42:今まで通りです
私の声かけで、三人は部屋に戻ってきた。
「もう〜ラーファのわからずや……」
ノンナさんが呆れたように言って、みんなで再びソファーに座る。
「えっと確認なんですけど、今何の話をされてたのか、教えて頂いてもいいですか?」
ノンナさんとヴァシリーさんは、どうしたものかと顔を見合わせている。
「……あんたと結婚しろって迫られてた」
「ラーファ!」
ノンナさんがラファイルさんを咎める勢いだ。
「あの、それなら、気になさらないでとお伝えしたくて。
急に言われても、ラファイルさん困りますよね、助手としては認めていただいても、そういう対象かどうかは別でしょうし。
私はラファイルさんのご意向に従いますし、それに今早急に答えを出すことでもないかと」
「マーニャちゃんお人好しすぎるよ……こういうのは自分から掴みに行かないと」
「それに悠長なこともしてらんないんだよ。
さっき言った、エドゥアルド殿に目ぇつけられたんだから、さっさと身を固めとかないとって話。せめて婚約だけでもね」
「…………」
ラファイルさんの顔が厳しくなる。
「……それについては対処する。
マリーナ、兄上は……ほんとに、受けるつもりはないか?」
「えっ?何で私が、ありえませんから」
私には珍しく、瞬殺の勢いで否定した。
あのお兄様の申し出を受けるなんてとんでもない。何を言い出すのかラファイルさんは。
「……兄上と話したんだろ?いい物件じゃなかったか?」
「楽器を壊す人がいい物件なわけないじゃないですか?
大体いい物件だからってどうだって言うんですか。
私はそんなスペックなんかよりラファイルさんの助手でいたいんです、昨日も言ったじゃないですか」
たしかにラファイルさんは分からずやだ。
私が今更お兄様のスペックに惹かれるとでも思ってるんだろうか。
「あの方は、私の言葉なんか聞いてくださいませんでしたし。ヴァシリーさんが入ってくださらなかったらと思うと恐ろしいです……
ほんと地位とか見かけとかスペックで女性が満足するって思ってんですかね?意味分かりません。
動機だって、珍しいものを手に入れたいだけで、絶対美人と浮気すると思います」
ラファイルさんが、またも噴いた。
ノンナさんとヴァシリーさんも、笑い出した。
「マーニャちゃんが男を見る目があってよかったねぇ、ラーファ?」
「兄上にいくような女なら最初から側に置けねぇよ」
ですよね。
「でもマーニャちゃん、自分が可愛らしいのは自覚しときなよ?」
ヴァシリーさんに言われて、え?と思う。
「こう言っちゃなんだけど、美人とはちょっと違うかなと思うけど、でもなんだろ。
雰囲気や仕草が可愛くて、美人とは違った魅力があるよね」
「あー、分かる〜。男から見てもそうなんだ?
あたしは最初から可愛いって思ってたけどね」
うわぁ美人のノンナさんにそんなこと言われると怖い。
絶対そんなんじゃない。モテ実績のなさが証明している。
「でも私全然、モテたことなかったですよ……?」
「そうなの?マーニャちゃんのよさをわかってない男が多すぎるねぇ」
「笑った顔とか私キュンキュンするんだけど」
ほんと?本当?ノンナさん。嬉しいよ。
「加えてドゥナエフやエドゥアルド殿みたいに、アクセサリーにしたがる男がこれからも現れるだろうから、特に王宮では気をつけた方がいいよ」
「はい……」
これは剣を上達させた方がいいかもしれない。またプローシャさんに教えてもらう約束もしてるし。いや、今からやってプロ相手にどうにもならないと思うけど、逃げる時間稼ぎくらいはなんとかできるようになりたい。
女性騎士はともかく、剣を振り回す女性なんて、アクセサリーにしたがる男はいないだろう。と思いたい。
アクセサリーというのは好きな響きではない。
女性を対等に見ていないということだから。
でも貴族社会って、そんなものなんだろうな。
多分、アクセサリーという位置を利用している女性もいるのだろうし。
うん、貴族社会に深入りしていいことは何もない。
もともと興味もないし。
私はラファイルさんの黒子でいるつもりだ、最初から。
***
私たちは昼近くなって、ようやく王宮を後にした。
馬車の席で、残っていた楽器をなんとなくお互いの間に置くあたり、気まずさを覚える。
馬車の中はいつものように無言だった。
何を話せばいいのかも、分からなかった。
昨日王宮に来るときは、ただの助手だったのにな。
なんか結婚っていうワードまで飛び出して。
一晩で、状況がいろいろ変わった。
「……マリーナ」
「は、はいっ」
「あんたは、いいのか?
