「だから寒がりなんですよ私ほんとに冬嫌いです」

「ここは冬はそれなりの雪国なのに」

「いやもう無理」


想像しただけでベッドから出たくない。


私はガチで凍えているのに、ラファイルさんはそんな私を見て、ふっと笑っている。

こういう自然な笑いが、増えた気がする。

でもね、今私、笑い事じゃないんですけど……!


「ほら、手ぇ貸しな」


言われるまま出した私の手をラファイルさんは握り、指を絡ませて、彼のコートのポケットに私の手ごとつっこんだ。

ほんのり指先があったかい。


「確かにすっげ指先冷たいな」

「だから……冬は辛いってずっと……」


ラファイルさんと繋がっている指先から熱が生じているような気がして、私はそれ以上言うのをやめた。

ラファイルさんの手があったかいのももちろんだが、ポケットの中で、私の掌は彼の太腿の辺りに服の上からとはいえ触れているのだ。


ひぃぃ私ヤバいとこ触ってませんか。いいんですか。あったかいけど。


でもラファイルさんにがっしり手を掴まれていて、逃げようもなかったので、顔に熱が集まるままにしておくしかなかった。



職場に到達するまで、ラファイルさんはずっと私の手を握ったままでいた。


…………

…………


私とラファイルさんの関係は、ほぼ変わっていない。


触れ合うことは滅多にないし、おしゃべりもそれほどしない。


セッションで一緒に音楽に費やす時間はしっかりあるが、それは前からそうだったわけで、特に変わったわけではない。


ただ、ラファイルさんといることが、なんだかより自然になったような気はする。


私がここにいることも、ときどきする会話も、自然なものになってきている感覚だ。


恋人ではない。かといって単なる同居人という割り切った感じもしないし、

なんだろう。



「年末のコンサート、一緒に行こう」


本番を二週間後に控えたころ、ラファイルさんに言われた。


本番の類には一切顔を出していなかったと聞いていたから、驚いた。


「俺の仕事の成果だからな。見届けないと。

あんたにも見てもらおうと思って」


パレード見学を拒否していたラファイルさんに、私が声をかけたときのこと、そのまま意識してくださっていたのだ。

あのときはお兄様がいたから最後まで見なかったが、楽団員のみなさんを見ているときはむしろ満足そうだったくらいだ。

そこは一つ、超えることができたのだろうか。だとしたら私も嬉しい。


「せっかくあんたのドレスも作ったんだし、着る機会があってもいいだろ」


そういえばもうだいぶ前にドレスを作ってくださったんだった……!

