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38:夜会が始まります


みなさんは、もう会場に移動するところだった。

手分けしてラファイルさんの楽器も運んでくれている。


スタンバイ前に、私はみなさんに謝罪した。


だがラファイルさんが既にご自分の責任だと言ってくださっていたため、内心はともかく私を責める人はいなかった。


「ラーファがマーニャちゃんに甘えるのがいけないんだよー。頼りになるからってさ」

「……るせぇ」


ノンナさんが明るくからかうから、みなさんの空気も和やかになっている。


「いっつもヴァーシャのミスに気を張ってるから、ラーファも今回気が緩んだんじゃね」

「うんそれ言われたら反論できないわオレ」


ヴァシリーさんも団員さんにディスられて責任を分散してくださっている気がする。

本当に、ありがたい職場だ。


どんなに注意深くしても、ミスを完全になくすのは、私には多分無理なのだ。でもみなさんと情報を共有すれば誰かがミスに気づいてくれる。そうやって防いでいくしかないのだと思う。

それとも、1年、2年と続けていけば、なくなっていくものだろうか。


「俺も、曲目が去年と同じってことに違和感持てたらよかったな、あのときにはファーストダンスの曲はなかった」

指揮者のエフレムさんが言った。


「みんな、そうだろ。マリーナさんの仕事ぶりに、安心しきってたと思う」

「それは俺の仕事だったんだよ、マリーナは最初から、完璧にできる自信はないって言ったし俺がそれを引き受けたんだから」

ラファイルさんが懸命に、私に咎がないと主張してくださっている。


「ラーファ、俺は責めてるわけじゃない、君もマリーナさんもな。

普段のマリーナさんがそれだけいい仕事してくれてるってことだよ。

でも君がそんなに必死に庇うのは、微笑ましいな」

「……俺の助手だから俺に責任があるのは当然だろ」


「ラーファもそんな余裕ないときあるんだな、いやぁ初々しくていいねぇ」

「うるせぇ黙れ」

ラーファ支部のトランペット奏者マトヴェイさんが、ラファイルさんをからかってる……

ラファイルさんが噛みつくが、周りのみなさんはそれをみてクスッと笑ったり微笑んだり、みんなでラファイルさんを見守っているような雰囲気があった。

ラファイルさんにとっても、本当にいい職場なんだな、と実感した。


ミスして尚、いい仕事をしてくれてるだなんて思ってくださる。

もう二度と、期待を裏切りたくない。

みなさんに迷惑をかけたくない、みなさんが安心して演奏できるようにしたい。

それが私ができる恩返しだ。

明日から……いや今からでも、そうやって仕事に取り組むんだ。


…………

…………


スタンバイの時間がきて、みなさんが会場に移動し始めた。


ラファイルさんが私を振り返る。


肩下くらいまであるストレートの金髪姿だ。


さっき被せた後、似合うか?と皮肉かそうじゃないのか聞いてきたので、

金でも黒でも、ラファイルさんのかっこよさに変わりはありません、と伝えた。


自分が見逃した責任を負うんだ、というラファイルさんには、負うものが大きすぎると思ったが、

だが舞台に出て行こうとするラファイルさんは、文句なしにかっこよかった。


「マリーナ。行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。ラファイルさん」


王宮の仕事が始まる前、仕事に行くラファイルさんを家で見送っていたときと同じやりとり。

でも当時よりもずっと馴染んでいるのを感じる。


「会場にも入れるから、……見ていて、ほしい。

ヴァーシャが案内してくれる。一人にならないように気を付けて」

「はい。

頑張ってくださいね」


ラファイルさんは、私の手を取ってぎゅっと握ってから、みなさんの後に続いて会場へと向かっていった。


***


私はヴァシリーさんに案内され、初めて夜会の会場に足を踏み入れた。


仕事着だから、飲食物を給仕する王宮の使用人と同様に行動することはできるが、

夜会に出席しにきた大勢のきらびやかな貴族たちの中で、早くも居心地が悪くなってしまった。


会場である大広間の隅の方にある休憩用の椅子に、ひとまず陣取る。

ここからはオーケストラがよく見える。

団員さんたちがもう会場入りし、各自楽器を準備しているところだ。


ラファイルさんの姿は、ギリギリ見えるか見えないかくらいだ。

今日は踊る人が主役で、オーケストラに注目する人は多くないはずだから、ラファイルさんの動きはほとんど目立たずに済みそうだ。


逆にコンサートで今回のミスが起こったのでなくて救われた。

クラシックで楽器の持ち替えをするとは聞いたことがなかったが、上からも見られるコンサートであんなに楽器を取っ替え引っ替えはさすがにしたらダメだろう。



ふっと影がさしたと思うと、声をかけられた。


「マーニャじゃないか。

来ているとは思わなかったぞ」

「プローシャさん……!」


騎士装束のプローシャさんだった。

赤のジャケットがすごくかっこいい。