……その、ヴァーシャが言ってたような、結婚、とかさ」
「え、あの……それは、ラファイルさんさえ、大丈夫なら……」
うぁぁ思わず言ってしまった。
でも意思表明だけはしとかないと、と思ったのだ、この人は言わないとわからない人だから。
ラファイルさんも、今はする気がないと言ったけど、私とのことを否定したわけではなかったから、断られはしないかな?という期待もあった。
「……そうか。
……分かった。でもしばらく、待って……ほしい。
兄上のことはなんとかする」
「あの、ラファイルさんの邪魔にはなりたくないので、どうぞ今まで通りで」
「ヴァーシャやノーナの言うことも、分かってる。
あんたじゃなきゃ、俺は受け付けないし、あんたを手放すつもりなんかない。
でもまだ年末のコンサートもあるし、それが済んだらあんたのやってた音楽、早くいろいろ試したくて、それどころじゃないっつーか……
家庭とかより、今はまだ、音楽だけに集中していたい」
えっと。
それどころじゃない、のはいいんですけど。
手放すつもりはないって……
「……あの。
それって、もし、そういうときが来たら、その……私でも、ラファイルさんは、大丈夫……なんですか……?」
私を、そんな対象で見てくださるなんてことがあるのか。
モテたことのない私にはそこが何より、自信がなかった。
「大丈夫もなにも。……俺のことは、あんたに任せるって言っただろ。
……任せられるから側に置いてきたし、昨日のことで、もうあんたしかいないって思ったよ。
だからまぁ……そういうことだ」
うわぁぁ。
なんてことだ。
ほんとに、いいんですか。
嬉しすぎるじゃないですか。
手が震えてる。
この私の身にそんなことが起こるなんてにわかには信じられない。
「……あの、ちょっと光栄すぎて、どうしたらいいかわかんないです」
「……俺も」
えーラファイルさんもってどういうこと。ラファイルさんも光栄ってこと?
ほんとにどうしたらいいか分かんないよー。
私たちはお互いに、視線を合わさなかった。
というか私はとてもじゃないが合わせられなかった。
これは一応両想いということでいいのかな。
いやちょっと自意識過剰すぎるか。
でも少なくとも、ただの音楽家と助手よりは、つながりが強まったのは間違いないと思う。
その後ずっと、私たちは無言で過ごした。
でも私は嬉しくて、顔を伏せながらも、笑顔が止まらないでいた。
…………
…………
お屋敷が近づいた頃、ラファイルさんが不意に言った。
「マリーナ、しばらくは今まで通りだと思うから、そのつもりでいてくれ」
「あ、はい、そのつもりです」
「ほんとにいいのか?俺は気の利いたことは何もできないし、まず音楽を優先するぞ」
「今までと同じですよね?なら問題ありません」
「そうか……ならいい」
私も本当に、今まで通りのつもりでいる。
むしろその方が気楽にいられると思う。
ラファイルさんは何を心配してるんだろう。
私は今の状況で十分、満たされている。
大体この世界に来て3ヶ月ほどで、ようやく状況を完全に受け入れ始めた頃なのだ。
ラファイルさんのお側にいられるだけで十分。
それに、ラファイルさんが私の音楽だけでなく、私そのもの必要としてくださっていることを感じている。
私の音楽の引き出しを全てラファイルさんに差し出したからといって、用済みになるという心配がなくなったのだ。
屋敷に帰り着いて、楽器を片付けるより真っ先にピアノの練習をしに向かうラファイルさんの後ろ姿を見て、私は何よりもまずラファイルさんの通常運転ぶりに安心したのだった。
数日投稿をお休みします。