今回、正式にエスコートしてくださるつもりなのだ。


「一人じゃ行く気にもなんねぇけど、これもあんたがいるからできる」

「喜んで、お供いたします」


憧れてる人にエスコートしていただけるなんて嬉しいに決まってるじゃないですか。

それはもう喜んで。


ラファイルさんに重くならないように、フィーバーは脳内にとどめておきつつ返事をした。


***


これから本格的な社交シーズンということで、王立楽団の事務所はなかなかに忙しい。


夜会の演奏の依頼が各所から舞い込み、私は毎日懸命に処理をしている。

これも絶対間違いがあってはいけないから、ダブルチェックもしくはトリプルチェックまでかけて慎重に対処している。


それにしても社交ねぇ。


各貴族の依頼の編成や曲目を見ていると、あちこちのお屋敷の事情が何となく分かってしまうな、と気づいた。

団員数が多ければ羽振りがいいということだし、少なければ小規模の会。後者は、あえてこじんまりした会にしている場合も多いそうだけど。


ときには、お断りしなければならない場合もある。


過去団員を派遣して、報酬を先延ばしにされたり、規定の報酬を払えなかったりした依頼元は、きっちりお断りするのだ。

見栄を張った結果なのか、報酬未払いのケースはたまーに存在し、一旦未払いを起こすと例え経済状態を持ち直したとしても、基本復活できないという厳しめの制度である。


王立楽団だけあって、そういうところも強めに出るようだ。


その点中小企業で頭を下げる側だった私には、かなり気を楽にして働けた。


クライアントの意向を確認したり手配したり、しんどかったなぁ……となんとなく思い出す。

しかも電話怖かったし。

とはいえ直接やり取りするのはヴァシリーさんの仕事なんだけど。



こちらでは、王宮内組織である楽団にクレームを入れるような無謀な貴族はいない。

もしいれば不敬に値し、さすがに罰はうけないが、王立楽団に依頼する権利を失う。

王宮の権力すごい。


ただ、楽団側にも、技術はもちろん立ち振る舞いにも品行方正が求められる。

強い態度に出られるだけの完璧さを、こちらも保っておかなければ、王立楽団のネームバリューが下がってしまうからだ。


王立楽団にふさわしくない振る舞いをすれば当然除名になるし、もしそのせいで派遣先とトラブルでもあればお詫びに赴いたり、人員補充の仕事も発生する。

もっともラファイルさんとヴァシリーさんが楽団に就任してからは、そういうこともほぼないそうだが。

就任後しばらくはそういう処理もたまにあったそうだ。


ラファイルさんは、楽器があれほど好きなのに、楽団運営から後処理などまで、音楽以外の仕事も引き受けているわけだ。

楽団就任の際、そこまでするのも条件だったのかどうかは知らないけれど、ラファイルさんはそうした仕事も嫌な顔一つせず、本当に丁寧にやっている。


ラファイルさんの仕事には、随所に責任を感じていて、楽団を作って支えているという気概がすごく見えるのだ。


先日演奏に赴いたときはこれでもかというほどカッコよかったが、

普段の仕事だって十分にカッコいい。

きっとプライドをもって仕事をしているから。


プロとして演奏はできない私だけど、演奏じゃない部分は、私にも目指せるはずだ。

ラファイルさんの仕事を見ながら、私はいつしか、この事務所でのプロでありたい、という意識を持ち始めていた。


***


年末はなぜだかイベントが目白押しである。


芸術分野は楽団だけでなく、歌劇オペラあり、バレエあり、果ては冬季のみアイススケートもそれぞれ王宮お抱えのものがあり、その音楽は全て王立楽団が担うというハードさだ。


つまりラファイルさんはそうした団体と合同でのリハーサルやら打ち合わせやらも兼任していたということだ。


というかスケートって存在する時代なのかなぁ。これも異邦人が伝えてたりして。


年末コンサートには、コーラスの方も一部参加するし(まさか第九じゃないだろう)、オペラの公演もあるしで、最近はよく声楽のみなさんがホールを出入りしている。


使う曲が多く、私の写譜の仕事も結構立て込んでいて、どうしても残業せざるを得なくなった。


ラファイルさんは、早く帰って練習したいだろうから、持ち帰り仕事にしようと思ったのだが。


ヴァシリーさんが帰った後の事務室で、ラファイルさんは写譜作業を手伝ってくれた。


練習してて大丈夫ですよ、とも伝えたのだが。


「あんたが来るまではみんなでやってたことだ。俺もな。

あんたが大半やってくれるからみんなかなり楽になってるはずだ。

これでシーズンオフを自由に使えるぜ、そしたら今度は俺たちの音楽を集中的にやろう」


シーズンオフ中でも写譜作業その他楽譜の整理整頓作業があって、地味に年中仕事があったらしい。

新しく私の伝えた音楽をやるには時間の確保も重要だしね。


「楽しみです」

「うん」


それからも黙々と、私たちは作業を続けた。



満たされてるな。


ふと私は感じた。


仕事をして、満たされてるという感覚を持てるなんて想像もしていなかった。


仕事は自分を縛るもの、苦痛を我慢するもの、だと思っていたから。


日本ではまず出会えなかった仕事だろうけど、でも現に私はここで仕事をしているのだから。



一方で、元の世界で、私はプロという意識もなかったし、すごく甘えた態度でいたんだな、と思って、恥ずかしくなった。

勤めているのにプロじゃないって。そこでお金を頂いている以上は、その仕事のプロでなきゃならなかった。


……なんか先輩の態度とかで当たりがきついように感じたのはそういうことか。


仕事が嫌で積極的にあろうとせず、プロにあるまじき態度だった。そりゃ先輩たちもイラッとしただろうな。


今更だが、反省した。


仕事が嫌だとしても、その仕事をしている以上はプロであらなければいけない。

誰でもできる事務仕事であろうと。



今は憧れの人の元で、大好きな音楽に関われる仕事をしているから、そんな仕事のプロであれることは最高だ。


この世界が一体なにで、なぜ私がここへきたのかは、どうでもよかったし追求する気もない。


生きる目的も手段も見つけた今、私は充実していた学生時代を上回る生きがいを人生で初めて感じていた。


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