「ヴァーシャ、しばらくだな。弟がいつも世話になっている」

「お姉さん、今日もイケてますね」


ヴァシリーさんがかしこまっていないところをみると、それなりに交流もあるのだろう。


「ラーファは相変わらず家か?」

「えと……」


ラファイルさんのことを言っていいものか、迷った。


「あの、見てこいとおっしゃって。プローシャさんはお仕事ですか?」

「ん?ああ、私は王后陛下の警備をな。私は踊る予定もないし。陛下が出られるまでもう少し時間があるんだ。私の勤務はそこからだ」

「お姉さん、パレードよかったっすよ」

「褒めても何も出んぞ」


そうか、私は結局、ラファイルさんのお兄様が通る前にパレードを離れたから、

プローシャさんの勇姿は拝見できなかった。

でも、今騎士装束を見れて満足だけど。


「王宮の夜会だから流石にすごい人だな。

今日は兄上も参加する。あちこちのご令嬢が狙っていると聞いているが、さてどうなるやら」


お兄様は、28歳独身だという。

日本の感覚だと珍しくもないが、この国では男性も30前に結婚することが多いらしい。

それを言うとプローシャさんはいわゆる適齢期は過ぎているが、ご自身にそのつもりがないのだから周りが何か言うことでもない。


しかしラファイルさんの言うところのいい物件であるお兄様が、まだ結婚していないのは、逆に不思議だった。


「エドゥアルド殿は選り好みしすぎっしょ」

「まぁ早い話そうだな」


ご自分のスペックが高すぎて、女性に求めることまで高くなりすぎて、自分にふさわしくないと言って縁談も蹴るそうである。


……うん、選ばれないほうが女性にとって幸せだ。


絶対、理想通りに行かなかったら怒りそうだ。

なんかDV気質が見え隠れする……

こわいこわい。


それでも狙う女性が多いのは、やっぱりスペック重視だからなのだろうか。

この国では何かとそういう基準を目の当たりにする。


そして女性たちも、高スペックの男性をゲットできるという自信がそれなりにあるからこそ、狙っていくのだろうか。

女性の団員さんを見ていても、みなさんしっかりご自分を持っていらして、

男の後ろについていくなんてタイプの人は見たことがない気がする。

結婚したら家庭という風潮はあれど、既婚者の団員さんの噂話を聞くに、割とまぁ尻に敷いている的な内容がよく耳に入る。


むしろ私がラファイルさんの後ろをいつもついて行っているわけだけれど、だからみなさん、最初のころ私を心配してたのか。

ラファイルさんに無茶振りされてないかとか何とか。


ラファイルさんは、出会った頃はちょっと怖い印象だったものの、

機嫌の良し悪しはありはするけれど、私を怖がらせるようなことはない。こきつかいもしないし(セッションで徹夜したがあれは合意である)、感情論で判断することはない。

みんなあんまり感じてないみたいだけど、あの人は優しいんだよ。本当に。ついさっきそれを身をもって知ったばかりだ。


「おっと、そろそろ時間だ。また交代になったら会おう」


プローシャさんが、持ち場へと去っていった。ということは、もうすぐ夜会が始まるのだ。


私は緊張してその時を待った。


***


オーケストラの音が入った。


国王夫妻が登場し、会場は一気に盛り上がる。


国王夫妻による、ファーストダンスが行われる。


これが、正団員にしか演奏が許されない曲。


確かに荘厳さに溢れ、豪華できらびやかだ。


それなのに、王妃さまを彷彿とさせる繊細で美しいパートが入り、その部分は見事に王妃さまの見せ場と重なっていた。



ヴァシリーさんが、これはラーファの作曲なんだ、と教えてくれた。



もうどこまであの人は、才能に溢れているのか。


本当に、私なんかがお側にいるのはもったいないと思ってしまう。


雲の上の人のはずなのに、楽器を持ってこさせるほど私を信頼してくれて、私に、演奏を見ていてくれと言う。

私には、この人のために何ができるのだろう。



演奏中、ちらちらとラファイルさんの姿が見える。


今はビオラ。それが済むと、ファゴットに持ち替える。


正直どれがラファイルさんの音なのかは分からなかったが、つまり素人耳には全く違和感なく曲が進んでいるのだ。


再び、王妃さまの見せ場。


ノンナさんのバイオリンが美しく響き、コーラスとしてフルートやピッコロ、オーボエが加わっている、

音域高めの楽器たちを低いところで支えていたのは、ラファイルさんを含むビオラだった。


完全に、ラファイルさんがいなければ、成り立たない和音構成だ。



感動しすぎて泣きそうだ、

今日はもう散々泣いたのに。


今までの人生で自覚がある泣いた回数を、もう超えているほど。


でもちゃんと見届けないと。ラファイルさんの勇姿を。


きっと初めての舞台。

それなのにコンディションからいえば最悪だろう、金髪をかぶっている限り。

でも露ほどもそれを出さず、演奏に全てを注ぎ込む。


プロ中のプロだった。


私は片時もラファイルさんから目を離さず、演奏を己の目に焼きつけた。


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