44:スカウトされました
ひと月後には、オーケストラが携わる王宮主催の各種イベントを控えている。
その音作りはあらかじめ今までのリハーサルでできていて、これから本番までは細かいところを詰める作業となる。
今回は完全にオーケストラが主役だから、団員の数に不足はない、
私も王宮の通知をラファイルさんと共有して内容をしっかり確認した。
最近は、各貴族家での夜会の数も増えていて、クラシック部のみなさんは忙しそうだ。
冬から春が社交シーズンで、夏はバカンスの季節らしい。
4月に新年度が始まる日本の感覚だとちょっと慣れない。
楽団内では、私とラファイルさんのことが公認状態になっており、何かとつつかれてちょっと困った。
エフレムさんたちは、ラファイルさんが私に抱きついたのを見ていたわけだし、あの狂乱状態のラファイルさんを私が宥めたのはあの場にいたみなさんが知っている、そう思われるのも無理はない。
一応、当分はこれまでどおりと周知しておいた。
私の感覚では、結婚が25歳でも早い方に入るのだし、私としては全然問題ないことも。
そんな折。
なぜか私に、第二騎士団からの呼び出しがかかったのだ……
…………
…………
なぜかと言っても理由はなんとなくわかる。
ラファイルさんのお兄様の指令なのだろう。
この前の夜会でお兄様に声をかけられたことしか、心当たりはない。
それってめっちゃ私的な用事じゃないですか!?
というか、私がこの事務室に所属していることがお兄様に知れたのだ。
調べればすぐ分かったのだろうが、それを伝えたのは、お兄様の部下であるドゥナエフ氏だったことが判明し、彼は団員のみなさんから非難轟々の目に遭ってしまった。
当のドゥナエフ氏に聞いたところ、彼はラファイルさんとお兄様の事情も、私たちの事情も何も知らず、
あのヴァシリーさんの部下の異邦人女性は誰だと言うお兄様の問いに、ラファイルさんの助手だと馬鹿正直に答えてしまっただけで、なんでそんなリンチを受けるのか訳が分かっていなかったが……
彼はただのとばっちりだったことが明らかになり、さすがに申し訳なく、ラファイルさんと私とで事情を説明した。
「そういうことか……というかオストロフスキー君、きみそんな口説き上手じゃなかっただろう?どうやって口説いたんだい?」
「そんな話してる場合か。そもそも口説いてなんかねーよ」
事実、口説かれてはいない。
私がラファイルさんの音に惚れていただけだ。
口説き方が気になるあたり、ドゥナエフ氏は予想を裏切らないなと感心してしまった。
呼び出しに返事をする前に、ドゥナエフ氏に呼び出し内容を知っているか聞いてみたところ、
なんと私の引き抜きの話だった。
正確には、私は王宮の所属ではないから、王宮に新規に雇用されるというつまりスカウトを受けたわけだが。
ドゥナエフ氏が、お兄様に聞かれるまま私の仕事ぶりを伝えた結果、第二騎士団の事務方にとお兄様が提案し、団長も了承したそうで……
またドゥナエフ氏は私の情報を漏洩したとみんなに叩かれるハメになっていた。
しかしドゥナエフ氏も、一応騎士団の情報も教えてくれたわけなので、みなさん矛を収めてくださった。
この人仕事上の情報の取り扱いとか大丈夫かなとちょっと思ってしまった。
王宮の雇用、特に騎士団の事務の配属となると、雇用条件は格段にいい。
日本で言う国家公務員レベルだろうか。警視庁の事務とかに相当しそう。
日本じゃ私には絶対無理だった、そもそもやりたいと思ったことさえなかったが。
でも私はこの楽団の事務仕事だからできているのであって、それでもこの前致命的なミスをやらかしたのに、ヴァシリーさんやノンナさん、何よりラファイルさんといった気を許せる人もいないところで仕事が務まるとは到底思えない。
第一ここで、ラファイルさんのお側で仕事をしていたいのだから、条件がいくらよくても応じるつもりはなかった。
雇用主であるラファイルさん名義で、理由なしに呼び出しには応じない旨、騎士団に返事をした。(理由は何も述べられていなかったので)
***
お兄様が私に目をつけていたのは知っているが、だがなぜ引き抜きなのか。
何だか仕事以外でみなさんにいろいろ心配をおかけしてしまって申し訳ない。
ドゥナエフ氏曰く。
「うちとしても書類整理とか、いい事務方がほしいなと思っているんだよ。
今は騎士団員が手分けしてするしかないからね。
騎士団には基本騎士志望しかこないから、みんな事務仕事はたいぎがるんだよね」
騎士団に事務という仕組みが今までなかったそうなのに、なぜ今頃そういう組織を改変するような職設定がなされるのか。
「副団長が、マリーナさんの働きぶりを知って、羨ましくなったんじゃないかな?
それでうちでもやろうかってことだと思う」
うん。
職権濫用じゃないですかそれ。
「団長も、言われてみればそういう担当者がいるといいなって乗り気で」
「勘弁してください……私そんな仕事できる人じゃないですよ……」
「副団長は、マリーナさんが務めを果たすために誘いに応じなかったのも評価していたよ。
女性からそんな反応されるのが初めてで興味を持ったのかもね」
「クソっ、兄上は……あんたを囲い込むつもりだよ。
あの人はいつも俺のものを取り上げようとする。絶対、させるかよ」
本当になんで、こんなことになるんだろう……
私がいることで、ラファイルさんにもご迷惑がかかるな、と思ってしまった。
私がいるだけで、ラファイルさんはお兄様との因縁に振り回されることになってしまう。
話し合いでどうにかなるものでもないだろう、
私の話に全く耳を傾ける様子がなかったし、絶対ラファイルさんには力づくで勝とうとしそうだ。
それなりの権力も、物理的な力も持つお兄様だ。しかも、それを活用するのを躊躇わない感じだ。
ーーラファイルさんに、そこまでして、マウントとりたいのか?
私はただの、そのための道具なのだ、きっと。
一見すれば、スペックの高い男性に評価されて求められているようだが。
実情はそうではないのは、私へのお兄様の態度でよくわかる。
私を大切にしたいという感じが、全くなかったから。
ラファイルさんが、助手としてだけでも最初から大切にしてくださってきたから、尚更違いがはっきりわかる。
身分も権力も、武力もない私は、翻弄されるしかない。守ってもらうしかない。
うまく躱す交渉術でもあれば別なのだが、あいにく口下手で演技も下手だ。
何も目立ったことはしていないはずなのに、異邦人で目立つから、目をつけられるのも仕方ないのだろうか。
声をかけてきたのは向こうであって、私は何もしていないはずなのに、ラファイルさんに一番申し訳なく思ったから、その日帰りの馬車で謝った。
「あんたのせいじゃないのに何で謝る。
毅然としていろ」
ラファイルさんの言葉が、本当に沁みる。
「対処はするから。心配するな」
対処って。
どうやるんだろう。
地位としては武官のお兄様の方が上だと思うのに。
それに嫡男であるお兄様は、ご自身でおっしゃっていたけど将来侯爵となる。
次男のラファイルさんは、王家と親戚にでもならなければそこまでの爵位は得られないだろう、まだこの国の制度はよく分かっていないが。
でもラファイルさんは、多分できないことをできるとは言わない気がする。
単に私を安心させるためにできると思わせているわけではないと思う。
何か、手はあるということなのか。
だがそれが何かまったく想像はつかず、ラファイルさんが言ってくださっても素直に安心できないままでいた。




